リライト・ライト・ラスト・トライ

第十七章

4.希求



 バタン、という扉の閉じる音が耳を打つ。
「──守護人は、ニーヴァを見限ったか」
 幻獣が無表情のまま冷めた声でそう言い、再び椅子に肘を突いて、掌の上に顎を乗せた。
 それ以外に、誰も言葉を発する人間はいない。ロウガさんは口を結んで床を見つめ、ミーシアは顔を両手で覆っている。眉を上げたメルディは腕を組んで黙っているし、俺たちから顔を背けているハリスさんは、どんな表情をしているのかまったく見えない。
 俺は足を動かし、扉に近づいた。重苦しい沈黙に支配されているその中で、ゆっくりとした足音だけがやけによく響いた。
 取っ手に手をかけたところで、後ろを振り返る。

「……幻獣、俺も聞きたいことがあるんだけど」
「答えるとは限らないが」
「神獣の守護人をもとの世界に帰らせるためには、どうすればいい?」
「…………」

 幻獣がこちらを見返した。今まで微塵も動かなかった黄金色の瞳が、はじめてほんの一瞬、奇異な色を浮かべたように見えた。
「神獣とともに世界の管理者で、対であり、双極であり、同根の存在であるというあんたなら、知ってるんだろう?」
「なぜ今、その質問を? 君は確かに稚拙な思考の持ち主だが、ここまでの流れをひとつも理解できないほどの痴れ者ではなかったはずだ」
 稚拙な思考の持ち主で悪かったね。あんまり否定できないけど。なんていうか、いちいち一言多いんだよなあ。
「この先、神獣に会える機会があるかどうか判らないから」
 三十年前、神ノ宮は、異世界から来たリンシンの母親を、狂人だからという理由で、外へと追いだした。本当に 「何もなかった」 ことにしたいのだったら、もとの世界に帰らせて口を拭ってしまうのが最上の方法だったのに。
 つまり、神ノ宮の最高責任者、守護人来訪の儀式において全権限を掌握していた大神官でさえ、現れの間を通ってこちらの世界にやって来た異世界人を、もとの世界に帰らせるすべは知らない、ということだ。
 だとしたら、それを知っているのは、彼女らをこちらに引き寄せた神獣、もしくは、ここにいる幻獣しかいない。
「なぜ今この時に、それを口にするのかと聞いている。君はニーヴァという国が滅びても構わないのか」
「……そんなわけない」
 俺はぼそりと返して、目を伏せた。
 当たり前だ。

 ──ハルソラの街を含め、ニーヴァは俺の大事な故郷。故郷を失うということは、友人知人も、思い出も、寄る辺も、なにもかも失うということ。それは自分の足元が崩れ落ちるのと同じ、自身の両手両足がもがれるのと同じだ。
 ニーヴァが滅びていく光景を、ただ眺めているしかなかったあの時間、身をずたずたに切り裂かれるほどに、ただひたすら、つらく、苦しかった。

「では、なぜ、守護人を帰らせる方法を知ろうとする? ニーヴァ滅亡の未来を覆したいのなら、この世界でその可能性を持っているのはあの異物、ただ一人だけだと、僕は言ったはずだが。帰らせてしまっては、君たちは唯一のその可能性を捨てることになる。あるいは、その情報と引き換えに、守護人にあの国を救うよう要請するつもりか」
「……よく、そんな汚い手段が考えつくな。世界の管理者ってやつは、愚かだ愚かだと人間を見下すくせに、そういう 『人間くさい』 発想をするものなのか?」
 低い声で言い返したら、幻獣は無言になった。
 そりゃ、俺だって決して清廉潔白な人間じゃない。今すぐニーヴァを救える方法が手に入るっていうのなら、頭を地面にくっつけて頼んででも、奪い取ってでも欲しい。汚かろうが、卑怯だろうが、手段なんて選んでいられない。
 でも。

