短編10

ガリヴァーさんたちの国(3)




 ある日、ラティス家にやって来た客は、出迎えた私を見て、その強面に少しだけ戸惑いを乗せた。
「……なぜ、子供がここに?」
 私が異世界人だと知らない人たちは、おおむねこういう反応をする。年齢を詐称するまでもなく、まず身長で、それからこの童顔で、次に胸のあたりを見て、「あ、子供」 という判断を頭の中に導き出すらしい。
「私、このお屋敷でお世話になっております、浅見琴子という者です。子供のためまだまだ足りないところもございましょうが、精一杯皆さまのお役に立てるよう日々勉強中でございます。どうぞよろしくお見知りおきくださいませ」
 こういう時に、こういう挨拶をするのももう慣れてきた。ワンズさんに教わった台詞をほとんど棒読みにして一気に口から垂れ流し、ぺこんと頭を下げる。自分のことを 「子供」 と言うことについての恥ずかしさなどは、もはやとっくの昔に宇宙の彼方に放り投げた。
「アサミ……? ああ、異世界人なのか」
 異世界からやって来た人間は、この世界全体ではそう珍しくないのだが、個人としてはやっぱりちょっと珍しい部類に入る。客の若い男は、私の名前を口の中で吟味するように呟いてから、まじまじと私のことを見つめてきた。
 彼はお坊っちゃんより背が高い。上半身を傾け、顔を下に向けてくれたおかげで、私もやっと、その人のそれがよく見えた。
 深い碧色の髪の毛と、少し緑がかったような茶色っぽい瞳をしている。こういうの、ハシバミ色って呼ぶんじゃなかったっけ。ハシバミって確か、ヘーゼルナッツの色だよな。ナッツ食べたい。
 なかなかの男前な顔立ちをしているが、うちのお坊っちゃんみたいに女受けしそうな軟派っぽいタイプではなく、いかにも硬派な感じがする。目つきも鋭いし、唇は一文字に結ばれているし、クールというよりはちょっと無愛想。これを怖いと思うか、カッコイイと思うかは、個人の好みによりそうだ。
「すまないが、もう一度名前を言ってくれ」
 しかし態度は丁寧で、大変に好感が持てる。こちらの世界の人々は大抵優しくて親切なのだが、それでもやっぱり、異世界の人間だと知ると、露骨に好奇の目を向けてきたり、上から目線で威張り散らす人だっているからね。
「浅見、琴子です」
「アサミ・コトコ、だな。名前はアサミでいいのか」
「琴子のほうです」
「コトコ」
 はじめて英語を習う小学生のように生真面目に復唱しているが、なんとなく言いにくそうだ。
 私にもこちらとあちらの言語の伝達方法がどうなっているのかサッパリ判らないのだが、名前に関して言うと、あちらの名前はこちらの人には少々発音しにくいものであるらしい。琴子、というのもそうで、舌を噛みそうになるのだという。だからみんな、私のことを 「コト」 と呼んでいるのだ。
「コトとお呼びいただければ結構です」
 私は彼に向かっても、そう言った。別に呼ばれかたなんてなんだっていいやと私は考えているし、言いにくいのなら、せめて少しでも言いやすいほうを選ぶのが理に適っている。
 まあ、こっちの人たちの発音だと、時々、「コト!」 が、「cut!」 とか、「強盗!」 とかに聞こえたりするわけなんだけど。
「いや、そういうわけにはいかない」
 しかしなぜか、男は頑固にそう言い張った。言ってはなんだが大雑把な人が多いこの世界では、あまり見ない反応である。
「名前というのは大事なものだからな。親から名付けてもらった名は、勝手に省略したりせず、きちんと正確に呼ぶべきだ、コト……コ」
 めっちゃ言いにくそうなんですけど。
「俺はロンディウス・カレル・ユーリアという」
 わあ、絶対一発では覚えられなさそうな名前ですね!
「セイ・タガートにしろ、誰にしろ、俺のことをすぐにロンという省略名で呼ぶんだが」
 そりゃそうでしょうよ。
 ていうか、この人、お坊っちゃんの知り合いか。年も近そうだから、お友達かもしれない。私が思うに、玄関ホールで名前について議論する前に、まずはそこからはじめるべきではないのかな。
「やっぱり俺は、それはよくないと思うんだ。俺の親とて、それなりの思い入れと理由があって、この名を付けたのだし……それなのに何度言ってもみんな俺のことをロンロンと」
 いかめしい顔つきで、ぶつぶつと不満そうに呟いている。お坊っちゃんやリリニィさんも、大概面倒くさい性格をしているが、どうやらこの人も明後日の方向で面倒くさい人らしい。
「えーと、それはともかく、ロドリゲスさま」
「待て、いきなり当然のように間違えてる。ロンディウス、だ」
「失礼しました、ロンドン橋さま」
「いや、もはやほとんど原型を留めていないぞ? 続けて言ってみろ、ロンディウス」
「ゴンザレス」
「……ロンでいい」
 ロンさんは、はあーっ、と深い溜め息をついて、許可を出してくれた。
「セイ・タガートは在宅しているだろうか」
 ようやく最初の振り出しに戻って問いかける。ここまで来るのに長かったな。
「お坊っちゃんは今どこかで女の子をひっかけに……ではなく、街中を視察して廻っておられるはずです。もうしばらくしたらお帰りになると思いますので、中でお待ちになりますか?」
「またフラフラ遊んでるのか……。しかしもしも首尾よく女性を捕まえられたら、なかなか戻ってこないんじゃ?」
「あ、大丈夫です。今日の洋服はイマイチ組み合わせが気に入らない、と言いながらお出かけになりましたから。女の子と遊んでいても、それが気になって集中できず、結局途中で切り上げて帰ってきて、明日完璧なコーディネートを決めるために、鏡の前で洋服をとっかえひっかえして 『なあコト、何を着たら俺の格好よさが最高に引き立てられると思う?』 とこれ以上なく深刻に思い詰めた表情で、私に相談を持ちかけたりなさいますので」
「…………。あいつはバカだな」
 まったくその通り。お坊っちゃん、早く大人になるといいですね。
「では、待たせてもらう」
「はい」
 私は張り切ってロンさんを応接間に案内した。


