短編13

オマモリ様(1)




 黒瀬玲二という男を一言で言い表すならば、「クール」 という単語がまず真っ先に思いつく、というのが、おおむね衆目の一致するところである。


 ……というか、その像を作り出したのは、俺自身だ。
 もともと、容姿はあまり悪いほうじゃなかった。頭もけっこういいほうだった。運動神経も、それなりだった。それだけだったら、まあまあよくいるタイプとして、さほど目立つこともない。が、小学校の高学年からいきなり視力がガタ落ちして、やむなく眼鏡をかけることになってから、周囲の──おもに女子たちの、俺を見る目がガラリと変わった。
 どうも、俺が生まれつき備え持っていた 「すらりとした細面」、「吊り上がり気味で切れ長の眼」、「額にかかるさらっとした黒髪」 と、「眼鏡」 は、思いもかけず、異様にフィットしてしまったようなのである。それまで大して騒がれることもなかったのに、いきなり、カッコいいカッコいいとモテはじめ、困惑した俺は、そこではじめて、「クール系眼鏡男子」 というキャラが、相当な割合で世間の女子に好意的に認知されていることを知った。
 なにしろ勝手に当てはめられたキャラだから、もちろん実物とは違う。だが、それ以降、俺がそのキャラにそぐわない言動をすると、露骨にガッカリされてしまうようになった。どうも眼鏡男子というやつは、決して熱血であったり、落ちこぼれであったり、他人に優しい人であったりしてはいけないらしいのである。俺が友達と騒いではしゃいだりしようものなら、「違う……」 という無言の抗議のオーラが押し寄せてきたりする有様で、その威圧感ときたらハンパじゃなくて怖いくらいだった。
 そこで、知ったことか、とそれらを無視して自分を貫いていれば、その後の俺の人生も大分変わったものになったかもしれない。しかし残念ながら俺は、非常に真面目な性質で、かつ、周りの期待を裏切れない、と考えてしまうような人間だった。いつしか無意識のうちに、自分自身をセーブして、大声を出したり、バカ笑いをしたり、下ネタで盛り上がったりすることをやめるようになり、家では頑張って勉強して成績を上位に持っていく努力をしたりするようになった。
 自分で言うのもなんだが、涙ぐましいほどの人格改造である。周りが勝手に作り上げたキャラに、自分が無理して合わせていたら世話はない、と他人は言うだろう。しかし当時の俺は身体も精神も未熟な子供だったんだからしょうがない。それっぽく振る舞っていたらみんなが嬉しそうな顔をする、という事実は、ひたすら俺に安心感をもたらしたのだ。
 そんなわけで、途中でグレることも、嫌気が差すことも、もうやめたと放り出すこともせず、「眼鏡男子としての本分」 を尽くすことに一生懸命だった俺は、高校に入る頃にはもう、無理をすることもなく、息をするように自然に、その役割をこなすことが出来るようになっていた。
 偏差値が高いことで有名な開静高校において、常に成績はトップクラス。在籍している剣道部では一年生時からレギュラー入りし、二年生になった現在は、生徒会副会長を務めている。もちろん異性にはモテるが、そちらには見向きもしない。決して興味がないわけではないのだが、それを表に出すことは、俺の場合、許されないからだ。従って、エロ本やAVなんかも見ることは許されない。いや見るけど。誰にも知られないように細心の注意を払って。
 ──つまり、何が言いたいかというと。
 頭脳明晰、沈着冷静、文武両道、いついかなる時も落ち着き払った態度で何事もそつなく片付けてしまう、クールな眼鏡男子の 「黒瀬玲二」 なんていう人間は、俺が必死の苦労と努力で作り上げた、単なる虚像にしか過ぎない、ってことだ。実際、そんなやつが本当に存在するのなら、見てみたい。
 俺にだって、出来ないことはある。苦手なこともある。当たり前だろ、そんなこと。人間なんだからさ。
 しかし、今まで被り続けてきたクールな仮面を、そんなに簡単に手放す気にもなれない。これまでの時間と苦労を水泡に帰すようなことはしたくない。
 だから、これだけは、絶対に誰にも知られたくなかった。

