短編11

ガリヴァー君と小さな丁稚(5)




 街に行き、働いていたリュウを店の外まで呼び出した途端、コトは持っていた箒の柄で、彼の頭を殴った。
 ぽっかん! という、いい音がした。
「やっぱりなあ」
「やると思った」
「思ったなら止めろよ!」
 俺とロンがしみじみと感嘆するのを聞いて、頭を両手で押さえたリュウが怒鳴る。そんなこと言ったって、止める間もなかったんだからしょうがない。不可抗力だ。ちょっとスカッとした。
「何するんだよ、琴子!」
 無愛想さはロンといい勝負、その上この世の不幸をすべて背負い込んだような仏頂面をしているリュウだが、この時はさすがに感情を露わにしてコトに詰め寄った。しかし、いつもの雰囲気が冷たくて人を寄せつけないので、こういうはっきりと怒った顔つきをしているほうが、素の人柄が見えてかえって好ましいくらいだった。
 対して、箒を肩に担いだコトは、まったく平然としていた。というか、膨らみの乏しい胸を反らして、明らかにふんぞり返っていた。
「何するんだって、そりゃこっちの台詞ですよ。何してくれてるんですか、劉君。うちのお坊っちゃんに言いたい放題言ってくれちゃって、しかもリリニィさんまで泣かせて。まとめて一発にしてあげた分、私の慈悲に感謝してもいいくらいですよ」
「泣かせる?」
 一瞬怪訝な表情をして、リュウがこちらを振り返る。俺とリリニィを一瞥して、若干バツが悪そうに、ふんと再び目を逸らした。
「俺は思ったままを言ったまでだ。あんなことくらいでいちいちお前に文句を言うなんて、まったくこっちの人間は図体ばかり大きいくせに精神がよっぽど脆弱なのか──」
「まだ言うかこの口は。ああ?」
 ぎぎぎとコトがリュウの首を絞めにかかる。さすがに俺も慌てて、「待て待て」 と止めに入った。道行く通行人は、まあ子供同士が喧嘩をしてるわ可愛らしい、というような微笑ましい顔つきで通り過ぎていくが、コトの身体から発散される殺気はけっこう本気である。怖い。
「あ……あの、コト」
 この流れを理解して、こっそり拍手までして見物人に徹しているロンはともかく、最初からずっとついていけずにぽかんとしていたリリニィが、ようやくここで我に返ったように、おそるおそる言葉を出した。
「違うのよ、私が悪いの。リュウに言われたことは、その通りなんですもの。コトに会いに行ったのは、これまでの私の愚かな振る舞いを反省して謝るためで、リュウに対する不満や不平を言うためではなかったの。そんな風に聞こえたのなら」
「リリニィさんは愚かでもなんでもありません。よって反省も謝る必要も、これっぽっちもありません。悪いのは全部劉君です」
 困ったように言うリリニィに、コトがばっさりとした口調で断言する。やっとリュウの首から手を離したので、俺はほっとした。
「俺の何が悪いんだよ」
 リュウはすっかりふてくされ、絞められた首をさすりながら吐き捨てた。
「そうよ、リュウが言ったことは正しいわ。だって私、今まで本当に真面目に考えていなかったんですもの。異世界からやって来た人々が、どんなにつらく苦しいか。どんなに故郷の地へ帰りたいと、そればかりを願っているか」
「そりゃ願うでしょうよ、劉君は」
 コトが、へっ、と笑った。いかにも意地が悪そうな顔つきで、他の女性だとあまりいい気持ちにはなれないだろうその顔が、コトの場合はなんだかたまらなく可笑しい。俺は噴き出すのを懸命にこらえた。
 うん。たまには、こんなコトを見るのも、悪くない。

