短編6

騎士と乙女と野獣(4)




 売り言葉に買い言葉で、「結婚してやる」 と口走ってしまったことを、迎えにやって来たクレル卿の顔を見て、二秒で後悔した。
 いや無理。やっぱり無理。どうにもこうにも、このちょろりとついた口髭を目にしただけで腹が立つ。試しに、この髭が、じゃない、この顔が、自分に近づいてくるのを想像してみたら、我ながら驚くくらい背中がぞっとした。
「やあ、やあ、リア殿。今日はまことに二人の逢瀬に相応しい、穏やかな晴天ですな」
 揉み手をしながらいそいそ寄ってくるクレル卿に、リアは心の中の荒れ狂う暴風雨を抑えて、なんとかぎこちない笑みを浮かべる。いっそこの瞬間、この男の頭上に雷でも直撃すればいいのに。
「いや、そのような格好をなさると、リア殿はやはりお美しい。いえ、軍服姿の時も、あなたの均整のとれた身体つきが強調されて、あれはあれで目の保養というものですが。いやいや、ほほほ」
 笑いながら、クレル卿の垂れ下がった目が、リアの姿の上から下までを舐めるように這い回る。ドレスの中でリアが片足をむずむず動かしていたのは、その視線が居心地悪かったためではなく、ひたすら蹴りを入れてやりたいのを我慢していたためだ。
「さあ、では、リア殿、馬車にお乗りになってください。郊外に、景観の素晴らしい場所があるのです。競うように咲き誇る花々が、きっと普段の荒々しい生活で疲れたあなたの心を癒してくれることでしょう。そこで優雅にお茶とお菓子を頂きながら、会話を楽しみましょうね。王宮の外とはいえ、近くには人家もないし、下賤な者どもは立ち入れないように取り計らっておりますから、我々二人だけでゆっくりできますよ」
「…………」
 この場合、「下賤な者ども」 とは、貴族ではない人間、つまり平民のことを指すのかな、とリアは少し顔を顰めて考える。
 クレル卿は、もしかして、目の前にいる女がその平民出身、しかもバリバリの貧困層出身であることを知らないのだろうか。女王の夫であったロイド氏は、この国の人間ではない。クレル卿ももちろんそうだ。だから、近衛兵は出自を問わず、という基本的なことも知らないのだろうか。そりゃあ、近衛兵になった時点で、一定の身分は与えられるわけなのだけれども。
 しかしまあ、これで少しほっとした。リアの出自を知れば、平民に対して 「下賤」 などと見下すようなクレル卿は、手の平を返すように自分への興味を失くすだろう。フィル女王も、この男のそういうところは判っていたに違いない。
「ささ、リア殿、お手をどうぞ」
 先に馬車に乗り込んだクレル卿が、手を差し伸べてきた。ドレス姿のリアは、渋々ながら、そこに自分の手を乗せる。
 ──と、その手を、いきなりぱっと引っ込められた。
 軽く握られた途端に離されて、今まさに、慣れないドレスでよっこらと踏み台に足をかけようとしていたリアは、重心がズレてつんのめってしまう。は? と目を上げると、クレル卿は、たった今リアに触れたばかりの自分の手に目を向けて、まじまじと見入っていた。
 それから、リアのほうに改めて視線を移し──はっきりと、眉を寄せた。
 リアを見るその目は、確かに、おぞましいものでも見るような、嫌悪の色を露わにしている。
 すぐに取り繕ったような笑顔を戻して、「さあ、どうぞ」 とクレル卿は言ったが、もう決して、リアに向かって手を差し出してこようとはしなかった。
「…………?」
 なんだ、朝食で食べたジャムでもついてたか? と怪訝な気持ちで、リアは馬車に乗り込みながら、自分の掌をちらりと見る。
 そして、納得した。
 ああそうか、と思うと同時に、噴き出しそうになる。そりゃそうか、この男が今まで付き合ってきた女性には、こんな手をした人間など、一人もいなかっただろうからな。驚くのも無理はない。