 ……俺が、大のオカルト嫌いだってこと。


          ***


「黒瀬、あんたのクラスに、羽生可奈子って女の子がいるじゃん?」
 夏休み明けのある日の放課後、まだうだるような暑さの残る生徒会室で、副会長としての仕事をしていた俺は、突然かけられた会長の吉鉄の言葉に、一瞬、シャーペンを動かしていた手を止めた。
「──誰だって?」
「だーかーら、羽生、可奈子」
 吉鉄は、名前は少々厳めしいが、れっきとした女子生徒である。外見と中身ともに、女子、というよりは、女史、と形容したほうがピッタリくるような、やり手の生徒会長で、生徒会役員を顎でこき使い、それをなんとも思わない図太さと、誰にも文句を言わせない能力をも併せ持っている。今も、俺に話しかけているのに、目線は机の上に広げられた書類に向けられたまま、こちらを一顧だにしない。
「羽生可奈子?」
「そう」
「いたかな」
「いるのよ」
「よく知らない」
「あのさ、十月に入ったら、後期の役員選挙があるじゃん?」
 吉鉄は、知らぬ存ぜぬで逃げようとしている俺には、まったくお構いなしだった。
 ようやく顔を上げ、俺と目を合わせる。
「あの子、書記にどうかなって思ってんだけど。今のうちに、あんたのほうからコナかけといてよ」
「書記?」
 動揺を押し隠して問い返す。そんな話は初耳だ。あいつが書記になるのなら、俺はもう今後一切、生徒会には関わらないでおこう。
「なんでまた。目立たない生徒だと思うけど」
「なによ、知ってんじゃんよ。あのさ、あの子って確かに目立たないけど、字がものすごく上手いんだよね。人の話を聞いて、まとめるのも得意みたいだし。大人しそうで、出しゃばらないところも気に入った。性格も真面目みたいだから、今の書記みたいに仕事をサボってデート、とかふざけたこと言わないだろーし」
 今の書記は二年の男子だが、最近になって、彼女が出来たのだそうだ。その子と会うことにはせっせと時間を割くのを惜しまないが、その分生徒会の仕事に割く時間も気力も、減少傾向が甚だしい。本人はもう役員はやりたくないとコボしていたし、そいつが仕事をサボったツケを負っている俺たちも、その意見には全面同意していた。よって、後期も会長をやる気満々の吉鉄としては、今のうちに有能な役員候補にツバをつけておきたい、という意欲に燃えているらしい。
 それは判る。判るが、しかし、だからって。
 ……よりにもよって、羽生を選ばなくても。
「クラスが違うのに、よく知ってるな」
「体育祭の時に、実行委員やってたでしょうに。ジャンケンで負けてやらされたーってヘラヘラ笑ってたけど、仕事はしっかりしてたからね。ポヤーンとした見た目のわりに、中身はマトモだなって、その時から目をつけてたのよ」
「体育祭の実行委員……」
 そういえば、そうだったかな。なにしろ体育祭があったのは今年の六月だ。その頃はまだ、俺は本当にあの女のことをよく知らなかったから、当時の印象も薄いのだろう。

