短編11

ガリヴァー君と小さな丁稚(2)




「まあっ、それで? それで?」
 と、リリニィが興奮気味に身を乗り出して訊ねてくる。
 興味津々なその目と顔が、なんとなく腹立たしい。やっぱり話すんじゃなかったかな、とわずかに後悔しながら、しかしそれを胸の中に押し込めて、俺はことさらなんでもない態度で、ひょいと肩を竦めた。
「それでって、それだけだよ。しばらくして戻ってきたのはコト一人だけでさ。『リュウは?』 って俺が聞いたら、『え、帰りましたよ?』 なんて、とぼけたことをとぼけた顔で言うんだ」
 帰ったってどういうことだよと俺が訊ねると、彼も忙しいんじゃないでしょうかねえ、などと、ますますとぼけた返事を寄越された。コトは、ものすごくウソくさいこと、明らかにウソだろということでも、平然としらばっくれることが出来るという、恐るべき特技を持っているのだ。あいつの住んでいた世界は、一体どういう場所だったんだ、と俺は時々戦慄に似た気持ちを抱く。きっと、相当な魔境だったに違いない。
「二人で、積もる話は出来たのだろうか」
 と難しい表情で考えるように言ったのはロンだ。まあ、こいつの場合、常にそういう顔つきをしている、といえばそうだ。リリニィに言わせると、「そこがステキ」 なのだそうだが、幼馴染とはいえ、男の好みとセンスが俺にはさっぱり理解できない。
「知らないよ。どんな話をしたんだって聞いても、いえ別に、特には何も、としか言わないんだから」
 むっと口を曲げてつっけんどんにそう言うと、ロンとリリニィはちらっとお互いに目を見交わした。
 大公家のリリニィ、中公家の俺、そして平民ながら難関の試験を突破してきたロンは、毎日のようにこうして城の中で顔を合わせている。もともと俺とリリニィは旧知の仲でよく一緒にいたが、そこにロンが加わるようになったのはつい最近のことだ。
 というかこの場合、正確に言うと、ロンとリリニィの二人と俺、ということになるのかな。じれったいすれ違いの期間を経て、ようやく付き合い出したこの二人は、今では周囲が呆れるほどに仲睦まじい。
 要するに、ここでも俺は多少の疎外感を味わう羽目になっているわけだ。ロンとリリニィが手と手が触れ合うだけで顔を赤らめるような幼い付き合い方をしているのを見るのは微笑ましいが、俺の目の前で二人が自分たちにしか判らないアイコンタクトをしているのを見せつけられるのは、正直言ってあんまり面白くない。
 そんなわけで、ますますふてくされた態度になった俺を、何を思ったかロンとリリニィは揃って慰めにかかった。
「コトを取られたようで気分が悪いのは判るけれど、そんなにつんけんした物の言い方はよくないわ、セイ」
「リリニィの言うとおりだ。きっと、同郷の人間とはじめて会って、コトコも平常心ではいられなかったはずだ。なにしろまだ子供なのだからな。こちらの世界の人間のいないところで、ゆっくりと語り合いたかったのだろう」
「ええ、そうよ、そうだわ。コトはいつも無邪気だけれど、胸の内では、いろいろと悲しいことやつらいことがあったに違いないんだもの。そういうことを、セイの前で言えるわけないじゃないの。あなたも、ロンのようにもっと気遣いと優しさを持つべきよ」
「いや、リリニィのような、愛らしい思いやりと、美しい心根を見習うべきだ」
「…………」
 机に頬杖をして無言でいる俺の前で、二人のアホは、「そんな、ロンのほうがずっと人間として大きくて素晴らしいわ」 「馬鹿な。天使のようなリリニィよりも素晴らしいものがこの世に存在するものか」 などと真顔でやり合っている。うん、ホントやめて。さすがに俺の苛つきも、我慢の限界を迎えそうだ。
 大体、ロンはいつの間に、「コトコ」 ってスムーズに呼べるようになったんだ。そんなに何度も繰り返し練習でもしたのか。それとも俺の知らないところで、コトに何度も会ったりしていたのか。親からもらった名前は正確に呼ぶべきだ、って、じゃあなんでリリニィには自分のことをロンと呼ばせて嬉しそうにしてるんだよ。おかしいだろ。主義主張は一貫させろよ。
 面白くない。
 コトはコトでいいじゃないか。悲しいことはそりゃあるのかもしれないけど、でも、いつだって元気で、楽しそうにもしてたじゃないか。そうだ、こっちでちゃんと楽しくやってたんだ、コトは。

 ……なのに、どうしてリュウに会ってから、どこかずっと上の空なんだ?

