銀河の生きもの係

小学生編

5.外道的愛情飼育講座



 田中君からまんまと生きもの係の権限をせしめた高遠は、意気揚々と史緒の後に続いてウサギ小屋の中に入ってきた。
「……しかし前々から思っていたんだけど、ここはウサギにとってなかなか劣悪な環境だな」
「え、なんで?」
 高遠がくっついてくるのはもうすっかり諦めて──というより、文句を言い続けるのもそろそろ面倒になって、小屋の中で生きもの係としての任務を遂行するため意識を切り替えた史緒が問い返す。
 ウサギ小屋は金網で囲われてはいるが、ウサギが運動できる程度の広さはあるし、餌箱も、ねぐら用の穴も、それとは別に木箱で出来た小さなおうちみたいなものもある。一般家庭で飼われているウサギのように、小さなケージに閉じ込められていないだけ、学校のウサギは伸び伸びできるのではないだろうか。
「粗末な屋根はあるが、周りは網しかない。戸外だから、これでは、夏は暑く、冬は寒い。食事は適当極まりない手順で大雑把に与えられ、生殺与奪権を握っているのは、まだ自分のことだってマトモに出来もしないような幼い連中ばっかりだ。世話をする人間が従順か乱暴かは、運に委ねるしかない。しかも休み時間になるたび子供たちが寄ってきて、甲高い声で騒いだりちょっかいをかけようとしたりするわけだろう? 僕がウサギならそんな拷問的状況には耐えられないね」
 あんたがウサギなら、さぞかし人間界が静かでよかっただろうにねえ、と史緒はつくづく残念になった。
「でも、地面に横穴が掘ってあるでしょ? ここは夏は涼しくて、冬はあったかいんだよ。だからウサギもよくここに、って……ちょっと!」
 言いながら、史緒は穴の前に仁王立ちになって立ちはだかり、中に潜っているウサギを居丈高に見下ろす高遠の身体を、どんっと手で突き飛ばした。
 むっとした顔になって高遠が振り返る。
「なにするんだ?!」
「なにすんだ、じゃないよ! そんな風に威圧的にウサギを睨みつけて! すごい怯えてるじゃん!」
 ただでさえ、ウサギは臆病なのである。史緒が生きもの係の当番で小屋の中の掃除をしたり、餌を替えたりする時は、いつもずっと穴の中か木箱の中に入ってヒクヒク鼻を動かしながらじっとしているくらいなのである。
 しかしそれでも、普段はもうちょっと、穴の入り口付近から顔を覗かせて、こちらを窺うような様子を見せたりしていた。なのに、好奇心だって少しはあったその小さな丸い目が、今は完全に怯えきって、穴の奥深くでブルブル震えながら身を縮こまらせているではないか。

 そこまで彼らが恐怖を感じている原因は、高遠という闖入者の存在以外にあり得ない。

「家畜といえど、やっぱり動物だからな。本能的に、僕が地球人とは異なる高次元生命体ということが判るんだろう」
 ははは、と笑って高遠は自慢げだった。ウサギを怖がらせといて、なに威張ってんだ。
「ウサギは繊細だから、高遠君の変な電波がイヤなんだよ」
「僕は今は、特に電波なんて出していないぞ」
 今は、ってなんだ。真顔で言うな。「電波」 の意味が違う気がするぞ。
「あーあ、ちょっとは慣れてきたのに……」
 史緒はガッカリしながら溜め息をついて、お団子みたいに三羽で丸くくっついてガタガタと震えているウサギたちを見た。
 さほどウサギ好きというわけではない史緒だが、世話をしているうちにやっぱり少しは愛着も湧いてきて、名前を呼んだり害意はないことをアピールしたりして、ちょっとずつ距離を縮めている最中だったのである。その友好関係も、どうやら高遠のせいで断たれてしまったようだ。また一から信頼を築かねばならないのか。
 これ以上怖がらせないように、なるべく離れたところから身を屈め、穴の奥に隠れているウサギを覗き込んでみたら、ちらっとこっちを見たニンニンの真っ黒い瞳と視線が合った。
 そのつぶらな瞳は明らかに、なんでこんなのを連れてきたんだよ、と史緒を責めている。
「うん、ごめんね。わたしが連れてきたんじゃないんだよ。勝手についてきちゃったんだよ。これからも来たりするかもしれなくて、イヤだなあってわたしも思ってるんだよ。ニンニンたちもイヤだよね、判るよその気持ち、すっごく」
 史緒は弁明をしたが、今度はミンミンがちらりと視線を向けた。冗談じゃねーよ、なんとかしろよ、と言っている (ように、史緒には聞こえた)。ごめんね、なんとか出来るものならとっくにしているんだけどねえ。
「なにを言ってるんだ、君は。ウサギは人間語を解さないだろう。それとも君はなにか、ウサギのような異種動物とコミュニケーションをとれるような特殊な技術でも備えているのか」
「さあ、仕事しよっと」
 ウサギに語っているわけではなく、はっきりきっぱり嫌味であることを理解しない高遠の言葉は綺麗さっぱりスルーして、史緒は立ち上がった。
「高遠君、箒で小屋の中を丁寧に掃いてね。わたし、その間に餌と水を替えるから」
「なに?」
 史緒の言葉に、高遠が目を見開く。

