短編6

騎士と乙女と野獣(1)




 ディダ王国は、建国当初から、女王を君主として戴いてきた国である。
 女性が統治するのであるから、この国に女性差別や女性に対する蔑視などは存在しない。職業も特殊な一部を除いては男女が平等に扱われ、昇進や報酬も、性別の如何に依らず、本人の能力の有無と、築いた功績によって判断される。平民の世界でも、王宮内においても、それは同様だ。君主を補佐する大臣の半分が女性、というのは、周囲の国にも例がない。
 しかし男女双方の視点から運営されていく国家は、荒々しさと優しさと、どちらかに偏りすぎることもなく、ディダ王国は小国ながら、非常に安定した賢治世の敷かれた国として、その名を馳せていた。
 ──ただ、ほとんどの職場で男女の比率が半々、というこの国においても、例外はむろんある。
 その最も顕著なのが、王国に仕える軍隊だ。
 そこでは、戦闘を受け持つ兵士の全員が、男のみで構成されている。後方支援や整備、衛生などの分野では女性兵も多いが、彼女たちは実際に戦闘訓練を受けることはない。歩兵や騎兵が常駐する兵舎には、女性は立ち入ることが出来ないと、厳密に定められている。男女平等を謳うこの国では、極めて特殊なことだ。
 独立国家である以上、国が自衛の手段を必要とするのは当然で、しかも自衛をするからには出来うる限り最上最強のものを、と望むのは必然だろう。であるから、戦闘兵のすべてが男性で占められていることに、歴代の女王たちも異を唱えることはしなかった。
 しかし、女王にとって、常に身辺を警護する人間までが異性であるというのは、折に触れて、なんとも都合の悪いこともある。若い女王であったりすればなおのこと、屈強で人相もあまり良くはない男たちに、ずらりと囲まれることには抵抗があった。だが、戦闘部隊に女性を入れさせ、男と同じ過酷な訓練を積ませよと命令するのも憚れる。差別意識はなくとも、体力や身体能力の差ばかりはどうにもならない。
 そこで、ある時代の女王が考案したのが、「近衛兵」 という制度だった。
 軍隊は国家に仕え、その賃金・必要経費はすべて、国庫から賄われる。彼らに指示や命を下せるのはあくまで 「国」 だ。それに対し近衛兵は、女王直属の兵士であるから、女王の命令によってのみ動く。報酬は、女王個人の財産から支払われる。おもな仕事は女王の身辺警護。つまり、女王自身が雇う、ボディーガードというようなものだ。
 ディダ王国の近衛兵は、軍隊とは逆に、全員が女のみで構成されていた。
 彼女たちへの待遇は、かなり良い。機密保持の誓いは立てなければならないものの、出自を問わない上に、平民でもある程度の身分を与えられる。保障される衣食住はそれなりにレベルが高く、将来的にはかなりの高給取りにもなれる。
 しかしこの職業は、国の女たちに人気がなかった。いや、実際に近衛兵となった人間には憧れと尊敬の目を向けるし、礼儀を取ることも忘れないのではあるが。それでなくても、すらりとした革の鎧を身にまとい、長い髪をなびかせながら細剣を手にする女性兵士の姿はいかにも凛々しくて、街で見かけると、黄色い歓声を上げて手を振るような若い娘たちがたくさんいるほどである。
 でも、自分から進んでその仕事に就こうと思う女性は、大変に少数だった。
 そりゃあ、そうでしょう。
 ……だって、そんな猛々しい職業、男たちに敬遠されるだけですもん。


