リライト・ライト・ラスト・トライ

第九章

1.芽生え



 少しして、目を閉じた守護人の唇から、静かな寝息が漏れはじめた。
 どっと疲れが来たのだろう。ミーシアが少女の身体の上に、優しげな手つきで布をかけてやったが、ぴくりとも動かない。
 守護人の眠りを邪魔しないように、俺たち二人はそろそろとそこから移動して、距離を取った。何かがあればすぐに手の届く位置、けれど、抑えた話し声が眠りの妨げにならないだろう位置まで来て、改めて腰を下ろす。
 周囲を見回してみれば、ところどころに切り立つ岩がその先の視界を塞ぐように立っているものの、それ以外にはほとんど何もないという、殺風景な眺めが広がっている。物音といえば、ロウガさんが世話をしている馬たちが蹄で地面を蹴る音と、風が木の葉を揺らす音くらいしかない。
 ついさっき、盗賊たちに囲まれ、そのうちの一人の命があっけなく失われたとは思えないほど平穏で、静けさに満ちていた。
「……少しだけでも、ゆっくりお眠りになれたらいいのだけど」
 ミーシアが、守護人に視線を向けながら、気遣うようにぽろりと言葉を零した。
「昨夜、よく眠れなかったのはミーシアなんだろ? なんだったらミーシアも少し休んでおいたらどうだ?」
 宿の食堂で見た、ぼんやりした顔を思い出して俺がそう言うと、ミーシアはこちらに顔を向けた。
 彼女らしくもない暗い表情をしているのは、盗賊とはいえ人の無惨な死にざまを目の当たりにしたせいばかりではないらしい。
「眠れなかった……ええ、そうね、そうなのだけど、私が眠れなかったのは」
 また、ちらりと守護人を見る。
 それから、その目をそっと伏せて、囁くような小さな声で言った。
「──シイナさまが、うなされていたからなの」
「うなされて?」
 俺は反問して、守護人に目をやる。顔を下に向け目を閉じているその姿に、苦しそうなところは見えない。
「真夜中過ぎ、くぐもったような声が聞こえた気がして」
 ごくごく小さなものだったが、守護人の隣の寝台で寝ていたミーシアは、それで目を覚ました。慣れないことの連続で神経が昂ぶっていたからかもしれないし、何かあったら守護人を護らなければならないのはいちばんすぐ近くにいる自分だと、気を張りながら眠りに就いたからかもしれない。とにかく、目覚めたのは、そのかすかな声が聞こえてからそんなに時間を置いていなかったはず、とミーシアは言った。
 まさか侵入者では、と一瞬にして眠気も吹っ飛び、寝台の上で跳ね起きたが、燭台の火がほんのりと照らす室内に、第三者の存在はない。どころか、メルディの姿はもうすでにその時にはなくて、人数でいうなら一人減っているくらいだった。
「それで慌てて、今度はシイナさまのほうを見てみたら」
 隣では守護人の少女が、寝台に入った時と変わりなく横になっていた。
 が、その両の手は上掛けを強く握り込み、荒い息を忙しなく吐き出し続けているのが、暗がりの中でも見て取れた。
 眉をきゅっと中央に寄せ、よくよく見れば額にはいくつもの玉のような汗が浮き出している。その姿がいかにも苦しそうなので、もしかしてどこかが痛むのかと、驚いたミーシアはすぐにそちらに手を伸ばし、声をかけようとした──のだが。
 身体に触れる手前で、動きを止めた。
「シイナさまは間違いなく眠っていて……ああ、うなされていらっしゃるんだって気づいたの。良くない夢を見られているようで、あまりにもお辛そうだから、起こして差し上げたほうがいいんじゃないかって、私もさんざん迷ったのだけど」
 さんざん迷って、しかし結局、ミーシアは守護人を起こすことが出来なかった。

