リライト・ライト・ラスト・トライ

第十四章

4.真影



「……未来に、ですか」
 数秒ほど無言の間を置いてから、わたしはハリスさんを見返し、そう言った。いつもと変わらない顔、いつもと変わらない声のつもりだったけれど、自分の耳に入ってきたのはイヤになってしまうほど小さな音量の、か細い呟きでしかなかった。
「神獣は、過去も未来も見通す力があるとか」
 ハリスさんのほうが、ずっと淡々とした口調を保っている。トウイやカイラック王が言っていたようなことを口にしてこちらを見るその瞳は、以前のような強い猜疑心に溢れたものではなくて、ただ静かに澄んでいるように感じられた。
「わたしにも、その力があると?」
「さてね、そんなことは俺にはわかりかねますが」
 わたしの声音がよほど固かったからか、ハリスさんは少しだけ目許のあたりを和ませた。
「なんとなく、そう思っただけです。なにしろ、来る日も来る日も寝台の上で、しょうもないことを考える時間だけはあり余っていたもんでね」
 星見の塔で──と、ゆったりとした調子で続けられた言葉に、再び、指先がぴくりと反応する。ハリスさんはそれをちらっと一瞥して、けれど表情は変えずにまたわたしの顔へと視線を戻した。
「リンシンに一撃で倒されるという情けないザマを晒したでしょう。少しは剣の腕が上がっただろうって自負してたのに、それがぺしゃんこに叩き潰されて、ホントに恥ずかしくてね。いつの間にか、思い上がって油断してたんだと、自分の傲慢さを目の前に突きつけられた気分でしたよ」
 ハリスさんの場合は、本当に実力が伴った上での自信と矜持だ。恥じることではない。
「あの時を契機に、あれこれと昔を思い返すこともあって……まったく、記憶ってやつは厄介なもんだ。ずっと底のほうまで押し込めていたはずのものまで、ふとした拍子に、否応なく甦る。そのたびにいちいち苦い思いをするのは、まだそれが消化しきれないからなんでしょう。何度も噛みしめて、時には吐き戻しそうになって、また呑み込む、ってことを繰り返していけばいいんだろうということは判っていても、うんざりする」
「…………」
 わたしは黙ったまま、床に目をやった。
「手を伸ばせば届く位置にいた誰かを助けられない、守れたはずのものが守れない、生きていて欲しいと願ったやつの命がすぐ目の前で奪われる──どれも、絶対にもう二度と経験したくはない。だからガキの頃の俺は、周りも見えないほどに無我夢中で強くなろうとした。そんなことを今になって思い出したら、ふっと誰かさんの顔が頭に浮かんで」
 ハリスさんが、くすりと笑いを洩らす。
「ひょっとして、と思いついたわけです。その誰かさんも、俺と似たような記憶があるんじゃないかとね。だからこそ、いつも必死すぎるほどに必死なのかと」
 そして、とついでのように続けた。

「──その記憶は、過去ではなく、未来で経験した(・・・・・・・)ものなんじゃないか、と」

 わたしは下を向いたまま、一瞬目を瞑った。
 それは事実とは少し違う。けれど。
 ……ハリスさんはすでに、真実の一端をその手の中に掴んでいる。

 わたしは、この世界でこれから起こる出来事を知らない。けれど、別の世界で起きた出来事は知っている。
 この扉の中ではなく、今までに開けたいくつもの扉の中で、トウイの身に何が起き、ニーヴァという国で何が起こったか。
 そういう意味では、わたしは何通りにも分岐して進んでいく 「道の先」 を見た。忘れたくても忘れられない記憶として、自分一人の中に積み重ねてきた。実際に、何度もこの身で経験して。
 わたしのこの手は、トウイが何度も流した赤い血を、覚えている。

「……わたしに、未来を読む力はありません」
「でも、ここにいる俺たちが知らない 『未来』 を知ってる」
「…………」
「あなたはそれを変えようとしてるんじゃないですか。今度こそ、守りたかった何かを守るために」
「…………」
「以前、どこで剣技を覚えたのかという俺の質問に、シイナさまはなんと答えました?」
「…………」