          ***


 さて、現在のディダ王国、御齢四十二歳になられるフィル女王の治世において、最も腕が立つと言われる近衛兵のリアは、びしりとした革鎧姿のまま、背中に物差しでも入れたような真っ直ぐな姿勢で、カツコツとブーツの足音も高らかに、金色の髪をなびかせて、王宮内の磨きこまれた大理石の廊下を闊歩していた。
 カツン、と途中でその音を止めたのは、視線の先に、リアにとって大いに気に食わないものがあったためだ。
「ご冗談は大概になさってくださいませ、レイン様」
 困ったように曖昧な笑みを浮かべているのは、女王に仕える侍女のメイである。今年数えで十八になったばかりの若々しいその娘は、誰の心をも蕩けさせるような愛らしい容貌をしている。リアと同じ金の髪、ふっくらとした白い肌、大きな瞳。その上、頭が良くて性格も優しく、気が利いて働き者で、女王にも大変気に入られている。もちろん、気に食わないのはそちらではない。
 リアは再び歩くのを再開させると、つかつかと不愉快の原因へと近づいて行った。メイがリアに視線を向けて、ほっと安心したような顔をしたし、そもそもこの足音がさっきから絶対に聞こえていないわけがないのに、その人物はリアに背を向けたまま、壁に片手をかけてメイを口説きまくっている。
 闇のような黒髪と褐色の肌、後ろ姿を見るだけでも腹立たしい。
 このバカめ、と思って、リアは遠慮会釈なく、そのバカの膝裏に蹴りを入れてやった。
「いって!」
 と叫んだものの、手加減なく蹴ったわりに、レインの身体はほとんど揺れもしなかった。しなやかに引き締まった鋼のような肉体は、見かけよりもずっと鍛えられているらしい。ますます不愉快だ。
「いきなり何すんだよ、リア?! ごきげんよう、とかの普通の挨拶が出来ないのか、お前さんは」
「ごきげんよう」
 棒読みで言いつつ、今度は振り向いたレインの腹をめがけて鋭く蹴りを入れようとしたが、それは素早く避けられた。ち、と舌打ちする。
「待て待て、おかしいだろ、このケダモノ女! なんで言葉と一緒に足が出るんだよ。大体、知ってっか、そのブーツは俺ら軍人の履くやつと同じで、造りが丈夫な上に破壊力もハンパないんだぞ」
「知ってるぞ。大抵の人間は、これで蹴られると悶絶してしばらく身動きできない」
「だからそういう行為を、気軽に他人に向かってすんじゃねえ!」
「では鞭にしよう。残念ながら、王宮内で剣を鞘から抜くのは禁止されているのでな。私はこう見えて、馬に乗るのが職分である騎士のお前に負けず劣らず、鞭の使い方も上手なんだ」
「待て待て待て! 全然会話になってねえだろ、さっきから! 言っとくが、俺が馬に使う鞭と、お前が使う鞭は、全っ然別物だからな! 大体鞭って、お前という女に似合いすぎて怖ええんだよ! 待て、だから腰の後ろに手を廻すなっての!」
「おやめくださいな、リア姉さま」
 腰の後ろに付けている鞭に手をかけたところで、メイに割って入られて、リアは渋々それ以上を諦めた。戦闘態勢を解いたのを見届けて、レインがやれやれと息をつく。
「助かったよ、メイちゃん。まったくこの野獣ときたら、人間の言葉が通じないんだから参るね」
「野獣はお前だ、この女ったらし。女と見れば見境なしに口説きおって。私の可愛い妹に手を出すなと、あれほど言ったのにまだわからんか」
 手や足を出すのは諦めたが、憮然とした表情を崩さないままそう言うと、レインは整った容姿に皮肉な笑いを乗せた。まったく反省していないのが明らかで、その上、深緑の目には、リアをからかって面白がるような色が見える。