 ごつごつで、皮が厚くて、肉刺だらけで傷だらけの、この手。

 女性特有の繊細さ、滑らかさとは程遠い外見は、戦う兵士の手そのものだ。綺麗なレースの手袋越しにだって、その異様な感触は伝わるに違いない。ふっくらとして小づくりなメイの可愛らしい手はもちろん、労働らしいことを何ひとつしていないクレル卿の手でさえ、リアに比べれば、まだしもすべすべで綺麗なくらいだろう。
 馬車の中で向かい合ったクレル卿は、取ってつけたようにわざとらしく陽気に振舞い、リアの顔についての褒め言葉を並べ立てた。美しい、と口で何度も言いながら、けれど決して、その目がリアの手に向けられることはなかった。
 わかりやすい男だなあ、と、リアは呆れたが、それ以上の感慨は特に何も抱かなかった。近衛になってからこちら、男たちから奇異な目で見られたり、好奇や嘲笑の対象となったことは数多くある。男女差別はないと言ったって、「男のような女」 にまでも平等でいられるほど、この世界は何もかもが優しいわけではない。男と同じようにバリバリと働く女は歓迎されても、男のように強く逞しい女は、やはり厭われるだけなのだ。
 レインにケダモノ呼ばわりされるまでもない。自分が戦うさまを、獣のよう、と表現されるのも、そこに間違いなく揶揄と侮蔑が含まれていることを、リアは身に染みて知っていた。男と女は平等だと信じて育ってきたリアにとっても、最初のうち、その露骨な忌避と拒絶は衝撃的だったし、何度も心を抉るように痛めつけられた。
 真綿に包まれるようにして育ってきたクレル卿の頭にも、きっと、「女というものはこうあるべき」 という先入観が、しっかりと植えつけられているのだろう。だから、二度とリアの手には触れようともしないし、見ようともしない。彼はもう、自分の中で、女でありながら醜い手、というものを、なかったことにしてしまいたいのだ。
 でも、なにも女性らしくないのは、この手ばかりじゃないんだが、とリアはちょっとだけ意地悪く考える。
 自分が今身に着けているドレスは美しいかもしれないけれど、その下の身体は、厳しい訓練で傷だらけだ。クレルと結婚云々とレインとやり合ったが、もし万が一本当にそんなことになったとしたら、クレルはきっと、初夜の花嫁を見て、仰天して腰を抜かすことだろう。
 なんと気味の悪いことよ──と。
 まあ、そうだよな、気味が悪いよな。赤黒い痣や、引き攣れたような傷のたくさんついた身体の女なんて。クレル卿だけではなく、他の男だって、好きこのんでそんな身体を抱きたいとは、決して思わないだろう。
 ……けど。
 けど、「綺麗だ」 と、言ってくれる男だって、いたんだぞ。
 たった一人だけど。それでもその男は、リアの手を見て、眉を寄せたり顔を顰めたりはしなかった。ちゃんと正面から見据えて、しかも、まるで宝物を持つみたいに両手で包み、優しく撫でてくれた。


 ──だって、この手はひと目見ただけで、お前さんの今までの努力の跡が判るじゃないか。
 何も持ったことないような、ただ咲いた花を愛でるための手はさ、確かに真っ白で傷も染みもないのかもしれないけど、でも、ただの 「手」 でしかないんだよ。それ以上でも、以下でもない。
 お前の手は、そんなのよりもずっと雄弁に、いろんなことを語ってるだろう。この肉刺や、この傷のひとつひとつが、リアが苦労して、頑張って、乗り越えた証になってる。それって、すごいことなんだぞ、誇りを持て。
 俺は、生命力に溢れたこの手を、とても綺麗だと思うよ。


 そう言って、持ち上げた手の甲に、軽くキスを落とした。
 不格好な肉刺だらけの手を誰かに笑われて、こっそりと泣いていたまだ十代だった頃のリアに、だから恥じるな、と力強い視線とともに言ってくれた。
 リアはその言葉を、多分一生忘れない。大事に大事に、胸のいちばん奥深い場所にひそかにしまいこんでいる。だから今さら、クレル卿なんぞにどんな目を向けられても、傷ついたりしないでいられる。自分自身に誇りを持ち続けていられるのだ。
 ……まあ、昔の話だけどな。
 クレル卿の際限ないお喋りを右から左へと聞き流しながら、揺れる馬車の窓から外を眺めて、リアは過ぎ去った時間へと思いを馳せていた。


