銀河の生きもの係

中学生編

9.厄災満載体育祭 (前編)



 毎年十一月の終わりになると、天漢中学校では体育祭が行われる。
 普通は十月の体育の日に合わせて開催されそうなものだが、十月には、中学生にとって最も大事な (と大人は考えている) 中間テストというものがある。テストの前後に体育祭などがあると、ただでさえお祭り騒ぎに熱中しやすい中学生はもう、勉強が手につかないやら浮かれてしまうやら抜け殻のようになってしまうやらでちょっと大変なことになってしまうので、保護者の要望と教師の判断で、体育祭のほうを十一月にずらしてやることになっているのだ。それならそれで、体育祭なんていう行事そのものをナシにしてしまえばいいじゃん、と面倒くさがりの史緒は思うのだが、頭の固い教育機関はそれも良しとはしないのだった。健全な精神は健全な肉体に宿る。それはわりと幻想ですよ、先生たち。
 それはともかく、十一月の半ばあたりから、体育祭の準備や練習がはじまって、やりたくもない応援ダンスとかを覚えさせられ、史緒はこのところ、かなりゲッソリしているわけなのだ。四組の優勝に命を賭ける、と盛り上がっている人もいて、そういうのの邪魔はしないし一人だけバカバカしいという顔をしたりもしないから、全員に熱い応援を強制するのはやめて欲しい、と切実に思ったりするわけなのである。すべての中学生が、真っ赤な夕日を見て汗を流すことに感動すると思うなかれ。
 その応援ダンスの全体練習の休憩中、こっそり校庭の隅の木陰で座り込み、ふうー、と息を吐いている史緒のところに、メガネちゃんがやって来た。


「塚原先輩、塚原先輩、お疲れ様です」
 相変わらず忍者のように目立たずに、ひょっこりと木の向こうから顔を覗かせたメガネちゃんは、頭にオレンジ色のハチマキをつけていた。
「あれ、メガネちゃん、二組?」
 天漢中学の体育祭では、縦割りでブロック分けがされる。つまり、一年一組と二年一組と三年一組、というように、異なる学年の同じクラスが、ひとつのブロックとなるわけだ。そのブロックにそれぞれ色が与えられ、白ブロック、緑ブロック、青ブロック、などと呼称される。
 メガネちゃんがつけているオレンジは二組のカラー、史緒のいる四組は赤ブロックだ。体育祭では、種目の点数はこのブロックごとに集計され、一位、二位、三位と順位づけがなされる。それとは別に、最優秀クラス賞などが、これはブロックとは関係なく個別に授与される。最優秀選手賞は投票制だ。史緒はそのあたりまったく興味がないので、とにかく早くこの行事が終わってくれないか、と望むことはそれくらいである。
「はい、一年二組です」
「へえ……」
 元気に答えるメガネちゃんの顔を、思わずまじまじと眺めてしまう。
 そういえばこの子、普通にクラスに在籍する中学生なんだよなあ、と再認識して意外な気持ちになった。なんだかいつも現れ方とか言動とかが尋常じゃないので、そのことをぽっかりと失念してしまっていたらしい。
 一体、メガネちゃんて、クラスではどんなんなのだ。このキャラで浮いてないのか。ていうより、ちゃんとマトモに授業受けてんのか。いつも高遠のストーカーをしているところしか見たことないんだけど。
 そもそもこの子、本当の名前はなんていうんだろ?
