リライト・ライト・ラスト・トライ

第七章

2.通告



 翌日、私室から出てきた守護人は、主殿を出て、建物の裏へ廻った。
 迷いなく動かしていた足が、とある場所でぴたりと止まる。下に向けられた彼女の視線の先にある地面は、わずかに盛り上がっていた。
 一見しただけでは、何も気づかず通り過ぎてしまうだろうその場所には、小さく可憐な花が三輪ほど、目立たないようにそっと供えられている。昨日、サリナの耳飾りを埋めた時に置いた花とは種類が違っているから、ミーシアが今日の朝にでも取り換えてくれたのだろう。
 守護人は物も言わずにしばらくそれを眺めてから、静かにその場所に腰を下ろした。衣服が汚れるのも構わずにぺたんと座り込み、立てた両膝を自分の腕で抱え込む。
 やがて、ぽつりと言った。
「……今日は一日、大人しくしているようにと、ミーシアさんに言われました」
「そうですか」
「かといって部屋にいると剣を振りはじめたりするので、それもダメだと言われました」
「そうですか」
「外に出てお日様の光を浴びて、でもなるべくじっとしているように、と言われました」
「……そうですか」
 守護人の言い方がどこか困惑しているようだったので、俺は笑いを噛み殺して相槌を打った。気持ちは判らないでもないけど、ミーシアも無茶を言うよな。
「それで、ここに?」
「他にどうしたらいいのかさっぱりわかりません」
 本当に、さっぱりわからない、という感じだったので、今度は我慢できずに噴き出してしまう。
「守護さまは、ミーシアの言うことは素直に聞かれるんですね」
「あの目をされて、なおかつ反論できる人はこの世にいません」
 きっと、両眉を下げて、涙を浮かべた目で、「守護さま、お願いでございます」 とか言われたのだろう。感情豊かなミーシアが、どれほど身を振り絞るようにして守護人のことを心配しているのかも、それを惜しみなく言葉と態度で表現しているのかも容易に想像がつくが、言われた守護人がその言葉の通りに部屋を出て、こんな場所でぼーっと時間を過ごしていると思うとかなり微笑ましい。大神官に剣を向けるのは躊躇しないのに、ミーシアの懇願には弱いのか。
 とにかく、ミーシアが納得してくれるくらいの時間は、ここでじっとしているつもりらしい。それが彼女なりの、ミーシアの気持ちへの応え方なのだろうと思ったから、俺もそっとその場に腰を落として、片膝をついた。
 ……ハリスさんはああ言ったけど。
 俺は、守護人のこういうところを、胡散臭いとも気味が悪いとも思えない。確かに隠していることはたくさんあるのかもしれないけど、それでも彼女の言動の中に時々見え隠れするものに、不快さを感じる要素を見出すことは出来なかった。
「守護さま」
「はい」
「多少は、ご気分がよくおなりですか」
「わたしはいつでも元気ですよ」
 さらりとした返事を寄越されて、もどかしさが募る。そんな上っ面だけの言葉が聞きたいわけじゃないんだ。
 本当は、昨日のことをいろいろ聞いてみたい。街で起こった出来事をどう思うのか。王ノ宮でカイラック王と何を話したのか。疲れていないのか。サリナの死に続き、あの空き家での光景は、彼女の心をどれほど痛めつけているのか。
 これから、何をするつもりなのか。
 でも、それらの質問を、俺はひとつとして舌に乗せられなかった。それは間違いなく、護衛官の立場から逸脱した行為であると、自分でも判っている。それを聞きたいと思う俺の気持ちが、「護衛官として」 という理由からは外れているという自覚があるからこそ、言葉にすることはためらわれた。
 街にいた時は、もう少しいろいろと話せたのにな。「シイナ」 という名ですぐ隣にいた時は、彼女はもっと近かった。実質的な距離はあの時と変わりがないのに、この神ノ宮で 「守護さま」 に戻った途端、こんなにも遠くなってしまうのはどうしてだろ。
「……どうして」
 突然、ぽとりと言葉を落とされて、どきっとする。
 一瞬俺の心が読まれたのかと思ったが、守護人は座ったまま、やっぱりこちらを向きもしなかった。その視線はずっと、土の上に置かれた花に据えられている。