          ***


 お茶の用意をしてロンさんをもてなしながら話を交わしたところ、彼は特権階級ではなく、平民の人であることが判った。
 こちらの世界では、十六で義務教育を終え、それから大部分の人々が社会に出て働くことになる。一部、研究者だとかを目指す人はそれより上の学校に進むこともあるのだが、お金もかかるし、学校の数も少ないしで、そういうのはかなり一握りの数であるらしい。
 そんな一握り以外は、通常、普通のお店だとか工場だとかにお勤めし、または試験を受けて官僚になったりする道を選ぶ。こちらで言う官僚、ってのは、あちらでの公務員みたいなもんかなと私は思っているのだけど、私の仕事を斡旋してくれた親切なあのオジサンみたいな役所勤めから、王様をサポートするお城勤めまで、随分と幅広い。当然、平民がお城に出入りできるような身分になるためには、ものすごく難しい試験だとか審査だとかをパスしなきゃならない。
 大公以下、八つの特権階級の家の子息たちは、そこがフリーパスなのだそうだ。試験も必要なし。もちろん、あんまり能力のなさそうなのや問題行動の多い人間は難しいらしいのだけど、そういう子供はそもそも親がお城に上げようとはしない。城勤めをさせないのが恥、と思うよりも、役に立たない子供を政治に関わらせる方が恥、と思うんだそう。真っ当な考え方だなと思う。
 とにかくそういうわけで、うちのセイお坊っちゃんもリリニィさんも、十六で教育を終えた後は、ちゃんとお城のほうにお勤めしている。正確には、お城の中のこれまた学校みたいなところで勉強しているらしいんだけど。一人前の官僚になるためには、そこで数年、多くの知識を詰め込まないといけないのだ。まだ経験よりも、勉強が必要、ってことかな。
 ロンさんは、今、そのお城の学校で、お坊っちゃんと一緒に勉強をしているのだという。