 なぜなら、うなされている少女が、眠っていてさえ、声を押し殺していることに気づいたからだ。

 ここで彼女を起こしたら、きっと 「睡眠の邪魔をしてごめんなさい」 と謝罪の言葉を出して、その後はなんでもないように、さあ寝ましょう、と続けるのが容易に予想がついた。もしかしたらその場合、守護人はまた自分の声でミーシアを起こさないように、朝まで眠らずにいるかもしれない、ということも。
 だからミーシアは、声をかけたり揺さぶったりはせず、上掛けを握りしめる小さな手に、自分の手をふわりと重ねるだけにした。
 そうやってしばらくしたら、次第に守護人の呼吸は落ち着いてきて、穏やかな寝息に変わっていったのだという。
 ミーシアは少し安堵し、再び自分の寝床に戻って横たわったものの、頭の中はあれこれと考えに占められて、朝方まで寝つけなかったらしい。
「……はじめは、もとの世界の夢を見られているのではないかと思ったの。シイナさまはそういったことを一切口には出されないけれど、あちらには、お家があって、ご家族も、お友達もいらっしゃるのでしょうから、そういう人々と離れて、寂しさや悲しさが当然おありになるはずだもの」
「…………」
 俺は無言になり、視線を落とした。
 守護人本人が何も言わないから、誰もが気にかけないそのことを、ミーシアはやっぱり、ちゃんと理解している。
 当然。そう、当然だ。考えてみれば、それは本当に、当たり前のことなのに。
「でも、うなされているシイナさまは、そんな感じではなくて……なんて言えばいいのかしら、懐かしい人々が夢の中に現れた、というよりは」
 思い出したくもない、恐ろしい何かが甦ってきたような。
 ミーシアはなんとなく口ごもるように、そんなことを呟いた。
「そんな様子に見えたの。悪夢に追い立てられている、というか」
「…………」
 追い立てられている、か。
 ミーシアもまた、その表現を使うんだな。俺もそう思ったし、ロウガさんも似たようなことを言った。だとしたらたぶん、ハリスさんも同じようなことを考えているだろう。

 夢の中でさえ、あの守護人は、何に追われているんだ?

 昼間に襲ってきた盗賊たちが、また夢に出てきたのだろうか。それは無理もない話だと思う。ましてや、彼女は自分自身の手で、盗賊のかしらに深傷を負わせるということまでやってのけたのだから。
 ミーシアも、その時はそう思った。が、朝になって。
「私、食堂で、シイナさまに睡眠でお疲れは取れましたかとお聞きしたでしょう?」
「うん」
 守護人はその問いに、表情も変えず、「元気ですよ」 と返したのだ。
 普段とまったく同じように。
「その時になって、ようやく思いついたの。ひょっとして、こんなことは、初めてではなかったのかもしれない、って。シイナさまはこれまで、夜、神ノ宮のお部屋の中で眠っている時も、ああしてうなされていらっしゃったのではないかしら。私が気がつかなかっただけで、ずっと。いつものことだから、ご本人さえもそのことを、しかとは自覚してらっしゃらない。それほどまでに、慣れきった、ことだったとしたら?」
 夜間、守護人が神ノ宮の私室で眠る時は、扉の前に警護が立つのみ。ひっそりと押し殺した小さな声が続いても、部屋の外までは洩れることはなかっただろう。
 ミーシアは、深く息を吐きだし、頬に手を添えて眉を寄せた。うなされていたのは守護人のほうなのに、今は彼女自身が苦悶の表情を浮かべている。
「──シイナさまは、とても繊細で、優しい心を持った方よ。大人びたところがおありだけれど、人の死によって受ける傷は、私たちよりも深いくらいかもしれない。あまり表情に出すことはなくても、私はシイナさまのそういうところを、少しは知っているつもりでいたわ」
 言いながら、眠る守護人に向ける瞳には、強い懸念の色を含んでいる。
「でも、きっと、本当には判ってはいない。私はあの方の、上のほうしか見ていない。底に隠れている何か……とても大きな何かを、見逃している。そんな気がするの」
 見逃している何か。自分の指の先を軽く噛み、そう言うミーシアの横顔は、非常にもどかしそうだった。
「…………」
 そのミーシアにかける言葉が見つからず、俺も彼女と同じく、守護人のほうに視線を向けた。
 目を閉じた時から、少女の手は変わらず、腰にある神獣の剣に置かれたままだ。もしもここで突発の出来事が発生したら、彼女はすぐさまかけてある布を跳ね除けて、ためらいもせず鞘から剣を抜いて立ち上がるのだろう。
 どうして人は死ぬのか。
 サリナの耳飾りを埋めた場所で、そう呟いていた守護人。マオールでは、これ以上の犠牲は御免だ、と強い眼差しで言いきっていた。あれらは間違いなく、彼女の本心から出た言葉だったはずだ。
 けれど彼女は、同時に、人を傷つける行動も迷わない。手負いの盗賊が現れた時、俺の前から伝わる殺気は本物だった。
 あの瞬間、守護人は確かに、人を殺す決意を固めていた。
 その矛盾は、どういう理由で生まれてくるのだろう。
「大きな何か、か」
 ぽつりと、ひとりごちる。
 それが何かなんて、俺にだって判らない。ミーシアにさえ見えないというんだからな、そりゃそうだ。
 でもさ、俺は、ただ。