 でも──だからこそ。

「だったら、聞くけどさ」
 俺は艶々と輝く床から顔を上げて、また幻獣を向いた。
 周囲が白一色だと、だんだん遠近感というものがはっきりしなくなってくる。幻獣の黄金色の目だけがやけに存在感を主張して、こちらに迫ってくるようだ。
 気持ち悪りい。
 正直、そう思う。神ノ宮にある最奥の間もこんな感じなのだとしたら、あそこから出てきた守護人の様子がたまにおかしくなっていたのも頷ける。
 朝昼晩の三回、その場所へ行くことを強制されて、彼女の口から文句が出てきたことは一度もなかったけど。
「どうしてあんたは、守護人にニーヴァを救わせようとするんだ?」
 幻獣はぴくりとも身じろぎしなかったが、その問いに答えが返ってくるまでに、一拍の間が空いた。
「僕はただ、可能性を示唆しただけだ」
「だったらどうして、わざわざあんな光景を俺たちに見せた? 自分は何もしない、世界にとって問題ない、管理者は人間を守るものじゃない──そう言うのなら、最初からすべてを黙っていてもよかったはずだ。あんたがしたのは、未来はこうなると見せておいて、自分たちで何とかしろと突き放し、それが出来るのは一人だけ、と守護人に丸投げする、それだけじゃないか」
「それが事実だからだ」
「そうかもしれない。だけど、それって要するに、神獣と同じなんじゃないのか?」
 一度目を瞑り、再び開けて、幻獣を真っ向から見据えた。

「──あんたも、守護人が運命を変えるのを見たいだけなんじゃないのか?」

「…………」
 幻獣は口を閉じた。何を考えているのか、その無表情からは窺い知ることは出来ないが、少なくとも否定の言葉を出すつもりはないらしい。
「世界の管理者ってどんなもんなのか、俺にはよくわからないけどさ、確かに人間とはぜんぜん違うんだろうな。それを神って呼ぶのなら、今も世界のあちこちで必死に崇めて奉ってる人たちが気の毒だ。俺たち人間は、あんたの言うとおり、愚かで浅はかで思い上がってもいるのかもしれない。だけどやっぱり、人の生死や国の興亡を、ただの楽しい遊びとしか考えられない存在があると思うと、反吐が出そうになるよ」
「……僕は、あれとは違う」
 幻獣の口から出た台詞は、今までと同じようで少しだけ異なっていた。何がどう違うのか、なんてことは、神獣を知らない俺には判りようがない。
「十六歳の女の子が、自分の世界を離れて、あらゆるものが違う世界に飛ばされたんだぞ。両親も、家も、仲の良かった友達も、『故郷』 のすべてを失ったのは、守護人のほうだ。なのに、こちらの世界に住む俺たちが、俺たちの故郷を救えるのは一人だけだからと、彼女にそれを押しつけるのか?」

 故郷を失う痛みを思い知った今だからこそ、それだけはしちゃいけない。
 俺はそう思う。

「それでは、今すぐ守護人をもとの世界に帰らせることが出来るとしたら、君はそうするというのか? 異物がこの地からなくなれば、その時点で、君たちはニーヴァ滅亡を回避させる唯一の可能性をも手離すことになる。それでも?」
「…………」
 ここで堂々と、もちろん、と返せればいいのだろうけど、俺はそこまで出来た人間じゃない。情けないけど、「手離す」 という言葉に、心が揺さぶられてしまうのはどうしようもなかった。
「──彼女が、そう望むのなら」
 呟くように言う。
 星見の塔で、帰りたいかという問いに頷いた。
 あの時の、肩にかかった涙の熱さも、腕の中でずっと震えていた小さな身体も、まだはっきりと俺の脳裏に焼きついている。
 幻獣は感情のない目で俺をじっと見つめたまま、しばらく沈黙していたが、再び静かに口を開いた。

「もとの世界に帰る方法ならば、僕に聞くまでもなく、守護人自身がよく知っている」

 その意外すぎる返事に、俺は目を剥いた。
 守護人自身が、知ってる?
「じゃあ、どうして──」
「帰らないのか? 帰りたくてもそう出来ない理由があるからに決まっているだろう。そんなものは本人に聞け。答えるとは限らないが」
「帰りたくても、そう出来ない理由?」
 眉を寄せて問い返した俺に構わず、幻獣は 「そして」 と淡々と続けた。

「守護人が帰りたいと思う場所が、君が考えている場所と同一であるとは限らない。また、守護人が現在において帰りたいと思う場所が、この先においても同じ場所であり続けるとも限らない」

