銀河の生きもの係

高校生編

3.誤解は理解に至る過程



 通常、試験がはじまる一週間前から、「テスト準備期間」 ということで、部活動はすべて休みになる。
 ソフトボール部の活動に青春を懸ける奈々子のようなタイプは、「なんでテスト前だからって部活をなくすのか意味がわかんない、ストレスと運動不足で教科書の中身なんて頭に入るかっつーの」 と完全に本末転倒な文句をぶつぶつ言っているが、部活動というものの主導権を学校が握っている限り、どうにもならないのが現実というものだ。部活がないからってその分真面目に試験勉強をするかというとそうでもなくて、ついつい部屋の大掃除をしてみたり、長編漫画を一気読みしてしまったりするらしいので、それくらいなら運動して爽やかに汗を流し、身も心もさっぱりしてから勉強したほうがよくないか? と史緒でも思うのだが。
 しかしとにかく、部活のないこの期間は、史緒は奈々子と一緒に帰ることが出来る。
 高遠のウザい話に付き合わなくてもいいし、変な誤解をされていきなり突拍子のない要求を突きつけられることもない。これこそごく普通の、まったり高校生ライフだ、としみじみしつつ、史緒は友人と他愛のないお喋りをしながら帰路を辿っていた。
「女の子同士、二人っきりで、日常的なことを話しながら、仲良く帰るっていいよね、奈々子」
「なんでそんな変なところ強調してんのよ」
「あーホッとする。どっかで何か食べていこうよ」
「あんた今試験前だってわかってる?」
「いいよね、女の子同士の寄り道。微笑ましいよね。誰が見てもただの買い食いだってわかるもん。いちいち注目されないし、ヒソヒソ囁かれたりしないし、周りでパシャパシャ写メ撮る音が聞こえたりもしない。それって素晴らしいことだよね」
「史緒、なんか疲れてんの?」
 奈々子に心配そうな顔をされたが、上機嫌な史緒は気にしない。普通じゃない要素その一である高遠がいないと、ホントにわたしの世界は平和だなあ──と鼻歌交じりで考える。
 その時、後ろから声をかけられた。

「こんにちは、塚原先輩!」

「…………」
 出たな、普通じゃない要素その二。
 そちらを振り向いて、少々ゲンナリする。いや、この子の何が悪いってわけじゃない。そのニコニコ顔を見るのがイヤだってわけでもない。でもね。
 でも、今日くらいは、「普通」 を満喫したかったんだよ……。
「今日は高遠先輩と一緒じゃないんですね!」
「……あのねメガネちゃん、何度も言うけど、わたしは別にいつもいつも高遠君といるわけじゃ」
「あっ、こんにちは、奈々子先輩!」
 天漢高校の制服を着たメガネちゃんは、史緒の言葉を無視して、元気に奈々子に向かって挨拶をした。奈々子は、唐突に現れた下級生に、いきなり先輩呼ばわりされて目を丸くしている。
「えーっと、ごめん、誰だっけ。話したことあったかな」
「いえ、お気になさらず! 声をかけたのもこうして姿を見せたのも、今がはじめてです。私も先輩のことは、奈々子という名前しか知りません!」
「はあ?」
「メガネちゃんは、基本、高遠君のことしか興味がないんだよ」
「はい、そうです!」
「ああ、高遠のファンの子……」
「ファンじゃなくてストーカー」
「はい、そうです! いつもひっそり陰ながら見守っています!」
「…………」
「奈々子のことも物陰から見てたけど、興味がないから姓も知らないんでしょ」
「はい、そうです! 塚原先輩のお友達、っていうデータくらいしかありませんのでご安心ください!」
「だそうだよ、安心していいよ」
「できるか! 史緒、なにこの子!」
「だから、高遠君のストーカーのメガネちゃん」
「その説明で済ませる気?! せめて名前!」
「いや知らない」
「真顔で言うなあっ!」
 中学の頃からずっと高遠洸のストーカーをしている本名不明のメガネちゃんは、ストーカーらしい執念深さと根性を発揮して、天漢高校に入学したのである。受験生の時だって高遠と史緒の周りをうろついて、あまり勉強をしているようにも、それどころか真面目に授業に出ているようにも思えなかったのに、どうやって入試を突破したのかは謎だ。一応天漢高校は、このあたりではレベルが高いことで知られているのだが。
「それはそれとして、メガネちゃん、なんでここにいるの? 高遠君の追っかけは?」
「ねえちょっと史緒、コレを、『それはそれとして』、で流していいの? ホントにいいの?」
「残念ながら、見失いました! 塚原先輩の近くにいないと、捕捉困難です!」
 悔しそうな表情をするメガネちゃんに、史緒は 「えー、そう?」 と首を捻る。高遠はいつもすぐに視界に入ってくるので、捕捉困難、なんて思ったことがないけどな。いや待てよ、今日、奈々子と一緒に教室を出る時には、もういなくなっていたっけ。変だな、史緒一人で帰る時には、どこからともなく寄ってきて、隣に並んでいたりするのに。
「しょうがないので、塚原先輩を追ってきたんですが」
「何かいろいろと筋が通っていないように思うのは、わたしの気のせい?」
 史緒の疑問など、メガネちゃんは聞いちゃいない。手を挙げ、ぴしっと敬礼の仕草をした。