 何を話していたのか、どうしてさっさと彼を帰してしまったのか、コトは断固として言おうとしない。そのくせ、俺が 「リュウが」 などと言おうものなら、「劉君がどうしました」 と、怖い顔で食いついてくる。
 街に出ようとしていると、口には出さないが、やたらと心配そうにこちらを見る。帰るとすぐに飛んできて、今日はどこに行きました? と窺うように問いかける。リュウのいる店に行ったんじゃないかと気にしているのがありありだ。
 それがなんだかムカっとするから、俺はあれ以来、あの店には一度も足を運んでいない。コトとあいつの橋渡しの役廻りなんて、真っ平御免だ。絶対にしてやるもんか。
 コトは異世界人。それは判ってる。もとの世界を懐かしがるのも当然だ。帰りたい、と願う心だって、そりゃあるだろう。こちらではじめて同じ世界の人間と会って、それなりに動揺があるかもしれない。
 ……でもさ。
 こっちの世界に来てすでに一年なんだ、もうすっかり馴染んでいるはずじゃないか。屋敷のみんなとも仲良くやってるし、父上と母上だって可愛がってるし、ワンズなんか孫みたいに大事にしてる。
 困ったことがあったのか。じゃあ言えばよかったのに。知ったら、ちゃんと助けてやってた。誰だって、俺だって。
 リュウなんて、あっちの世界の人間、ってだけで、この間はじめて会ったばかりのやつなのに。
 なんで、コトはあいつのことを、そんなに気にしてばっかりいるんだよ?


「……悪いけど、俺はこれで失礼するよ」
 と、俺はむっつり言って、席を立った。
 城勤めとはいえ、俺たちはまだ正式な官僚ではなく、見習い期間といったところだ。城の一角の広間に集められ、そこで知識を叩きこまれ、作法を身につけさせられ、実務の訓練をさせられる。
 しかし一日のノルマをこなしてしまえば、あとは自由だ。真面目なロンは、これから夜遅くまでひたすら城の文書保管庫あたりで勉強をするのだろうが、そんなものに付き合うつもりは毛頭ない。
 一人で広間から出ようとしたら、
「ねえ、セイ。もしよければ、これからご一緒に食事でもどうかしら?」
 と、近寄ってきた青い髪の女の子に声をかけられた。
「食事?」
 不機嫌さを覆い隠し、微笑を浮かべて問い返しながら、この子なんていう名前だったかな、と考える。
 実を言えば、俺はあまり人の名前を覚えるのは得意じゃない。城で顔を合わせて同じ場所で勉強していても、半分以上は名も知らないままで、リリニィに怒られる理由の一つにもなっている。
 けど、名前なんて知らなくても、さして問題ないことが多いのだから仕方ない。現に今だって、相手はうっとりとした顔で俺の顔を見つめているだけで、それ以外のことにはまったく頓着していないじゃないか。
 見つめ返し、にこりと笑いかけ、少し額の前髪を払う。それだけで彼女が喜ぶことを、俺は知ってる。完璧に決まった顔、仕草、視線──そういうものが自分の武器になることに気づいてから、俺はせっせとそれらを磨き上げる努力をしてきた。
「いいね、行こうか。君のような可愛らしい子と食事をしたら、きっと何倍にも美味しく感じられる」
 そう返事をしたら、彼女は他愛もなく有頂天になった。ほら、やっぱり見ているのは俺の顔だけだ。俺がずっと、たとえばベッドの中でさえ、彼女をただ 「君」 と呼び続けたとしても、おそらくそんなことは気にしないに違いない。
 背後から、ロンとリリニィの非難の眼差しが刺さってくるような気もしたが、俺は構わず青髪の彼女の肩を抱いて歩き出した。