「君、この僕に、こんな下等動物が垂れ流した糞を始末しろというのか? お断りだ」

「…………」
 てめえ……。
 史緒は眦を吊り上げ、両手を腰に当ててくるっと勢いよく高遠と正面から向き合った。
「田中君の代わりに、生きもの係の仕事をするって言ったの、自分だよね?」
「だからって、そんな汚れ仕事までするとは言ってない」
「なに言ってんの、生きものの世話をするってことは、その大半が汚れ仕事に決まってんでしょ。そんなことも知らずに引き受けたってわけ? 冗談じゃないよ」
「僕だって冗談なんかじゃない。大体、一方的に役割分担を決める権限が、どうして君にあるんだ。それなら僕が餌のほうをやる」
「どっちでもそう変わらないでしょ、グダグダ言うな。わたしは今まで、ずっと一人で全部をやってたんだよ」
「なぜそんなに偉そうなんだ。どっちでもそう変わらないのなら、君が掃除を──」
「うっさい!!」
 史緒はキレた。
 金網がびりびり震え、その向こうでウサギ小屋を覗き込んでいた低学年の子たちが逃げ出すほどの大音量の怒鳴り声に、高遠は口を噤んだ。足が一歩、じりっと後ずさる。
 その高遠に、史緒はびしっと人差し指を突き付けた。
「いちいち文句を言うんじゃない! 生きもの係において、まったく何も知らないあんたより、これまでの知識と経験があるわたしのほうが偉いに決まってる! 教えるわたしが先輩で、教えられるあんたは後輩! 上司と部下、ラスボスと雑魚キャラ、司令官としがないモビルスーツパイロット! それくらい立場に差があることを頭に叩き込んでおくように! よってわたしにはあんたに命令する権利がある! 衛生兵高遠、ウサギたちの病気予防と防疫のため、小屋の中を綺麗に掃き清めよ!」
「…………」
 強い口調で命令すると、高遠はたじろいだようにしばらく黙り込んでいたが、やがて大人しく史緒の手から箒を受け取り、小屋の中を掃除しはじめた。
 少し高遠の扱いに慣れてきた自分に、史緒はかなりげんなりした。


 高遠の掃除の仕方は、いかにも嫌々、という雰囲気の滲み出た、お世辞にも上手なものではなかったが、それでも一人でやるよりは早い時間で当番の仕事を終えることが出来た。やれやれ。
「たくさん食べるんだよー」
 と、あれこれ野菜を入れた餌箱を置いて、史緒はまだ穴の中に潜ったままのウサギたちに向かって声をかけた。
 フンフンと鼻をうごめかせながら、ウサギは少し迷ったような表情で史緒を眺めている。食べたいけどどうしよう──という顔をしているな、と思ったら、高遠が横から覗き込んだ途端、また飛び上がるようにビクッとして、三羽で丸くなってガタガタ震えだしてしまった。顔そのものを隠してしまい、もうこっちを見てもくれない。
「ちょっとやめてよ! ウサギが怖がるでしょ!」
「まったく畜生というものは浅はかだな。もっと僕を畏怖してその場にひれ伏すがいい」
「震えてるウサギに言う言葉がそれか!」
 史緒は突っ込んだが、毛玉団子と化した三羽のウサギをまじまじと見ていた高遠の耳には入らなかったらしい。手で顎のあたりを撫ぜながら、なにやら考え深げに首を傾げている。
 なにを考えているのかは知らないが、面倒だからそれを口に出すなよ、と史緒は心から願っていたのに、もちろんそんな願いも虚しく高遠はくるりと史緒の方を振り向いた。
「……疑問なんだが」
「さあそろそろ教室に戻ろうかなっと」
「待て、聞け。君は生きもの係における僕の先輩で上司でラスボスで司令官だと言っただろう。ならば僕の疑問にもきちんと答える義務がある。そうじゃないか?」
 言質を取られたか。記憶力のいい奴め、と舌打ちしそうになる。
「わかったよ、なに?」
 頼むから、一般的な質問にしてよね。
「このウサギたち、ちょっと肉付きが薄くはないだろうか」
「えー、そう?」
 つまり、痩せている、という意味なのかと思って、史緒も首を傾げ、改めて穴の中で丸くなっているウサギたちを見る。
 餌はよく食べているみたいだし、健康上問題があるとは思えない。史緒はウサギを家で飼ったことはないので比較対象はどうしても動物園やテレビで見たものになってしまうのだが、それらと比べて明らかに栄養状態が悪いようには思えなかった。
「そうかなあ。特別、痩せてるわけじゃないと思うけど……」
「誰が、痩せてる、なんていう表現をした? 君はもっと自分が扱う言語というものに気を遣い、正確に言葉を聞きとる必要があるね」
 いちいちそういうウザいことを言うから、余計聞く気がなくなるのだ。
「じゃあ、どういう意味?」
「だから、肉の付き方が不十分ではないか、という話だ。もっとたくさん食べ物を与えて、太らせないと意味がないんじゃないか?」
「……意味がないって、よく、わかんないんだけど」
「だから」
 顔を顰めて問い返す史緒に、高遠は呆れたように息を吐いて言った。