 ──前にいた、ここではない世界で。

 わたしはそう言った。ハリスさんはちゃんと、それを覚えていたんだ。この人は、バラバラに散らばった点と点を繋ぎ合わせて正しい解答を導き出す、冷静な頭脳を持っている。
「もしも……」
 やっと顔を上げ、わたしは口を開いた。
 違う、知らない、なんのことかわからない、と言えば、もしかしたらハリスさんは 「そうですか」 と引き下がってくれるのかもしれない。彼の眼差しに、強引な追及の鋭さはない。さっきから曖昧な言い方をしているのは、そうやってわたしに逃げ道を与えてくれているのかも。
 ──でも、そんな嘘なんて、つけるはずがない。
 ハリスさんは、過去のつらい記憶を引っ張り出してまで、偽ることなく口にしたのだ。彼にとって、家族のことや幼い弟妹のことは、誰にも言いたくない、自分の心の中だけに秘めておきたいことだったのだろうに。
 わたしは目の前の相手の双眸を見返し、そっと壊れ物を置くようにして声を出した。

「……もしも、そうだとして、ハリスさんはどうしますか」

 ハリスさんは少しの間沈黙してから、ふっと息を吐いて微笑した。
「どうって、どうもしませんよ。ただ、ヒマを持て余した挙句に、頭の中で荒唐無稽なことを考えて楽しんだ、というだけの話です」
 軽く肩を竦めて、両手を上げる。ぴんと張った糸を緩ませるような、大袈裟なくらいに気障な仕草だった。
 わたしが口を噤んだままじっとしているのを見て、少しだけ苦笑する。
「……あのね、俺がこんな話をしたのは、なにもシイナさまにそんな顔をさせるためじゃない。ちょっとばかり自分の感傷に付き合ってもらいたかったのと、そんなにも一人で重い石を背負い込んだような顔をしなくてもいいと言いたかったからなんです。トウイはトウイで別のやり方を選ぶんでしょうが、俺はあそこまで単細胞にはなれないんでね」

 「知っている」 ということを、わざわざこうやって口にして。
 一人で抱え込むことはない、とハリスさんは言っているんだろうか。
 どうして──

「わたしのことを、軽蔑しないんですか」
 守れなかったものを守るため、やり直す。そんなことは、誰にも出来ない。どれだけ願っても望んでも、出来ない。泣いて叫んで、血の滲むような努力をして、大事な人たちを失った現実を乗り越えようとしたハリスさんのような人には、それがどれだけ卑怯でずるい行為かということが、よくわかるはず。
 ハリスさんはぷっと噴き出した。
「よしてくださいよ。俺は誰かを軽蔑できるほど、大したやつじゃない。……ま、ここで責めたり罵ったりすればシイナさまにとっては楽なのかもしれないが、俺はそこまで親切でもないんで、してやりません。そこは自分自身でなんとかケリをつけるんですね」
 突き放すような言い方をして、口許に浮かべた笑いを引っ込める。
「……ただね」
 真顔になって、ぽつりと言った。
「哀れだなとは、思いますよ」
「…………」

 哀れ──

「よく、わかりません」
 目線を再び床へと落とし、低い声でそれだけ言って、わたしは椅子から立ち上がった。すかさず、ハリスさんが確認するように口を開く。
「今のことは、ここだけの与太話、そういうことにしましょう。俺もいささか調子に乗って喋りすぎた。メルディあたりに知られたら、恥ずかしさのあまり憤死しそうだ。この場で話した内容については、二人とも忘れてしまうのがいい」
 ハリスさんはこのことを誰にも言わない、ということらしい。自分の胸にだけ収めておくと。
 ……よく、わからない。

 どうしてハリスさんは、今までと同じようにわたしに向かって笑えるんだろう。

「シイナさま」
 部屋を出ようとドアの取っ手に手をかけたところで、呼び止められた。
「まだ頼りなく見えるでしょうが、トウイはいずれ、強くなりますよ。放っておいても、勝手にね。なんにもわかっていないようで、案外ああいうやつこそが、本当に強い人間になるんだろうと俺は思ってます。……あなたの求める強さってのも、本来はああいうものであるべきなんじゃないですかね」
「…………」
 わたしはそれには返事をしないで、部屋から出てドアを閉じた。