 は? と俺は困惑して目を瞬いた。
「……意味がわからないんだけど」
「愚かな人間に合わせるすべを、僕は必要としていない」
 またそれか。守護人が苛つく気持ちが非常によく判る。
 幻獣は、掌の上に顎を乗せた姿勢で、視線だけを斜め上に向けた。
 見た目だけで言えば、今にも馬鹿にするようにふんと鼻で息を吐きだしそうな感じだったが、普通に呼吸をするのかどうかも定かじゃないその生き物は、ただ一本調子で感情のこもらぬ捨て台詞を吐いただけだった。
「感情論で国を捨てるか。君は僕が思っていた以上に、愚かな子供だったようだ」
 悪かったね。子供の姿をした幻獣に、子供子供って連呼されるの、ものすごく複雑なんだけど。
 それに、大体。
「どうして国を捨てるって決めつけるんだ? 俺は一言も、『諦める』 なんて言ってないよ」
 憤然と言って、扉を開けた。


          ***


 長い白の廊下を通って外に出ると、建物から少し離れ、高く伸びた草の根元のあたりに座り込んでいる守護人の背中が見えた。
 四角く口を開けた入口の脇では、俺たちをここまで案内してきた妖獣が腰を下ろし、退屈そうに欠伸をしている。この建物の見張り役、ということなのかもしれないが、とりあえず、守護人にも俺にも関心を向ける様子はなかった。
 近づく足音が聞こえないはずはないのに、守護人は後ろを振り向かない。顔を伏せているのは、手元にある何かを見ているらしいことに気づいた。

 ──ニコの石と、紙で作ったヒコウキだ。

 守護人は、その二つを両手で包むようにして、じっと眺めている。俺は彼女に声をかけることはせず、人一人分くらいの距離を空けて、自分も地面に座った。
 こういうこと、以前にもあったな、と後ろ姿を見ながら思い出す。
 神ノ宮で、最奥の間から出てきた守護人が、脇目もふらずに建物の裏手に廻り、突然、「休む」 と言いだして、ぺたんとしゃがみ込んだ。いかにも頼りなさげな小さな背中は、あの時のままだ。
 あれから、結構な時間が経っている。神ノ宮から草原地帯までの道中、いろんなことがあった。あの時の俺が守護人に抱いていた気持ちと、今の俺が抱いている気持ちは違う。ロウガさんだって、ハリスさんだってそうだろう。旅の仲間として時間を過ごし、その分だけの信頼だって築いてきたはず。
 ……でも。
 でも、守護人のこういうところは、最初からまったく変わらないんだな。彼女は何かを一人で抱え込み、一人で耐え、一人で戦おうとする。その手の中にある紙細工は俺が渡したものだけど、今の彼女が 「紙のヒコウキ」 に見ている記憶と思い出は、たぶん俺のものじゃない。
 守護人の頭の中を占めているのは、もうこの世にはいない人。
 ニコと、誰か。
 彼女にとっての、「大事な人」 たちだ。
 もとの世界に帰れる方法を知っていながら帰らないのは、そのあたりに理由があるのかもしれない。ハルソラの街で、「ある人と交わした約束をどうしても守りたい」 と言っていたもんな。
 その約束のために、守護人はこの世界を離れられない、ということか。
 それほどまでに、彼女にとってその存在は大きいのか。
 ここにいる誰よりも。
 俺よりも。


 ──どうして。


 耳の奥で、男の声がした。
 どこかで聞いた──いいや、ちゃんと覚えてる。シキの森にいた、痩せた男だ。イーキオの枝に操られ、いもしない神の姿を見ていた男。ふらふらと森に入り込んだルチアに、笑みを浮かべながら囁いた。


 あなたは願ったはず。その男の目が、自分だけに向けばいいと。そして望んだはず。その男の心の中にいるのが、自分だけであればいいと。今、男が見て、その心に住まわせているのは誰です? あなたのことなど眼中になく、男の気持ちはまっすぐ他の誰かに向けられている。あなたは思ったでしょう?
 どうしてその 「誰か」 が、自分ではないのかと。


「……!」
 ぎゅっと目を瞑った。頭の裏側を冷たいものがひやりと撫で上げていくような感覚に襲われる。暑くもないのに喉がからからに乾き、額に汗が浮かんだ。
 白い筋が浮くほどに自分の拳を強く握った。
 ──俺だって同じだ。
 ああ、そうだ。俺にも判る。あの男の言っていたことが、今になって心底から理解できる。忌々しいほど。