「ただでさえ小さいのに、もっと肉をつけないと、食べるところがほとんどないんじゃないか、ということだ」

「…………」
 もちろん、史緒は耳を疑った。高遠の常識と良識も疑いそうになったが、それはもともとこいつにはないんだった、と思い直した。
「……高遠君」
「なんだ」
「──ひょっとして、このウサギ、食用として飼ってると思ってんの?」
「なに?」
 高遠が真面目な顔になる。眉を寄せて、少し驚いたような声を出した。
「違うのか?」
「違うに決まってんでしょ! この外道!」
 史緒は叫んだが、高遠はまだ納得のいかない顔をしている。
「じゃあ、なんのために手間をかけて、学校でこのような小動物を飼育しているんだ。いずれ解剖をして動物の体内構造を調べるためか」
「ちがーーう!!」
 こんな人間を、繊細なウサギはそりゃ怯えるはずだ、と史緒はしみじみ納得した。同じ人間としても怖いよ、こんなやつ!
「学校でウサギを飼ってんのは、ちっちゃい動物を可愛がったりすることで、自然の大切さや命の尊さを知って、慈しむ心を育むためだよ! 世話をすることの大変さを学んだり、みんなで協力して生き物を育てることによって、役割分担の重要性だとか自己責任だとかを心と体に染み込ませていくんだよ!」
 ああ、このセリフこそ、田中君に聞かせてやりたかったのに。よし、あとで文書にして、田中君に手渡してやろう。
「……そうなのか?」
 高遠は少しぽかんとしてから、また穴の中のウサギに視線を移した。
「なるほど。それはなかなか奥が深い……しかしどこまでその目標が現実に反映されているのか、そこまでを調べてみないとなんとも……」
 と、口元に手をやって、ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。関わりたくないので、史緒は無視した。調べてレポートを作成する手伝いをしろ、なんて言われたりするのは真っ平だ。
 それにしても、高遠が今まで通っていた小学校では、ウサギを飼っていなかったのだろうか、と史緒は不思議になった。それとも飼っていたウサギを本当に食べてしまうような学校だったのだろうか。まさか、なあ。

 ──そういえば高遠が転校してきた時、どこの小学校から来ました、という説明を聞いていない。

「しかしどうしてウサギなんだろう。他にも小動物はたくさんいるだろうに」
「そりゃあ」
 と、史緒はきっぱりと言った。そんな疑問、答えは判りきっているではないか。
「ウサギが萌え動物だからだよ」
「は……?」
 高遠が困惑したような顔をしたが気にしない。その件について、史緒には確信があるのである。
「ウサギはねえ、放っておかれると、寂しくなって死んじゃうんだって」
 史緒が言うと、高遠はますます戸惑った。
「……そう、なのか? でも、それとこれとどんな因果関係が」
「なに言ってんの。寂しさで、死んじゃうんだよ?」
「それは聞いた」
「なんという萌え設定!」
「…………」
「そう思うでしょ?」
「いや、その萌え設定という言葉からして、今ひとつ……」
「それでなくてもウサギには、長い耳といい、フワフワの毛といい、短くて丸いシッポといい、全人類を惹きつける魅力があるじゃん。その上この素晴らしい設定だよ。これがカメレオンだとかニシキゴイとかだったら、可愛いなあ大事にしなくっちゃ、自分がいなきゃコイツはダメなんだ、なんて思わないでしょ? 先生とか教育界の偉い人とかは、その点、ウサギ萌えの重要度についてちゃんと知識があるんだよ。だから学校で飼ってみんなに愛されるのはウサギでなくてはならないんだよ。判った?」
「…………」
 高遠は無言で史緒の顔をじっと見つめていたが、しばらくしてから、ぽつりと言った。
「……君が言うことは、時々、理解に苦しむ」
 そりゃ、あんたのようなオタクには、わたしのような常識人のことは理解できないでしょうよ、と史緒は心の中で思った。



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