短編14

赤い糸、白い羽(1)




 私は生まれつき、ちょっとだけ不思議な力を持っている。
 それは本当に、「ちょっとだけ」 と形容するしかない、わずかなものだ。名前をつければ、超能力、というものになるのだろうけれど、堂々とそう呼んでしまっていいのかと憚られるくらいの。
 たとえば、手を使わずに、物を揺らす。動かす。倒す。
 そう表現すれば確かに超能力っぽいものの、なにしろその対象は、ごくごく軽いものに限られる。鉛筆とか、歯ブラシとか、髪留めとか。
 そしてその程度のものでも、せいぜい五センチくらい移動させたり、その場で立たせたり、一回転させたりと、それくらいしか出来ない。ふわっと空中に浮かせられるのは、ティッシュくらいならまあなんとか、という感じ。
 要するに、非常に微々たる能力なのだ。これを超能力というのもおこがましい気がするけれど、じゃあ他になんと呼んでいいのか判らない。他の人にはない少し変わった特技、とでも言えばいいのか。
 それくらいの能力だから、母でさえ、生まれた娘がそんなおかしなものを持ち合わせていることに、数年間気づかなかった。幼稚園に入った頃になってようやく気がついて、そういえばあんたが赤ん坊の時から、地震でもないのにぬいぐるみや電灯のヒモがゆらゆら揺れてることがあって、変だなあと思ってたのよね! と大笑いされた。
 私がそういうちっぽけな能力を持っていると判っても、それについて、父も母も、ほとんど気にしなかった。過剰に騒いだりもしなかったし、気味悪そうにもしなかった。時々、娘に箸をコロコロ移動させては、手を打って喜んだりしていた。どうも、家庭内で披露して笑いを取る余興、くらいに考えていたフシがある。両親は二人揃って大らかな性質なのだ。

 ただ、他の人の前では、それを見せるのはやめておきなさい、と忠告された。

 みんながみんな、その能力を笑って受け入れるわけではない。信じすぎる人もいるだろうし、頑なに信じない人もいるだろう。その時に、持ち上げられたり、貶められたりして、振り回されてしまうのはお前自身だからね、と。
 だから私は両親の言うことを聞いて、ずっとその能力のことを他人には知られないようにしていた。もともとあるかどうかも判らないようなものだから、ちっとも難しいことじゃない。たまに無意識に使ってしまうことはあっても、せいぜいペンが転がって机から落下する、というくらいだから、誰にも気づかれないし、変だなとすら思われないのだ。
 あってもなくても変わらない能力。どうして神様は、こんなものを私に与えたのだろう。学生時代から社会人になった現在に至るまで、一回も役に立ったことなんてない。試験勉強の合間に消しゴムのカスを飛ばしてみたら掃除が大変だったし、ペン回しをしてみたらくるっと一回転させただけで指を使うよりも疲れた。
 なんにも、使えない。
 ──恋をしたって、その能力は、やっぱりちっとも役には立たなかった。


         ***


 ゴーッという音を立てて走る地下鉄の車両の中で、ぐったりと座席に身を沈めていた私は、ふう、と大きなため息をついた。
 目を閉じれば、ついさっき別れたばかりの友人の顔が瞼の裏に浮かぶ。
 もともと可愛らしい容姿をしているけれど、頬を赤く染め、幸せそうに笑って結婚の報告をする彼女の顔は、同性だって惹きつけられるほどに眩しく輝いていた。
 対して、私はちゃんと、上手に笑えていただろうか。
 わあホントに?! と驚いて、両手を叩いて、おめでとう、と祝福の言葉は出したけれど、その時の自分が本当に心の底から友人の幸福を喜んでいる顔が出来ていたかは、どうにも自信がない。
 でも、私ももう二十五歳だしね。ずっと仲良くしていた友達が、先に結婚してしまうことに、羨望とか焦りとか友を取られる悔しさとかがあっても変じゃないよね。
「結婚式と、二次会に出てね。彼の友達もたくさん来るから、和佳子も誰か良さそうな人を見つけたら言って。ばんばん紹介しちゃう!」
 と、彼女も笑って言っていたことだし。
 もしも私の瞳の中に、唇の端に、滲んでしまった何かがあったとしても、未だに恋人のいない寂しい女の複雑な心情から出たものだと解釈してもらえるだろう。
 お願いだから、そう解釈して欲しい。

