月の花

extra2.合コン指南




 鏡花と和葉は進路の方向が違うので、三年生になったら当然のごとくクラスは別になった。
 けれど、二人はそれまでと変わりなく、昼放課や学校帰りなどに、頻繁に顔を合わせていた。
 お互い、自分のクラスにも友人はいるのだが、それとは別に、友情は固く結ばれ続けていた、わけである。本来、ベタベタした女同士の付き合いは好まない和葉だが、それだけ、鏡花のことは大事な友人と考えていたのだ。「鏡花は特別」 としれっとして言い切り、拓海にイヤな顔をさせるくらいには。
 なのでこの日の放課後も、鏡花のいる三年二組の教室には、和葉と、拓海と、拓海の友人二人というお馴染みの顔ぶれが集まって、わいわいと賑やかに雑談していた。もともとの話題は、来たるべき鏡花と和葉の受験について、という、わりと真面目なテーマであった……はずだった。
 ──が、その最中。
「あっそうだ、俺、そのことで言っておかなきゃいけないことがあったんだ」
 と、突然、拓海が思い出したように声を上げたのである。整った顔をぴりりと引き締めているので、他の四人は、何事かとぴたりと口を噤み、彼を見た。
「キョーカちゃん」
 改まった声で名を呼ばれ、鏡花がひとつ瞬きをしてから、「はい?」 と大人しく返事をする。表情が変わらないので、驚いているのか緊張しているのか、もしくは何も考えていないのかは判らない。
「あのね、大学進学にあたって、なんだけど」
「うん」
「俺から一つだけ重大なことを言うから、よく聞いてね」
「うん」
「合コンは、禁止だよ」
「…………」
 鏡花は黙った。
 和葉と陽介と宙人は、バ……、と言いかけた。
 その言葉を外に出さずに飲み込んだのは、陽介と宙人は多分、言っても無駄だと踏んだのだろうし、和葉は黙っていた方が断然面白くなりそうだと思ったからだ。拓海はやっぱりアホだ、という認識だけは、文句なしに三人が全員一致で新たにしたわけだが。
 しかしとにかく、三人はそれぞれ黙ったまま、生温かい目をして、二人のやりとりを見守った。
「……あの」
 少しためらってから、鏡花が口を開く。
「まだ私、大学に合格したわけじゃないし」
 というより、受験そのものがまだ数ヶ月も先だ。
「キョーカちゃんが落ちるわけないでしょ。絶対に一発合格するから大丈夫。俺が心配してんのは、そんなことじゃないんだよ」
 何の根拠があってそんなことを断言してしまえるのかは不明だが、きっぱりと迷いない口調に、鏡花はまた口を閉じる。これはこれで、鏡花へのプレッシャーになるんじゃないかとは思わないのかしら、と和葉は不思議に思った。拓海の思考回路は、時々鏡花のそれよりも理解不能である。
「受験が終わって、大学に合格したら、次に来るのは合コンでしょ」
 そうかあ?
「新歓コンパとか、いろいろと名目はあるだろうけど、いい? キョーカちゃん、コンパと名のつくものには行っちゃダメだよ。危険だからね」
「危険……」
 鏡花は戸惑ったように呟いている。和葉は噴き出すのはなんとか堪えたが、ついその素直さに感嘆してしまった。ここはまず突っ込むところよ、鏡花。
「鏡花って、時々可愛いわよねー」
「俺のキョーカちゃんは24時間365日いつだって可愛いよ。こんなに可愛いんだから、合コンなんて行ったら、そこにいる男たちに一斉に狙われるに決まってる」
 しみじみと感心して出した和葉の言葉にすかさず便乗して口説き、ついでに自らの理屈に押し込む拓海の手腕はなかなかのものである。しかしいかんせん、その理屈がわけがわからない。
「…………。あの、私、合コンっていうものが、今ひとつ判らないんだけど」
 それでも鏡花は鏡花なりに、頑張って拓海の意味不明な命令を理解しようとはしているらしい。しかし真顔で問いかけるその姿は、いじらしいのか天然なのかは微妙だ。
「うん、合コンっていうのはね、キョーカちゃん」
 対する拓海も、もちろん大真面目である。この二人、いつもどういう 「恋人同士の会話」 ってやつをしてんのかしら、と和葉は非常に疑問になった。少なくとも、絶対一般的ではない。
 そして拓海の言った 「合コン」 の説明が、これだ。

「面識のない男と女が顔を合わせて、一見なにげない会話を装いつつお互いの腹の中を探り合い、そのくせ外見だけで当たり外れの判断をして、結局はいかにしてその場でケータイ番号とメアドを聞き出すかということに命を賭けて権謀術数を張り巡らせるという、人間の欺瞞と欲望で塗り固められた、恋愛の形態としては不自然極まりないのに誰もそれを直視しない、怖ろしい催しなんだよ」

