短編13

オマモリ様(5)




 それ以来、なんとなく羽生と一緒に時間を過ごすことが多くなった。
 生徒会についても結局、俺が説明することになり、あれこれと話をしてやった。仕事内容であったり、会長の吉鉄のことであったり、副会長という振り回されポジションのことであったり。羽生は、「へえー、黒瀬くんも大変なんだねえー」 と、まったく同情しているようには聞こえない言い方でそう言って、うんうんと頷きながら聞いていた。本当に理解しているのかは疑問だ。
 しかし吉鉄の言うとおり、羽生は確かに字だけは抜群に上手だった。母親が書道の段持ちで、小さな頃からみっちり鍛えられたのだという。手先はひどい不器用なのに、なぜかきちんと整った美しい文字を書く。流れるような筆跡だけを見たら、こんな字を書くのはどんなに落ち着いた大人っぽい美女なのだろう、と誰もが錯覚すること請け合いだ。実際は、肩の上に変なものを乗せた変な女なのだが。
 その上、人の話を聞いて、それを整理してまとめるだけの能力もあった。バカっぽい見た目をして、実際にバカな部分も多々あるのに、成績はそこそこ上の位置にいることも知って驚いた。よく判らない。なんでこんなにアンバランスなのだろう。
 だがとにかく、書記を務めるにはうってつけの人材だな、と俺も認めざるを得なかった。なるほど、吉鉄の人を見る目に狂いはない。言動はちょっとおかしいが性格は真面目だし、もしも本当に役員になったなら、サボりもせずにこつこつ仕事をして、「終わりましたー」 とにこにこしながら書類を差し出しそうだ。
「んー、どうしようかなあ」
 羽生は話を聞いて、立候補するかどうか迷っていたようだが、俺はそこには口出ししなかった。いくら吉鉄が気に入っていたって、決めるのは本人だ。役員になったらなったで、大変なことが多いのも知ってる。羽生を困らせることになって、オマモリ様の怒りを買うのは御免である。
 ……まあ、羽生が生徒会入りしたら、何が何でも俺は辞めよう、とはもう思わないけど。
「思ってたより、おカタイ感じじゃないんだね、生徒会って」
「吉鉄はその名のとおり、鉄のような女だがな」
「けっこう楽しそう」
「俺の話のどこをどう聞いたら、そんな風に思えるんだ?」
「どうしようかなー。生徒会に入ると、何か特典ってある?」
「あるか。せいぜい、大学受験の時に心証が良くなる程度だ」
「ええー、そんな特典、つまんない。生徒会室ではこっそり豪華なおやつが出るとか、秘密の冷蔵庫があるとか、頑張ったごほうびにアイスがもらえるとかは、ないの?」
「あるか。渋茶でも飲んでろ」
「やだよ、せめてジュースがいい。えー、そうなのか、おやつは出ないのか……ううーん、迷うなあ」
「お前は迷いのポイントを明らかに間違えてる。というか、俺が今まで説明に費やした時間を返せ」
「そういえばねえ黒瀬くん、学校の近くに新しいパン屋さんが出来たんだよ、知ってる? あのね、正門を出て大通りを駅と反対方向に向かっていった場所にあるの。わかる?」
「今現在の話題にまったく関係ないパン屋のことを唐突に思い出す、お前の思考回路が判らない」
「そこのチョコクロワッサンがすごく美味しいんだよー。学校帰りのおやつにピッタリ。黒瀬くんも、一度食べてみるといいよ。イートインも出来るから、今日の帰り、一緒に行かない?」
「…………」
 そんな感じで、生徒会のことについて話していても、必ずと言っていいほど脱線して、気づけばいつの間にか、俺は羽生と二人で、放課後、パン屋に向かって並んで歩いていたりする。自分でもどうしてそんなことになっているのか不可解で、首を捻る。「なんとなく」 羽生と時間を過ごしている、とはそういう意味だ。
 羽生は頭で考えたことを、そのまま言葉にする傾向があって、「暑い」「涼しい」「お腹が空いた」「空が青い」「蝶が飛んでる」「電車の音がする」 というようなことを、ほとんど垂れ流すようにするすると口にした。
 外を歩きながら、空に顔を向けながら、そっと目を閉じながら。
 どこの幼児だ、と突っ込みたいのを我慢して、仕方ないから俺もそちらに目をやったり、耳を澄ませてみたりする。
 そうすると、本当に、空は青く、蝶がふわふわと宙を漂い、どこからかかすかにガタンゴトンという電車の走る音が風に乗って流れてくることに、気づく。
 それまで、目には映っていても、耳には届いていても、何も思わなかった自分に気づく。
 羽生の素直な目線、素直なものの感じかた、素直な外への表しかたは、呆れてしまうことも多いけれど、いつもどこかが軽くなるような気持ちになった。それは普通のことで、当たり前のことだと、彼女自身が誰よりそう思っているのがよく判るから、なおさら。
 木の緑がくっきりと鮮やかで綺麗だねえ、と羽生が言うのを聞くと、不思議と、本当だ綺麗だな、とすんなり思えた。
 今まで、何を見ても、そんな感想が胸を過ぎったことなんてなかったのに。
 ──羽生と一緒にいると、案外、「何も考えていなかった」 のは、俺のほうだったのかもしれない、と気づかされる。