「だから手なんて出してないだろ? 俺はただ、声をかけてただけだし。それに女と見れば見境なしに、ってことはないぜ。俺はメイちゃんみたいに可愛らしい子が好きだからさ、手を出すのはそういう子ばっかりだもん。野蛮などこかの誰かさんと違って、可憐で、仕草が女らしくて、守ってあげたくなるタイプ、っていうの? つくづく、姉さんとは似なくてよかったよねえ〜」
 嫌味たらたらでそう言いながら、自分に笑いかけてくるレインに、さすがにメイは眉を寄せて不快そうになった。
「いい加減になさってくださいませ、レイン様。リア姉さまは、とてもご立派な、わたくしの自慢の姉でございます。これ以上侮辱されますと、わたくしも黙っていられません」
 本人は厳しい口調で言っているつもりなのだろうが、なにしろ顔も声もまだ幼さが滲み出ていて愛らしいため、ちっとも迫力がない。レインはちらりと苦笑を漏らし、リアは実の妹のそのあまりの可愛さに、危うく立ち眩みを起こしそうになった。
「うむ、安心しろ、メイ。お前には、この姉がいつか素晴らしい伴侶を探してやるからな。それまではこんなロクデナシに引っかからないよう、私がなんとしても守ってやる」
 きっぱりと宣言して、がしっと力強く妹を抱きしめる。
 侍女であるメイは裾の長いドレス姿で、リアは簡易装束とはいえ鎧をつけた軍服だ。しかも、メイは可愛らしく、その姉であるリアも、性格にはいろいろと難はあっても中性的な美貌の持ち主である。なかなか倒錯的なその光景に、近くを通り過ぎた他の侍女がきゃっと顔を赤らめた。
 王宮内にはさまざまな立場の人間が出入りしている。王族から大臣、リアやレインのような兵士もいれば、侍女や、許可を得た御用商人まで様々だ。それらの中には、本当かどうかは知らないが、素知らぬ振りをして王宮内の情報収集を命じられたスパイも混ざっているという噂まである。しかし、王宮内にいる数多くのその人間たちの中でも、リアとレイン、そしてメイの組み合わせは、何かと目立って人目を引く存在だった。
「まあ、リア姉さま。わたくし、お姉さまより先に、お嫁に行くつもりなんてございませんわ」
 リアの腕の中で、困惑したようにメイがそう言うのを聞いて、
「私は嫁になどいかんぞ」
「こんな凶暴女に嫁の貰い手があるかよ」
 と、リアとレインが同時に返事をした。お互いに顔を見合わせ、なぜか同時にむっとした顔をする。息は合っているのに、仲は悪いのだ。
 リアはとりあえず、レインのことは無視して、妹のほうにまた顔を向けた。
「私は、陛下に生涯忠誠を尽くすつもりなのでな。そのために、どこかの怠け者の女好きな騎士と違って、毎日の鍛練も欠かさず、剣の稽古にも励んでいる。あとは、お前さえ幸せになってくれれば、私としてはそれで満足だ」
 さりげなく悪態をつかれたレインは、ふん、と唇の端を上げて肩を竦めた。
「そりゃ言い訳だろ。近衛の女なんてのは、どいつもこいつも気が強くて口が悪くて荒々しいやつばっかりだ。相手をしたいなんて物好きな男はいやしない。恋人も亭主もできずに、寂しく年ばかり食って、そのうち引退した後は一人で余生を過ごさなきゃならない哀れな集団なんだよ」
 せせら笑うようなその辛辣な言葉に、リアは妹を抱いていた手をようやく離すと、黙って身体ごとレインを向いた。やるか、とレインは咄嗟に身構えたが、意に反して、リアは静かに頷いた。
「そうだな。……でも、私は、それでいい」
「…………」
 レインが口の中で小さく舌打ちしたのが、メイの耳に届いた。
 それきり、子供のような喧嘩を売ることにも興味が失せた様子になって、レインは仏頂面のまま素っ気なく背を向けると、その場を立ち去った。


