銀河の生きもの係

中学生編

6.星と血液で見る人間判別法



 女の子というものは、占いが好きな生きものであるらしい。
 らしい、という言い方もどうなのかと思うのだが、れっきとした女の子であるはずの史緒は、ちっとも興味が抱けないのだから仕方ない。雑誌の占いのページや、そういう本を開いてきゃっきゃと喜ぶクラスメートの姿を見て、ふーんと思うくらいである。
 しかしまあそれでも、「将来オタクにならないための人生レッスンその一」 として、浅く広い知識はなるべく身につけたいと思っているので、最低限のことくらいは知っている。星座占いはこれまでの十二星座以外に、へびつかい座というものが加わった十三星座というものもあるとか、四つの血液型による性格分類とかだ。興味はなくたって、それくらい知ってりゃなんとかこの世の中は渡っていけるであろう。
 史緒のそういうテキトー極まりない態度を見かねたのか、結衣ちゃんが、「ゼッタイあたる! ドッキドキ占い!」 というタイトルの、中学生向けの占いの本を貸してくれた。帯には、「好きなカレとの相性もわかるかも?!」 と書いてある。とってもよく判るし、とってもよく当たるから、読んでね! と熱っぽい口調で語って史緒に本を押しつけていった結衣ちゃんは、最近このテのものにハマっているらしい。そのうち、スピリチュアルとかオーラとか、そっちの方面に進んでいかなければいいのだが。それはそれで面倒だ。
 まったく興味はないものの、それでも友情のために、ふー……とため息をつきながらパラパラとページをめくる史緒とは違い、隣で一緒に覗き込んで見ている瑠佳は興味津々の顔つきをしている。いずれ二人して開運ペンダントを買いそうになった時は、わたしが止めてあげよう、と決意した。
「フミちゃんって、七月生まれだよね?」
「うん、そう」
 瑠佳に問われて頷く。七月 (文月) 生まれだから 「ふみお」 なのだ。四月生まれの妹がそのまま 「卯月」 になったのは、二人目になって名前をひねって考えるのが面倒になったためではなかろうか、と史緒は怪しんでいる。まあ、何にしろ可愛いからいいけど。それに、アニメヒロインの名前を難読漢字でつけられるよりもいいけど。
「えっと……かに座? しし座?」
「かに座」
「かに座の性格は──お人好しで世話好き、だって」
「…………」
 どこが? と自分でも思った。やっぱり星座占いなんていい加減だなあ、と心の中で呟くと同時に、「当たってるね」 と瑠佳に言われてびっくりした。
「お人好しで世話好き? わたしが?」
「うん。それでえーと、O型でしょ?」
「そうだけど」
「かに座のO型は、困っている人を放っておけない。口ではきついことを言うけれど、本当は寂しがりや。それにすごく負けず嫌い、なんだって」
「ほら、ぜんぜん違」
「ぴったりだね。やっぱり占いって当たるんだ」
「…………」
 困惑して口を噤む。
 楽しそうに微笑む瑠佳は、なんだかものすごく史緒のことを誤解してやしないだろうか。本の中身よりも、わたしのこと、そんな風に思ってたの? とそっちのほうが衝撃だ。史緒は自分のことを、お人好しの世話好き、などと考えたことはただの一度もないのだが。世話をするのはウサギと妹だけで充分である。
 うーん……と唸りながら首を傾げていたら、背後から誰かが史緒の頭越しに身を乗り出してきた。