「美味しいねー」
 手と口の周りをチョコでベタベタにして、嬉しそうに羽生が笑った。
 俺はその姿に苦笑しながら、自分もチョコクロワッサンを口に運ぶ。甘いものなんて、ここ数年、まともに食べたことがなかったから、変な感じだ。クール系眼鏡男子が、甘いもの好きなんて、イメージにそぐわないからな。
「まあ、そうだな、美味い」
 同意すると、羽生はえっへんと自慢げに胸を張った。
「でしょう。どうだ参ったか」
「お前の分も代金を支払ったのは俺だがな」
 羽生の肩の上では、オマモリ様が興味なさげな顔つきをして立っている。そりゃ、ものに触ることが出来ないのだから、食物を摂取する必要もないのだろう。
「オマモリ様も食べられるといいのにねー」
「私のことは気にするな、可奈子」
「着物姿の小さな女がチョコにまみれて甘いものを貪り喰う図なんて想像するだけで吐きそうだからやめろ」
「何か言ったか黒瀬」
「……なにも言ってません」
 羽生に対しては優しげなオマモリ様の目つきは、俺に対してはものすごく無感情で醒めている。やめろ、怖い。
「そういえば昨日、テレビで心霊特集がやってたよね、オマモリ様。あのね、あるカップルが深夜のドライブをしてたら、トンネルの中でねえ」
「ああ、あの聴衆が揃って泣き出した話か」
「やめろって言ってんだろ!」
 オマモリ様が見えない周りの客には、俺と羽生の会話は、さぞ奇妙なものに聞こえていただろう。いちばん近くの席に座っていた女性客が、ちらっと怪訝そうにこちらに視線を寄越したくらいだ。
 でも羽生は、そんなことはまったく気にした様子もなく、肩の上のオマモリ様に向かって話をし、にこにこと笑いかけていた。
 彼女はいつも嘘がなく、当たり前のように、「そこにあるもの」 をまっすぐ受け入れる。
 ……うん、そうか。
 だから、オマモリ様にとって、羽生は特別な存在なんだな。