「どうして、人は死ぬんでしょうね」

「…………」
 俺はその言葉に何も返せなかった。あちらも返事を期待していたわけではないのか、それきり黙り込んでしまう。
 今、その脳裏に浮かんでいるのは、誰の顔なんだろう。サリナか。それとも、湖の国の民たちか。
 どうして、人は死ぬのか。
 小さな背中は、その呟き以上のものは何も語らない。それが嘆きなのか、純粋な疑問なのか、それとも誰かに対する訴えなのかも判らない。
 でも、その後ろ姿を見て、俺の頭を過ぎったものがあった。

 ──まるで、母親の墓の前で座り込む子供みたいだ。

 唐突な発想に、自分自身で戸惑う。どうしてまたそんなことを思ってしまったのだろうと考えて、気がついた。
 なぜそんなイメージが頭に浮かんだのかといえば、俺が 「その姿」 をよく知っているからだ。亡くなった母親の墓の前で、泣くこともせず、ただぽつねんと座り込むことしか出来ない幼い子供。……十年以上も前の、俺自身。
 母の名前が刻まれた墓標を前に、どうして人は死ぬのだろうと、そればかりを考えていた、あの時。
 あんなにも優しく働き者だった母が、どうして死ななければならなかったのか。それはあまりにも理不尽で、不公平だと、悲しみよりも前に、湧き上がる怒りで頭がはちきれてしまいそうだった。取り残された自分が、ひたすらやるせなく、惨めで、悔しくてならなかった。
 俺から母を取り上げた運命を呪い、神を恨んだ。どうして自分だけがこんな思いをしなければならないのかと周囲のすべてを憎んだ。幸福というものが、俺一人を見放してしまったようで、たまらなく腹立たしかった。母に対してさえも、ずっと心の中でなじり続けていた。
 どうして、どうして。

 ……どうして俺を置いていった。

 今にして思えば、そうやって怒ることで強引に悲しみを抑えつけようとしていたんだろう。子供だった俺は、自分の中の大きすぎる感情を、他に転嫁することによってしか、片づけるすべを知らなかった。胸の中から次々に噴き出してくるどろどろとしたものを持て余し、けれどそれまでも手放してしまったら、その時こそ本当に何も残らないのではないかと恐ろしくて、ただ眉を上げ、唇を引き結び、朝から日暮れまで、母の墓の前で座り続けていた。
 なぜか、その時の自分と今の守護人が重なる。
「……守」
「トウイさん」
 俺が言葉を出しきる前に、守護人が先に口を開いた。俺が何かを言うのを、そうやってわざと押し返したように感じた。
 ようやくこちらを振り返ったその顔は、いつもと同じだった。目の前にいる守護人は、あの頃の俺のように、怒ってはいない。なのに、どうしてだろう、それを見る俺の中に、苛立ちが湧き上がる。
 違う、違うだろ、そうじゃない。
 今浮かべてなきゃいけないのは、そんな表情じゃないはずだ。
「今日の夜、神官さんたちが全員、集められます」
「え……」
 その言葉の意味を掴むため、一拍の間が必要だった。
「今夜、ですか」
「はい。大神官さんから、みなさんにお話があるそうで」
 ざわりと嫌な予感が背中を駆け上がる。大神官が神官たちを集めてなんらかの話をするのはよくあることだが、昨日からの守護人の行動を思い返すに、ただの指示や通達であるとは考え難い。少なくとも、守護人と無関係なことではないだろう。
「わたしも、そこに出ます」
 やっぱりそうか。一体、そこで何があるっていうんだ。
「トウイさんたち三人も、いてください」
 それだけ言うと、守護人は再びふいっと顔を前に戻した。
 守護人がその場に出席するというのなら護衛官だって必ず近くに侍ることになるに決まっているが、三人全員がいる必要はない。しかしそれについての説明は、一切彼女の口からは出なかった。
「……はい」
 返事をして、口を噤む。
 俺には、それしか出来なかった。