「なにしろ、劉君には、あっちの世界に、ずっと好きな人がいたらしいですからね」

「え」
 コトの暴露に、リリニィが驚いたように目をぱちぱちさせる。俺も驚いた。ロンなみの堅物かと思っていたのに、リュウにもそんな色めいた話があったとは。
「あっ、琴子てめえ、余計なこと言うな!」
 俺たちにまじまじと見つめられ、リュウは真っ赤になっている。照れから来ているのか、怒りから来ているのか、まあ、両方だと思うけど。
「ま、まあ、そうなの……。それだったら、さぞかし、あちらに帰りたいでしょうね。恋人を残しているのなら」
「恋人でもなんでもないですよ。片想いの相手です。しかも十年近く追い続けて、三回告白して三回とも振られたっていうんだから、完全に見込みなしですよ。あっちに帰って四回目の告白をしても、同じ結末になるのは目に見えていて、ストーカーとして警察に通報されなかっただけ、幸運だったってなもんですよ」
「…………」
 コトはまったく容赦というものがなかった。さすがにリリニィも、言葉が続けられないらしく、口を噤む。
「わからないだろ! 四回目は彼女だって受け入れてくれたかもしれない! お前の国にも、百一回目でようやくプロポーズを受けて成就したとかそんな話があるじゃないか!」
 リュウは、意外と執念深い……いや、一途で情熱的な性格であるようだ。しかし、コトとリュウのいた世界は、一体どういうところだったんだろう。プロポーズを百一回って。
「アホらしい。数あることわざを知らないんですか。『二度あることは三度』 あるんだから、三度あることは四度も五度もあるに決まっているんだし、『仏の顔も三度まで』 なら、四度目からは鬼の顔をしているってことなんだし、『三度目の正直』 を越えたらもう諦めろ、ってことなんです。要するに三回チャレンジしてダメだったものは、何回やろうが絶望的、っていう先人の教えですよ。四度目の告白をして、蛇蝎のごとく徹底的に嫌われる前にこっちに飛ばされたのは、神様の気遣いじゃないですか」
「知らねえよ! ていうかお前、俺が判らないと思って、ことわざの意味をすげえ適当に捻じ曲げて言ってるだろ!」
 同じ世界の住人でさえ、コトが口に出す謎の教訓は、やっぱり胡散臭く思えるらしい。
「とにかく」
 コトは手にした箒の先でがつんと地面を突いて、きっぱりと言った。
「それは劉君の事情であって、私とは一切関わりありません。こっちの世界にいたくない、あっちに帰りたい帰りたいって、そんなことばかり考えているのは、劉君であって私ではありません。私が一体いつそんなことを言いました? それなのに勝手に私の気持ちを代弁するように、一方的にお坊っちゃんやリリニィさんに向かって当り散らして傷つけるなんて、もってのほかですよ」
「けど」
「確かに、世界も運命も、時々、理不尽です。自分が何もしていなくても、事故に巻き込まれたり、不幸がやってくることもある。悲しみも、つらさもあって、本人には切実な問題でしょうとも。当事者が泣くのも悩むのも苦しむのも当たり前で、それは、悪いことなんかじゃないですよ、もちろん。……でもね」
 正面から堂々とリュウを見据えて、コトは言った。