「じゃあロンさまは、難しい試験を通って、お城勤めの権利を得たわけですね。ご立派ですね」
 ワンズさんが、「坊ちゃんがお帰りになるまで、お客様のお話し相手になっておあげ」 と言うので、丁稚の分際で、私はロンさんの向かいのソファーに座っている。テーブルには、私の分のお茶とお菓子もある。いいのか? と私のほうが疑問でいっぱいなのだが、ロンさんもまったく気にする素振りはない。
 ここの人はホントに大らかだよなあ、と思ったのだが、今回はそれとはまた意味が違ったようだ。
「さまは要らない、コト、コ。俺は普通の平民だから。あの執事も、俺がこんなでかい屋敷で気後れしないようにと配慮して、お前を同席させたんだろうし」
 とロンさんにお茶を飲みながら平然と言われて、私は目を瞬いた。
「するとロンさま……いえ、ロンさんが住んでいるのは、こういうおうちじゃないんですか」
「当たり前だろう。中公家と比べられても困る。俺の家はここの物置くらいの大きさだ」
「へえー」
 感嘆したように言ってから、私はこちらの世界に迷い込んできた時の、街中の様子を思い出そうとした。
 なにしろこの一年、環境に慣れるのが精一杯で、このラティス家からほとんど外に出ていない生活をしているため、平民の家、と言われてもピンとこない。このお屋敷の周りはぐるりと森が取り囲んでいるし、近くにあるのも大きなお屋敷ばかりだ。確かに、街には、このお屋敷よりもずっと小さな建物が並んでいたような気もするけど。
「でも、ここの物置くらいなら、私がもと住んでいた家よりもずーっと大きいですよ」
 お茶を飲んで、ソファから浮いた足を所在なくぶらぶらさせながら (床につかないのだから仕方あるまい)、まったく世間話のつもりで何気なく私がそう言うと、ロンさんはさっと眉を曇らせた。
「そうなのか……それは、悪かった」
「は?」
 あっ、ロンさんの無愛想な顔に、明らかな憐憫が見える! 違うよ、そこまで憐れまれるほど、うちはビンボーだったわけじゃないよ! 人間のサイズが違うんだから、家の大きさだって違うに決まってるじゃん! 家族が多いから確かに狭かったけど、お父さんが無理してローン組んで買ったマイホームだよ!
「コト、コ。もっと菓子を食べろ。栄養を摂らないと大きくなれない」
 ロンさんまで私に食べさせようとするのやめてよ! 胸に向かう視線に同情を混ぜるのもやめて! 言っとくけど、私の胸が小さいのは、お金がなくて食べるのにも事欠いて栄養が不足してたから、って理由じゃないよ!
 と、その時、応接間の外から、賑やかな物音と話し声が聞こえた。お坊っちゃんの声と、もうひとつは女性の声だ。帰ってきたんだな、と私は埋もれるようにして座っていた大きなソファから飛び降りる。
「女性連れか。では俺は遠慮したほうがいいだろうか」
 ロンさんも困惑したように立ち上がった。ナンパして引っかけてきた女の子をお持ち帰りしてきた、とでも考えているのかもしれない。うちのお坊っちゃんは、そんな行儀の悪いことはしませんよ。つまみ食いはちゃんと外で済ませてきます。
「あ、大丈夫ですよ。そのままお待ちくださいね、この声──」
 言い終える前に、応接間のドアが開いた。出迎えたワンズさんから聞いたのか、入ってきたお坊っちゃんは最初から笑顔だった。
「コト、ロンが来てるんだって? ちょうどよかった、街でばったりリリニィと会ってさ」
 と、後ろにいたリリニィさんの背中を押すようにして前に出す。うん、やっぱりね。私の耳に間違いはない。
 リリニィさんは、いつものあけっぴろげな親しげで元気な様子ではなく、どこかもじもじして、おしとやかに部屋の中に入ってきた。今にも俯きそうな顔をなんとか上げているようだが、その頬は赤く染まっている。
 そして、ロンさんに向けて、控えめな微笑を浮かべた。
「こ……こんにちは、ロンディウス・カレル」
「──……」
 強面で無愛想なロンさんの顔が、ぱっと紅潮した。なのに眉を上げ、口をへの字にするもんだから、パッと見、苦悶の形相みたいになる。あの、怖いんですけど、ロンさん。
「……セイ・タガート、借りた本を返しに来た。ここに置いておくから」
 ロンさんは、わざとらしいくらいにリリニィさんから視線を外し、テーブルの上に置いた本を手で指し示すと、「では失礼」 と、足早に応接間を出て行ってしまった。
 あまりにも露骨な逃げ方に、私はお坊っちゃんを見やる。お坊っちゃんは苦笑いし、リリニィさんは泣きそうな顔でしょんぼりしていた。
 わあー……と、心の中で感心した。