 自分の中に、こんな浅ましい欲望があるなんて、知りたくはなかったのに。


          ***


「……なにしに来たんですか」
 しばらくして、守護人がぽつりと声を出した。目線は手の中にあるものに向けられたままで、やっぱり顔をこちらに見せはしなかったけれど。
「護衛です」
 俺はその背中に返事をする。
「こんなところで護衛の必要な何があるって言うんです」
「自分が今、草原地帯の中にいるって忘れてません?」
「ここは世界でいちばん危険な場所で、世界でいちばん安全な場所です」
 守護人の言葉は大いに矛盾しているが、その通りでもあった。妖獣が跋扈する草原地帯は世界で最も危険な場所だが、その妖獣すら怖れる幻獣のいるこの建物周辺は、世界で最も安全な場所だ。
「ここは安全。ここにいさえすれば、災厄には巻き込まれない──」
 つと、守護人が顔を上げ、独り言のように呟いた。この場合の災厄とは、ニーヴァを滅亡へと導く、これから起こるであろう騒動の数々のことを言っているのだろうか。
「そうかもしれないですね」
 俺の曖昧な返事に、ようやく守護人がこちらを振り返った。
 眉を上げて、怒ったような顔をしている。しかし、この建物を見つけて、荒い足取りで廊下を突き進んでいった時とは、明らかにまとっている空気が違う。怒った 「ような」 顔はしているが、実際に怒っているわけではないのだろう。

 頑なな目は、むしろ、何かに怯えているように見える。

 どうやら彼女は、俺が 「ニーヴァを救うのに手を貸してくれ」 と頼みに来たと思っているらしい。あるいは、説得に。あるいは、責めに。しかし否定はせずに、俺はその視線を受け止め、守護人と向き合った。
「……わたしは、この世界で生まれ育った人間じゃありません」
「知ってます」
「わたしにとっては、ここは故郷でもなんでもない。神ノ宮にだって、王ノ宮にだって、一度も恩を感じたことなんてない。大神官も、カイラック王も、これっぽっちも信用してない。あんな人たち、どうなったって構わない」
「そうですか」
「ニーヴァの人たちだって──みんな、勝手なことばかり。いつもいつも、わたしから大事なものを取り上げるくせに、自分の都合で一方的に救いを求めてきて」
「勝手ですね」
「ずっと、平伏されるのがイヤだった。頭を下げられるたび、守ってください、救ってくださいって言われているようで、苦痛でたまらなかった。だってそんなの、無理に決まってるじゃない。わたしに、そんな力なんてないんだから。人を一人助けることも出来ないのに、そんなこと、出来るわけないじゃない」
「…………」
「どうしてわたしがニーヴァを救うために動かなきゃいけないの。ここにいれば安全なのに──今度こそ、今度こそ、大丈夫かもしれないのに。その可能性を投げ捨てて、どうして災厄の中へと向かっていかなきゃならないの。自ら不幸な運命を引き寄せる人たちなんて、この先どうなろうとわたしの知ったことじゃない。救いを求めるなら、わたしから奪っていったものを返してよ。ニコを返して。みんな嫌い。この世界がわたしに見せるのは、人の醜いところばかり。こんな世界、大嫌い。ニーヴァがどうなったって、どれだけの人が死んだって、滅んでしまったって、わたしには関係ない!」
 言葉を紡ぎだしていくにつれ、高く大きくなっていった声は、最後には悲鳴のような叫びになって、守護人は地面に突っ伏した。

 そして、堰が切れたように、咽び泣いた。

 聞くだけで胸が潰れるような、慟哭の声が絞り出される。小さな手が地面を抉るように固く握られた。
「…………」
 俺は彼女の泣き声を聞きながら、土で黒く汚れた細い指を見ていた。石で削られ傷がつきそうだと思ったが、その手を取ることは出来なかった。
 ……だって、俺に何が言える?
 ニコを失くしてから、守護人の瞳には常に、真っ黒な闇があった。もはや、隠すことも、消すことも、不可能なほどに濃くなっていた。俺はそれに気づいていながら、彼女に対して何もしてやれなかった。何も、何ひとつだ。