「でも、その理不尽を、他人にぶつけるのは間違いです。そうは思いませんか」
「…………」

 リュウが口を閉じて黙り込む。
 俺もじっとその場に突っ立って、コトの言葉を胸の中で噛みしめた。
 ……ああそうか、そうだったな。
 コトは、こういうやつだった。
 どうしようもないことはどうしようもないんだと言い切って、つまんないことで悩むよりは、今を頑張って楽しみましょうよと笑うやつだった。
 泣くこともあっただろうし、寂しいことも、心細いことも、たくさんあっただろう。抱えているものだって、確かにあるのだろう。
 でも、コトはそれを誰かに押しつけたりすることはしない。不条理や怒りを、他に向けたりはしない。言葉にしなかったのは、俺たちを拒絶していたわけでも、信用していなかったわけでもなく、コトの中では、それが 「言う必要のないもの」 としてきっぱり処理されていたからだ。
 ──自分以外のものに責任を転嫁するようなことは、コトはしないんだ。
 俺はコトを見くびっていた。たとえば今の状況に不安や不満があったなら、コトはまず、それを変えようと努力する方向で、とっとと自分で動くだろう。じっと耐え忍び、無理やりこちらに合わせて、楽しくもないのに笑うような人間なんかじゃない。
 それだけの強さと、前向きさを持っている。
「……でも、コトだって、もとの世界に帰りたいでしょう?」
 リリニィの問いに、コトはあっさりと頷いた。
「帰りたいと願う心はあります。家族を懐かしく思う気持ちもあります。お坊っちゃんにも以前、言いましたが」
 じろっと睨まれた。
「でもそれは、『ここにいたくない』、という意味と同じわけじゃないです。私にとって、それは、イコールで繋げるようなものじゃない。面倒くさいことも多々ありますが、私はこっちの世界のことが好きで、こっちの人々のことが好きなんです。もしもあっちに帰れることになったら、その時は多分死ぬほど悩むだろうなと思うくらいには。通じていなかったとしたら、心外です」
 それからコトは、むっつりした顔で、ぼそっと付け加えた。
「……お坊っちゃんが 『コト、コト!』 って私を呼ばなかった期間も、リリニィさんが会いに来なかった時間も、かなり、寂しかったですけどね」
 丸く膨れた頬っぺたが、ちょっとだけ赤い。あんまり可愛くて、つい抱きしめそうになったが、その前にリリニィに先を越された。
「コトったら……っ! なんて、なんて可愛いの! 私もあなたのことが大好きよ!」
「取られた……じゃなくて、なあ、リリニィ、コトがじたばた暴れてるんだけど……」
「照れているんだろう。非常に良い光景だな。リリニィが元気を取り戻せてよかった。コトコもあんなにはしゃいでいる」
「そうか……? 俺には、コトが苦しんでるように見えるんだが……」
 コトを抱きしめ続けて泣くリリニィと、それを微笑ましく眺めるロン、ちょっと困惑気味の俺を見て、リュウがひとつ、深い溜め息をついた。
「……悪かった」
 小さな声で出されたその言葉は、俺の耳にはちゃんと届いたが、酸欠で気を失いかけていたコトには聞こえなかったかもしれない。


          ***


 結局、「ヤキイモパーティー」 は、後日改めて開催された。
 ホスト役はコトで、招待客は、俺とリリニィとロン、そしてリュウも来ることになっている。朝から張り切って裏庭中を走り回り、準備をするコトを、俺は例によって置き石に腰かけて眺めていた。
「……なあ、コト」
「はい、なんですか、お坊っちゃん」
「お前、俺にウソをついてることがあるらしいな」
 箒で枯れ葉を掃き集めていたコトが、近くにあった木に頭をぶつけた。ごんっ、という重い音がして、木から一斉にはらはらと落ちてきた葉っぱがコトに降り注ぐ。面白いうろたえかたをするやつだ。
「ななな、な」
「リュウに聞いたんだけどさ」
「……やっぱり首を絞めて殺しておけばよかった……」
 物騒なことをぶつぶつ言っている。
「どんなウソなんだよ?」
「え」
 頭に何枚もの葉っぱを乗せたまま、コトが目を真ん丸にしてこちらを向いた。
「それは、聞いてないんですか」
「教えてくれなかった」
 リュウは、こう言ったのだ。

 ──まあ、いつまでも続けられるような嘘じゃない。それを見越して言っておく。
 あのさ、いずれ、事実が発覚する時が来るだろうけどさ。
 その時は、あんまり琴子を責めないでやってくれないかな。
 あいつもバカだよなって思うけど。あんたたちは騙されたって思うかもしれないけど。
 ……でもせめて、琴子を嫌わないでやってくれよ。