「………………」
 再び、鏡花が黙り込む。
 後ろでは、「……違う、よなあ」 「違うだろ」 と、陽介と宙人がぼそぼそと話しているが、拓海はそれを完全に無視した。
「……そう、なの?」
「そうだよ?」
「でも、番号を教えなければ問題はないんじゃない?」
「いや甘いね。たとえば、キョーカちゃんなんて人がいいから、男に 『あ、ちょっと連絡したいところがあるんだけど、ケータイ貸してくれない? 俺の、充電切れになっちゃって』 なんて言われたら、何の疑問も持たずに、どうぞって渡しちゃうでしょ。そうすると相手はね、借りた一瞬の隙に、素早くキョーカちゃんのケータイ番号もメアドも全部自分のケータイに保存しちゃうんだよ。そんで次の日とかに、何食わぬ顔して電話かけてきて、誘ってきたりするんだよ。ほとんど犯罪だよ。でもそういうのがまかり通っちゃうのが合コンなんだよ。怖いでしょ?」
「いやいや、待て待て待て」
 さすがに限界が来たのか、陽介が割って入った。
「なんなんだ、お前、その具体的な手口は。誰に聞いたんだよ」
「従兄の航兄ちゃん」
「……お前のイトコって……」
 陽介と宙人は心底から呆れる顔をした。
 拓海は真顔のままである。
「学生の頃の航兄ちゃんは、目をつけた女をゲットするためには、これっぽっちも知恵と時間と労力を惜しまない、って豪語して、実際片っ端から合コンで女を引っ掛けて遊び狂ってたらしいんだ。俺は、そういう男とキョーカちゃんが、よりにもよって飲み会なんかで同席するなんて、想像するだけで耐えられない……!」
 陽介と宙人が、もう一度、「お前のイトコって……」 と呟く。どうも、拓海の偏った合コン定義は、その従兄から受けた影響が大きいらしい。
「そんなわけで、キョーカちゃん」
 と、拓海は力強く鏡花の手を握った。
 それを見て、はあー? と和葉は内心で首を傾げる。もともとの出発点が通常から大きくズレているのだから、その論理で導かれた着地点だってズレているに決まっているのに、なんで当然のような 「そんなわけで」 なのよ。
「合コンには、行っちゃダメだよ」
「……うーん……」
 拓海は多分、そこで鏡花がいつもどおり素直に 「うん」 と返事をするものと思い込んでいたのだろう。鏡花が曖昧に言葉を濁すのを見て、驚いたように目を見開いた。陽介と宙人も、え? という顔をしている。
「キョーカちゃん?」
 鏡花は、焦ったような拓海を申し訳なさそうに見て、それから、和葉にちらっと視線を移した。
 それを受け、和葉はにやりと笑う。
「──残念だけど、拓海君」
 実は、この話題が始まった時から、いつ言おうかと、ずっと楽しみに待っていたのだ。

「鏡花はもう、あたしと約束済みなの。大学に受かったら、一緒に合コンに行こうね、って」

「なっ……」
 厳かに宣言し、ほほほほと高笑いをする和葉に、拓海は絶句した。慌てて、鏡花の方に向き直る。
「ホントなの? キョーカちゃん」
 鏡花は、困ったように眉を下げた。
「うん……。あの、私、合コンってそういうものだとは知らなくて」
「鏡花、拓海君の言う 『合コン』 を鵜呑みにしたら駄目よ」
「……和葉が、『コンパっていうのは、学生同士がお金を出し合って会話を楽しむ、懇親会のことよ』 って言うから、そうなのかと」
「コンパってのはそういうものでしょ。何も間違ってないじゃないの」
「ものすごい一面的な説明じゃん!」
 という拓海の悲鳴に、「お前が言うな」 と、陽介と宙人が同時に言った。本人はちっとも聞こえていないみたいだが。
「ダメだよ、ダメダメ! 絶対、却下だからね! 大体、彼氏がいるのに合コンなんて行ったらいけないって常識でしょ!」
「常識、なんだ……」
 完全に駄々をこねる子供になった拓海に、鏡花はますます申し訳なさそうな顔になった。少し俯いたかと思ったら、握られていた手を、するりと抜き取る。
「──私って、本当にもの知らずで」
 小さな声でそう言って、なんとなく悲しげに目を伏せる。
 それから、机に置いてあった鞄を取り、
「ごめんね、拓海」
 と、謝罪の言葉だけ残して、足早に教室から出て行ってしまった。
「え……」
 ぽかんとしたのは、拓海である。
 なぜこんな展開になってしまったのか、思考が追いつかないらしい。もちろん、他の三人もそうだ。ぼーっと空白の一拍を置いてから、拓海が、「ええっ?!」 と驚愕して立ち上がった。
「ちょっ……待ってキョーカちゃん! 違うから! ごめんなさい!」
 鏡花を追いかけて走る足音が、バタバタと遠ざかる。
「…………」
 しばらくの沈黙のあとで、ふー、と陽介が溜め息をついた。
「……冗談ですよね? 鏡花さんを合コンに連れて行くって」
 訊ねられ、和葉は 「あーら、もちろん本気よ」 と胸を張った。
 ふん、と鼻で息をする。
「大体、彼氏がいるから合コン禁止なんて、あんまり狭量すぎるっつーの。あたしは大学に入ったら、合コンしまくって、絶対にあたしのスーパーヒーローを見つけるんだから。鏡花もねえ、あんな器のちっさい男にばっかり構うことないのよ。なにしろ、鏡花は特別。あたしの大事な友達だもん。あの子の視野をもっと大きくしてやるためにも、どんどん合コンに引っ張り出してやるわ。言いくるめても、泣き落とししても、騙してもね!」
 あたしって友達思いよね……と自分にうっとりする和葉の横では、陽介と宙人が、「鬼だ」 「悪魔だ」 とひそひそと囁き合っていた。



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