銀河の生きもの係

中学生編

11.夢という名の宝箱 (前編)



 十二月になった。
 先月の末に行われた体育祭の余韻もそろそろ収まり、やっとゆったり落ち着いた気分になるかというと、そうでもないのが中学生というものだ。すぐにやってくる期末テストの勉強に追い立てられ、それを乗り越えれば冬休みだクリスマスだ正月だと楽しい行事が目白押しのこの時期、学校中はやっぱり地に足がつかない状態で、そわそわと浮かれてしまっている。
 その頃になると頭の包帯も取れ、通常通り運動もして構わないという許可も下りて、史緒はほっとした。体育の授業を受けなくていいのは楽でよかったが、なにしろあんなものをつけていると、どこでも目立ってしょうがない。ただでさえ体育祭の時に全校生徒の注目の的になってしまった史緒の包帯は、目にするたびに、あああの時の、といちいちみんなにあの時の記憶を掘り起こす役割を果たしてしまうらしく、じろじろ見られるのも相当辟易していたところだったのだ。
 でもあの件で、また史緒への風当たりはキツくなるかなとある程度覚悟していたのだが、それほどでもなかったのは予想外だった。一年生と三年生は史緒を見てひそひそと話していたりすることもあるが、そこにさほど悪意や敵意は混じっていない。二年生女子に至っては、なんだか腫れ物に触れるような扱いだ。ちらっと史緒の包帯を見ては、すぐに目を逸らしてしまう。無視をされたり意地悪をされたりするわけではないものの、なんとなく遠巻きに見られているような、そんな感じだった。
 それについて、瑠佳の意見は、
「いろいろと諦めたんじゃないのかな」
 というもので、結衣ちゃんの意見は、
「なんかもうしょーがないっていう気持ちなんだよ」
 というものだった。
 悪いけど、史緒にはどっちの意見もぜんぜん判らない。
 しかしとにかく、女子たちに絡まれないで済むのは嬉しい。理由はまあいいやと棚上げすることにして、史緒はこの状況を歓迎することにした。きっと、怪我をさせたことで、何がしかの罪悪感があるのだろう。死ななかったんだから別にいいじゃんと考える史緒に彼女らを責める気はないが、もう気にしなくていいんだよとわざわざ優しく言ってやるほどの善人でもないので、その件についてはお互いスルーだ。面倒事が減ってラッキー、と快適になった学校生活に満足して、史緒は日々を過ごしていた。
 高遠は、またしょっちゅう史緒のところにやって来て、くだらないことを訊ねてくる。
 なぜか、体育祭以降、高遠に告白してくる女の子の数は、ほとんどゼロに近くなるほど激減したらしい。


 そんなある日、
「あっ、塚原先輩、塚原先輩! こんにちは!」
 廊下を歩いている時に声をかけられて振り向くと、メガネちゃんがニコニコしながら駆け寄ってくるところだった。
 予想外といえばこの子もそうで、体育祭を終えてから、以前に増して史緒に懐いてくるようになった。何かというと、あの時の高遠先輩は素敵でしたねえ! とウットリして、それはいいとしても、史緒に対して無邪気に同意を求めてくるのがよく判らない。この子には負の感情というものがないのだろうか。そもそも何を考えているのかも謎なのだが。
「メガネちゃんはさあ、高遠君のことが好きなんだよね?」
 首を傾げて訊ねると、メガネちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「はい! 大好きです!」
 寸分も迷いのない回答である。その一途で健気な姿は、眩しいほどに爽やかだ。普段ストーカー行為をしていることもつい忘れて、ものすごく可愛く見えるほどだ。
「わたしのこと、ムカついたりしないの?」
 以前にも聞いたことを、史緒はもう一度改めて問いかけた。
 好きな人の近くに、自分以外の存在がいたら、イヤだと思うものじゃないのかな、というくらいの想像力は史緒だって持っている。もしも瑠佳に彼氏が出来て、史緒を放ってその人とばかりベタベタしていたら、よかったねと思う気持ちとはまた別に、多分ちょっとムッともしてしまうだろう。それがヤキモチという名前のもので、誰の中にでもあるものだということも知っている。
 史緒は高遠と仲良くしているつもりはないので、女の子たちから、そういうヤキモチだとか嫉妬だとかを向けられるのは、非常に不本意だ。理不尽なことだとも、思っている。
 ……でも。
 近くにいて、話をしているのが、「自分ではない」 ということが、悔しくて腹立たしい、という気持ちになるのは、少し、理解できる。
 理解できる、ようになった、最近。
 けれどメガネちゃんはやっぱり、「ムカついたりなんてしません!」 と以前と同じように、にこっと笑って断言した。
「だって私、塚原先輩のことも好きですから! それに、高遠先輩が一人でいる時よりも、塚原先輩と二人でいる時の高遠先輩のほうが好きなんです! 高遠先輩に塚原先輩がセットで付いて、どどんとお得感満載です!」
「いや、そんな深夜のテレビショッピングみたいなノリで言われてもさ……」
 史緒の当惑は深まる一方である。
「高遠先輩は、塚原先輩の前では、他の人といる時とぜんぜん違う顔をするので、それを観察するのが楽しくてたまりません! 私、二人が話をしているところ、見ているだけで幸せになれますもん!」
「えー……」
 そういうもんなのかなあ、と首を捻る。
 よくわかんないな。好きな人を見ているだけで幸せ、ってのは、少女漫画とかでもよく見かけるけど、自分以外の誰かと一緒にいてもそう思ったり出来るもんなのかな。そういうパターンの主人公にはあんまりお目にかかったことがないんだけどな。

