銀河の生きもの係

小学生編

3.変身少女の効率性考察



 ──さて、史緒には現在、今ひとつ納得のいかないことがある。
 変身少女、っていうカテゴリーがあるじゃない? 魔法使いでも人造人間でも不思議な動物から不思議な力をいきなり授かっちゃうんでもいいのだが、とにかく女の子がいろんな姿に変身する、アレだ。愛の戦士になったり、セーラー服姿になったり、売れっ子アイドルになったりする、アレです。
 その目的が、悪と戦うんでも、愛と勇気を子供たちに与えたいんでも、それは別にいいのである。どうしてそれを自分がやらなきゃならないのか、ということにまず疑問を覚えないのだろうかと思うことはあるが、それもいい。どうして変身のたびに呪文を唱える必要があるのだろう、とも思うが、それもいい。
 変身する時に、いちいちポーズをとらなきゃならないのも不思議ではあるが、思いきり譲歩して、それもいい、ということにしよう。そんなことをしている間、敵はずーっと、間抜けな顔で変身し終えるのを待ってんのかな、と毎回疑問に思うのだが、それはまあ、「お約束」 というやつなのであろう。悪役には悪役なりの節度とかポリシーとかがあるのだ、きっと。
 それに観ている側にだって、変身ポーズをコマ送りしながら一挙手一投足研究し、娘に熱心にコーチしたりする、史緒の父親のような人間だっていることだし。毎回毎回飽きもせずそういう場面が挿入されるのは、おそらくそれだけ需要があるということなのだろう。史緒は幼稚園の頃、父親にフリフリのコスチュームと変身スティックまで買って来られた挙句、延々とポーズの特訓をさせられて、非常に迷惑したが。
 でね、そういう些末事はいいとして、根本的によく判らないのはですね。

 ……なんで、顔部分まで変える必要があんの? ということなのだ。

 まあ、場合によってはほとんど変わらないケースもある。どうしてこれで周りは気づかないのだろう、と思うくらいのこともある。でも、大体多くの場合、髪型が変わったり、顔かたちが変わったり、髪や目の色が変わったり、年齢まで変わったりするでしょう。
 あれって、なんで?
 そりゃ、正体がバレるといろいろやりにくい、ということはあろう。必死になって悪と戦っている時に、「あらっ、花子ちゃん、頑張ってるわね。そんな短いスカートで足を振り上げたら、パンツが見えるわよ!」 などと隣のおばさんにでも言われた日には、戦闘意欲が削がれること甚だしい、ということくらいは想像できる。
 でも、それなら別に、マスクをつけるとか、ほっかむりをするとか、そういうことでもいいのでは? 顔まで変えちゃうって、変身前の自分とあまりにも隔絶しすぎていて、自我の一体化を図ることが難しくはならないか? それとも、そうやって顔を変えることによって、日常から非日常への切り替えを意識的に行っているのか?
 変身後の自分は自分ではない、と自己をコントロールしないと、戦ったり歌ったり人を助けたりすることが出来ないのか。普通の会社員がコスプレするとはっちゃけちゃうように、正義の味方にも人格の変換が必要なのか。
 その人格の変換には、顔と姿をまるきり別人にするという行為が不可欠なのか?
 そうなのかなあ、と、史緒は納得がいかない。
 だって、特に顔も姿も変えなくても、コロッと人格を変えられるやつだって、ちゃんと存在してるじゃん。
 目の前に。