「私以外にも塚原先輩を追っている人がいるので、ご忠告したほうがいいかと思って声をかけました!」
「──は?」

 史緒は目と口を丸く開け、ぽかんとした。
 てっきり、高遠がそばにいないことについて、文句を言われるのかとばかり思っていたのだが。なんだそりゃ、いきなり想定外の方向に話が行ったぞ?
「わたしを追ってる人?」
「はい、そうです!」
 にこやかに肯定すんのやめて、メガネちゃん。
「なに、それ。史緒もストーカーに狙われてるってこと?」
 とりあえずメガネちゃんの不可思議さは棚に置くことにしたのか、奈々子が眉をひそめ、抑えた声音で問いかける。警戒するような視線が、ぐるりと周囲を巡った。
「まさか、ご冗談を、奈々子先輩。あんなの、ストーカーなんて呼ぶほどのものじゃないですよ。まったく基本がなっていないっていうかー」
 ふっ、とメガネちゃんが鼻で笑って馬鹿にする。さすがに熟練のストーカーだけあって、手口の幼い尾行者は軽蔑の対象にしかならないようだ。ストーカーにはストーカーの誇りと自尊心があるらしい。いや、それもどうかと思うんだけど。
 史緒もさりげなく周りを見回してみた。そういえば、どこかから視線を感じる。メガネちゃんは別にしても、高遠と一緒にいると注目を浴びてしまうことが多いので、普段は意識から遮断するように心がけているのだが、慣れているからこそ、史緒はそういう気配には敏感なほうだ。
 そして、見つけた。
 近くに建っているアパートと、その隣の家の塀の隙間に、黒い人影。
 史緒がそちらに顔を向けると同時にさっと隠れたが、その際にふわりと動くスカートの端を目で捉えた。
「…………」

 あれ、セーラー服だよね……

 ため息を吐き出しそうになるのを抑えて、再びメガネちゃんのほうを向く。
「ほっとこうか」
 面倒くさいし。
「絶対、『面倒くさいし』 とか思ってますよね、塚原先輩。これを放置しておくと、もっと面倒なことになる予感がします」
「そーよ史緒、ストーカーか変質者か知らないけど、放っておいて取り返しのつかないことにでもなったらどうすんの。捕まえるなら協力するわよ。殴る? 縛る?」
 淡々と指摘するメガネちゃんと、部活が出来ないストレスからかやけに攻撃的になっている奈々子は、理由は違うが意見は一致しているようだ。ええー、と関わりたくない史緒はますますゲンナリして、今度は抑えることなく大きなため息をついた。
「でもわたし、今日は滅多にない、『普通デー』 なんだよ……」
「意味がわかりません、塚原先輩」
「警察も呼んだほうがいい?」
 せっかく、下校途中、女の子が三人集まって話に花を咲かせているという、憧れの 「普通の高校生ライフ」 の場面なのに、会話の内容がこれとは。もうちょっとこう、雑貨とか、映画とか、ケーキとか、そういう可愛い話題でお喋りしたかった。
 悲しくなる気分を振り払い、史緒はふうと息をついてから顔を人影のほうに向ける。しょうがない、本当に警察を呼ばれても困るし。