 俺はただ、守護人にもう、あんな 「何もない」 真っ黒い穴のような目をして欲しくないだけなんだ。

 だから、彼女が剣を抜くのを止めたことは、今に至ってもまったく後悔も反省もしていない。それで守護人の怒りを買おうが、叱責を受けようが、同じ状況になったら、俺はきっとまた同じことをする。
 彼女の持つ神獣の剣は、人を傷つけるためのものではなく、彼女自身を護るためのものだ。俺はそう確信しているし、それが間違いだとも思わない。……けど。
 だけど、一抹の不安が、心の片隅に根ざしている。
 ──俺もミーシアと同じで、とんでもなく大きな何かを、判っていないんじゃないか。
「…………」
 俺は、未だ眠りの世界をたゆたう守護人を見つめた。
 彼女にとってはほんの束の間のこの休息が、少しでも長く続くといいと願いながら。


          ***


 二手に分かれて見回りをしてきたはずのハリスさんとメルディが、一緒に戻ってきた。
 それは別にいいのだが、またしても二人でつまらない言い争いをしていたらしく、近づいてくる途中からその賑やかな声が流れてきて、寝ていた守護人がぱちっと目を開けた。
 結局、彼女が眠れたのは、ごくわずかな時間だけだった。
「だからいちいちうるさいことを言うなって……ん、どうした? トウイ」
「何がです?」
「なんで俺を睨んでるんだ?」
「気のせいじゃないですか」
「ミーシアもすげえ冷たく俺を見てるんだけど」
「気のせいじゃないですか」
 まったく、喧嘩をするほど仲がいいにしても、もうちょっと時と状況を弁えて欲しい。
 大体、ハリスさんは、メルディとのことをどうするつもりなんだ。そりゃ、シャノンさんとはしばらく会うこともないだろうけど。ハリスさんが女性に対して不誠実なのは知ってたけど、こうも目の前でやられると、やっぱりいい気分はしないよな。
 ということを、口には出さずに腹の中で考えていたのに、俺を見たハリスさんは、猛烈にイヤそうに顔を顰めた。
「お前さあ」
「は?」
「その非難がましい目、なんか絶対変なこと考えて……ああ、もう、いいや面倒くせえ」
 手でくしゃっと髪の毛を掻き回して放り投げるように言い、ぷいっと顔を逸らす。
 変なこと? 何が面倒くさいんだ。
 ふと振り返ると、身体の上にかけられた布を丁寧に畳んでいた守護人が、同感だ、というようにこっくりと深く頷いていた。