 ──俺があいつのことを意識するようになったのは、夏休みが終わって、二学期の始業式を迎えた日からなのだ。

 いや、とにかく今はそれどころじゃない。吉鉄があの女に興味を持とうが持つまいがどうだっていい。書記に誘うというのならいくらでも好きにすればいい。俺はもう生徒会から足を洗って一般生徒に戻り、生徒会室には足のつま先一ミリたりとも入らない平穏な日々を送るから勝手にやってくれ。役員の引継ぎは、体調不良で欠席しよう、そうしよう。
「そんなわけで、よろしく、黒瀬」
 すっぱり言われたが、俺は眼鏡を指先でクイッと押し上げて、「断る」 と冷たく言い放った。
 が、
「会長命令だから、あんたに断る選択肢は存在しない」
 と速攻で返す吉鉄の声と顔は、俺よりもさらに冷たかった。
 俺とは違い、こいつの場合は、根っからこういう人間だから、吹きつけてくるブリザードで凍えそうだ。
 かちんと氷漬けになりそうなのを、根性で持ち直す。いかん、ここで負けては。俺はクール、俺はクール。よし。
「自分でやれ。そんな話は、女同士のほうがいいに決まってる」
「あほう。こんな話だからこそ、あんたの顔を使わないでどうする。生徒会役員なんつーのは、一部の変人と目立ちたがりと内申至上主義者を除いて、大概忌避されるもんなのよ。私なんか無理です〜つって逃げるのが普通なの」
 俺はどれかといえば内申至上主義者だが、吉鉄は間違いなく変人だ。
「自分を卑下して逃げるようなやつは、いずれロクな仕事をしないだろう」
「張り切って立候補するようなやつだって、使えないもんは使えない。自分に自信のありすぎるのは、余計な時にしゃしゃり出てきて面倒だ。私は私に忠実かつ影のように仕える生徒会役員を求めている」
 役員はお前の下僕か!
「俺には関係ない。後期、俺は生徒会にはいないから」
「あんたの立候補届け、もう提出済み」
 いつの間に?! 俺、一言もそんな意志は表明してないのに!
「生徒の模範になるべき会長が、公文書偽造をするのはいかがなものか」
「女子を取りまとめるのに、あんたがいたほうが便利だからね。だから今回もさっさと了承をもらってこい。色仕掛けでもなんでも使える手は使ってよし」
「……何度も言うが、生徒の模範になるべき会長が」
「これ以上グダグダ言うと、あんたがホモだって噂をバラ撒くよ。相手は顧問の白川で」
 それは脅迫だろ!
「証拠写真も、これこの通り」
 と机の上に広げられた数枚の写真には、俺と生徒会顧問の白川が二人で立ち話している場面が写されていた。普通に話しているだけなのに、たまたま白川の手が俺の腕の肘あたりに置かれていて、邪心をもって見れば、親密に寄り添っているように見えなくもない。俺はその場に倒れそうになった。
 ちなみに顧問の白川は三十代の独身で、普通に彼女がいるという話だ。真面目に生徒会活動をする役員たちのフォローをしているつもりが、こんな形で利用されているとは夢にも思っていないだろう。
「ははあ、この写真は、そのテの人たちに高く売れそうですねえ」
 会計の一年女子が、興味津々の顔つきで写真をまじまじと眺め、余計なことを言った。それ以前に、この傍若無人な会長に対して何か言うことはないのか。
「うーん、この二人だと、黒×白ですかね」
「いやー、ここはやっぱり、白×黒じゃないの」
 その会話の意味はさっぱり判らないが、大真面目な表情で考察をする会長と会計の姿がなにより怖かった。吉鉄は、やると言ったら絶対にやる女である。俺がホモだという噂を全校に広めることくらい、いとも軽々とやってのけるだろう。まだ女の子と付き合った経験もないのに、そんなことになったら俺の人生は真っ暗闇だ。
「……まあ、とにかく、声はかけてみよう」
 ぶるぶると震える指で眼鏡を押し上げながら、俺は少々上擦った声でクールに答えた。


          ***


 そんなわけで、俺は翌朝、羽生可奈子の席に寄っていった。
 教室に入ってきたばかりの彼女は、鞄からせっせと教科書を出して、机にしまっているところだった。教科書なんて、テスト前でもなければ机の中に入れっぱなし、という生徒が大半なのに、彼女はそういうことはしないらしい。必要のない教科書を持ち帰ったって、鞄が重くなるだけだろうに。律儀なのかバカなのか。
 ポヤーンとした見た目、と吉鉄は評していたが、確かに羽生可奈子はそういう感じの女の子だった。全体的にちんまりしていて、何もしていないのに頬っぺたがピンクに色づいていて、肩の下あたりまである髪はふわっとして軽そうだ。目が少し垂れているので、笑っていなくても笑っているように見える。ボンヤリ、というか、おっとり、というか、そういう雰囲気を持っていて、相手に警戒心を抱かせない、という意味で、なんとなく気がつけばそこにいて、ニコニコと微笑んでいそうなタイプだった。
「羽生、ちょっといいか。話があるんだが」
 とにかくイヤなことは早く済ませてしまうに限る。始業前に話を伝えて、それで俺の役目は終わりだ。結果がどうなろうが知ったことじゃない。あとで白川に談判して、俺の立候補届けは破棄してもらおう。
「うん、なに?」
 羽生は教科書を揃えていた手を止め、こちらを向いた。