          ***


 その後、ハリスさんは本当に、あんな話をしたことなんて忘れた、というような顔をしていた。
 メルディさんと言い合いをし、トウイをからかい、ロウガさんと難しい顔で何かを話し合う。わたしに対しても、いつもの飄々とした態度を崩さない。こちらのほうが少し戸惑ってしまうほど、ハリスさんは自分の言葉をきっちりと実行してしまう人だった。
 そのハリスさんも、二日後には、ようやくベッドを離れてもいいという許可が下りた。
 久しぶりに、ベッドのある部屋以外でみんなとテーブルを囲んで座り、ミーシアさんの淹れたお茶を飲んで、本人も嬉しそうだ。

 もう少し体力が戻れば、いよいよその時にはこのハルソラの街を出ることになる。

「ハリスたちには悪いが、あまりゆっくり滞在しているわけにもいかないんだ」
 湯気の立つお茶の入ったカップを手にして、そう言うロウガさんは歯切れが悪い。
 ハリスさんとメルディさんの両者は、安静にしていなくても大丈夫、という状態になったというだけで、完治したわけではない。トウイもまだ左目の包帯が取れていない。ロウガさんとしてはもう少し時間を置いてから出発したいところだったのだろう。
「いや、平気ですよ。むしろ、こんなに時間をとらせてしまって申し訳ない」
 今も動きたくてしょうがないのか、ハリスさんが気軽な調子で手を振った。トウイも、「俺も大丈夫ですから」 と気負っている。すでに元気になったと自分では言い張っているメルディさんは、やれやれまったくしょうがないですねあなたたちは、とでも言いたげな顔だ。
「いつここを出ることになるのかしら」
 首を傾げるミーシアさんの疑問に、ロウガさんが眉を寄せてうーんと唸る。

「そうだな……できれば、二日か三日後には……王ノ宮がどう動くのかはっきりしないんだが」

 シキの森の遺体は、治安警察が一通り検分した後、ハルソラの街の住人の手によって葬られた。
 人口が少ないためか、ここの共同墓地は、他とは違って街の中にある。状況が状況だっただけに、住人の多くは怖がって彼らを街の中に入れることを拒んだので、お墓は森の近くに作られた。
 けれど、治安警察も街の住人たちも、「妖獣が来た」 ということはあまり信じていない様子なのだという。姿を見たのがトウイ一人、ということもあるのかもしれない。大型の野生の獣にやられたんだろう、という納得の仕方をしているようだと、ロウガさんはどこか沈痛な面持ちで言った。
 しかし、王ノ宮がそこまで楽観的に受け止めるとは思えない。シキの森へ入り、落ちている巨大な羽根を調べ、それが妖獣のものだということが明らかになれば、騒ぎはますます大きくなる。
 そういう事態になる前に街を出たい、とロウガさんは考えているのだった。王ノ宮の人間に怪しまれ、面倒なことになったら困る、と。
「そりゃー、この一行は怪しさ満点ですもんねえ」
 メルディさんがけらけら笑った。否定はしないけど、この中でいちばん胡散臭いのはメルディさんだと思う。
「とにかくそういうわけなので、近日中にはここを出立することになる。次の行き先は──」
 ロウガさんがわたしをちらりと見た。次の目的地を決めるのはわたし、ということだ。
「…………」
 わたしは自分の掌で包んだカップの中の、ゆらゆらと揺れる茶色い液体をじっと見た。
 ここまで来たら、はっきり決めないと。