 ──つまり、「好き」 っていうのは、いろいろなのか。
 いくつもの色があって、形があって、それぞれ中身も違っているそれを、一人一人が大事に胸の中にしまい込んでるのか。

「…………」
 少し黙って考え込む史緒に、メガネちゃんは屈託ない笑顔で、「というわけで、塚原先輩にもコレあげます!」 と何かを差し出してきた。
「え、なに?」
 きょとんとして目を向けると、その手にあるのは一枚の写真である。
「体育祭を見学しに来ていたお母さんの中で、あの場面を写真に撮った人がいたんです! やっと突き止めて、手に入れました! なんかドラマみたいで興奮してつい何枚も撮っちゃったーって喜んでましたよ! その全部を分けてもらったんですけど、コレはその内でも私のイチ押しのベストショットなんです! 私は大きく引き伸ばして自分の部屋に飾ってありますが、まだ数枚あるので塚原先輩にもあげます、特別です!」
「はあ……?」
 胸を張って自慢げにされても、史緒は意味が判らない。とりあえずその写真を受け取ったところで、
「じゃあまたー!」
 とメガネちゃんは手を挙げてさささっと走り去って行ってしまった。
「?」
 ぽかんとしながらその後ろ姿を見て、次に、手元の写真を見る。
 そして、目が飛び出そうになった。
 写っているのは、抜けるような青空を背景に、すらりと裸足を晒して立つ、体操服姿の高遠だ。
 ──その高遠が、頭から血を流した女の子をお姫様抱っこしている。

 なんじゃこりゃあっ!!