          ***


 その夜は、ベロベロに酔って帰宅した。
「こんなにお坊っちゃんが酔っぱらうなんて、珍しいですねえ。失恋でもなさいましたか」
 出迎えたコトが、感心したように言う。恋もしてないのに、失恋なんてするか。一緒に食事をした女の子は、俺がやたらと酒ばかり飲むのに呆れて、途中でとっとと帰ってしまった。
 ──もっと気の利いた、優しい人かと思ったのに、ガッカリだわ。
 それが、帰る間際に彼女が吐き捨てていった言葉だ。ああ本当だよな。普段の俺は、気の利いた優しい男を演じることが難なく出来ていたはずだったのに、どうして今夜は、それが無性につまらなく思えたんだろう。
「寝る……」
 ぼそりと呟いて、ふらふらと覚束ない足取りで、寝室へと向かう。
 歩きながら、上着、帽子、タイ、手袋と、ポイポイ無造作に脱いでは投げ捨てていくのを、コトが文句も言わずにひとつひとつ拾い上げては、チョコマカと俺のあとをついてくる。
 寝室に入り、ドサッと身を投げ出すようにベッドに寝転がると、後ろからやってきたコトがそれを見て顔を顰めた。
「お坊っちゃん、寝るんでしたらシャツとベストを脱がないと。皺になっちゃいますよ」
「めんどくさい」
「その格好じゃ、窮屈でしょうに」
「だったらお前が脱がせろ」
「もー」
 コトはやれやれというように大きな息を吐いて、両手に抱え込んだ上着や帽子を近くの椅子に置き、てこてことベッドまで寄ってきた。
 ベストのボタンを外し、シャツのボタンを外す。ちっちゃい手が、胸元でごそごそと這う感触がくすぐったい。これでコトが大人の女性だったら、このまま押し倒して一直線のコースだよなあ、と俺は半分朦朧としかかった頭でぼんやりと考えた。さすがに酔っていても、子供に手を出すような鬼畜にはなれないが。
「はーいお坊っちゃん、右手を伸ばしてくださーい。よいしょっと。じゃあゴロンってあっち向いて―。はい今度は左手ですよー。そうそうよく出来ましたー」
 コトは子供に言い聞かせるような口調でそんなことを言いながら、器用にベストとシャツを脱がしていく。身体の大きさが全然違うのだから苦労しそうなものだが、俺をゴロゴロと動かすだけで、案外あっさりと俺の上半身を裸にしてしまった。
「お前、やけに手馴れてない?」
「うちのお父さんも、よく酔っぱらって玄関で背広のまま寝ちゃったりしましたからね。それに下の弟をお風呂に入れたりする時、手早く脱がさないとグズるし」
「ふーん……」
 コトの口から、「あっちの世界にいる家族」 のことを聞くと、俺はいつも微妙な気持ちになる。特に思考のまとまらないこんな時には、それ以上は考えたくもないので、そのままスルーすることに決めた。
「脱がすのは出来ますけど、着せるのはムリですよ。風邪ひくから、ちゃんと何か着てくださいね」
「俺が風邪ひいたら、コトは心配するか?」
「なに言ってるんですか、当たり前じゃないですか」
「ふーん」
 その言葉に、ちょっとだけ機嫌が浮上する。そうかコトは心配するのか──といい気分になりかけて、ぎょっとした。
「いや、ちょ、待て待て待て。なにしてんだコト、下はいいんだ、下は」
 コトはすでに腰のベルトを外しているところだった。
「え、だって、ズボンも脱がないと、皺に……」
「いいんだって! 下は自分で脱ぐ!」
「ご遠慮なさらず」
「してない! 遠慮じゃない! チッて舌打ちするな!」
「弟たちのを見慣れてますから、平気ですよ」
「何をだよ! お前の弟って、せいぜい一桁の年齢だろ! それと一緒にするんじゃない!」
「やっぱり違いますかねえ」
「違うに決まってんだろ! ていうか、真顔でまじまじ見るな!」
「お坊っちゃん、私はこの世界に来てから、常々、考えていることがありましてね」
「何を常々考えてるんだよ! 怖いよ! なんでそんな好奇心に満ちた目を向けてるんだよ!」
「やっぱり全体のサイズが違うと、あらゆるところのサイズが違うものなのか……胸の大きさがこんなに違うのは、私に問題があるわけじゃなくて、比較対象に問題があるんじゃないのか……つまり私が小さいんではなくてこっちの人々が大きすぎるのがいけないんじゃないかなと……それは女性に限ったことではなく、男性にもいえることだとしたら、やっぱり……」
 顎に手を当てぶつぶつと呟き続けるコトの目が、半分据わっていて怖い。その視線が俺の下半身に集中して注がれていて、なお怖い。胸がないと言われ続けていることに、よっぽど鬱屈が溜まっているらしい。ちょっと反省した。
「大丈夫だ、コトは胸がなくても可愛い。ちっちゃくても全然オッケー。そのままでいればよし。俺が保証してやる」
 慌てて言いながら、俺はさっさと羽根布団をかぶって身体を隠すことにした。これ以上半裸を晒していると、コトに襲われそうだ。
 目を閉じると、途端に頭がぐるぐる廻った。このまま寝てしまえればいいのだろうが、胸のあたりがムカムカして眠れそうにない。
「うー……、コトおー、気持ち悪りいいー……」
 眉を寄せて呻くように訴えたら、コトがちょっと困ったように首を傾げた。
「お水、飲みますか?」
「今なにかを飲んだら吐く」
「ワンズさんにお薬もらってきましょうか」
「ワンズは説教するからやだ」
「じゃあ我慢して寝ちゃいましょうよ」
「我慢できない」
「いっそ吐いちゃったらどうですか」
「二枚目はそんなみっともないことしない」
「今だって相当みっともないですよ」
「コト、なんとかして。気分よく眠れるようになんか考えて。早くして。気持ち悪い。もう死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ」
「うるせえなこのヨッパライ」
 完全に駄々っ子になった俺に、ぼそっと暴言を吐いてから、コトは溜め息をついた。
「……じゃあ、子守唄でも歌ってあげますよ」
「うん」
 なんで子守唄なんだ、と可笑しかったが、素直に頷いた。なんだかんだ言って、コトが俺を放りだすこともせず、実直に付き合ってくれようとしているのが、やけに楽しくて楽しくてしょうがない。
 が。
「ねえーーんねーん、ころおおーーりいーよおー、おこおーろおおーりいいーよおー」