 ……彼女の旦那さんになる人が、私の長い片思いの相手だったことだけは、絶対に気づかれませんように。

 はあー、とまた大きなため息を吐く。我ながら辛気臭い。大体、いい年してじめじめと気持ちを引きずるなんて、みっともないよ。悪いのはすべて、告白する勇気もなかった自分だ。言葉にして今の関係を壊すのはいやだと逃げ続けた結果、今のこの状況がある。彼が他の女性を選んだからといって、私には落ち込む資格すらない。
 彼と彼女が付き合い始めた時から、いつか、こうなることは覚悟していたはず。本当に仲が良くて、お似合いの二人だったから。
 明日からは気持ちを切り替えて、もっとちゃんと笑える努力をしよう。結婚式は春の初めだという。これから厳しい冬を乗り越え、柔らかな花が萌え出るその日、真っ白なウェディングドレスを着た彼女に、同じように真っ白な心で、とっても綺麗、おめでとう、と言えるように。
 うん、明日から。
 ……とりあえず、今日は無理みたい。
 座席に座って、ぼーっと放心状態で窓の外の暗闇を見つめた。向かいの窓ガラスには、地下鉄の電気に照らされて、魂が抜けたような女の顔が映っている。
 平日、夜の九時を過ぎたこの時間、電車内は会社帰りとおぼしき様子の男女がそれぞれ目を閉じたりスマホを見たりして、全体的に気だるい雰囲気に満ちていた。疲れている。倦んでいる。今の私の気分にピッタリだ、と思わず自嘲した。
 ──が。
 とある駅に到着した途端、そのムードをいっぺんに吹き飛ばすカップルが乗り込んできた。
 学生ではないと思うけれど、二人とも見事なほどの茶髪で、着ているのはくだけた感じの私服だった。髪を長く伸ばした女の子は、これじゃあ席に座るのはやめたほうがいいよ、と思わず心配してしまいそうなほどの、短いスカートを履いている。
 最初から腕を絡め合い、肩に頭を乗せて、ベッタベタにくっついていた彼らは、車内に入ってドアが閉じられてから、さらに密着度が増した。ドアの前に立って、男の子のほうは女の子の腰に手を廻して撫で、女の子のほうは男の子の胸元に手を当ててぴったりと身を寄せている。そして時々首筋に寄せられる唇に、忍び笑いを洩らしている。
 やだあー、と言いながら、女の子は男の子に触られてもキスされても、拒む様子がなかった。というか、明らかに嬉しげだった。二人からはどことなく、他の乗客たちに見せつけるような、優越意識が漂っている。
「…………」
 いや、まあ、別にいいんですけどね。見たところ十代後半か二十代はじめの、盛りのついた、いやいや、そういったことに夢中になってしまっても無理はない年頃のカップルのようだし。人前であられもない、とか、公序良俗に反しているわ、などと目を三角にしてとんがるほど、私だって堅苦しい考えを持っているわけでもない。
 しかし、二人が立っているのは、よりにもよって私が座っている席のすぐ隣なのである。彼らの話し声から嬌声、果てはチュッという音まで、とてもよく聞こえてきてしまう距離なのである。いくら私が心を無にして石になったつもりでいても、地蔵じゃあるまいしそれらを全部スルーするのは難しい。
 ムズムズするし、恥ずかしい。そして落ち込み度合いがいや増す。私が降りる駅はまだずっと先だし、ということはこれからの長い時間、この拷問を耐え続けねばならないのだろうか。だったら座るのは諦めて、他の車両に移ろうかな。
 と思いながら、つい、チラッと横に視線を送ってしまったのが失敗だった。間の悪いことに、女の子のほうとちょうど目が合ってしまったのだ。