 羽生と言葉を交わし、穏やかに微笑むオマモリ様は、気のせいか、最初に見た時よりも、輪郭がぼやけているように感じられた。


          ***


 そうこうしているうちに、生徒会役員の立候補届け出の期限が間近にまで迫ってきた。
 吉鉄からはやいのやいのとせっつかれているが、いつも結論に到達する前に話が逸れていってしまうため、依然として届け出用紙は俺の机の中で眠ったままである。それを取り出して眺めながら、いい加減になんとかしないとなあ、と腹を括った。
 立候補するかどうかは、羽生の意志で決断すればいい。対立候補者が出れば選挙で争わなければならないし、その結果、落選する場合もある。無理強いするつもりはないが、興味があるのならやってみてもいいんじゃないか、と言ってみようか。
 終業後のざわついた教室を見回してみたが、羽生の姿はなかった。机を見ると、鞄は置かれたままだ。どこかに行ったのかな。またトイレか?
 羽生の友人に訊ねてみたが、そちらにも、あれ? と首を傾げられた。さっきまでいたはずなのに、どこ行ったかな? ときょろきょろする彼女に、別の女子が、可奈子ならさっき誰かに呼ばれて教室を出て行ったよ、と教えてくれた。
 誰か、と胸のうちで呟く。ざらりとした不安が背中を撫ぜた。
 と、その時。
「黒瀬」
 突然、目の前に、オマモリ様が現れた。
「ぎゃっ!」
 俺が悲鳴を上げてしまったのは、まったくもって無理もないことだと思って欲しい。クラスメートたちが一斉にこちらを向いたが、それを気にする余裕もない。飛び出しそうになる心臓を掌で押さえて止めながら、「なっ、な、ななな」 と言葉にならない言葉を発するのがやっとだ。
「なん、なんだよ、いきなり」
 いきなり? 何が? と、近くの女子たちがさわさわと囁き合っている。
「黒瀬、可奈子が危ない」
「危ない?」
 さっと表情を引き締めた。なんとか態勢を立て直し、オマモリ様に向き直る。草野が呆気にとられた顔つきで、「何が危ないんだ?」 と聞いてきた。
「知らない女に呼ばれてついて行ったら、数人に囲まれた」
「数人? みんな女か?」
「女って?」
「おい黒瀬、お前どこ見てんだよ」
「今、裏庭にいる。周りを囲まれ、口々に責め立てられて、突き飛ばされた。興奮していて、可奈子が何を言っても聞く耳を持たない。このままでは、何をされるか判らない」
「裏庭? 北校舎の裏だな?」
「なに言ってんだよ、独り言か? 大丈夫か、黒──」
「うるさい!」
 怒鳴ると、草野も女子たちも、それどころか教室内にいた全員がぴたりと黙った。怯えたように俺を見るやつもいれば、唖然として口をぽっかり開けているやつもいるが、知ったこっちゃない。
「行くぞ、オマモリ様!」
 しんとなったクラスメートたちを背に、勢いよく床を蹴って駆けだす。廊下に出たところで、オマモリ様? オマモリ様ってなに? と背後でざわめきが広がっていくのだけがかろうじて耳に届いて、俺は走りながら心の中だけで返事をした。
 オマモリ様は、羽生の守り神だよ!


 北校舎に向かって走る俺の肩の上には、オマモリ様が乗っている。
 いや、それは、乗っている、という感じではなかった。そりゃそうか。オマモリ様は、ただ浮いているだけ。足が肩についているように見えたとしても、それは実際は、触れることも叶わない。重さもない、感触もない。ただ、そのあたりに少しひんやりとした冷気があるように思うくらいだ。ドライアイスを頬に近づけたら、こんな感じがするのかもしれない。俺はかなりスピードを出して全速力で駆けているというのに、実体のないオマモリ様は風の抵抗も受けず、ぴくりとも揺れることもなかった。
「……思い出した」
 オマモリ様が、ぽつりと小さな声で言った。俺の荒い呼吸に紛れて、消えてしまいそうな声だった。
「は?」
 思い出した? なんだよ、この忙しい時に!
「黒瀬、真に怖いのは、霊でもなければ、化け物でもない」
「なに言ってんだ?」
「……ほんとうに怖いのは、生きている人間だ」
 それだけ言って、オマモリ様は口を噤んだ。