 ──どうしてあの守護人は、文句も言わず、見えないところであれこれ手を廻し、倒れそうになるまで動いてるんだ? と、ハリスさんは言った。
 俺だったら反抗するか逃げ出すか、どっちかだ、と。
 そう、そうだ、少女は、この世界に来た時から、何も拒まなかった。神ノ宮という籠の中に閉じ込められることも、守護人と呼ばれることも、神獣の傍らにあることもだ。
 反抗もしない。逃げもしない。死者を看取る時でさえ、顔を背けたりしなかった。
 それらは最初から、彼女にとっての義務などではなかったにも関わらず。
 でも、ただひとつ。
 ……自分自身に他者を介入させることだけは、明確に拒絶する。
 彼女に対し、こちらの世界の事情を一方的に押しつけるだけの俺たちに、それを責める権利なんてあるはずがなかった。


          ***


 その夜、神官たちが、主殿内の広間に集められた。
 いつも神に対して祈りを捧げるために使用されるその場所で、彼らはみんな、少し当惑気味にざわざわと声を潜めて言葉を交わし合っている。
 大神官に召集されること自体は珍しくなくても、通常ならば、前もってその内容なり理由なりが推測できたり、それとなく伝えられていたりするものだ。でも今回に限っては、そういったことが一切なかったので、どの顔もみんな不安の色を表に出しているようだった。
 その中で、ひときわ強張った顔つきで無言を貫いているのも数人いる。神官たちの集団の前のほう、大神官の側近として権勢をふるっていた連中だ。いつもなら、表情にも態度にも余裕を漂わせてふんぞり返っている彼らが、今は捕食動物を前にしたかのように、びくびくと身を縮めて怯えているように見える。
 まあ、それも無理はないか。なにしろ、大神官が守護人に剣を突きつけられたあの時、彼らは助けるどころかはっきりと見捨てた。権力への欲と焦りが判断能力を狂わせたのかもしれないが、大神官が生きている以上、もはや出世の機会が訪れることは金輪際ないだろう。
 そんな落ち着かない雰囲気の中、広間の中に、まず大神官が、それから彼に続くようにして守護人が姿を見せた。
 神官たちが、一斉に膝をつき、叩頭する。普段はそういうことを嫌がる守護人も、こういった改まった場では、そんな様子を見せもせず、静かに前に据えられた椅子に、神官たちと向き合うようにして座った。
 俺たち護衛官も、広間の後方で、腰を低くする。
 実を言えば、当惑しているのは神官たちばかりじゃない。本当だったら俺たち──俺とロウガさんとハリスさんは、こんな場所にいたらおかしいのだ。三人全員ではなくとも、誰か一人でも、守護人のすぐ近くにいなければならないはず。そうでなければ、守護人の護衛官としての用をなさない。
 それが、三人揃って、広間の後ろへと追いやられ、普段よりもずっと離れた位置から彼女の姿を目に入れている。現在、守護人の傍には、護衛の存在がないということだ。これじゃ、いざという時、彼女を護れないじゃないか──と思うと、じりじりとした気分が足許から這い上がってくるようで、居ても立ってもいられないくらいだった。
 ちらりと横を見てみれば、ロウガさんもハリスさんも、眉を上げた難しい表情で、神官たちの頭の向こうにある守護人に視線を向けている。どうしてこんなところにいなきゃいけないんだ、という、俺と同じ納得できない気持ちでいるのは間違いなかった。