 ロウガさんも戻ってきたところで、休憩ついでに軽く食事を摂っておこう、ということになった。
 全員で車座になり、ゲナウの街で買ったパンと、携帯食の干し肉、それから白というよりは黄色に近いイルマの乳を、器や皿に入れて簡単に地面に並べていく。決して神ノ宮で出てくるような食事内容ではないので、見たことがなかったのだろう、守護人は不思議そうにそれらを眺めていた。
「これ、牛乳ですか?」
 器の中の液体を指して問う彼女に、ミーシアが微笑んで首を振る。
「これはイルマという動物の乳です。イルマは角のある小型の家畜なのですが、絞る乳にはとても栄養があると言われております。ただ、少々臭いがあって、クセも強いので、階級が上の方々が飲まれることはほとんどございません。慣れていないとつらくお感じになるかもしれませんが、本当に力がつきますので、少しでもお召しになってください」
「はい」
 守護人はミーシアの言葉に素直に肯って、器を口元に持っていった。口に入れた瞬間、わずかに微妙な顔をしたものの、黙って飲んでいる。
 俺は今さら臭いもクセも気にならないので、器を傾け、中のものをぐいぐい飲み干した。イルマの乳は、栄養があるだけでなく、たくさん飲むと背が伸びると言われているのだ。昔からしょっちゅう飲んでいるけど、今のところ、あんまり効果が現れているようには思えない。
「……で、例の灰色の髪の男についてだが」
 ロウガさんが、長いパンをナイフで切り分けながら、言葉を探すように慎重に話しはじめた。
 この機に、少し情報を整理して、他の人間の意見を聞いておこう、ということだろう。
「あれは何者なんでしょうね。よりにもよってミニリグを持ち歩いているんだから、ただの通りすがりではないことだけは確実ですけど」
 と、ハリスさんがイルマの乳が入った器を手に、眉根を寄せる。ロウガさんは切っているパンに目線を向けて、少し恥じるようにむっつりと口を曲げた。
「本人は、モルディムからの旅人だと言っていたが……正直、食事をしながら話すあの男の態度に、まったく怪しいところは感じなかったんだ。だから出自等について、あまり突っ込んで訊ねることもしなかった。何を話していても、結局は女のことになるし……その時点で、あちらの手の内に嵌っていた、ということかもしれない」
「まあ、考えられる、ひとつのセンとしては」
 メルディが、切り分けられたパンを早速ひょいとつまんで口に運び、軽い口調で言った。
「私の同業者、というところですかねえ」
「密偵ということか?」
「というよりは、工作員、とでも言えばよろしいですかね。まあ要するに、裏の仕事をする人間ですよ。そのテの連中は、まったく微塵も後ろめたさを持たずに、ウソをつけますから」
「確かにな」
 ハリスさんが鼻を鳴らす。ロウガさんはナイフを置くと、手で顎の線をなぞった。
「仮にそうだとして、ニーヴァの──ということではないのだろうな」
「そうですね、私も自分の同僚の全員を把握してるわけじゃないですが、あんな変わり種がいたら、さすがに知らないってことはないでしょうよ。それに、カイラック王があんな形でニーヴァの駒を動かす理由がありません」
「すると、モルディムの」
「それもどうですかね。なにしろモルディム国民だ、ってのは、本人がそう言ったに過ぎないわけでしょう? もう一度言いますが、工作員であればどんなウソでも平然とつきます。ましてや例の御仁は灰色の髪ときてる。灰色の髪は通常、違う国同士の血が混じったことで生まれる色です。どこの国の人間であっても不思議じゃない」
「そうか……そうだな」
 ロウガさんが考えるように口を噤んだ。ハリスさんも視線を虚空に据え、自分の思考に気を取られているらしい。メルディは口の中のパンを、イルマの乳で喉に流し込んでいる。ミーシアは食べ物を皿に補充するのに忙しい。
 つまり、現在、守護人に目をやっているのは俺だけ、ということだ。
「…………」
 どうしようかなあ。指摘してやったほうがいいんだろうけど。