 わっかりやすい人たちだなあ!


          ***


 肩を落としたリリニィさんが帰った後で、お坊っちゃんは私を部屋に呼んだ。
「……まあ、お前にもちょっと説明してやろうかなと思ってさ」
 と言いながら、絵になる仕草でお酒の入ったグラスを傾けている。鏡を見て何度も練習した甲斐あって、バッチリ決まってます、お坊っちゃん。「どうだ? 渋い? 女の子は惚れるかな?」 と言わない分、今日は幼馴染のリリニィさんに対する気遣いが見える。偉い。
「ロンさんとリリニィさまは、両想いなんですね」
「うわ、直球で来た!」
 ズバリと言い切る私に、お坊っちゃんは驚いたように目を見開いた。
「わかる?」
「一目で」
「子供にそこまですぐ見抜かれるってのもどうなのかな……じゃあなんでロンがあんな態度とってるか、わかる?」
「自分は平民だから、っていう意識があるからなんじゃないですか。お城勤めとはいえ、こんな大きなお屋敷に住んでいるわけでもないし、やっぱり身分は身分ですしね。ましてやリリニィさまは王様の次に偉い大公様の娘さんなわけで、いろいろ遠慮だとかがあるんでしょう。所詮、だとか、どうせ、だとかいう自分に対する卑屈な気持ちと、抑えきれない恋心なんかで悶々としちゃって、それがああいう奇妙な態度に繋がっているのではないかと」
「いやいや待て待て、お前、ちょっと判りすぎじゃないか?」
 焦ったようにお坊っちゃんに止められ、ん? と首を傾げる。そうかな? けどそういうのって、わりと身分差恋物語にはありがちじゃない?
「でもまあ、その通りなんだけどな」
 ふ、と溜め息を吐きだし、お坊っちゃんがグラスに入った青色の液体を喉に流し込む。
 青だよ。真っ青。しかもこれ、お酒なんだよ。青いお酒って、どんな味がするのだろう。見た目、ソーダかカクテルみたいなんだけど、美味しいのかな。ブルーハワイみたいな味?
 そうそう、言い忘れたが、こちらの世界では、義務教育を終えた十六歳から成人とみなされるので、十八のお坊っちゃんがお酒を飲んでも、何も問題はありません。
「大公家の人間と平民が結ばれるなんて、今までまったく例がなかったわけじゃないけど、かなり珍しいしなあ。それに加えて、ロンっていうやつがまた、ギチギチの真面目人間だし」
「リリニィさまも、よく判っていなさそうですね」
 お坊っちゃんはいつものごとく、私にお相伴をさせているのだが、それは食べ物だけの話であって、飲み物はもちろんお酒ではない。
 いいなあー、お坊っちゃん。私よりも年下のくせに大きな顔してお酒飲めて。こう見えて、私もけっこうお酒はイケる口なのだ。あっちの世界ではよく……ん? こっちに飛ばされたのが十九の時だったのに、話がおかしくないかって? 細かいことは気にしない。
「そうなんだよな。リリニィは鈍感だからさ、自分はロンに嫌われてるって、すっかり思い込んじゃって。今日も帰って家でしくしく泣いてるぞ、あれ」
「すれ違い、ってやつですねえ」
 現在の私の実年齢はハタチである。こちらの世界でもあちらの世界でも、飲酒は法的に認められる年齢である。
 いや決して、酒が飲みたい、なんてオヤジくさい理由で羨ましがっているわけではなく、青色の酒ってどんな味がするのかな、という純粋な興味と好奇心だ。
 どんな味がするのかなあ、あの酒。お坊っちゃん、美味しそうに飲んでるなあ。私も飲みたいなあ。
「ロンもな……あんなに優秀なんだから、もっと自信持っていけばいいのにな。まあ顔は俺ほどじゃないけど。だよな? コト。顔は俺のほうが断然勝ってるよな? な?」