 災厄の中心にいるリンシンさんを追うか。
 あるいは、最初の予定通り、草原地帯に向かうか。
 ──たぶん、どちらを選ぶかで、この先の道が変わる。

「わたしは……」
 口を開いて言葉を出しかけたその時、いきなり玄関のドアがバタンと乱暴に開けられた。
「こんにちは!」
 ドアを開けるなり、ずかずかと中に入ってきたのはルチアさんだった。
 全員が目を丸くしているのにもお構いなしで、眉を上げてテーブルに近づいてくる。
「おい、ルチア、お前──」
 腰を浮かしたトウイが慌てた顔で名を呼んでも、ルチアさんはそちらを見もしない。彼女がまっすぐ向かってくるのがわたしのほうだと気づいて、隣に座るミーシアさんがガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「これ!」
 ルチアさんは怒った表情のまま、両手に持ったものをわたしに差し出した。差し出したというか、びゅっという勢いで、突き出してきた。
「……なんでしょう」
「いいから、これ!」
 訊ねても、ルチアさんはそれが何なのか教えてくれない。大きな布で包まれたそれは、見たところ嵩はあまりなくて、しかも柔らかそうだった。まずは受け取れ、という意味なのだろうと思って、わたしはその包みを両手で取った。
「いい、渡したからね?! 言っておくけど、母さんに持っていけって言われてしょうがなく来たんだからね! 別にあたしの意志じゃないから! あんたのみすぼらしい格好が見るに堪えない、ってだけのことだから!」
「ルチア!」
 トウイに叱りつけるような声を出され、ルチアさんは一瞬ひるんだような顔をしたけれど、すぐに勝気に眦を吊り上げて舌を出した。
「なによ偉そうに! もうあんたの言うことなんて聞いてあげない! トウイなんてさっさと首都に戻ればいいのよ、ばーか!」
 小学生のようなことを言うルチアさんに、ハリスさんとメルディさんが下を向いて笑いをこらえている。
「ここを出ていく前に、お母さんのお墓くらいには行ってあげなさいよね! この使えない小間使いも一緒にね! そういう辛気臭い場所がお似合いよ、あんたたちには!」
「おま……待て!」
 トウイが止める間もなく、ルチアさんはわたしに包みを押しつけて、言いたいだけ言うと、ぴゅうっと逃げるようにまた家から出て行ってしまった。
 台風一過、という感じだ。
「す、すみません。あいつ……ルチアには、シイナさまが小間使いなんかじゃないってことは、ちゃんと説明したんですけど」
「構いません」
 むしろ、今のルチアさんの態度はわたしには心地いいくらいだ。小さくなってぺこぺこと頭を下げるトウイの言葉は聞き流し、手の中の包みをまじまじと見つめた。
 ……それにしても、なんだろ、これ。
 ロウガさんに目を向けてみたら、強面を保とうとしてるけど笑いが抑えられないような変な顔で、どうぞ、というように手で示された。
 テーブルの上に置いて、包みを解く。
 出てきたのは、淡い色の洋服だった。