「ねえ、コソコソ隠れてないで、出ておいでよ。話があるなら、ちゃんと聞くから」

 大きめの声で呼びかけると、しばらくの沈黙の間が空いて、そこからゆっくりと、一人の人物が姿を現した。
 ストーカーが出てくるか、変質者が出てくるかと、鞄を構えて緊張していた奈々子が、拍子抜けしたように、「なんだ」 と声を出す。
 出てきたのは、セーラー服を着た可愛い女の子だった。
 史緒はその彼女に見覚えがある。あんまり覚えていたい記憶でもなかったが、さすがにあっさり忘れ果ててしまうには、印象が強烈過ぎた。
 女の子はあとを尾けていたことがバレて少し恥ずかしいのか、顔を赤くしているものの、とりあえずその顔には、申し訳なさだとか居たたまれなさだとかは乗っていない。むしろもう開き直っているのだろう、堂々とした態度でこちらに向かって歩いてきた。
「史緒の知り合い?」
「うーん、知り合いっていうか……」
「一週間ほど前に、塚原先輩の前で、ぶりっ子作戦を使って高遠先輩に突撃交際を申し込んだけど、見事に玉砕した人ですね!」
 奈々子の問いに、史緒が答えるよりも前に、メガネちゃんがきっぱり答えてしまった。
 なんで知ってんの、メガネちゃん。いやそれはいつものことと言えばまあそうだけど、本人の前でその言い方はまずくない? あーあ、ほら、さらに赤くなって、眉を吊り上げてるじゃん。
 一週間ほど前、「高遠君と別れてください」「私にもチャンスをください」 と涙ぐみながら愛らしく訴えていた彼女は、今は完全に怒った表情を隠そうともせず、勝気に胸を張って、史緒の前に立った。
 あれが演技だったのか、なんて議論は、この際、どうでもいいのである。女の子とは、いくつも違う顔を持っているものだ。あれも本当、これも本当。だから史緒はそれについては何も思わない。思うのはただひたすら、あーあもう高遠のせいで、面倒なことになっちゃったなあ、ということだけだ。