「なんだこれは」

 と不審そうな声を出したのは高遠である。ああ、また面倒なやつに見つかってしまったなとうんざりしつつ、無視するのもあとが面倒なので、「占いの本だよ」 と教えてあげた。
「占い?」
「人の性格とか運勢とか未来とか、そういう目には見えないものを、生まれた日とか血液型とか名前とかで判断するんだよ」
「くだらない」
 あ、珍しく意見が合った。あんまり嬉しくない。
 くだらないと言いながらも興味はあるのか、高遠は 「ちょっと見せてみろ」 と史緒から本を取り上げ、近くにあった椅子を引っ張り寄せて腰を下ろすと、ぱらぱらとページをめくった。
「ふん……『あの子のことがゼーンブわかる、ウキウキきらきら血液型うらない』?」
 どうでもいいが、真面目な表情をして真面目な声でそういう文章を読み上げないでもらいたい。瑠佳がちょっと怯えた顔をしているではないか。
「バカバカしい。地球人の血液型はよほど特殊なケースを除いて、四種類しかないじゃないか。人間の性格がたった四タイプに分けられるなら、僕がこんなにも調査に苦労するものか」
 高遠の不満げなその呟きも、瑠佳の 「調査って?」 という小さな声で出された疑問も、史緒は聞こえなかったことにした。
「A型は几帳面、B型はマイペース……史緒、君は何型だ」
「大雑把のO型」
「……当たってるな……」
 どういう意味だよ。顎に手を当てて考え込むな。
「あとは……星座占い? 『キャッ、恋も未来もこれでバッチリ! ワクワク星うらない』……」
「あの……た、高遠君は、何座なの?」
 瑠佳がびくびくしながらも、勇気を振り絞って問いかける。会話のきっかけを掴みたいというより、この変人をどれかの星座に当てはめて、そうかやっぱりナントカ座だもんね、という安心を得たいのだろう。人は、理解できない出来事に遭遇すると、なんとか自分の中の常識に照らし合わせて少しでも納得したいと願うものらしい。
 しかし高遠は、怪訝そうに顔を上げて瑠佳を見返した。
「何座とは、どういう意味だ?」
「だからあの……星座の……」
「星座とは、天球上の恒星を繋げて、何かの図に見立てたものをいうんだろう? 僕は今のところ地球人類ということになっているから、君の質問の意味が判らない」
「…………」
 意味が判らないのはアンタだろ、と心の中で叫んでいるかどうか定かではないが、瑠佳は困り果てた顔で黙り込んでしまった。アホに慣れない友人が気の毒になってきたので、史緒が助け船を出してやる。
「誕生日によって、十二の星座がそれぞれあてがわれるんだよ。生まれた時に、太陽がどの位置にあったとかなんとかそういう理屈で決められてんの」
「適当な説明だな」
「あとは自分で調べて」
「どうして君はそういい加減なんだ。O型だからか」
 こいつ、もしかしてけっこう気に入ってないか。
「しょうがないから見てあげるよ。高遠君は何月何日生まれ?」
 やれやれと肩を竦めて、高遠から本を受け取り、星座表の載っているページを開く。
 そして、ふと、教室内の空気が微妙に緊張していることに気づいた。男の子たちは普段と同じくわいわいと騒いでいるが、女の子たちがみんなして妙に静かだ。視線はこちらに向けないものの、明らかに耳をそばだてている気配を感じる。
 なるほど、と思うと同時に、呆れた。

 ……そんなに、コレの誕生日が知りたいかねえ。

「僕の生まれた日?」
「そう」
「要するに、書類の生年月日の欄に記載する日付のことか?」
 それは 「要するに」 なんていう言葉でわざわざ言い換えなきゃいけないことか?
「持って回った言い方しないでさっさと言え」
「君は人に対する態度が乱暴だ。O型だからか」
 うるさいよ!
「そういう高遠君は何型なわけ」
「血液型は今まで書類に記載する項目がなかったから設定していない」
 普通に知らないって言えばいいだろ! あんたはどう見ても二重人格のAB型だよ!
「もういいから、誕生日!」
「四月……四月、二十六日」
 ほんの少しだけ、高遠が言い淀んだような気がしたが、そこはスルーして、さっさと本に目を戻した。周りの女の子たちが、「四月だって」 「二十六日だって」 とヒソヒソ話しながら、生徒手帳にメモったりしている。来年のこの日は、さぞかしどっさりと高遠宛てにプレゼントが届くのだろう。ご苦労さんだ。
「おうし座だね。えーとなになに……『温厚で、人当たりが柔らかい』……?」
 誰、それ。こいつの表向きの人格のことか。
「『争いごとを好まず、何も言わずに裏でこっそりと誰かを助けてあげるような優しさがあり』……?」
 そんなとこ、見たことないけど。
「『粘り強く忍耐強く、目的を達成するためにはあらゆる努力を惜しまない』……?」
 ほとんど見当はずれの方向に向けられているアレを、努力などという言葉に置き換えてもいいのか。大体、高遠の目的ってなに? 地球征服?
「『独占欲、所有欲が強く、一人の人間に執着することも』……?」
 うわー、なんだよこれ。怖いよ! 高遠に執着なんてされたら、その先の人生がものすごく厄介だぞ。可哀想になあ。
 史緒はパタンと本を閉じて、結論を出した。