「…………」
 いろんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡ったが、まあいいや、とあっさりそこに蓋をして、史緒はそれ以上を考えるのも追及するのもやめた。
 メガネちゃんは変な子だが、性格は悪くない。史緒はもうすでにその突飛さに慣れつつあるし、この子のことはけっこう嫌いじゃない。それでよしだ。名前やその他のことは、言う気になったら自分から言うだろう。
 そんなことより現在気になるのは、オレンジブロックの子たちは休憩中でもなんでもなく、グラウンドで張り切って練習中、というところである。ねえねえメガネちゃん、あそこから抜けてきたの? 抜け出しても他の人はまったく気づいてないの? その技、ぜひ史緒にも伝授してもらいたいんですけど。
「先輩、先輩の出る競技はなんですか?」
「その先輩っていうのは、前のがわたしで、後のは高遠君のことかな」
「はいもちろんです! 他の人が何に出ようがそれはどうでもいいです!」
 清々しいほど、他のことには興味がないんだね、メガネちゃん。
「えーとね」
 史緒は首を傾げて考えた。個人の出場種目は立候補と推薦で決まっていくのだが、高遠の場合、ほぼ女子生徒の推薦オンリーだ。基準は、どれがいちばん高遠に似合ってカッコイイか、である。これまた清々しいほどに、二年四組の女子は勝敗よりも自分の欲望に忠実になることに重きを置いているのだった。
 しかしまあ、高遠が誰かに負けるというのも考えにくいから、それはあながちイコールで繋がらないこともないのだが。
「二百メートル走、ブロック対抗リレー、クラス対抗リレー、だったと思う」
 普通に走るものばっかりなのは、やはりそれがいちばん体育祭の花形で、カッコよく見える、ということなのだろう。高遠がムカデ競争とかに参加するのも違和感があるし、協調性皆無だから上手くいくとも思えない。他にもリレーといえば障害物リレーがあるのだが、網をくぐったりタイヤに潜ったりするのは王子には相応しくない、ということで却下されたらしい。
「わあー、高遠先輩にピッタリの種目ばかりですね! 目を皿のようにして見ます!」
「普通に見なよ。どうせ一位に決まってるし」
 ちなみにリレーはどちらもアンカーだ。勝負が決まってて、ちっとも面白くない。
「何言ってるんですか! 高遠先輩が颯爽と風を切って走る姿を思い浮かべただけで、興奮のあまり夜も眠れませんよ! そうそう、塚原先輩は何に出られるんですか?」
「ついで感がだだ洩れなんだけど。わたしは大玉転がしと綱引き」
「なんだかやる気の感じられない種目選択ですねー」
 どちらも、他の人に頑張ってもらおう、という姑息な考えがミエミエだったようだ。
「出場することに意義があるんだよ、こういうのは」
「違いますよ、勝つことに意義があるんです! 塚原先輩の勝利は高遠先輩のクラスとブロックの勝利にも関わってくるんですから、死にもの狂いで頑張ってくださいね!」
「メガネちゃんはもうちょっと、自分のクラスとブロックの勝利のことを考えてもいいんじゃないかな」
「もちろん頑張ります! だって準優勝したら、優勝した赤ブロックの隣に行けるんですもん! 最優秀選手賞を受け取る高遠先輩の勇姿もすぐ間近で……ぐふふふ」
「まだ始まってもいないうちから、あれこれ確定しちゃってるんだね。とにかく現実に戻ろうか、メガネちゃん。メガネちゃんは何に出るの?」
「私ですか。私は台風の目と借り物競争です!」
「へえ、借り物競争っていうと、紙に 『好きな子』 とか書いてあって、群集の中から見つけた相手を、来て、とか言いながら手を引っ張って周りにキャーキャー言われながらゴールに向かって走るというアレ……」
「そんな少女漫画風なベタな展開があるわけないじゃないですか。書いてあるのはせいぜい、サッカーボールとか校長先生とか、そんなもんですよ。もっと現実を見ましょう、塚原先輩」