「はいはい、それはもう、お坊っちゃんですよ」
 甘い果実の飲み物が入っていた私のグラスはもう空だ。そしてすぐ目の前のテーブルの上には、広げられたたくさんの食べ物と、お酒の入った瓶がある。ううーん……
「なんかすごくテキトーに答えてないか? まあ、顔は俺より劣るけど、ロンはとにかく頭が切れるんだ。キッチリしてるし、熱心だし、将来、間違いなく有能な官僚になるだろうって評判でさ」
「じゃあうーんと上のほうまで出世して、それからリリニィさんに告白すればいいんじゃないですか」
 ちょっとくらいなら、貰ってもいいかなあ。だってあれだけいつも、私に飲み食いを強要してくるんだし。味見程度に、ちょっぴり。ちょっぴりね!
「そんな上にいくまでに、一体何年かかると思ってんだよ。リリニィは大公家の娘なんだから、今でさえ降るような縁談があるんだぞ。それを片っ端から断って、あるのかどうかも判らないロンからの告白を待ち続けろ、なんて言えるか?」
「言えませんねえ」
 お坊っちゃんの目が窓に向けられているスキに。ちょっとだけ、瓶から青い液体を自分のグラスに流し入れる。ちょっとだけ、ちょっとだけ……おおーっと、手が滑ったあ!
「……身分ね」
 窓に視線を向けたまま、お坊っちゃんはぼそりと言葉を落とした。
「変な話だよな。あんなにも真面目でよく出来るロンみたいなやつが、必死になって勉強して、試験に通って、それでも出世までには相当な年月を必要とされる。片や、俺のように適当でいい加減なやつが、中公家だからって、無試験で城に入ることを許され、出世だって暗黙の了解で約束されてるなんて」
 うお、美味しい! なんだろ、これ。きりりとした味わい、ほんのりとした甘み、口の中に広がる芳醇で、ふくい……なんだっけ、ふくいく……ふくいくたる香り、だっけ?
 酒飲むのなんて久しぶり! くうー、一日よく働いてこの一杯、たまらんね!
「かといって、俺みたいな立場の人間が、そこに異議を挟めるようなもんでもないし」
 もう一杯飲んでもいいかなあ。
「ま、子供のお前にはこんな話関係な……って、あっ、コト! お前、なに飲んでんだ?!」
「お水です」
「ウソつけ! こんな空と同じ色の水があるか! あーっ、俺の酒! いつの間に?!」
「そうなんですか、ついうっかり」
「うっかり?! うっかり間違えるか、フツー?! ちょ、待て、瓶の中身がめっちゃくちゃ減ってんぞ! こんなに飲んだのか?!」
「記憶にありません」
「って言いながらゴクゴク飲むなよ! いや、え、待て、どうすりゃいいんだ、吐かせたほうがいいのか?! 大丈夫か、コト!」
「死んでも吐きませんよ、もったいない」
「なに言ってんだお前!」
 いつもの気取った態度をかなぐり捨てて騒ぐお坊っちゃんの顔がふたつに増えた。んん? なんだこりゃ。世界が廻ってる。ひょっとして、もとの世界に帰れる前兆か?
 だったらみんなにちゃんと挨拶しないと。これまでお世話になったお礼も言って。最後に本当の年齢も言ったほうがいいかな。私の胸はこれ以上成長しそうにないってことも。それから、それから──
「わーーっ! コトーーーっっ!!」
 こちらの酒は異世界人の私の体質に合わなかったのか強すぎたのか。
 とにかく、私はお坊っちゃんの慌てふためく声を聞きながら、その場にぶっ倒れて意識を失った。



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