「あいつって、けっこういいやつなんだなあって、思った」
 無愛想で仏頂面で、性格がひねくれていて、おまけにストーカー予備軍みたいな男だけど、根は悪い人間ではないのだ。
「こっちの世界でも、好きな子が出来るといいな」
「へえー、お坊っちゃんがそんなことを言うなんて珍しい」
「なんだよ、悪いか」
 コトに指摘されて、少し恥ずかしくなってそっぽを向く。らしくないことを言ってるな、とは自分でも思うけど、そういう気になったんだから仕方がない。
「悪くはないですよ。お坊っちゃんは、今までご自分にばかり向けていた目を、他に向けるようになったということでしょう。大人になられましたねえ」
 ばあやみたいなその目つき、やめてくれない? まあ、確かにこのところ、俺の顔だけで寄ってくる女の子と遊ぶのが、ちっとも楽しいと思えなくなってきたんだけどさ。
 ……それが、「大人になる」 ってことなのかねえ。
「でも、正直なところ、劉君がこっちの女性と付き合うのは難しいかもしれませんよね」
「え、なんで?」
 コトの言葉に、俺はきょとんとした。
 リュウは俺には劣るが、そう顔の悪いほうではない。現にあの店でも女性客にはまあまあ人気があるらしい。男というよりは、可愛い男の子、という扱いだ。ペット云々という言葉はそこから出てきたものなのだろうが、しかし、そういう嗜好の女性も多くいる、ということじゃないだろうか。
「だってお坊っちゃん、よく考えてみてください」
「うん」
「たとえばこっちの男性とあっちの女性との組み合わせなら、不可能ではないと思うんですよ。まあ、いろいろと大変なことはあるでしょうけどね。けど、あっちの男性とこっちの女性の組み合わせでは、やっぱり無理があるんじゃないですか。お坊っちゃんならお判りでしょう」
「お判りって……」
「ですから、大小の比較の問題ですよ。私がこの間言ったこと、覚えてませんか」
「…………」
 女性の場合比較されるのは胸だけど、男性の場合は……
 あ、なるほど。そういうことか。
 うん、なんとなく判った。俺よりも先にコトがそこに気づくのは、ちょっといかがなものかと思わなくもないが、大体判った。
「リュウ、気の毒に……」
 思わず沈痛な表情になって、心の底から同情してしまう。だよなあ、それは切実だ。世の中のすべてを呪いたくなって当然だ。俺が同じ立場だったら、やっぱり呪うと思う。ある意味、コトの胸がちっちゃいのなんて、それに比べりゃ些細なことだよな。胸の大小は愛で乗り越えられても、そっちは愛だけで乗り越えるのはちょっと難しい……かもしれない。
「異世界人は他にも多くいるはずだから、同じ年頃の女の子を調べて紹介してやろうか。こっちに来た異世界人の名簿は城に保管されて……あ、そうか。そういうシステムを国で作るのもいいかもしれないな」
 今のところ、異世界人の生活の保護はしても、それ以上のことは国は関知しない。そこをもう少し積極的に働きかける方向に持っていくようにしてみようか。現在は見習い期間だが、それが終われば、国政に口を出せる。俺やロンが動けば、なんとかなるかもしれない。

 ──あっちの世界に帰す方法は判らないけれど、こっちの世界で彼らがもっと幸せに暮らせるように図ることは、出来るんじゃないだろうか。

「さすがお坊っちゃん。ご立派なことをお考えです」
 ニコニコしながら上手いことを言って、なにげに庭掃除に戻ろうとするコトの後ろ襟首をぐっと捕まえる。
「お前、話を逸らせて逃げる気満々だろ。で、ウソってなんだよ」
「ちっ」
「舌打ちするな!」
 ふー、と溜め息を落としてから、コトは箒の柄の先で、こりこりと頭を掻くという行儀の悪いことをした。
「実はですね、お坊っちゃん」
「うん」
「私、男なんです」
「ええーーーっっ!!……っで!」
 驚愕の叫び声をあげると同時に、腹の真ん中に箒の柄の先が食い込んだ。
「……一瞬、信じましたね?」
「ウソなのかよ! いてっ!」
 今度はぽかんと叩かれた。
「しかも今、私の胸のあたりに視線をやって、納得しかけましたね?」
「だって……待て待て! 俺が悪かった! 箒を振り上げるな! それを武器扱いにするな!」
 絶対に俺は悪くはないと思うのだが、コトの目が本気で怖かったので、慌てて謝った。胸の問題に関してのみ、コトは世界よりも運命よりも、理不尽の塊だ。
 やっと振り上げていた箒を下ろして、コトは空に目をやり、口を結んだ。
 その横顔は、何か考えているようでもあり、困っているようでもある。コトがこんな顔を見せることは滅多にないので、俺は少々気が咎めた。
「……あのね、お坊っちゃん」
「うん」
「ウソをついていることはあります」
「うん」
「いつか、それについて、自分でちゃんとみんなに言うつもりです。本当のことを言って、ウソをついていてごめんなさいと謝ります。お坊っちゃんにも、このお屋敷のみんなにも、リリニィさんにも、ロンさんにも。いつか必ず、そうします」
「……うん」
 それから、こちらに向き直った。コトのこのまっすぐな目に、俺は弱い。
「でも、今はもう少し、このままでいさせてもらえませんか。私、ここで丁稚をしている自分が、けっこう好きなんです。気に入ってるし、楽しいんです。だからもうしばらくの間、このウソを続けさせてもらえませんか」
「…………」
 俺はその目を見返して、
「……うん。わかった」
 と、真面目に返事をした。