「……スカートですね」

 席を立ち、肩の部分を指でつまんで広げた。
 形はワンピース。腰のところで括る、帯みたいなのもついている。街の中でよく見る、十代の女の子たちが着るような服だ。ルチアさんのものなのかな。
「まあ、これ、まだおろしたてなのでは?」
 ミーシアさんが、くすくすと笑いだす。
「何事かと思いました。これはあの人なりの、仲直りのしるしなんですのね」
「わたしに、ってことですか?」
「少なくとも、私やメルディに、ではありませんね。ニコにもまだ早いでしょうし」
 ルチアさんの登場から目を真ん丸にして固まっていたニコは、ようやくここで我に返ったらしく、「わあー」 と感嘆の声を出した。
「あの人、これをシイナさまにくれたの?」
「そ、そうなのか……? 俺はまたてっきり、ルチアのやつがシイナさまにケンカを売りに来たのかと」
 トウイがはあーっと深い息を吐き出して、ぐったりとまた椅子に腰を下ろす。ハリスさんが笑った。
「可愛いところもあるじゃないか。自分が悪かったとは思っても、意地もあって、今さら素直にはなれないんだろ」
「ルチアさんはツンデレですね」
「つんでれって何ですか」
 トウイの質問への説明は避けて、洋服を自分の前に当ててみる。要するに、男の子に見えて紛らわしいから女の子の服を着ろ、ってことなのかな。でも今着てるのだって、別にみすぼらしくはないよ。
「シイナさま、着てみてー」
 無邪気にニコにお願いされたものの、わたしは首を捻った。ルチアさんとは背丈も同じくらいだし、サイズ的には問題ないと思うけど。
「たまにはよろしいではないですか。せっかくですもの、お召しになっては?」
 にこにこしながら勧めていたミーシアさんは、わたしが 「はあ」 と返事をしたきり立ち尽くしているのを見て、ようやく怪訝な顔になった。
「シイナさま?」
「着るのはいいんですけど」
「はい」
「どうやって着るのかわかりません」
「…………」
 あ、ニコが、「シイナさまは文字が書けないのか……」 と呟いた時と同じ、残念そうな顔になってる。同時に噴き出したハリスさんとメルディさんは、ロウガさんに睨まれた。トウイ、なにその生暖かい目は。
「だって神ノ宮でドレスを着る時は、数人の侍女さんたちに手伝ってもらったし……この服、なんかよく用途のわからない紐がいっぱいついてて、長い帯もどうやって締めるのかわからないし……」
 ぶつぶつと言い訳する。神ノ宮の中のことはともかく、わたしはまだ、こちらの世界の日常的なことには詳しくない。
「ま、まあ、私ったら気が利かなくて申し訳ございません。そうですね、シイナさまはこういったお召し物ははじめてなのですから、判らないのは当然でした。お手伝いいたします。あちらの部屋で着替えましょう」
 ミーシアさんは焦ったようにそう言って、わたしの手を引っ張った。


 着付けてもらったその洋服は、気軽なズボン姿に慣れた身にとっては、ちょっと窮屈だった。
 式典とかで着た長ったらしいドレスよりは動きやすい。でも、あちこち紐を引っ張って調節する、というのが変な感じだ。ズボンは腰の紐を締めるだけで事足りたのに。そもそもこれはルチアさん用に作った服なのだろうから、余計に合わないところがあって難儀した。こっちの女の人はみんな、こんな面倒くさい服を着てるのか。もとの世界のシャツとスウェットが懐かしい。
「これで完了です、シイナさま」
「ありがとうございます。もう脱いでいいですか」
 ミーシアさんが、まあ! と目を剥いた。だって窮屈なんだもん。
「いけません、せっかく綺麗に仕上がったのですから、みんなに見てもらわなければ。さあさあ、シイナさま!」
 洋服を着付けるだけでなく、せっかくだから髪も緩くまとめてお花も少し飾りましょう、と意欲満々で全体を整えてくれたミーシアさんは、張り切ってまたわたしの手を引っ張り部屋を出た。目が星のようにキラキラ輝いていて、逆らえない。
「わあー、シイナさま、可愛いなあ!」
 お披露目の場で、真っ先に褒めてくれたのはニコだった。手を叩いて喜ぶその姿のほうが、よっぽど可愛いと思うけど。そうだ、ニコにも子供用のワンピースを買ってあげようかな。女の子だもんね。
「これは目の保養だな」
「いつもそうやって愛らしければ、私もやる気になるんですがねえ」
 ハリスさんとメルディさんの言葉は半分くらいに割り引いておこう。女の人へのお愛想に慣れているハリスさんはどうせ適当なこと言ってるに決まってるし、メルディさんの言葉はどっちかというと皮肉だ。
「大変よくお似合いです」
 ロウガさん、教科書を読んでるみたいなんですけど。
「…………」
 残りの一人、トウイは、わたしのほうに目を向けているのに、何も言わなかった。いや、言おうとして口を開きかけてはいるんだけど、すぐに閉じて、また開けて、ということを繰り返している。うん、いいよ無理しなくても。トウイにお世辞なんて期待してないから。