 ストーカーに現実を見ろと説教された。不本意極まりない。
「あと、全体競技の大縄跳びですね。二年生の全体競技は騎馬戦でしたよね?」
「うん、そう」
 そういえばそうだった、とげんなりする。全体競技というやつは、クラス全員で参加が義務付けられているわりに、それなりに手を抜くことができない種目が設定されているのだ。どうして学校は、そうも生徒同士で競わせたり戦わせたりすることを押しつけてくるのだろう。戦うのはヒロインに任せて、一般民衆はだらだらと平和にいこうよ。
「高遠先輩は馬ですか、騎手ですか」
「騎手だね」
 やつが馬になって騎手の命令など聞くはずないではないか。
「塚原先輩は」
「わたしも騎手」
 史緒はもちろん高遠のような理由ではなく、小柄で体重が軽いから、という普通の理由だ。線の細さでいえば瑠佳のほうが細いのだが、背が高いということで馬のほうに回された。あんなに気弱な馬が攻撃をかけられるのか、他人事ながら心配である。
 メガネちゃんは、史緒の答えを聞いて、ちょっと考えるような間を置いてから、表情を改めた。
「あの、塚原先輩」
「うん?」
「余計なことかもしれませんが、気をつけてくださいね」
「うん?」
 同じ反問を繰り返してメガネちゃんを見返すと、彼女は眼鏡の奥の丸っこい瞳を生真面目にこちらに向けている。
「塚原先輩は高遠先輩のお気に入りなので、よく思っていない人も多いんです。そういう人たちは、普段は高遠先輩の目を気にして何も手出ししてこないんですけど、いつも機会は窺っているんです。体育祭というのは、どさくさまぎれに 『事故』 が起こっても、誰も不審に思いませんから」
「…………」
 高遠のお気に入り、という部分は激しく引っ掛かるが、それ以外の内容は自分にも心当たりがないわけでもないので、んー、と曖昧に返事をしておく。たとえ高遠の召使い認定をされていても、悪口を言われたり嫌がらせみたいなことをされたことは、これまでも何回となくあったことだ。
「ま、なんとかなるよ。わたし、そういうのあんまり気にしないし。でもそういうことを瑠佳とか結衣ちゃんとかには言っちゃダメだよ、変に心配するかもしれないからね」
 唇に人差し指を当てて念押しすると、メガネちゃんは少し黙ってから、渋々のように、はい、と頷いた。
「ところで塚原先輩、高遠先輩とは最近どうなんですか?」
「は?」
 いきなりの話題転換にたじろぐ。
「……なんで?」
 と訊ねると、メガネちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「このところ、あんまり高遠先輩のそばに塚原先輩の姿を見ないなあ、と思って」
「あのねメガネちゃん、言っとくけど、わたしは高遠君の見張り役でもなんでもないんだからね? そりゃ四六時中そばになんていないよ」
「けど、高遠先輩は何かっていうと塚原先輩の近くに寄っていくじゃないですか。高遠先輩を見失っても、塚原先輩をマークしていれば自然と高遠先輩も射程範囲内に入ってくるので助かってたのに。この頃そういう回数が減って非常に不便です」
 なんでそんな不満顔をされなきゃいけないのか、訳が判らないよ!
「別にどうもなってないよ。今までと同じだよ」
「そうですかあ?」
 史緒の返事に、メガネちゃんは納得いかないような声を出した。そこからちょっと目を逸らして、ぼそっと聞いてみる。
「……メガネちゃんは、そういうのいいわけ?」
「は?」
「高遠君のこと好きだから追っかけ回してるんでしょ。他の子みたいに、わたしのこと目障りだなとかウザいなとかは思わないわけ?」
「えー、だって」
 史緒の問いに、メガネちゃんは破顔した。にこっと笑って、あっさり言った。
「塚原先輩と話してる時の高遠先輩が、いちばん生き生きして楽しそうですもん。そういうところを見られないと、そっちのほうが寂しいですよ!」
「……ふーん」