 あの時、変な誤解を植えつけなきゃ、こんなことにはならなかったのに。

「あー、つまり、高遠にフラれた腹いせに、史緒にインネンをつけにきたと」
 奈々子までが、呆れたような顔で、女の子の神経を逆なですることを言う。ソフト部キャプテンで、姉御肌で、からっとした陽性の友人は、女同士の嫉妬とか苛めとかドロドロした争いとかが大嫌いなのだ。
「無関係な人たちは黙っててよ」
 女の子はしかし、それくらいで挫けるようなメンタルではなかった。メガネちゃんと奈々子の言葉をびしりと切り捨て、きっ、と史緒を睨みつける。
「今日は、高遠君と一緒じゃないんだ?」
 腕を組み、仁王立ちになって、顎を上げたまま見下ろす。見下ろすったって、史緒と彼女の身長はそんなに変わりないので、あくまで、見下ろしたいんだな、と思わせるポーズで、という意味ですが。あのさ、そんな恰好しないで、まっすぐ顔を向けたほうが、お互いに話しやすくない?
「そうだね。高遠君に用事なら、今日はたぶん無理だから、別の日にしたほうがいいよ」
 なにしろ、筋金入りのストーカーが見失ったというのだから、一般人には到底見つけられまい。しかしなんで、どいつもこいつも同じことを言うのか。わたしは高遠のボディーガードじゃないっての。
「ふーん、毎日一緒に帰ってるわけじゃないんだあー」
 史緒は素直に提案したつもりだったのだが、せせら笑う女の子の返答はどこか斜め上方向に向かっている。高遠に用事なのか、史緒に用事なのか、どっちなのだ。
「本当は、そんなに仲がいいわけじゃないんでしょ」
 またそれか。いい加減、同じことを言うのも飽きてきたぞ。
「本当もなにも、わたし、高遠君とは仲が」
 仲が良かったことは一度もない、と、いつものように訂正しようとしたら、それを遮るように後方から口を挟まれた。
「いいに決まってるじゃないですか。本当もなにも、塚原先輩と高遠先輩は、いつも変わらぬ大の仲良しです!」
「そーよ、学校中の誰もが羨むイチャつきっぷりよ」
 はあ?! と驚いて二人を振り返る。
 見れば、メガネちゃんは大真面目な顔つきで、奈々子はニヤニヤ笑っているではないか。ちょっとちょっと、二人とも、面白がってるでしょ!
 女の子が顔を強張らせるのを見て、史緒は慌てた。ただでさえ誤解されているのに、これではその誤解は深まる一方だ。ただ一言、「付き合ってない」 で終わる話なのに!
「いや、違」
「なんといっても、小学生の時からずーっと一緒にいるんですから!」
「いやいや、待って、わたしと高遠君はね」
「うちの学校じゃ、この二人と同じ中学出身の子は、みーんなもう中に割り込むのを諦めてるんだって」
「別に、付き合」
「高遠先輩は、塚原先輩の近くにいる時がいちばん素敵なんです!」
「ってるわけじゃ」
「あたしからするとけっこうドン引くくらい、高遠は史緒に執着してるからね」
「ないんだってば」
「ここに証拠として中学時代の体育祭の写真が」
「こらーーーっっ!!」
 メガネちゃんが胸ポケットから取り出そうとした写真を、史緒は大いに焦ってわたわたと両手を振り、再びポケットの中にぎゅむっと押し込める。なんで今持ってんの?!
 女の子はこのバカ騒ぎを、ぶるぶると震える拳を握りしめて見つめていたが、最後にぴしっと人差し指をまっすぐ突きつけ、
「負けないからね! あんたなんかより、私のほうがずっと可愛いんだから! ぜったいぜったい、諦めないんだからあ〜っ!」
 と怒鳴ると、くるっと背を向け、セーラーのスカートの裾をはためかせて、その場から走り去ってしまった。
「あーあ……」
 どんどん小さくなっていく背中を、なすすべもなく見送る。
 結局、彼女が何をしたかったのか、さっぱり判らなかった。はっきりしているのは、持ち越された誤解は以前よりも大きくなってしまった、ということだけだ。
 史緒は肩を落とし、深い深いため息をつくしかない。

 あーもう、静かに暮らしたい……


           ***


 奈々子とメガネちゃんは、史緒の苦情申し立てを、どこ吹く風で受け流した。
「だって事実じゃん」
「そうです、私は事実しか述べていません」
 どこが?!
「わたしは断じて、高遠君と大の仲良しになったり、イチャついたりしたことなんてない!」
「ハタからは、そうとしか見えない、ってこと。他人にとっては、自分の目で見て認識するものが、事実である、ということになっている。客観的に受け止められる 『事実』 が、あんたの事実と同一であるとは限らない。そしてそれが、真実であるとも限らない」
「なんか難しいこと言ってごまかそうとしてるでしょ! 明らかに楽しんでただけのくせに!」
 したり顔で理屈を言っているが、奈々子の顔は完全に笑っている。きいきい怒る史緒を見て、少しだけその笑みを収め、「……でもさあ」 と続けた。
「高遠は、史緒と付き合ってる、ってはっきり言ったんでしょ」
「だからそれはあの男の勘違いで──」
「あんたが事実だと思ってるものと、高遠が事実だと思ってるものも、同じだとは限らないんじゃない? 誤解だ誤解だって史緒は言い張るけど、高遠にとってそれは誤解でもなんでもないかもよ?」
「…………」
 史緒は言葉に詰まった。
 奈々子は高遠の変な中身をよく知らないから、そんなことを思うんだよ、と反論が口から出かけるが、それは外には出ずに喉の奥に引っ込んだ。どう変なんだと言われても、上手に説明できる自信は一ミリもない。
 史緒の思う事実と、高遠の思う事実は違う?
 そりゃ違うに決まっている、高遠の思考は、いつでも史緒の理解不能のところで組み立てられているのだから。
 ……高遠の考えていることなんて、史緒には判らない。
 いいや、誤解だ、誤解。なにもかも。あの女の子も、奈々子も、高遠も。
 この件について、深く考えるのはやめよう、と放り出すことにした。