 はー、とため息をつく。もう脱いでいいかなあ。

「あのー」
「ね?! 申しましたでしょう、シイナさま! とっても可愛らしいって! まあやっぱり私の目に狂いはなかったわ! この髪形とこの洋服がピッタリ合って! シイナさま、お化粧もいたしましょうか、私、道具も持ってきておりますから!」
 ご冗談を。
 とは思うけど、もちろんそんなことは口には出せないので、少し後ずさるだけにする。ミーシアさんはこの旅のどこで化粧をする場面があると考えたんだろう。それより、ミーシアさんがこのまま暴走したら、誰が止めるの? 言っておくけどわたしには無理だよ。
「いかがですか、シイナさま。どこか苦しいところはございませんか?」
「うーん……」
 どこもかしこも窮屈です、とは言えず、口ごもる。もとの世界の服と比べちゃいけないんだろうけど、全体的にちょっと重いし。
 大体、この丈がなあ。
「もうちょっと、短いといいんですけど」
「まあ、そうですか? そんなに長くはありませんが」
 うん、神ノ宮で用意されたドレスはくるぶしまであったから、それよりはずっといい。こちらでは年齢が上がるにつれてスカート丈が長くなるのが一般的なのか、ミーシアさんやメルディさんよりも短い。しかしそれでも、膝下十センチくらいはある。ミニスカやショートパンツを好んで履いていた身には、この長さはかえって落ち着かない。
「どれくらいの丈がよろしいのですか?」
「そうですね、これくらい……」
 もとの世界で着ていたセーラー服のスカート丈くらいがいいかな、と思いながら、なにげなくスカートを指でつまんでひょいっと裾を腿のあたりまで持ち上げた途端。
 ガタンガタンというけたたましい音と、ゴンという鈍い音、それから 「いてえっ!」 という叫び声が響いた。
「……どうしました?」
 なんでトウイは、両側からハリスさんとロウガさんの手で頭をテーブルに押しつけられてるの?
「いや、こいつのことはお気になさらず」
「シイナさま、どうぞ裾をお直しください」
「はあ……」
 ぱっと指を離してスカート丈を戻すと、トウイの頭をぎゅうぎゅうと押さえつけていた二人の手も離れた。テーブルにぶつけたせいか、いて……と言いながら顔を上げたトウイのおでこが赤い。そしてなぜか、頬っぺたも赤い。

「そうそう」
 ここでメルディさんが、何かを思い出したように唐突に、ぽんと手を打ち合わせた。

「さっきのあの方、なんて言ってたんでしたっけ? 街を出ていく前に、お母さんのお墓に行っておくように、と言ってたんじゃありませんでした?」
「え」
 トウイがびっくりしたように目を見開いた。わたしもぽかんとした。どうしたのメルディさん、突然。
「ああ、言ってたな。小間使いも一緒に、とか」
 ハリスさんまでわざとらしく同調する。
「そうだな。出立までそんなに日がないことだし、この際だから行って来い、トウイ。ただし、今回は絶対に街の外には出るなよ」
 いつもは厳しいロウガさんが珍しい。
「今日はお天気もいいですものね。外で太陽の光を浴びるのはお身体にもよろしいですわ、シイナさま」
 なんで、わたし?
 ミーシアさんの屈託ない笑顔を見て、困惑する。トウイがお墓参りに行くというのはいいけど、それにわたしがくっついていったら邪魔なんじゃないのかな。護衛とかそんなことを考えずに、一人でゆっくりしたいだろうし。
 と言おうと思ったら、トウイが咳払いをして椅子から立ち上がった。
「──シイナさま、よかったら、一緒に」
 さっき顔全体をぶつけたのか、まだ赤い。
「…………」
 なんだかよくわからないけど、とにかく出て行け、ということらしい。なんだろう、みんな、わたしが聞いちゃまずい話でもするの?
 この格好で出るのか、と自分を見下ろしてちょっとげんなりする。でも、街の中の墓地に行くだけならいいかな。
「じゃあ、ニコも……」
「オレ、お留守番してる!」
 誘いをかけたら、元気いっぱいに断られた。いつもなら、わたしやトウイが行くところには必ずくっついてきたがるのに。
「……いってきます……」
 首を傾げながら、トウイと一緒に家を出た。


BACK   TOP   NEXT


Rewrite・Right・Last・Try

Copyright (c) はな  All rights reserved.