         ***


 しばらくショックから立ち直れなかった史緒は、話しかけてきた高遠の言葉をほとんど聞き流した。
 ぽーっとしながらうっかり 「うん」 と頷いてしまい、もう一度聞き直す。
「……え、なんて?」
「だから明日だ」
「は?」
 間の抜けた顔で問い返す。昼休みの教室は、それでなくてもざわざわとして人の話が聞き取りにくい。史緒の前の席に座った高遠は呆れ顔、すぐ横にいる瑠佳は牛乳パックを持った手の動きを止めて、史緒と高遠との間で視線を行ったり来たりさせている。なんでそんなに息を詰めるような顔をしてるんだろう?
「君、人の話を聞く能力が、さらに低下していないか。小学生の時よりも悪化の一途を辿っている。このままでは高校生になった時には大変な事態になりかねないぞ」
「ちょっとボンヤリしてただけで、そこまで言われる筋合いないよ!」
 本当のところ、あんな写真を見て、ボンヤリするくらいで済んでいるのだから、自分の克己心は大したものだと思う。
 今も頭の中は、自分の制服の胸ポケットにあるそのブツのことでいっぱいだ。あの写真、高遠の綺麗な顔はもちろん、額も頬も血で汚れた史緒の顔もしっかり判別できるくらいクリアに写っていた。あんな状況だったのに、ものすごい腕である。プロのカメラマンか。いや感心している場合ではない。
 あれを撮ったのは、一体誰のお母さんなのだ。そして、どういうルートでどこまで流出しているのだ。そこを調べ上げなければ、おちおち安心して日常も送っていられない。ああもう、せっかく安楽な中学生活を過ごせると思ってたのに!
 おそらくあれはデジカメで撮ったやつだろう。つまり、パソコンにデータが保存してある可能性大、ということである。この先ネットとかで拡散していったらどうしよう。人の記憶はすぐに消えるが、形になってしまったものはそう簡単に消えることはない。ポエムや痛い設定を書き綴ったノートのように、存在は残り続けて、のちのち成長した自分を恥ずかしさのどん底に突き落とすことになるのだ。
 なるほど、これが 「黒歴史」 ってやつなのだな、と心の底からその言葉の意味が腑に落ちた。ひとつ賢くなったが嬉しくない。厨二病には縁がなく、ずっとオタク趣味も持たずにいたというのに、なぜこんなことになってしまうんだろう。
 ぐるんぐるんと頭を悩ませている史緒に、高遠はやれやれという風情でため息をついて、もう一度説明を繰り返した。
「もう少しすると、冬休みに入ってしまうだろう」
「そうだね」
 もちろん、史緒は返事をしながら上の空だ。
「その前に済ませておく必要がある」
「済ませるっていうと」
 大掃除か何かの話?
「だから明日の土曜日に設定しようと、そういうことだ。時間は二時くらいでいいか」
「明日の二時ね……って、何が?」
 ここでようやく我に返って、史緒は意識と視線を、高遠に向けた。
 明日の土曜、二時?
 ちょっと待て、イヤな予感がする。
「だから、貸しの返済だ」
「えっ」
 それ、また有効だったの?! と史緒はびっくりした。体育祭前に、もう知らないからね! と放り出してしまったので、史緒の中ではそれはもうすっかり、「なくなった」 ことになっていたのだが。
「あの話はブラックホールに吸い込まれた惑星のごとくもう消滅して……」
「いつの間に消えたんだ。僕はそんなことを一言も言った覚えはない」
 高遠はまっすぐ史緒にびしりと人差し指を突きつけた。

「明日の二時、赤ん坊を連れてこい」

 ええーー!! と史緒は叫んだ。
「卯月を?! なんで?! やだよ!」
「拒否は認めないぞ。君は僕に借りがある。今度こそ赤ん坊を目の前で観察する機会を与えてもらう」
「他のことにしてよ!」
「駄目だ。僕の望みはじっくりと赤ん坊の構造と生態を調査して、検分することだ。僕にあんなくだらない芝居をさせた見返りとしては過小なくらいの要求だ」
「ちょっ!」
 史緒は慌てて両手を振った。ちらっと横を見ると、瑠佳が 「芝居?」 と首を傾げている。高遠が続けて口を開こうとしたので、その先を遮るために大きな声を出した。
「ああもうわかった、わかったよ! 卯月に会わせてあげればいいんでしょ!」
 ヤケクソになってそう言うと、高遠が満足げに頷いた。卑怯なり高遠。絶対わざと瑠佳のいる前でその話を持ち出しただろ!
「じゃあ明日の二時、場所は……そうだな、田中君のコンビニ前にでもするか。あそこならわかりやすい」
 田中君のコンビニ、というのは、自宅兼コンビニ店舗となっている田中君ちのことである。小学生の頃、史緒と高遠と田中君との三人で、アイスを立ち食いしたところだ。
 まあ確かに、あそこなら寒ければ店の中に入れるからいいか、と史緒も渋々同意した。どこかの公園なんかを指定されて、卯月に風邪を引かせることになったら困る。家にまで来られるのは論外だ。
「わかったよ、じゃあ明日ね」
 そう返事をすると、高遠はよしと偉そうに言って、席を立っていった。
 はあーっと深い息を吐きだす史緒に、ちょっと頬を紅潮させた瑠佳が、つつっと身を寄せてくる。うふふと嬉しげに笑いながら、こっそり耳打ちしてきた。
「デートだね、フミちゃん」
「…………」
 断じて違います。