「まあつまり総合的に言って、星座占いなんていうのは、ぜんぜんまったくアテにならないってことだね!」

 晴れ晴れと言ったのに、瑠佳はどこか複雑な表情だ。なんでこっちをそんなにじっと見つめてるんですか?
「ふうん……」
 高遠は腕組みをして、何事かを考えるように首を傾げている。
「……内容はさておき、こういうものに縋ったり頼りたくなってしまう人間の心理というものを考えると、少々興味深いな。科学的根拠はまったくないのに、あっさりと受け入れて、信じてしまうんだろう? 人というものは、自分や相手を、どういう形にしろ分別して定義づけをしないと落ち着かないということか。それはなんていう弱々しさ、自我の脆さなんだろう」
 ぶつぶつと言っているが、高遠は自分がよく 「君は〜だ」 と決めつけるような物言いをすることに気づいていないらしい。こいつの場合、占いなんていう他人が決めたものではなく、自分自身の偏見と思い込みと過剰な自信から発生している分、弱々しくはないかもしれないが。むしろその強烈すぎる自我を、もうちょっと抑え目にして欲しいくらいだ。
「こうなったら、もう少し占いというものを踏み込んで調べたほうがいいだろうか。他にはどんなものがあるんだ?」
「えー、他に?」
 高遠に訊ねられ、史緒は唇を曲げる。もともと占いに興味がないのに、知るもんか。
「うーん。いろいろじゃない? 手相とか、水晶とか、姓名判断とか、動物占いとか」
「そんなにあるのか」
「あ、あと、筆跡占い、っていうのもある」
「筆跡占い?」
「書かれた文字で、その人の性格がわかるってやつ。そうだ、高遠君もちょっとやってみなよ」
 と、史緒がいそいそと机の中から取り出したものを見て、瑠佳が驚いたように目を見開いた。
「フミちゃん、それ……」
「うん?」
「色紙、だよね?」
「そうともいうかな」
「どうしてそんなものを持ってるの?」
「なんとなく」
「な、なんとなく?」
 瑠佳は混乱しきっているようだったが、史緒はさりげなーく色紙を高遠の目の前に置いた。
「高遠君、これに名前を書いてごらん」
「名前? なぜだ」
「だから筆跡占いだよ。わたしが見てあげるから」
「君はその筆跡占いとやらについて詳しいのか」
「いいから、名前書いて」
「名前を書くことによって僕の何が判るか、詳細に説明をして……」
「い・い・か・ら、書いて」
「…………」
 納得していない様子ながらも、史緒の剣幕に押されたように、渡されたペンを持ち、高遠が渋々 「高遠洸」 と自分の名前を色紙に書く。まっすぐでまったく歪みのない、ちょっと腹立たしいほどに整った文字だった。
「うん」
 その色紙を手に取って眺め、史緒は満足げににこっとする。
「それで、ここから何が判るんだ」
「高遠君は、右利きだね」
「……目では見えないものを判断するのが占いだと、君は言ってなかったか」
「四角四面の性格です」
「文字の形がそうだからということじゃないだろうな」
「偉そうで、イバっていて、よく近くの女の子にアホらしい質問をして困らせたり、厄介ごとに巻き込んで迷惑をかけたりしています。気をつけましょう」
「それはどう聞いても占いじゃない」
 高遠は苦情を並べ立てかけたが、その時ちょうど休み時間終了を知らせるチャイムの音が響いた。
「はい、授業授業。高遠君も瑠佳も、自分の席に戻ってね」
 史緒はそう言って、二人の背中を押して追いやると、高遠の名前が書かれた色紙を机の中に大事にしまい込んだ。