 高遠洸の机の周りには、五人くらいの女の子がわらわらと群がっている。
 その中には、史緒の友達の結衣ちゃんの姿もある。高遠のファン第一号は自分だと言い張る結衣ちゃんは、最近では何かと競争心が湧いてきたらしく、誰か他の女の子が高遠に近寄っていくと、自分も飛んで行っては割り込んでいくようになった。
 顔も身体もやや丸っこい結衣ちゃんは、もとは控えめで大人しめな性格で、自分からあまりアクションを起こすことのない女の子だったのだが。恋のパワーってやつは恐ろしい。
 高遠は、彼女たちに算数を教えているようだ。この休み時間の前が算数の授業だったのだから、判らないところがあれば直接先生に聞けばいいんじゃないの? と史緒は思うが、もちろん関わりたくないのでそんなことは口には出さない。それに女の子たちの視線が向けられているのが、算数の教科書ではないのは明らかだし。
 ここをこうしてこうするんだよ、と説明する、高遠の口調は非常に丁寧で親切だった。女の子たちが、わあー、と感嘆と賛辞の声を上げる。
「アキラくんの教え方って、すごくわかりやすい!」
「本当。先生に教わるよりも、ずっと簡単に解けるよ!」
 そりゃ、そんな食いつくように聞いてりゃ、ぐんぐん理解度も上がることであろう。なるべく生徒たちにわかりやすいようにと、日々悩んで苦労して教えている先生が、史緒はつくづく気の毒になった。
「あーあ、アキラくんみたいな人が、学校の先生だったらいいのになあー」
「だよねえ!」
 こんなのが先生になったら、日本の教育現場に混乱をきたすだけである。
「そんなことはないよ。みんなが真面目に勉強しているからさ」
 と、高遠は言って、少し照れたように、そして、少し困ったように、目を逸らして笑った。女の子たちの胸が一斉に立てた、キュンッ! という音を、史緒は確かに聞いた。彼女らの頭の上では、多分、目には見えないハートが乱舞していると思われる。
「アキラくんて、なんでも出来るのに、ちっとも自慢しなくて偉いねえー」
 それは大いなる誤解ですよ、結衣ちゃん。
「そんな、僕が出来ることなんて限られてるよ。その程度のことで自慢するなんて、恥ずかしいことじゃないかな」
 どの口がしゃあしゃあとそんなことを言いやがるか。
「そういうところがいいんだよねー!」
「ねー!」
 きゃっきゃっと女の子たちが盛り上がっている。結構なことである。結構なことだが、史緒はそろそろ限界だ。歯が浮くし耳が浮くし内臓が浮く。一言で言うと、バカバカしすぎて、聞いていられない。聞いていられないのに、この場にいる以上、勝手に声が耳に入ってくるというこの苦痛。なんで自分は、この休み時間、せっせと漢字の書き取りなんかをやっているのか。宿題を忘れたからなんですけど。ああ、昨日の自分と、無理やりオタク話に付き合わせて史緒の勉強時間を奪った父親に、心の底から説教したい。
「塚原さん、さっきから大変そうだね。手伝おうか?」
 優しくかけられた声に顔を上げると、いつの間にか高遠がこちらを向いて、にこりと微笑んでいた。バカめ、そんな状況でこっちに話を振るんじゃない。結衣ちゃんも含め、女の子たちが全員、むっとした顔をして史緒を見ているではないか。なんの嫌がらせなのだ。
 史緒はにっこりと笑い返した。
「ううん、平気。もうすぐ終わるし、宿題忘れた自分が悪いんだから」
「そう? でも……」
「どうもありがとう。高遠君は、誰にでも親切だねえ」
 誰にでも、というところを強調したのは、言うまでもなく、女の子たちの目が怖かったからだ。史緒は平々凡々に人生を過ごしていくことを望んでいるので、できるだけ揉め事は避けて通りたい。めんどくさいし。
「そんなことはないけど」
 高遠は頭に手を置いて、恥ずかしそうに笑った。


 ……と、こんな風に、顔は変えなくても人格を豹変できる人間というのは、いるのである。
 だったら別に、変身少女だって、顔なんて変える必要ないじゃん。変身少女っていうのがつまり、人格の二面性の意義を問うという、深遠なるテーマの物語であるのなら、いっそ顔も服装も変えずに、人格だけを変えればいいことじゃん。そうすれば呪文も唱えなくて済むし、変身ポーズにかける時間も短縮できて、一石二鳥だ。そのほうがよっぽど、効率的だ。それはもう、「変身少女」 のカテゴリーから完全に外れてしまう気もするが。
 機械的に漢字の書き取りをしながら、頭の中でそんな考察を巡らせ続ける史緒は、本人は気づいてはいないのだが、間違いなく父親からオタクの血を脈々と受け継いでいるのだった。