 明るい笑顔のメガネちゃんを見て、史緒はそれだけ言って口を噤んだ。


          ***


 さすがに筋金入りのストーカーだけあって、メガネちゃんの観察眼は正しい。
 ……最近の高遠は、ちっとも史緒に近寄ってこないのだ。
 ついこの間まで、何かというと話しかけてきたくせに。史緒が瑠佳とお喋りしていようが、女の子同士でヒソヒソ話をしていようが、いつもお構いなしに堂々と割り込んできて、「史緒、僕は気づいたんだが」 とくだらないことを言いに来ていたくせに。
 朝登校する時も、授業の合間の休み時間も、昼休みにまったり寛いでいる時も、一人で家に帰る時も。
 ぜんぜん、高遠が現れない。
 あちらは普通に登校して、授業を受けて、いつものように優等生の仮面を被って女の子たちにキャーキャー言われている。特に態度が変わったわけではない。いきなりもうひとつの別人格が目覚めたとか、そういうことでもなさそうだ。
 なのに、なんだか距離を感じるのである。話しかけてくることはあっても、ものすごく無難なことしか言ってこない。用件が済むと、さっさと離れて行ってしまう。今までは用事も何もなくても鬱陶しいくらいに史緒にまとわりついていたのに、「そうか、わかった、じゃあ」 という返事だけで背中を向けてしまうのだ。
 最初のうちは、史緒もわりとせいせいしていた。どこにいてもいつの間にか近くに来ていて、延々と訳の判らない話に付き合わされるのに比べたら、なんて静かでいいことかと、しみじみその変化を喜ばしく思っていたくらいだった。
 ──しかし、それが一週間以上も続くうち。
 なんか、ちょっとムカムカしてきた。なんなんだよ、その態度。今までさんざん史緒に迷惑をかけて、厄介ごとのど真ん中に無理やり突き飛ばすようなこともして、意味の判らない妄想オタク趣味にも付き合わせておいて、気が済んだらそれか。常識や良識がないことは前々から知っていたが、あまりにも恩知らずすぎないか。
 腹は立つが、かといって、自分のほうから寄っていくつもりもない。大体、別に喧嘩したわけでもないんだし、怒ったり、怒らせるようなことをした覚えもないのだ。いきなりあっちが素っ気なくなったからといって、史緒がそれを咎めたり責めたりするのも変な話ではないか。
 そんなわけで、なんとなく不愉快な気持ちを抱きながら、史緒のほうでもこの状況を知らんぷりでやり過ごすしかなかった。瑠佳や結衣ちゃんが非常にもの言いたげにしているのは気づいていたが、それも見ないフリだ。だってしょうがないじゃん、史緒は特に何もしていないし、したつもりもないんだから。
 しまいには、勝手にしろ、というふてくされた気分になって、高遠のことは心の中から追い出すようにした。考えるとイライラすることは、はじめから考えないに限る。借りを返す、という件もこれでご破算だ。あーよかった。気が楽になった。綺麗さっぱり忘れてしまおう。
 もう知らないからね!


 そんなモヤモヤを持て余しつつ、体育祭当日になった。
 もともと気乗りしない行事である上に、自分では処理しきれない腹立ちが残っているのでは、どうやったって楽しめるはずもない。抜けるような青天とは裏腹に、史緒の心は灰色の雲に埋め尽くされた曇天のような有様だった。
 女の子たちの陽気な歓声と、男の子たちの威勢のいい掛け声が響く。二百メートル走では高遠はやっぱりぶっちぎりのトップでゴールして観客席を大いに沸かせ、見に来ていた保護者からも称賛の声が上がるほどだった。ブロック対抗リレーも、クラス対抗リレーも、難なく予選を突破して、午後からの決勝に出場が決まった。
 高遠はそれだけのことをしても、汗ひとつかかず涼しい顔をしている。さすが王子、と女の子たちのボルテージは上がる一方だが、史緒のムカムカも増加する一方である。高遠が涼しい顔をしているのはいつもと同じなのだが、今日はやたらと癇に障る。なにが王子だ、この冷血動物が!