          ***


 目につくものすべてを片っ端から蹴りつけそうな勢いで、足取り荒く王宮内を歩いていたレインは、自分とは反対側から、しょんぼり肩を落としながらとぼとぼと歩いてくるメイを見つけた。
 いつも朗らかで、時間さえあれば仕事を見つけてくるくると立ち働く彼女らしくもない。あまりのその元気のなさに、レインはとりあえず自分の憤懣を押し殺し、立ち止まる。
「どうした、メイちゃん」
 声をかけると、メイは顔を上げ、レインに暗い表情を向けた。
「いえ……どうしたというわけではないのですけど。レイン様はご存知でしょうか。本日、リア姉さまが、クレル卿とお出かけなのです」
「……ああ」
 押し殺したはずの怒りが、またむくむくとぶり返して、答える声がどうにもこうにも無愛想なものになってしまう。不機嫌が丸出しの顔で腕組みをした。
「デートらしいな」
「そうなのです。あ・い・び・き、なのですわ。クレル卿と。女好きで陰険なところもあって頭も顔も悪いくせにいろいろとつまらない策謀を張り巡らせたがる出来損ないでちっぽけなあのおかたと。セリドアの丘にゆかれるそうです」
「…………」
 妙に 「逢引」 という部分を強調し、リアよりもレインよりも酷いことをずけずけと言ってのけるメイは、ここが王宮内であることを気にする様子もない。可愛らしい顔を曇らせているところは、まるで 「お花が枯れて可哀想」 とでも言っているかのごとき、いじらしい風情である。
 しかし、セリドアの丘、と聞いて、レインはさらにむっつりと眉を中央に寄せた。
 あんなひと気のないところに行くのか、と思うとむしゃくしゃする。あまりにも不用心すぎるだろ。これだから男慣れしてない女は困るんだ。護衛の時以外で警戒心ってものを持たないのか、あのアホは。
「お気の毒なリア姉さま。陛下にご命令されては逆らえませんもの、今頃あの男のいいように弄ばれているかもしれません。立派な近衛兵でいらしても、中身はまだ幼い子供のところがおありのリア姉さまに、女好きの手練手管に対抗するすべがあるでしょうか。末席を汚しているとはいえ相手は王族の一員、姉さまは精神面でも抗いきれません。ああ、もしもこのまま、あの無垢な身も心も、クレル卿のものになってしまうようなことがあったら……!」
「…………」
 嘆くようなメイの言葉に、レインは内心かなり穏やかでいられない。ざわざわと湧き立つ黒いものが、したくもない想像ばかりを伴って、頭の中をかき乱す。
「……けど、陛下は別に、命令はしていない、って」
 ぼそぼそと反論を試みるレインを、メイはきっとばかりに振り向いた。
「なにを仰いますの、レイン様。たとえ命令という形はとっていなくとも、女王陛下のお口から出たものは、相応の重みがあるに決まっているではありませんか。もし本当に口出しされるおつもりが陛下にこれっぽっちもなければ、他の誰かから伝えさせればよいことだったでしょうに」
「…………」
 それはそうだ、とレインも思ったために、そわそわとした落ち着かなさが倍加した。
 いくら亡くなった夫の弟とはいえ、女王にとってクレルの存在はただの煙たい居候、程度のものでしかない。それを敢えて仲立ちしたとなれば、そこにはそれなりの意志と決意があるとも考えられる。
 もしかして、陛下は本当に、リアをあの男に娶せるつもりで──?
 そう思ったら、焦燥で胸が灼けそうだった。
 メイは、細い両手をぎゅうっと握り合わせて、悲しげに目を伏せている。ぽつりぽつりと、切ない声を落とす姿は、幼子のように頼りなかった。
「……リア姉さまは、幼い頃に親を亡くしたわたくしのために、近衛兵として王宮に入られました。十五の年齢で、しかも貧しい平民の身分で、一人の子供を庇護できるほどたくさんのお金が得られる職は、それしかなかったのですもの。特別に体が丈夫でも、強くもなかったリア姉さまが兵士となるのは、どれほど多くの困難があったことでしょう。わたくしには不平も不安も言わずに、ただ養い親に黙々とお金を仕送りしてくれた裏で、姉さまは一体、どれほどたくさんの涙を零したことでしょう」
「…………」