 ──そのウソっていうのがどんなものなのか、ちょっとだけ気づきかけている自分もいたけれど、俺はそれを胸の中に押し込めた。
 もう聞かないでおこう。知らん顔をしていよう。
 問いたださない。口には出さない。いつかコトが自分から言い出す気になる、その日まで。
 ……きっとさ。
 きっと、これはコトの 「甘え」 なんだろう。こっちの世界で、いろんな思いをして、でもそれを外には出さずに頑張ってきたコトの、たったひとつのワガママだ。はじまりはウソでも、彼女が懸命に作り出して、壊したくないと願う居場所だ。俺はそれを聞いて、受け入れて、守ってやらなきゃいけないんだ。
 俺は確かに中身がペラペラで、軽薄で、ちゃらんぽらんでナルシストでおまけにガキだけど。
 そんなことも出来ない男には、成り下がりたくはない。


「コト、そろそろ皆が来る頃だぞ。火を起こしたほうがいいんじゃないか?」
 俺がそう言うと、コトはにっこりした。
「はい、お坊っちゃん」
 その顔を見て、俺も微笑む。
 ──まだしばらくの間、コトは、俺の小さな丁稚のままでいればいい。
 何があっても、俺も、みんなも、お前を嫌ったりはしないから。
 決して。


          ***


 まあ、それからは、いつものバカ騒ぎだ。
 コトがどんどんガッドを焼いて、リリニィが喜んだり、ロンが褒めたり、リュウがちょっと懐かしそうな顔をしたり。
 ワンズが、テーブルと椅子、飲み物や他の食べ物もたくさん用意してくれたので、本当にパーティーの様相を呈してきたその場所で、俺たちはそれぞれに楽しんだ。食べて飲んで、話して笑って。俺とロンは異世界人同士がもっと交流できるようにするための制度について検討したし、リリニィはリュウとなんとか仲良くなろうと頑張っていた。リュウの視線がリリニィの胸に釘づけで赤くなっていたのはまあご愛嬌だ。若い男なんだからな。ほどほどにしないと、ロンに張り倒されると思うけど。
 ──で、コトは。
 せっせとガッドを焼いたり、火の番をしたり、客の面倒を見たりして、いつものように、忙しく動き回って……そして。

 たまに、ふと、空を見上げる。

 澄んだ空に流れていく煙を追いながら、どこか遠いところを見る目をする。
 小さな背中が止まり、ぽつんと立ち尽くす。
 俺たちは、それに気がついたが、誰も声をかけたりはしなかった。気がついたからこそ、なんでもないように話を続けて、素知らぬ顔をした。俺も、リリニィも、ロンも、リュウも。
 みんな、そうか、と納得したからだ。
 多分、コトはこうやって、裏庭にいる時に、よく空を見ていたりしたんだろう。あっちの世界と同じだという青い空。そして、そういう時、胸の中にしまってある、いろんなものを取り出して、一人で眺めていたりしたのだろう。
 あっちの世界のこと、家族のこと、友達のこと。
 そんな時、俺たちに、何もしてやれることはない。ただ、その時間を邪魔しないでいるしかない。
 けれど、せめて。
 それらのものを、コトが悲しい気持ちで眺めることがないといいなと、俺は思う。
 そういう時、あったかく、ふんわりと包まれるような優しい気持ちになれるといいなと願う。

 ……いつでも幸せな状態で、たくさんの想いと思い出を取り出せるといいな、コト。

 少しの時間を経て、コトがまたくるりとこっちを向いた。いつもと同じ笑顔にほっとして、俺たちも笑みを浮かべる。
「コトコ、お前も食べろ」
「そうよ、働いてばかりで、お腹が空いたでしょう。こっちへいらっしゃい」
「ずっと火のそばにいるから、顔が赤くてサルみたいになってる」
「しっかり食べないと大きくならないぞ、コト。おもに胸が」
「うるさいですよ、特にお坊っちゃん!」
 きいきいと元気に怒るコトに、全員で笑った。

Fin.



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