          ***


 で、次の日。
 卯月をベビーカーに乗せ、史緒は田中君のコンビニ前に到着した。
 ちょっと早めに着いたので、まだ高遠はいない。やつのことだから、二時ジャストくらいになって悠然と現れるだろう。それを見越して十分前に来たのは、どうせだからコンビニで卯月に何かを買ってやろうと思ったためだ。
 軽快な音楽とともに自動ドアが開く。ベビーカーを押して店の中に一歩を踏み入れた史緒は、そこで、あれっ、と声を上げた。
「田中君」
 店のカウンター内で、エプロンをして立っているのは、ちょっとふっくらした田中君のお母さんではなく、田中君本人だった。中学生にしては背の高い方だからか、そういう格好をしていると、普通に高校生のバイトにしか見えない。
「塚原?」
 田中君は驚いた顔で史緒を見て、次いで、ベビーカーの中にいる卯月を見た。なんだこれ、という表情で眉を寄せる。そうか、田中君には、小さな妹がいることを言ってなかったな。
「妹の卯月だよ」
「妹?」
 田中君はますます驚いたように目を丸くした。
「ちっちぇーな。こんな齢が離れた妹がいんのか」
「そうだよ、わたしが中学に入学した四月に生まれたの。可愛いでしょ」
「うん……そう、だな」
 田中君は少し微妙な顔つきで、カウンターに肘を突き、身を乗り出すようにして卯月を覗き込んでいる。どうも、このくらいの小さな子供というのが未知の生物過ぎて、どういう基準で判断していいのか判らないようだ。それとも、小動物が苦手な田中君は、やっぱりこういうふにゃふにゃした生きものが、少し怖く見えるのかもしれない。
「田中君、アルバイトしてんの?」
「ばーか、中坊がバイトなんてしていいわけないだろ。手伝いだよ、手伝い。おふくろがちょっと銀行に行ってるからさ、その間の店番だよ」
「じゃあ、バイト代とかもらわないんだ」
「駄賃くらいはもらう」
「だったらやっぱりバイトじゃん」
「手伝いだって。学校にバレたらそう言うことになってる」
 あははと史緒が笑うと、田中君も目を細めて笑った。なんとなく、学校にいる時よりも、雰囲気が柔らかい。中学生男子というものは、普段の性格はどうあれ、少なくとも学校内ではツンツンと尖っていなければならないものらしい。女の子の世界もいろいろと面倒だが、それとはまた別の意味で面倒だ。
 店内には、史緒以外の客はいなかった。家族経営の小さなコンビニなので、全国展開をする大きなコンビニほどは客は入らないのかな、と史緒は思う。品揃えは確かに少々不足感が否めないが、これはこれで地域密着型でまったりとしていて、悪くないのだけどね。
「でもさ、一人で店番なんて、怖くない? コンビニ強盗とか、よく話聞くけど」
「あー、年末だと、特にそういうのが多くなるな。ほんの二日前くらいにも、近所でそういう事件があったらしいし。けどさ、強盗だって、どうせ入るならもっと大きな店に行くだろ。こんな小さな店の、それも真っ昼間には来たりしねえよ」
「人生は油断大敵だよ、田中君。わたしは今、それを痛感してるところなんだから」
「なんだそりゃ」
 田中君が声を立てて笑った。
「で、なに買いにきたんだよ、塚原。ジュースくらいなら奢ってやるよ。さすがにアイスは寒いだろ」
「うーん、真冬にあったかい部屋でアイス食べるのは大好きだけど、外ではね……。わたしじゃなくて、卯月に何か買おうと思って。どれがいい?」
 最後の質問は、卯月に向かってかけたものだ。卯月はさっきから、話をしている史緒と田中君そっちのけで、好奇心いっぱいの顔つきであちこちをきょろきょろと見回している。
「あっあ」
 声を出して手を伸ばしたのは、有名なゆるキャラがパッケージに描かれたお菓子だった。
「あ、これ? これはチョコだから卯月には無理」
「チョコはダメなのか?」
「そうだね、まだ早いね。お菓子なら、卵ボーロとか、赤ちゃん用のおせんべいとか、そのあたり。ヨーグルトとか、果物とかでもいいかな。それとも果汁百パーセントのジュース……んー、どうしようか」
「へえ、なんか母親みたいだな。けっこうちゃんとしてんのか」
「そりゃあね、ダメなものはダメって毅然と言わないと。本人のためにも、躾は厳しくしないとね!……ん? なに? これが欲しいの?」
 次に卯月があーあーと言いながら一生懸命指差したのは、日曜日の朝放送の変身アニメの、ヒロインの小さなフィギュアが入った箱だった。父親にしょっちゅうコスプレさせられている衣装だから、親近感が湧くのだろう。もちろんフィギュアといっても、父親がコレクションしているような本格的なものではないので、値段は数百円程度である。
「これかあー。でもちっちゃいから、口の中に入れちゃうと危ないし」
「ん! ん!」
「他のにしない?」
「ん! ねえね!」
「でもねー」
「ねえね! すき!」
「よし買おう! んもう可愛いなあうっちゃんは! ねえねが何でも買ったげる! お願いだからもう一回言って!」
「デレッデレじゃねえか!」