 コトはものすごく強烈な音痴だった。

「ちょっ……待て、コト。元がどんなものか知らないが、それはホントに子守唄か?」
 しばらく聞いていたが、耐えられずに両耳を塞いで呻く。どうしよう、さっきまでは胸のムカムカだけだったのに、頭まで痛くなってきた。
「そうですよ」
「それで子供が安らかに眠れるとは思えないんだけど」
 どっちかっていうと、墓の中から死人が這い出してきそうなんだけど。
「妹と弟も、この唄を聞くと必ず泣いてました」
 どんな子守唄だよ!
「原曲はちゃんとしてるんだよな? お前の世界では、子供を恐怖のあまり失神させることを 『寝つかせる』、って言うわけじゃないんだよな?」
「私、昔から、歌のテストでは最低点しか取ったことないんですよ」
「それでなんで子守唄を歌うって選択した?!」
「はいはいお坊っちゃん、興奮しないで、もう寝ましょう」
 誰が興奮させてんだよ! と怒鳴ろうと思ったが、本気で頭がガンガン響いて痛かったので、やめた。口をへの字に結んで無理やり目を閉じる。
 ──と。
 羽根布団の上から、ぽん、ぽん、と軽い振動を感じた。
 コトが手の平で、リズムを取るようにして軽く叩いているらしい。
「あんまり無茶なお酒の飲み方したらダメですよ、お坊っちゃん。いい子だから、大人しく寝ましょう」
「ん……」
 すっかり子供扱いだ。目を閉じたまま口から出た曖昧な返事は、頷いているのか、反抗しているのかよく判らない。でも我ながら、ずいぶんと甘えるような声だなとは思った。
 こんな言い方、付き合ってきた女の前でだってしたことがない。
 薄暗く、静かな室内に、ぽん、ぽん、という優しい音と律動が続く。それに伴い、少しずつ、頭痛と気持ち悪さが、すうっと抜けてくような不思議な感覚がある。
 ゆるやかな音と、柔らかい動きが心地いい。とろとろと眠りへといざなわれていく。
 ずーっと幼い頃、こんな風に誰かに寝つかせてもらったような記憶が頭を過ぎった。誰だっけ。母上だったかな、年嵩のメイドだったかな。
 どうしてこんなにも、安心するんだろ。

 今の俺は十八で、れっきとした成人で酒だって飲めて、中公家の三男として城勤めをして、そこそこ女遊びだってしてて、見た目だけはどこもかしこもカッコイイ大人の男であるはずなんだけどなあ。

「……なあ、コト」
「はい」
「俺って、カッコイイかな」
 こんなに酔い潰れてヘロヘロで、だらしない格好して寝そべって、頭だってボサボサで、ちっちゃな女の子にワガママなことばっかり言って、子供みたいにぽんぽんされて。
 カッコイイわけないけど。
「お坊っちゃんは、世界でいちばん、いい男ですよ」
 なんだかやたらと自信たっぷりに断言するコトの声に、心の底からほっとして、「うん」 と一言だけ言うと、俺はそのまま穏やかな眠りについた。



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