          ***


「うっわあー! ありがとうございます、塚原先輩!」
 史緒から高遠のサイン色紙を渡されたメガネちゃんは、頬を紅潮させて狂喜した。
 目をキラキラと輝かせ、宝物のごとく両手で掲げた色紙に見入っている。史緒もちょっと肩の荷が下ろせてほっとした。
「じゃあ、これで借りは返したよ、メガネちゃん」
「はい!」
 あとは田中君と高遠か。面倒だなあ。いちばんイヤな予感がする高遠は、いちばん最後に廻すことにしよう。田中君、お願いだから高遠よりは常識的なことを言ってよね。こんなに返済に苦しむとは、やっぱり借金はすべきじゃない。いや借りたのはお金じゃないけど。
「そういえばメガネちゃん、高遠君の誕生日は四月二十六日なんだってさ。知ってた?」
「いやですよ塚原先輩。そんな基本的な個人データはもちろん把握しているに決まってるじゃないですか」
 メガネちゃんは自信満々に胸を張った。
「本人に聞いたの?」
「まさか。聞いても、教えてくれないらしいですよ。というか、どうしてそんなことを知りたいのかと、延々と理由を問い詰められるので、それをクリアして聞き出せる猛者はいなかったみたいです。でもホラ、いろんな書類には書いてありますからね」
「……へえ」
 その書類はどんな書類で、メガネちゃんがどういう手段でそれを見たのかということは、聞かないでおこう。
「けど、高遠先輩については、あれこれ謎が多いんです。書いてある住所にある家は表札も出ていないし、近所の人も、あそこは空き家じゃないかと言うくらい、人の住んでいる気配はないらしいですし」
 家にまで行ったのか。さすが筋金入りのストーカーは行動力がある。
「それに、血液型もまだ掴んでいません」
「本人も知らないみたいだよ」
「そうなんですか。そういう人、たまにいますよね。でも残念です。おうし座の何型かで、もうちょっと細かく性格分析が出来るのに」
 こっちもやっぱり占いか。史緒は首を捻って、そうかなあ、と曖昧に答えた。
 やっぱり、よく判らない。
 あんなのちっともアテにならないじゃん。大体、そんなことをして一体何の意味があるのだろう。

 ……高遠は高遠なんだし、別に、ありふれた既存の型になんて押しつける必要はないと思うんだけどな。

「そういえば、塚原先輩の妹さんも四月生まれだとか」
「え、なんで知ってんの?!」
 史緒はぎょっとしたが、メガネちゃんはニコニコだ。いや待って、ここ笑っていいところじゃない。
「塚原先輩の個人データも少々」
「ちょっとやめてよ! わたしは関係ない!」
「ご安心ください。流出はしません」
「安心できないよ!」
「四月生まれは新学期もはじまったりして、何かと忙しい時期で大変ですよね」
「こらっ、ごまかすんじゃない!」
 捕まえて説教してやろうと思ったが、メガネちゃんは 「じゃあまたー!」 と元気に言うと、見事な身のこなしで、さささっと逃げて行ってしまった。忍者か!
「まったく……」
 腰に手を当て、息を吐く。卯月のことまでどうやって調べたんだか。そりゃ、卯月が生まれた四月は、史緒の中学入学と重なって、いろいろと大変だったけど──
 そこまで考えて、ん? と眉を寄せた。
 四月は、入学や新学期の月。
 卯月の生まれた時以外に、大変だった四月といえば、史緒が思い出すのは、小学五年生の四月だ。五年三組に進級し、ジャンケンで負けて生きもの係になってしまい、高遠が転校してきた、あの時。
 あれ。そういえば、ちょうどそれくらいじゃなかったっけ。四月二十六日。

 生きもの係の最初の当番の日。
 ──史緒が、ウサギ小屋で、高遠とはじめて出会った日。

「…………」
 ちょっとの無言の後、気のせいかな、と呟いた。



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