 ──そうしたら、彼女と一緒に、肩の上の 「それ」 も、こちらを向いた。

「…………」
 血の気が引いていくのをなんとか堪えて、俺は 「それ」 と目を合わせないように斜め前方の宙を見据えた。近くにあった机に、さりげなく自分の手を置いて、身体を支える。貧血を起こして倒れたら困るからだ、もちろん。
「……俺が生徒会役員をしてることは知ってるよな?」
「ん? ごめーん、よく聞こえないんだけど。もうちょっと近くに来て話してもらえないかなあ?」
「…………」
 いやだ。
 羽生との距離は、歩数にして三歩分くらいは離れている。ざわざわしている教室内で会話をする空けかたじゃない。それは承知しているが、これ以上、「それ」 の近くに寄るなんてことは、どう考えても俺には無理だった。
「生徒会のことなんだけどな」
「……ごめん、聞こえないや。なんて?」
 俺の心中も知らず、羽生は呑気な仕草で耳に手を当てると、あろうことか、席を立って、とことこと俺のすぐ近くまで寄ってきた。
 間近になったら、「それ」 の姿までもがよく見えて、ひっ、と叫び声を出しそうになる。
「や、やっぱり、またの機会に」
 飛ぶように後ずさって手を振る俺に、羽生は怪訝そうに首を傾げた。
 同時に、「それ」 も、首を傾げた。
 俺は総毛だった。

 ……やっぱり、無理!

 怖い。気持ち悪い。足ががくがく震える。もういい、ホモでいい。人生お先真っ暗でも、これと関わるよりはずっといい。白川と二人で仲良く過ごそう。少なくともあっちは普通の人間だ。
「い……いずれ、会長のほうから話があると思うから」
「えー、なに? 気になるよ。わたし、何かしたかな?」
 何もしてない。羽生 「は」 何もしてない。いや、「それ」 も、何もしてはいない。ただ存在しているだけで、俺はその事実を認めたくないだけだ。だから寄ってくるな!
「どういう話?」
「いや、もういい。じゃあ、俺はこれで」
「え、待って待って。こんな中途半端なことされたら、今日一日落ち着かないよ」
 お前は落ち着かないくらいで済むんだろうが、俺はもう失神寸前なんだ。こらっ、制服のシャツを掴むんじゃない!
「ねえねえ、えーと、誰だっけ」
 お前、俺を知らないのか! 言っちゃなんだが、俺はわりと校内では有名人で、女の子にもかなり人気があるんだぞ! 交際経験はないけどな!
 その時、羽生の肩の上の 「それ」 が口を開いた。

「クラスメートの名前くらい覚えておいてやれ。『黒瀬』 だろう」

 喋った!
 俺は今度こそ顔から色を失くして、その場にへたり込みそうになった。こいつには、こちらの会話を理解する能力があり、さらにその上、人語を話す能力もあるっていうのか……!
「あ、黒瀬くん。うーん、はいはい、覚えてるよちゃんと」
 羽生もこの声が聞こえてるのか?! そしてどうしてそんななんでもない顔で受け答えしてるんだ?! しかもすごく適当だ! お前、確実に俺の名前なんて今この時まで知らなかっただろ!
「ねー、黒瀬くん」
 羽生が俺の顔を覗き込んできた。肩の上の 「それ」 も覗き込んできた。四つの目がこちらに向けられて、硬直する。
「顔色が悪いみたいなんだけど、大丈夫?」
「だ、だい……」
 大丈夫ではない。全然、大丈夫ではない。しかし放っておいて欲しい。切実に。これ以上俺のエリアに侵入してくるのはやめてくれ、頼むから。
「ひょっとして」
 と言ったのは、羽生ではなかった。
「……ひょっとして、お前、私が見えるのか」
 羽生の肩の上に乗った、手の平サイズの大きさの、着物姿の女の 「霊」 は、少し驚いたように目を見開いて、そう言った。
 お ば け に は な し か け ら れ た。
 俺はくるっと踵を返して教室を飛び出し、一目散にトイレに駆け込んで、吐いた。



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