          ***


 その日の放課後、学校を出て、史緒は一人で帰路を辿っていた。
 途中までは結衣ちゃんと一緒だったが、それほど家が近いわけではないので、わりと早い段階でバイバイと手を振って別れてからのことだ。最近の結衣ちゃんの話題は、高遠洸一色なので、一人になるとちょっとホッとした。
 別れてからは、そこから十分ほどの家までの道のりを、てくてくと歩いていく。
「塚原さん」
「…………」
「塚原さん」
「…………」
「そういう態度はどうかと思うよ、塚原史緒さん。この僕が声をかけているのに、無視するなんて」
 後ろからかけられる傲岸な声に、イヤイヤながら振り返ると、そこには高遠洸が立っていた。にっこり微笑んではいるけれど、その笑顔は休み時間に見せたものとは全然種類の違うものだ。
「……高遠君、うち、こっちだっけ?」
「僕の地球上における自宅、という意味なら、こちらではないよ」
 いちいち持って回った言い方をするのはやめて欲しい。
「じゃ、なんでここにいるの?」
「決まっているじゃないか。僕の使命の助手として君を選んだ以上、僕は君のことをもう少し知っておく必要がある」
「いつの間に助手なんていうポジションに?! わたしは別に全然高遠君のことを知りたくなんてないから、高遠君もわたしのことを知らなくてもいいよ。ていうか教えたくない」
「君に教えられなくとも、君の個人的情報を知る手段はいくらでもあるんだけど」
「どんな」
「発信機や盗聴機を取りつけたりとか」
「誰かー! ここに変なひとがー!」
「だからそういう手段をとる前に、素直に君が口にすれば問題はない、と言ってるんだ。まずは君の住処の場所と家族構成と」
「……それを教えたら、どうすんの?」
「みっちり観察してデータ収集をするに決まってる」
「このストーカー!」
 史緒は猛然と抗議したが、高遠はしれっとした顔でぴったりと後をついてくる。このままでは本当に自宅を知られてしまいそうだ、と史緒は焦った。なんか嫌だ。絶対に嫌だ。
 どうやってこいつをまこうか、と考えを巡らせながら歩く史緒の背後で、高遠は一人で勝手にぶつぶつと喋り続けた。
「それにしても、どうして地球人というのは、こうして無駄なことをさせるんだろう。教科書なんて毎日使うものなのに、わざわざ家に持ち帰らされる意味が判らない。不合理で、非効率的だ。ランドセルが重くてしょうがない」
 大人びた口調で、子供そのままの不平を言うんじゃない。
「大体、教科書なんてものを使っているところからして、程度の低さが窺えるね。それなりに情報端末機器が広まっているようなのに、なぜわざわざ紙媒体で学習させる必要があるんだろう。そんなんだから、子供たちだってあんなにも知能が遅れているんだ」
 知能が遅れてて悪かったね。
「授業で習ったばかりのことを、もう一度聞き直さないと理解できないというのは、相当深刻な事態だと思うんだけど。ああまで頭脳が劣っているうえに、最低限の礼儀も取れないなんて、地球の女の子というのは──」
「あのね」
 史緒はそこで、すたすたと歩き続けていた足を、ぴたりと止めて振り返った。
「高遠君がどう思おうがそれは勝手だけど、上辺だけ愛想よくニコニコしといて、裏でこうして悪口を言うことのほうが、ずっと最低だよ。そりゃ多少は困ったところもあるかもしれないけど、みんな、高遠君のこと、ホントに尊敬してるんだし、すごいなって憧れてもいるんだから。なのに高遠君が実は心の中でそんな風に見下してるんだと知ったら、みんな傷つくし、悲しむよ。わたしはそういうの、嫌い。嫌いだから、聞きたくない」
「…………」
 珍しく、高遠が口を噤んだ。
 その場に立ち止まり、ぱちぱちと目を瞬く。
 ぽかんとした顔をしていたのは最初だけで、みるみる頬が紅潮し、眉が上がり、口が両側にきゅうっと引き結ばれた。

「最低、だって?」

 と、震える声で呟く。
「最低? 最低って……よりにもよって、この、この僕に? 君に、君なんかに、そんなことを言われる筋合いはない」
「思ったことを言っただけだよ」
「地球人のくせに、僕に向かって」
「地球人だろうがなんだろうが、嫌いなものは嫌いなんだからしょうがないでしょ」
 自分だってSF妄想オタクのくせに、と言わないだけ、史緒は心が広い。
「心外だ。僕は頭にきた。今日はもう、君とは喋りたくない」
「別に今日だけと言わず、明日も明後日も喋ってくれなくていいよ」
「僕は帰る。星にではなくて、地球上での住居に帰る」
 だからその言い回しはやめろと言うのに。
「帰るったら帰るぞ。謝るなら、今のうちだぞ。僕を怒らせたまま帰らせたくないのなら、ちゃんと謝罪をすれば許してやらないでもないぞ」
「謝んない」
 帰れよ、さっさと。
「君とはしばらく、口をきいてやらないからなあ〜〜っ!」
 高遠は背中を向けて、悔し紛れの捨て台詞を叫びながら、走り出した。そのまま去るのかと思ったら、何度も振り返り、「地球人のくせにー!」 と腹立たしそうに怒鳴る。幼稚園児でも、今どきはこんなことしない。
 その姿がどんどん小さくなって、ようやく見えなくなったところで、史緒は息を吐き、改めて家に向かって歩き出した。やれやれ、家までついてこられなくてよかった、と安心する。
 ……しかし、それにしても、やっぱり。
 ひとつの顔で、いくつも人格を入れ替えられるのって、便利だけど。
 すっごく、ウザい。
 なるほど、だから少女たちは、手間と時間をかけて変身するのだな、と史緒は納得し、うんうんと頷いた。



BACK   TOP   NEXT

Copyright (c) はな  All rights reserved.