          ***


「おい、やめろ!」
 息を切らせてようやくその場所に辿り着いた俺は、鋭く静止の声を上げて、羽生を取り囲んでいた女たちの中に突進していった。
「大丈夫か、羽生」
 真ん中に立っていた羽生の腕を掴み、訊ねる。
「うん、平気だよー」
 俺を見て困ったように笑う羽生は、制服のあちこちが乱れて、ふんわりした髪もボサボサになっていた。蹴られたり殴られたりの直接的な暴力は受けていないようだが、それでも、寄ってたかって小突き回されていただろうことは想像できる。顔色も良くない。それはそうだ。いくら羽生だって、怖かっただろう。
 こんな場所で、こんなことをされて。理不尽な悪意を向けられて。
「……なんでこんなことしたんだよ」
 羽生を支えたまま、じろりと周りの女たちを睨みながら詰問する。そのつもりがなくても、勝手に声が低いものになった。正直、頭に昇っていく血液と、激しい怒りを抑えつけるので精一杯だ。
 二、三……五人。そんな人数で、たった一人を囲んで罵倒し続けていたっていうのか。
「え、あたしたち、別になにも」
「ちょっと話してただけだよ?」
「ねえ?」
 女たちは口々に、曖昧な笑いを浮かべて白々しいことを言った。胸糞が悪い。どいつもこいつもみんな、顔と言葉が、嘘ばかりで塗りつぶされている。
 そんなものに騙されるほど、俺はお人好しでもなければ、鈍感でもない。本当のところ、理由は聞かなくても判っていた。

 ──わかってる、俺のせいだよな?

 最近の俺が、羽生とよく一緒にいて、話したり笑ったりするのが、許せなかったんだよな? いつもクールな黒瀬玲二、女子に対しても冷たい黒瀬玲二、その像しか認められないから、こんなことをしたんだよな? 
 だからその身勝手な怒りを、エゴに固められた不満を、子供じみた嫉妬を、こうやって羽生にぶつけることで解消しようとしたんだよな?
 この間、告白してきた女の子と同じだ。こいつらは、俺が作り上げたものしか見ていない。
 全部全部、幻なのに。
 そうさ、いちばん悪いのは俺。誰よりも嘘ばかりついてきたのは、俺。
 そうやって、周りが描く幻を補い、強固にすることしかしてこなかった。本当の俺は、オカルト嫌いの怖がりで、普通に女の子に興味があって、吉鉄には逆らえないヘタレで、羽生のボケにはいちいち突っ込まずにはいられない、そんな人間だ。そういう部分をずっと隠して、上辺だけを取り繕うことに一生懸命だった。数えきれないくらいある自分の弱いところを見せないように、外側を殻で覆うことばかり考えていた。
 他人にも、自分自身にも、向き合ってこなかった。
 そんな俺の臆病さが、なにより悪い。
 ──だったら。