 ……守護人が、さっきからずっと、干し肉を食べようと悪戦苦闘している。

 実を言えば、最初、いきなりそれにがじがじと齧りついていた時から、俺の目はそちらに釘付けになっていたのである。
 が、つい言葉を出しそびれた。口を開こうとする前に、次から次へと変なことをするからだ。
 守護人は、俺が見ていることにまったく気づいていなかった。しばらく干し肉を口に含んだまま噛み切ろうと頑張っていたが、かちんかちんに硬い肉は、そんなことではびくともしない。
 それで、やにわにイルマの乳の中に、どぼんと肉を入れた。
 どうも、噛んでも噛んでも形すら変わらないことに不審を覚え、そうかこれは水で戻して食べるのだな、と考えたようだ。イルマの乳の中に浸してじっと様子を窺い、それからまた口に入れる。しかしやっぱり硬いままなので、怪訝な顔になった。
 その時点でようやく、これは大きいままでは食べられないんじゃないか、ということに気づいたのだろう。ロウガさんが使っていたナイフを横からこっそり拝借して、半分に切り分けようとした。
 しかし、その試みは困難を極めた。うん、干し肉はそんな風にして刃物で切るものじゃないからね。ぐぐぐと力を入れすぎて、肉はなんの反応もしないのに、その下の皿がみしみしと不吉な音を立てる。赤い顔で口をもごもご動かしているのは、どうやら干し肉に向かって毒づいているらしい、と気がついて、俺は自分の口許を手で押さえた。
 皿が修復不可能な壊れ方をする前に、守護人がその方法を諦めたのは幸いだった。で、今度は何をするのかと思ったら、おもむろに両手で肉を持ち上げ、左右にぎゅーっと引っ張りはじめた。そろそろ忍耐力が尽きてきたようで、やり方が雑な上に、力づくになってきている。しかし硬くて弾力性もある干し肉は、もちろんそんなことで切れることなく、少し長さが伸びただけ、という悲しい結果に終わった。
 眉を吊り上げた守護人が、とうとう神獣の剣の柄に手をかけたところで、俺の我慢が底をついた。
 ぶぶっと噴き出してしまう。
 ──いや、国の至宝を、干し肉を切るのに使っちゃダメだろ。ていうか、試行錯誤の方向が、どれも斜めに向かっているのはどうしてなんだ。はじめからずっと見ていたが、あまりにも面白すぎて、口を出す機会がなかった。
「どうした、トウイ」
 ロウガさんに問われて、俺は下を向き、懸命に笑いを収める努力をした。でもダメだ、肩の揺れが止まらない。だっておかしいだろ、あれ。どうやって食べるのか、と一言聞けば済むことなのに。まあ確かに、この深刻な空気の中、言い出しにくいってのは判るけど。
「すみません、ちょっと咽て」
 とにかく、今は真面目な話をしている最中なのである。俺はなんとか咳払いで誤魔化して、込み上げてくる笑いの発作を強引に押し込めた。「本当にあいつ、何者なんでしょうね」 と言いながら、すぐ前にある干し肉を手に取る。
 ハリスさんが首を捻った。
「どこかの国の工作員、という説を取るとしても、今ひとつ行動が解せないな……」
「シイナさまが守護人だと判っていて近づいてきたのだろうか」
「でもそれなら、どうして助けたんでしょうねえ」
 結局手詰まりになっていく会話を耳に入れつつ、干し肉を指で細く引き裂く。繊維の方向に沿って引っ張れば、大して力は必要ない。こうして少しずつ毟りながら口に入れるか、柔らかくなるまで時間をかけてじっくりと煮込むか。守護人のいた世界はどうか知らないが、この世界の干し肉はそうやって食べるしかない。
 守護人は、俺の手許をじいっと見つめてから、自分も同じように指を使い、細く少しずつ引き裂いていった。今まであれだけ手こずらされた肉が、苦もなく千切れていくことに、驚いたように目を見開く。おお、と言いたげに口をすぼめるので、また笑いそうになった。
「穿った見方をするのなら」
 メルディが意味ありげな薄い笑みを浮かべた。何を考えているのかよく判らない瞳は、冷たい光を放っている。

「──湖の国の民にミニリグを渡したのも、あの男かもしれませんね」

 その言葉には、さすがに笑いも引っ込んだ。
 口の中の肉が、急に苦くなった気がする。ロウガさん、ハリスさんも、俺と同じように、苦いものを呑み込んだような顔になった。
 あのへらへらと笑ってばかりだった男が、サリナと湖の国の六人の命を奪った元凶だったかもしれない、ということか。
「……とりあえず今判るのは、判らないことばかりを話していてもしょうがない、ということだけですね」
 ようやく裂けた干し肉をもぐもぐと食べながら、守護人が結論を出すように言った。干し肉相手に奮闘しながらでも、話していた内容はちゃんと聞いていたらしい。
「あの人が何者にせよ、今後また形を変えて接触があるでしょう」
「なぜ、そのように?」
「そうでなければ、わたしたちを助ける理由がありません。手段を選ばないやり方ですが、あの時リンシンさんが現れなければ、間違いなくこちら側に犠牲が出ていた」
 静かにそう言う守護人の目が、地面に向けられる。
「周囲でいろんな事情や思惑が流れているとしても、一緒になって巻き込まれてしまったら、本質が見えなくなる。わたしたちは、外側からそれを見極めるために動かないと。──そうでなければ、廻る運命は止められない」
 後半は、聞こえるか聞こえないくらいの、小さな声だった。
 ハリスさんが、「……ま、確かにこうやって話しているだけじゃしょうがない」 と呟いて、息をついた。判らないことを延々と議論していてもさっぱり埒が明かない、という点には同意なのだろう。
「だったら先に進みましょうか。もう少し行けば、テトの街が見えてきますよ」
 その言葉に、守護人が頷く。
 それから、俺のほうをくるっと向いて、真顔で聞いた。
「……ところで、このお肉はいつ呑み込めばいいんですか」
 俺はたまらず、また噴き出した。
 そして同時に、自分の内面に変化が起きつつあることに気づいて、ちょっと戸惑った。今まで彼女に対して、こんな風に思ったことはなかったんだけど。
 まるで小さな芽が出るように、新しい感情が心の中に兆している。
 ……なんか、この守護人。

 時々、可愛い、よな。


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