 そんな調子で、赤ブロックは一位で午前の種目を一通り終えた。昼食をとって一時になったらまた集合、という放送がかかり、みんながざわざわと移動を始める。
 史緒の出場種目は、二つとも午前中に終わってしまったので、あとはもう昼休みの後の騎馬戦を残すのみだ。やれやれと思いつつ、お弁当を食べに教室へ戻るため席を立つ。
 ぞろぞろとした人波から外れて、校庭をぐるりと回った。
 吹奏楽部に所属している瑠佳は、体育祭ともなるといろいろと忙しくてあまり一緒にいられない。校舎裏で楽器を片付けている彼女に、先に行って待ってるね、と声をかけておこうと思ったのである。
 ──が、瑠佳を見つける前に、体育館前でウロウロしていた田中君とばったり会った。
「うわ、塚原?!」
 なんでそんなにビックリしてるのだ。
「何してんの、田中君、こんなとこで」
「いいいいや、べべ別に」
 ジャージを着て、緑のハチマキを頭に巻いた田中君は、動揺したように目を泳がせて言葉をどもらせた。赤くなった黒い顔をあっちこっちに巡らせているが、しかし明らかに、とある一方向に意識が向けられている。
「?」
 史緒も、そちらに目をやってみた。
 体育祭中は出入りが出来ないよう施錠されている体育館の北扉、その向こうは花壇があって物置がある。さらに裏にはプールがある。無論、今日の行事と無関係なその場所は今はひっそりとして、人影はない……はず。
 いや、あった。
 史緒のいるところからちらっと見えるのは、女の子の髪の毛だ。ポニーテールにされているそのしっぽの部分がゆらゆらと揺れて、体育館の建物の影から覗いている。誰かあそこに立っているらしい。
 それを見て、ピンときた。
 なるほど、体育祭、昼休み、人気のない場所、女の子、ときたら、想像できるものは限られる。熱気と高揚とで浮かれきっている中学生たちが、この機に乗じて好きな子に告白を、となるのは十分考えられるケースだ。
「ごめん、邪魔した」
 一言言って踵を返し、すたすたとその場を去ろうとしたら、慌てた田中君に腕を掴んで引き止められた。
「いやっ、お前なんかちょっと変な誤解してるだろ! 俺は違うぞ、呼び出されて来てみたら先客が……いやいやいや、違う違う、と、とにかく行こうぜ、ここにいるのはよくない。うん、行こう。な?!」
 なんだかやたらと焦ったように、田中君が史緒の腕を引っ張って反対方向に行こうとする。史緒は 「えー」 と言いつつ、後ろを振り返った。
「けどさ、あの子……」
「違うから、無関係だから! もう見るなって!」
 そうは言われても、シャイな田中君に告白しようとした女の子の邪魔をしてしまったかと思うと、史緒だって申し訳なさで居たたまれない。あそこで待ってる子に悪いことしたなあ、と後ろ髪引かれる思いで、どうしても目線はそちらへと向かってしまう。
 と。
 その女の子が体育館の影から出てきた。彼女はこちらに目もくれず、たたたっとそのまま別のほうへと走り去ってしまう。あれ、田中君を待ってたんじゃないのかな、とぽかんとしながら見ていると、続けてその場所からもう一人の人物が出てきた。
 すらりとした背格好、均整のとれた身体つき、長い手足、さらりとした黒髪、無表情の浮かぶ整った美貌──
 高遠だ。
「…………」
 史緒を引きずって歩く田中君が、同じく後ろを振り返り、あちゃあ、という呻くような声を出す。そうか、田中君はそこに高遠がいること、今まさに取り込み中だということを知っていたわけだ。だからあんなにもうろたえていたのか。
 ふーん、と思う。
 別に、それならそれで、口で言ってくれればよかったのに。瑠佳の偽ラブレター事件の時はともかく、史緒には、他人の告白現場を好きこのんで覗こうなんて趣味はない。高遠がこの手の経験が豊富だということだって知ってるし、今までそれを聞いたって、やつの冷淡さには憤慨しても、それ以上のことはなんとも思わなかった。
 実際に、その場面に遭遇したのははじめてだけど。
 ふーん。あーそう。
 別にいいじゃん。興味ない。高遠のことはもう関係ない。誰に告白されていようと、どんな返事をしていようと、史緒は関知しない。これから高遠が誰に話しかけて、誰とオタク話を繰り広げようが、そんなもん、知ったこっちゃない。
 知ったことか。
 史緒は眉を上げてくるりと前を向き、逆に田中君を引っ張るようにして、ずんずんと足取り荒くグラウンドの砂を蹴って歩いた。



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