 フィギュアを手にしてご満悦の卯月を抱っこして、ベタベタと頬ずりする史緒を見て、田中君はちょっと引いていた。
「塚原って、こういうやつだったんだ……」
「姉妹愛だよ」
「いや、なんか違う……ぜったい違う……」
 ぶつぶつ言っていたが、ふと思いついたように顔を上げた。
「そういやお前、なんでわざわざ妹のもの買いにこんなところまで来たんだよ? 塚原んちって、近くに大きなコンビニがあって、スーパーもあるって言ってなかったか?」
「あ、うん、だから買い物はついで。待ち合わせしてんの」
「待ち合わせ? 誰と……」
 と田中君が言ったところで、ガーッと自動ドアが開いた。
 黒いセーター、黒いコート、黒いジーンズという、死神のような出で立ちで颯爽と店に入ってきたその人物を見て、田中君の顔がひくっと強張る。
「た、高遠……」
「史緒、もう来ていたか」
 入ってきた高遠は、すたすたと大股で史緒に近寄ってきて、抱っこされている卯月をまじまじと眺めた。
「ふうん……写真よりも成長しているな……成長の速度は僕が思っていたよりも早いのか……いやでもこの年齢でまだ人の手に抱き上げられないと移動できないというのは……」
「言っとくけど、卯月はもうしっかり歩けますー。音楽に合わせて踊ることも出来ますー」
 眉を寄せる高遠に、史緒はムキになって言い返した。可愛い妹が何も出来ないなどと思われるのを、許容しておくわけにはいかない。あれも出来る、これも出来る、と威張って言い募るのを、高遠は顎に手を当ててじっと聞いているようだったが、目線はぴくりとも卯月から動かさなかった。
 卯月はまるで蛇に睨まれた蛙のように、身じろぎもせずに高遠の顔を見つめ続けている。泣きはしないが、笑いもしない。ひたすら目を真ん丸にして凝固しているのみだ。幼児とはいえ、この奇妙な美形が一般人とは少々違うことが感じ取れるのだろう。
「変身スティックを持ってポーズを決めることだって出来るんだからね!」
「なあ、塚原と高遠って……」
「変身スティックとはなんだ」
「もしかして、今日」
「変身するためのアイテムだよ。呪文を唱えてくるくる回すと、衣装が変わるんだよ」
「今日さ……」
「なんだそれは。どういう仕組みだ」
「デー……」
「だから、呪文とスティックの動きで、それまで着ていた服がぱあっと光になって消えて、その光が身体に巻き付いてぜんぜん別のフリフリ衣装に変わっていくんだよ。その場面を検証して考察するだけで、一日まるまるあっても足りないというくらいの重要なポイントなんだよ」
「……なあ塚原、お前、さっきからなに言ってんだ?」
「光になって消えて別の衣装に? つまり、物質を分子レベルにまで分解して、違うものに再構築するということか? この星の科学技術はそこまで進んでいないはずだが」
「いや高遠、お前も真顔でなに言ってんだ?!」
 その時、再び自動ドアが開いた。中学生三人と幼児一人が口を閉じ、一斉に、そちらを振り返る。
 そして、え、と口を開けた。
 黒い革ジャン、黒いシャツ、黒いジーンズ。
 その客は、高遠と似たような黒づくめの格好をしていた。しかし明らかに、高遠とも他の人間とも異なる格好をしていた。

 ……なんでこいつ、黒いフルフェイスのヘルメットなんてかぶってんだ?

 史緒と田中君が心の中で同時に考えた、その時。
 男はいきなり手に持っていた刃物を振り上げると、大声で怒鳴った。
「おい、動くな! 金を出せ!」

 まことに人生は、油断大敵なのだった。



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