 ……こんなにも、守護人の存在が遠い。

「揃っておるな」
 椅子に腰かけた大神官が、広間の中を一通り見渡して、ゆったりした声を出す。慣れというものか、自然と佇まいにも威厳と風格を漂わせていた。守護人に怯えて、寝台の上でぶるぶる震えていたという話だが、少なくとも現在目の前にある姿からは、それを想像するのは難しい。
「みなに突然集まってもらったのは、人事についての変更があったことを申し伝えておこうと思ったからだ」
 続く大神官のその言葉に、一部がびくりと反応したが、それ以外の神官たちはますます当惑した顔を見合わせるばかりだった。それはそうだろう、人事についての発表があるのは、例年ならもっと後だ。こんな風に前触れもなく、大神官の独断ともいえる変更があるなんてことは普通はない。
「まずは──」
 大神官は、側近の入れ替えと降格、それに伴う昇格の人事について、次々に口にしていった。ここからは、前方にいた数人ががっくりと肩を落とすのと、ひそやかなざわめきが全体に広がっていくのが同時に見える。あちこちで、疑問の声が控えめにあがったが、大神官はそれらをすべて黙殺した。
 まあ、これなら、予想はしていたことなので、さして驚きはない。事情を知らない人間からすれば寝耳に水の内容だろうが、一部始終をすぐ間近で見ていた俺たちにとっては、ある意味当然の成り行きともいえる。大神官にしても、自分の地位を虎視眈々と狙っているような人物たちを、判った以上はこれ以上近くに置きたくはないだろう。ただ、神官はどれも似たようなものだと思うので、頭を挿げ替えてもまた同様のことになるのは目に見えているのだが。
 大神官の思考は、これを機会に側近を廃する、とか、一から信頼関係を築こうとする、という方向へは決して向かわないんだなあ、とちょっと感嘆するように思う。上の階級の人間の考え方は、やっぱりよく判らない。
 大神官の横に座っている守護人に目を移すと、こちらはこちらで、まったく興味なさそうに、灯火台で焚かれている炎を眺めていた。一応、ちゃんとした服装をして、大人しく椅子に納まってはいるが、大神官の声はその耳を右から左へと通過してしまっているのがありありだ。
 だからこそなおさら、判らない。どうして守護人はこの場に同席しているのか。そして、俺たち三人までが呼ばれたのはなぜなのか。

「──さて、それから、みなに伝えておきたいことがある」

 人事について話し終えると、大神官はひとつ息をつき、改まった口調で言った。
 ざわめいていた神官たちが口を噤んで静まり返る。守護人の視線もようやく正面へと戻ってきて、俺も身の裡を緊張させた。そうか、本番はこれからか。
「他でもない、ここにおられる神獣の守護人についてである」
 大神官の言葉に、神官たちの目が一斉に守護人へと向く。守護人はその視線を黙って受け止めた。
「先日、神ノ宮内で、騒ぎが起こったことについては、みなも知っていることだと思うが」
 ごほん、と大神官は咳払いをしてから、ちらっと横の守護人を見た。
「何者かによる謀略で、侍女が一人、不幸な死に方をした。その……死んだ侍女には、気の毒なことであった、と思っている」
 よく言うよ。
「その後の調べで、あれは毒虫による 『守護人の暗殺』 を目的としたものだということが、判明した」
 ……なに?
 神官たちが再びざわつく。俺は唖然として大神官を見て、次いで守護人を見た。守護人を暗殺? なにを言ってるんだ、あれは特定の誰かを狙ったものじゃない。敢えていうなら、神ノ宮にいるすべての人間をすべて狙ったものだ。湖の国の民の口からは、結局、「守護人」 の言葉は一言だって出てこなかったじゃないか。
 守護人は口を結んだままじっとしている。大神官の台詞を、否定するような素振りはまったくない。
「首謀者については鋭意調査中であるが、まだ何も掴めてはいないのが実情だ。が、守護人を狙っている勢力があるというのは確実で、毒虫についても現在どこにどれだけ存在するのか、定かではない」
 神官たちが気味が悪そうに眉を寄せながら、肩をすぼめている。この中には、サリナの死にざまを、その目で見ている者もいる。それが他人事ではないと、今になってようやく気づいたのかもしれなかった。
「このままでは、守護人の身の安全が脅かされることになるのは明白である」
 大神官の口から出るとは思えないようなことを言って、さらにそれは、信じられないような結論に続いた。