「もう、廃業するよ」

 かけていた眼鏡を外してきっぱりとそう言った俺に、女たちは揃ってぽかんとした。
「クールな眼鏡キャラは、もうやめた」
 手の中に包んだ眼鏡を、そのまま、力を入れてぐっと握りしめる。
 案外あっさりと、ばきん、という音を立てて簡単に眼鏡は壊れた。俺がいつも指をかけて押し上げていたブリッジの部分が折れ、フレームが曲がる。外れたレンズが、下の地面に落下した。
「ここにいるのは、いつでもそつがなくて誰に対しても冷静に対応して落ち着きのある黒瀬玲二なんかじゃなくて、一人の女の子のために本気で怒って大人げなく怒鳴り散らす感情的で子供っぽい黒瀬玲二だ」
 え……と後ずさる女たちを、眉を吊り上げて見返した。すう、と息を吸って、怒声と共に一気に吐き出す。
「今度羽生にこんなことをしたら、てめえら全員、この学校にいられないようにしてやるからな! 俺が持ってる人脈と知力と謀略の限りを尽くして、とことんやってやる! わかったらすぐにここから失せろ!」
 大声を張り上げて脅しつけると、女たちは一斉に青くなって、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げだした。
「……わあー……」
 こんな状況でも脱力するようなマヌケな声を上げて、目をぱちくりさせた羽生が、その様子を感嘆したように眺めている。
「大丈夫か、羽生」
「大丈夫か、可奈子」
 俺とオマモリ様の声が重なった。
「うん、大丈夫大丈夫」
 軽く笑って返しながら、パンパンと手で制服をはたき、乱れを直す。それからゆっくりと腰を屈め、何をするのかと思ったら、地面に落ちた俺の眼鏡レンズを大事そうに拾い上げた。
 そして、俺の手の平の上に、そっと置く。そこにある折れたフレームを見て、「壊れちゃったねえ」 とちょっと悲しそうに言った。
 眼鏡がないせいで、全体がぼんやりする視界の中でも、すぐ近くにある羽生のすべすべした頬に、かすかに引っ掻かれたような跡が残っているのが見て取れて、胸が痛くなった。きっと、小突かれた時に、誰かの爪が掠めたのだろう。
「ごめん、羽生」
「うん? なにが?」
 きょとんとしてこちらを見上げてくる羽生に、余計居たたまれない気分になり、頭を垂れる。
「俺のせいで、こんなことになって」
「黒瀬くんのせい? あー、そういえばあの人たち、なんだかいろいろ言ってたけど」
 聞くに堪えないような罵詈雑言をたくさん投げつけられただろうに、羽生はそれを、「いろいろ」 の一言で済ませてしまうつもりらしかった。
「黒瀬くん、モテるんだねえー。知らなかったよ」
「…………」
 多分、それを知らなかったのは、お前くらいのものだろうけどな……
「でも、それとこれとは別の話だよね? 黒瀬くんがわたしに謝るのは変でしょう。こうして助けに来てくれたんだから」
 正面から俺を見返して、にこっと笑った。
「どうもありがとう、黒瀬くん」
 何も言えずにいる俺から、今度は、肩の上のオマモリ様に視線を移す。
「オマモリ様も、ありがとう」
「……私は、何もしていない。何も、出来なかった」
 オマモリ様が目を伏せる。オマモリ様もきっと、俺と同じように、いいやそれよりもずっと、今の羽生の姿に胸を痛めているに違いなかった。
 すぐ近くにいて、羽生が連れて行かれる最初から状況を見ていたオマモリ様。けれど彼女には、羽生を守るすべがなかった。手を出すことも出来ない。盾になることも出来ない。羽生に危害を加えようとする相手には、オマモリ様の姿も見えず、声も聞こえない。
 やめろと叫んでも。やめてくれと頼んでも。怒っても。悲しんでも。泣いても。
 ──何も、伝わらない。
「そんなことないよ」
 羽生が、オマモリ様を見て言った。いつも彼女の肩の上にいるから、オマモリ様がこうして羽生と向き合うのは、もしかしてはじめてかもしれない。
 こうやって真っ直ぐに視線を合わせて、その陽だまりのような温かい笑みを向けられるのも。

「だってこうして、黒瀬くんを連れてきてくれたじゃない。だから助かったんだよ。オマモリ様がわたしの名前を呼ぶ声は、他の人たちには聞こえなくても、わたしにはちゃんと聞こえた。何度も何度も、聞こえた。だから、あんまり怖くなかったし、勇気が湧いた。オマモリ様は、わたしを守ってくれたよ。ありがとう」

「…………」
 一拍の無言の間を置いて、
「私は」
 オマモリ様が、短く言葉を漏らした。
 あれ? と俺は瞬きした。裸眼のせいか、オマモリ様の姿が、いつもよりもずっと薄くなって見える。朱色の着物が、今はもう、後ろにある木の葉っぱの色に溶けかけている、ような。
 気のせいか?
「……私は、可奈子を守れただろうか」
「うん」
 羽生がはっきりと答えて、頷く。
「──そうか」
 そうか、と繰り返して、幸せそうに笑った。
 オマモリ様が目を閉じる。
 その姿がゆらりと揺らめいた。俺は思わず自分の目をこすったが、その揺らめきは大きくなる一方だった。ゆらゆら、ゆらゆらとオマモリ様の笑顔が揺れて、ぼやけて──

 消えた。

 羽生は口を閉じ、黙ってその様子を見ていたが、「さよなら」 と呟くように言うと、ぽとりと涙を落とした。



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