 ……そんなことは、知ってる。
 同じ時期に王宮に入った、同い年の小さな女の子。
 似合わない軍服に、どう見ても細い身体には不釣り合いに大きな剣を持って、息を切らせながら必死に訓練についていこうとするその姿は、痛々しいほどだった。
 一回りも大きな男たちにからかわれ、馬鹿にされ、侮られて、いつも、裏庭の茂みに隠れ、ひっそりと泣いていた。
 触れたらぽきりと折れてしまいそうな、儚くか弱いその後ろ姿を、レインは知ってる。

「……僕が、女王に進言したんだよ」
 その時突然、穏やかな声が割って入った。
「まあ、アヴィ様!」
 大理石の床を踏みながらゆっくりと歩み寄ってきたのは、アヴィ王子だった。その彼に向けるメイの声には、明らかに刺々しい非難が混じっている。
 レインは黙って、その若々しく怜悧な王子に視線をやった。
「どういう、ことだよ」
 口から出る声は、剣呑な空気を滲ませて低い。アヴィは気にも留めずに、絵になる仕草で肩を竦めた。
「つまり、ストッパー役さ」
「スト……?」
「レインも知っているだろう。クレルは、自分という存在がまったく顧みられず重用されることもない今の現状に、かなり不満を抱いている。父上とクレルは、もともと余所の国の出身だからね。その国では、当然のように男王が君主の座にあったわけだし。ここでは女王の夫はただの王配としてほとんど権力を持たないが、本来であれば、王と同程度に崇められてもいいはずだ、その弟である自分ももっと、という思いが強いんだろう。父上は控えめな方で、女王を影ながらよく支えていらっしゃったんだけど、クレルはどうやらそれも我慢がならなかったらしい。だから何かにつけ、国政にも干渉したがって、女王もお困りなわけさ」
「なんという、傲慢な」
 と、ぼそっと出された小さな声は、メイのものだ。
「その不満が高じて、最近では、あの男が何かとよからぬ企みを持っているのではないか、という噂も出始めている。けれどなにしろ、噂だけでは女王だってなんともしようがないからね、どうしたものかとお考えだったんだ。それで、僕がひとつ策を出した。不穏な動きがあるのなら、いっそ事前にこちらの手駒をあちらにくっつけておいてはどうか、とね。無鉄砲に走り出してしまわないように」
「……それが、リアだと?」
 レインは唸るように歯の間から声を出したが、アヴィ王子はそれさえも気づかないフリをした。冷淡なほどあっさりと頷く。
「だって、彼女の女王に対する忠誠心は、衆目の一致するところだろう? リアがクレルの妻になってくれるなら、その行動のひとつひとつを完璧に把握することが出来る。しかもいざという時は、盾になり、囮となってでも、女王をお守りしてくれることだろうから──」
 そこでアヴィの言葉が途切れたのは、いきなり伸びてきた頑丈な腕に胸倉を掴まれて、そのまま背中を壁に打ちつけられたからだ。
「レ、レイン様」
 メイが息を呑んで名を呼んだが、レインは緑色の険しい瞳でアヴィを睨み続けている。アヴィは口を閉じ、その目を正面から見返した。
「アヴィ、お前」
「言っておくけど、僕も女王も、リアに対して何も強制したりしていないよ。女王は何度もリアに、好きな男はいないか、結婚したい相手はいないか、と確認した上で、どうだろうか、と提案したに過ぎない。恋しい相手がいるのに、他の男に嫁がせようなんて残酷な真似は出来ないから、いる、と言われたらこの話は表には出ずに流れていたはずだったんだ。……僕だって」
 アヴィの口許に、少しだけ皮肉な笑いが浮かぶ。
「僕だって、君に訊ねたはずだけどね。リアに特別な感情は持っていないのか、って。レイン、君は、その質問になんて答えた?」
「………………」
 レインが大きな舌打ちをする。
 それから、王子に対するにしてはあまりにも乱暴なやり方で突き飛ばすように手を離すと、くるりと背を向け、駆けだした。