「……よって、しばらくの間、守護人の身を王ノ宮預かりとするものとした」

 今まで抑えられていた声が、今度こそ一気に音量が上がって神官たちの口から飛び出した。
 どの顔にも、意味がわからない、と露骨に書いてある。当然だ、この言い分は、神ノ宮では守護人を安全に保護できない、と認めたも同然なのだから。王ノ宮に守護人の所有を委任する、というのは、神ノ宮の存在意義を失うようなものだ。
 俺は開いた口が塞がらず、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。ロウガさんとハリスさんを見れば、二人とも、似たような状態になっている。
「──みなさん」
 ここで、守護人が椅子から立ち上がり、口を開いた。
「大神官さんの言うことをちゃんと聞いてください。わたしはこれからもずっと王ノ宮にいるわけではありません。あくまでもこれは、一時的な措置ということです」
 守護人はこのことをすでに了承済みなのか。いや──違う。大神官に、こんな発想があるわけがない。裏で糸を引いているのは、間違いなくこの守護人だ。
 なんのために、そんなことを?
「神ノ宮がなにより護らなければならないのは、神獣です。わたしを狙うという勢力が、今後、どんな動きを見せるのか判らないこの状況で、神獣まで危険に巻き込ませるようなことが、万が一にもあってはならない、ということなんです。わたしが狙われているのなら、神獣とは極力、離れていたほうがいい。そのため、王ノ宮に協力を仰ぎました。大神官さんの、苦渋の決断です」
 大神官は確かに苦々しい顔をしているが、そういう意味ではないような気がする。
「もう少し事態がはっきりするまで、わたしは王ノ宮で身を潜めていようと思います。すべて、神獣のためです。理解してください」
 神獣のため、という大義名分を持ち出されては、神官たちも不平不満を大っぴらに出すことは出来ない。しばらく口を噤んでから、そのうちの一人が黙っていられなくなったのか、「しかし……」 と反駁した。
「守護人は、神獣の傍らにあるのが定め。お傍を離れるのを、神獣がなんと思われるか」
「神獣の許可は得ました」
 守護人のいつものやり方だ。板で打ち返すような返答に、神官が絶句している。気持ちはわかる。
「行っておいでと言われました。守護人が望むように行動することが自分の喜びでもある、と──まあ大体なんとなくそんなような意味にとれることを言ってました」
 な……なんか、ものすごく曖昧だな。ひょっとして、神獣の言葉は人間が使うものとは違っていて、解釈が難しかったりするのだろうか。
「わたしもこの機会に、いろいろ勉強してこようと思います。不在は、少しの間だけのこと。長い目で見れば、神ノ宮にとっての不利益にはならないはずです。みなさんは、今まで通り、この場所の平穏を保つことだけを考えていればいい」
 守護人の口調は淡々としているが、言っていることは大変な皮肉に聞こえる。
「わたしがいない間は、この大神官さんに」
 その言葉と共に一瞥を受けて、大神官はわずかに胸を反らせた。
「すべての権限をお渡しします。大神官さんの言うことは、そのまま守護人の言葉と受け取ってもらって結構です。わたしがいちばんに信頼するのは、この大神官さんである、ということを胸に刻んでおいてください」
 横のハリスさんから、「……これか」 とごくごく小さな呟きが漏れた。そうか、と俺も納得した。
 守護人が街へと出る許可と引き換えにしたもの、それがこの、大神官への白々しい後押しだったわけだ。神獣の守護人が 「信頼を寄せている」 と一言言えば、それだけで大神官の地位を盤石にする支えになる。側近さえも信じられなくなった大神官には、喉から手が出るほど欲しかったものだろう。だからこそ、それを取引の条件として持ち出したに違いない。
 その守護人が、今度は王ノ宮に身を寄せるという。きっとそこには、何か思惑があるはずだ。こんなウソだらけの口実までつくって、何をするつもりなのか。
 俺たちがここに呼ばれたのは、それを伝えるためだったんだろう。守護人が王ノ宮に行くというのなら、護衛官三人もそれに随行することになる。だからそのための、心の準備をするようにと──
「……そして、王ノ宮には」
 守護人がそう言って、顔をもう少し上げた。その目は、居並ぶ神官たちではなく、その後ろにいる俺たち三人へと、まっすぐ向かってきている。
「王ノ宮には、わたし一人が(・・・・・・)行きます」
 え?
 俺は耳を疑った。
 目を見開き、守護人の動く口元を凝視する。

 今、なんて?

「ロウガ・セム・ライド、ハリス・ミド・シルフィ、トウイ・ウル・カディアの三名は」
 名を呼ぶ彼女の視線は揺らぎもしない。そこには、なんの動揺も存在しない。その顔からも、その瞳からも、俺は何も見つけられない。
 こんなにも、遠い。
「今、この時をもって、『神獣の守護人の護衛官』 としての任を解きます」


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