 綺麗事だけでは、人は救えませんよ。

 熱を出した守護人に、飲み物を持っていこうとした俺に、メルディはそう言った。
 あなたが出来るのは、せいぜい、シイナさまの手を止めさせること、それから夢でうなされている時に現に呼び戻してやることくらいですね、と。
 メルディの言葉は、俺の胸を直撃した。その通りだったからだ。守護人がドヌクに剣を振り下ろすのを止めたところで、彼女の瞳の中からその真っ黒な闇を振り払うことは叶わなかった。眠りながら苦しむ彼女の目を覚まさせることは出来ても、悪夢の元を断ち切ってやることは出来ない。
 守護人の心は、今もぽっかりと虚無の穴を開けたまま、孤独な深淵に佇んでいる。
 どうしてやりようもない。俺が手を差し出したところで、彼女のほうに、それを掴む意志がない。掴むとしたら、その手の持ち主はニコか、俺に似ているという誰かだ。俺じゃない。

 俺は彼女を──救えない。

「どうしたい、ですか」
 静かに問いかけると、守護人がしゃくり上げながら、のろのろと顔を上げた。
 涙に濡れそぼった頬が痛々しい。考えてみたら、俺が見るのは彼女の泣いた顔ばかりだ。泣かせるようなことばかり、するからだ。
 俺はニコのように、守護人を優しく笑わせてはやれない。
 ごめん、ニコ。俺には到底、お前の代わりは務まらない。
「どうしてしなきゃいけないの、ではなく、シイナさまはどうしたいんですか」
「…………」
 赤く充血した目が、俺に向かってくる。
 何かを言いたげだったその目は、結局、伝えるのを諦めたように、地面のほうへと下げられた。
 その拍子に、ぽとりと最後の滴が落ちた。
「……自分がどうしたいのか、よく、わかりません」
 俯いて出された声は、ひどく弱々しい。
「トウイさんは、どうしたいですか」
「俺ですか?」
「あなたが望むものは、なんですか」
「俺は──」
 言いかけて、口を噤んだ。

 俺が、望むもの?

 それはもちろん、ニーヴァが滅びの道へ進むのを止めたい。そして、守護人の近くにいたい。しかしその望みは、必ずしも両立するわけではない。どちらか一つとなったら、俺はどちらを選ぶだろう。
 彼女がこのまま草原地帯にいると言うのなら、俺はどうするだろう。
 あなたが帰るまでそばにいるという約束を反故にして、俺だけここを出ていくだろうか。それとも、約束を守り通して、守護人の近くでニーヴァの滅亡を見届けるだろうか。それとも。
 いや、本当のことを言えば、俺の頭に真っ先に浮かんだのは、そのどれでもなかった。
 何を望むか、という問いに、俺が思ったのはひとつ。
 綺麗事でもなんでもない。ニーヴァの危機が迫っているというこの時に、こんなことを考えている俺は、どこまでも自分本位な人間でしかなかった。守護人の糾弾は、俺自身にも当てはまる。何も与えられないのに、求めるばかり。
 幻の神に縋ろうとした人々を責める資格なんてあるわけない。俺の中にだって、弱いところも醜いところも浅ましいところもたくさんある。嫉妬も、独占欲も、離したくないという気持ちもある。
 それは決して、綺麗なものでも、美しいものでもない。
 ないけれど。


 この不公平、不平等を、あなたは許せるんですか? あなたばかりが不幸で、他の誰かだけが幸福を甘受していることを、あなたは許容できますか? ずるいと思いませんか。ひどいと思いませんか。あなたが不幸なら、他の人間はもっと不幸になるべきだ。みんなは幸福なのに、自分だけが不幸であることに、あなたは耐えられますか。どうしてどうしてと、思いませんか。
 どうして、どうして、自分だけが。


 でも、そんな風に思うのは間違い(・・・)だ。
 俺は本当に無力で、身勝手で、幻獣の言うとおり子供なんだろう。好きな女の子を救うことだって出来やしない。どうしていいのかも判らない。
 けどだからって、望むのは「不幸」なんかじゃない。

「──俺は、シイナさまの笑った顔が見たいです」

 もうこれ以上、泣かせたくない。笑って欲しい。誰がそばにいてもいいから。その笑顔を向けるのは俺でなくてもいいから。
 心から望むのは、それだけ。


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