「──行ったかな?」
 と、アヴィが小声で言った。
 口許にあるのは、どこかしら悪戯っ子のような微笑だ。その目に、さっきまでの冷ややかな光はもうない。
「ここで行かないような男性でしたら、こちらから願い下げです」
 すっぱりと言い切るメイは、落ち着いた眼差しで通路の先をじっと見据えている。レインは風のように走って行ったから、その後ろ姿もすでに見えなくなったけれど。
 アヴィはちょっとだけ苦笑してから、表情を引き締め、厳しい声を出した。
「ではメイ、手筈通り、女王に報告を。僕はこれから急いで準備を整える」
「はい」
 しとやかに一礼をすると、メイは機敏な動作でさっと身を翻し、女王の執務室へと向かった。


          ***


 クレル卿に連れられて赴いたのは、セリドアの丘と呼ばれるところだった。
 丘というか、裾野ばかりが広い低い山、と言ったほうがいいかもしれない。花は確かにたくさん咲いているが、逆に言えば、見るものはそれくらいしかない。とにかく見渡す限りの草原が、なだらかな傾斜とともに広がっているだけの場所なのである。
 もう少し上の方まで行くと斜面ばかりだからか、クレル卿は丘の真ん中のあたり、逆台形に少し窪んだ平地で馬車を停めさせた。さやさやと吹き渡る風に草花が揺れ、幹の太い木々が点在している。四方の地は目線よりも高い位置にあって、その向こうまでは見通せない。ピクニックにはいいのかもしれないが、リアはこういうところが本能的に好きではなかった。上方から狙われやすい上に、囲まれたら逃げようもなくて、落ち着かないからだ。
「さあ、リア殿、どうぞ」
 リアにとっては 「単にだだっ広い野っ原」 としか思えないところで、クレル卿は馬車の御者に、持ってきた小さなテーブルと椅子、そしてお茶とお菓子を用意させて悦に入っている。一体これの何が楽しいのか、身分の高い人間の考えることは理解不能だ。
 御者は、支度を整えると、そそくさと馬を急き立て去ってしまった。「帰りにはまた迎えに来ますから」 とクレル卿に言われ、これから数十分から数時間、ここでこの男と二人きりか、と思いリアはげんなりする。
 もしも無理矢理、この髭、じゃなかった、この顔が間近まで迫ってきたらどうしよう。剣がないから、素手で殴りつけてしまいそうだ。いやしかし、殴ると痕が残るしな、それはいろいろとまずかろうな。痕が残らない方法というと、何がいいのかな。
「……ねえ、リア殿」
 ぶつぶつと対抗策を練っているリアに、クレル卿が静かに言った。
 飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻す、カチンという音に目を上げ、リアは不審げな表情になった。
「?」
 そこにあるクレル卿の顔からは、今までのへらへらとした笑いが、影も形もなく引っ込められていたからだ。
 ──代わりにあるのは、どこか得体の知れない、薄笑いだった。
「腕は立つけれど、少々おつむの足りないリア殿。やはり所詮は貧民上がり、といったところですかな」
「……は?」
 これまでとはまるで違う声の調子に、リアはわずかに身を引いた。こちらを見るクレルの眼には、嘲るような、酷薄なものが隠しもせず覗いている。これまでの、ただスケベそうだった顔が、妙に残忍さを帯びて輝いていた。
 思わず咄嗟に腰に手をやったが、もちろんドレス姿の今、そこに剣はない。
「誘われるまま、のこのこと丸腰でこんなところまでやって来て。さぞかし、浮かれていたことだろうね、王族のクレルに言い寄られたと」
 誰が浮かれてたか、と言い返しそうになるのを堪え、そっと椅子から立ち上がり、油断なく周囲を見回す。
 クレル卿が、パチン、と指を鳴らすと同時に、木々の向こうから黒い覆面をして剣を携えた男たちが数人、のっそりと現れた。



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