「……なぜ、リア姉さまとレイン様は、顔を合わせれば喧嘩ばかりなさるのでしょう。王宮に入られたのは、二人とも同じ十五の齢の時だというではありませんか。所属は違っても、陛下をお守りする立場というのは共通しているのですし、同期としてもっと誼を深くされてもよいものだと思うのですけど」
 レインの姿が見えなくなってから、ため息交じりにメイが零すと、リアはひどく不本意そうな顔になった。
「私が悪いわけじゃないぞ」
「いきなり人を蹴るなど、礼節を重んじる近衛兵として、あるまじきことだと思われませんか」
 嗜めるように妹に諭され、リアがむうっと口をへの字にする。
 近衛兵の中で、誰よりも女王からの信頼が厚いとされているリアは、生真面目で職務に忠実なところがある半面、融通が利かず、単純で頑固なところがあるのだ。
「あんなことは、レインに対してしか、しない」
「それがなぜかと申し上げているのです」
「あいつが、私の嫌がることばかりをするからだ。昔からそうなんだ。まったく、二十五にもなるというのに結婚もせず、子供じみたことばかり。あの阿呆め」
「その憎まれ口、まるっとそのまま姉さまにも当てはまります」
「何かというと、私をケダモノ扱いしおって」
「あのような荒々しい振る舞いばかりをしていたら、余計にそう言われましょうに」
 リアは確かに強い。剣術では、正規軍の軍人にもひけをとらないほどの腕前とも言われるほどだ。それがために、「その俊敏さ、勇猛さは美しい獣のようだ」 と評されることもある。しかし普段のリアは、目上の者には礼儀正しく、部下に対しては厳しくも優しい人である。レインと向かい合うと、リアはことさら自分の気性を荒く見せているように、メイには思えてならない。
「レイン様にも、良いところがたくさんございましょう」
 不真面目なところもあるが、あれでレインも優秀な騎士なのである。リアと同じで、上司受けもよく、部下からもとても頼りにされている。騎士という立場ながら、傲慢な態度をとることもなく、誰に対しても分け隔てなく気安い。彼が女性に人気があるのは、なにもあの顔のせいばかりではないのだ。
 普通なら、似た者同士の二人として、ともに競い合い、励まし合って、研鑽を積んでいける間柄になりそうなものではないか。
「良いところ……?」
 とりなすようなメイの言葉を聞いて、リアは心底不思議そうな顔をした。
 腕を組み、うーん、と頭を右に捻り、うーん、とまた頭を今度は左に捻る。かなり長いこと考え続けて、「レインの良いところって……どこだ?」 と真顔で訊ねてきた。どうも、本気で思いつかないらしい。
「そうだな、まあ、百歩譲って、レインに良いところがあったとして」
「百歩も譲っていただくほどのものではございません」
「どちらにしろ、私には関係ない。あいつは、私のような女がなにより嫌いらしいから」
「は? 嫌い、って」
 メイは、ちょっとぽかんとしてしまった。
 まじまじと見つめてみるが、リアの表情は、まったく当たり前のことを口にしたようなそれだ。レインがリアを嫌っていると、疑いもなく、そう信じ切っている。
 ──まあ、リア姉さまったら。
 と、我が姉ながら、メイはすっかり呆れた。

 ……姉さまは、「仲が悪い」 ことと、「嫌われている」 ことが、同義だと思ってらっしゃるのかしら。

 二十五にもなるというのに、なんという幼さなのだろう。なるほど、これが、自分の職務に真面目でありすぎる人柄ゆえに、女同士のお喋りになど耳も貸さないでひたすら陛下にお仕えしてきたことの弊害か。
 あまりにも、世間知らずだ。
「…………」
 メイが口を閉じ、そのまま何かを考えるように黙り込む。どこもかしこも可愛らしい造作をしているメイだが、そういう顔をする時は、ひどく大人びて見えた。
 その様子をどう思ったのか、リアが困ったように、長い髪と同じ黄金色の大きな瞳を瞬かせる。機嫌を悪くさせた、とでも心配しているらしい。強く逞しいこの姉は、ただ一人の肉親である妹に対しては、どこまでも甘くて弱い。
「……レインが好きなのは、愛らしく純真な 『乙女』 なんだそうだぞ。ずっと昔から、そればかりを言っていたからな。つまり、お前みたいな者のことだろう。それで、私のような獣の性を持った女とは、気が合わんのだ」
 だから仕方ない、と、わざとらしく陽気な笑みを口元に貼り付けながら、リアはそう言った。



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