 ──深く考えると、なんとなく、ものすごく面倒なことになる予感が、ひしひしとする。

「大丈夫です塚原先輩、高遠先輩は何もかも理解してらっしゃいますから!」
「あのねえ……」
 自信たっぷりにぽんと背中を叩いてくるメガネちゃんに、苦々しい顔を向けた史緒は、あれ、と目を見開いた。
 さっきまで誰もいなかったのに、人がいる。
 メガネちゃんの後ろ、離れた場所にすらりと立つ、黒いセーラー服。
 またあの女の子が文句を言いに戻ってきたのか、と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。セーラーは同じものでも、着ている人がどう見ても違う。さっきの女の子は、身長は史緒とそう変わらず、ふんわりとした明るい色の髪が肩のあたりで揺れていたけれど。
 その人は、背中にかかる長いまっすぐな黒髪で、身長は史緒よりもずっと高い。
「……メガネちゃん」
 そちらに目を向けながら呼びかける。
 史緒の目線が自分の背後に行っていることに気づいたのか、それともその声が低かったためか、メガネちゃんはぱっと後ろを振り返った。
 でも、きょとんとして、また顔を戻した。それはそうだろう、そこにはもう、誰もいない。
 瞬きするほどの一瞬の間に、その姿はふっつりとかき消すように、なくなっていた。
「高遠君って、お姉さんか妹がいたっけ?」
「はい?」
 唐突な史緒の質問に、メガネちゃんが真ん丸な目をさらに丸くする。
 それから、首を横に振った。
「いませんよ。高遠先輩は一人っ子のはずです。姉も妹も、兄も弟もいません」
「……そう」
 史緒はまだそこに目線を据えつけながら、返事をした。

 白い肌、切れ長の眼、形の良い唇、異様に整った顔立ち。

 どこかが決定的に高遠に似ている、ということではなかった。尋常ではない美形、という点を除けば、顔を構成するパーツのひとつひとつは、そんなに似ているわけではない。
 ──でも、雰囲気が。
 似ていた。そっくりだった。酷似していた、と言ってもいい。
 彼女が目の前にいて、それを指摘したとしても、おそらく、奈々子もメガネちゃんも怪訝な表情をするだけだろう。
 なに言ってんの? ぜんぜん似てないよ、と。
 それはそうだ、似ているのは、「今の」 高遠じゃない。
 無感情な瞳、無意識にこちらを見下すような視線、微笑をかたどったまま揺るがない口許、ぴくりとも動かない眉。
 ……小学校のウサギ小屋の中と外で、はじめて出会った時の高遠に、よく似ているのだ。
 不遜で、傲岸で、これっぽっちもこちらの言い分に耳も貸そうとはしなかった、冷たい空気をまとった男の子の顔が頭を過ぎる。それを知っているのは、史緒だけだ。
 ついさっき見た彼女にも、間違いなくそういうところがあった。口をきいたわけではないし、話を交わしたわけでもないのに、判った。史緒に向けられた、あの冷然とした眼差し、笑ってもいないのに上がった唇。その顔には、人間らしい温かみが欠如していた。
 あれに比べれば、一方的に史緒を敵視し、喧嘩を吹っ掛けてきた女の子のほうがよっぽど可愛げがある。そう、史緒は、面倒くさいとは思っても、あの女の子のことはやっぱり嫌いじゃなかった。そこには、こちらに対して一直線に向けられる、剥き出しの感情があるからだ。
 誤解をするということは、まず前提として、相手が自分を理解しようとしたり、知ろうとしたり、解釈をしようとする、心の動きがある。それが時として、歪んだり間違ったりして、あんな風に誤った事実として受け止められる、というだけのこと。
 でも、あの彼女は違う。

 あれは、史緒のことを、理解したいとも、理解しようとも、まったく思っていない目だ。

「…………」
 少しだけ、背中がひやりとした。



BACK   TOP   NEXT

Copyright (c) はな  All rights reserved.