「やだー、すっごい睨まれちゃった」

 と、彼女は男の子に甘えるようにすり寄って訴えた。
 ええー、と目を丸くした私に、片割れの男の子は、ああ? という感じで怖い顔を向けてきた。彼女に対してデレデレと下がりきっていた眉が、きっと吊り上がる。
「なんだよ、ブス」
 わあー……
「自分がモテないからって、ひがんでんじゃねえよ」
 憎々しげにそう言われて、チッと舌打ちまでされた。
 理不尽なとは思うけれど、こういう時はそのまま無言で流すより他に、しょうがない。下手に言い返せば余計に絡まれるだけだろうし、怒ったり俯いたりの反応をすればたぶん笑われてネタにされる。どちらにしても、良い目は出ないと判りきっている。
「ババアだから、男に相手にされなくて欲求不満なんだろ」
 ババアじゃないやい。まだ二十五歳だい。
「こわーい、あの顔、怒ってるんじゃなーい?」
「ホント、こういう地味女がいきなりヒス起こして爆発するんだよな」
 私が黙ったままでも、男の子の毒舌は止まらなかった。女の子はくすくすと面白そうに笑っている。
 なるべく無反応でいようとしても、ぐさぐさと全身に突き刺さる鋭い棘に、そろそろ心が折れそうだ。あまり反論できないのもなおつらい。どうせ私は地味ですよ。ついさっき決定的に失恋したばかりですよ。こんなに言われ放題でも、せいぜいあんたの彼女のバッグについてる小さなキーホルダーをぶらぶら揺らしてやるという、地味な嫌がらせしか出来ませんよ。もう泣いていいかな。

「チッ、やだねまったくブ」
「うるせえ」

 ん?
 しつこく続けられる罵声が、いきなり新しい声に遮られた。
 一瞬自分の心の声が漏れてしまったかと思ってびっくりしたけれど、そういうわけではなかった。今までカップルのイチャイチャにも、彼らに絡まれている私にも、無関心を装い続けていた車内の他の乗客たちまでが、一斉に驚いたように顔を上げ、声の主に向ける。
 そこにいたのは、スーツを着た一人の男性だった。
 ずっと前から、カップルがいるドアの向かいに立っていた人だ。
「な、なんだよ」
 カップルの男の子のほうが、突然割って入った第三者にちょっと戸惑い、それでもすぐにムキになったように声の音量を上げた。
「関係ないやつは引っ込ん」
「それを言うならそもそもまったく関係ない女性にインネンを吹っ掛けてんのはお前だろうがこのボケ。なにがブスだ、自分が連れてる女の顔を見てものを言えドアホ。厚化粧塗りたくってるけどそれを落としたら出てくんのはただのコケシだろうが。その目が細すぎてちゃんとものが見えねえんだろ。大体てめえ、人の容姿についてあれこれ言えるツラか。不細工な顔しやがってそんなんで街中に出るんじゃねえよ迷惑だから。さっさとクソガキ同士二人でラブホテルにでも行って永久に閉じこもってろカス」
 わあー……
 機関銃のように次々出てくる強烈な暴言に、唖然とした。私が言われたのより、数十倍酷い。車内のあちこちから、くすくすと押し殺したような笑い声が聞こえてきて、言われた男の子は顔色を変えた。
「な、な、なん……」
 二の句が継げないらしい。今の今まで人をブス呼ばわりした相手だけど、ちょっと同情してしまわずにはいられない。

 なにしろ、スーツを着た男の人は、客観的に見て、ものすごいイケメンなのだ。

 やや細面で、前髪パラリで、目や鼻や唇などの顔のパーツの形が良い上に、バランスがとてもよく整っている。そして背が高く、手足も長く、スタイルもいい。ほとんど文句をつけるような部分がない、典型的なイケメン顔。容姿で勝負というのなら、圧倒的大差であっちの勝ち、という感じ。カップルの女の子だって罵倒されたのは変わらないだろうに、ぽうっと頬を染めて見惚れているくらいだった。
「お、お前、なんだよ偉そうに」
 とは言うものの、男の子の声は、はっきりと判るほど、さっきまでの威勢の良さと侮蔑の調子が腰砕けになっている。顔のいい人は得だなあ、としみじみ羨ましい。これ、他の人が言っても、ここまで効果はないよね。
 男の人は、醒めきった表情で言うだけ言うと、あとは完全に彼らを無視した。
 こうなると、俄然分が悪いのはカップルのほうで、電車が次の停車駅に着いた途端、女の子は自分の彼氏の腕を引っ張り、ホームに降りようとした。さすがに居たたまれなくなってきたか、こりゃ相手が悪いと冷静に判断したのだろう。私もそれは正しいと思う。
「ね、もう行こうよ、カッちゃん」
 けれど、女の子がピーという甲高い音とともに開いたドアから足を踏み出しても、男の子はそれに続こうとはしなかった。というか、そう言われて、逆に怒り出してしまった。耳まで赤くしているのは、羞恥のためというより、屈辱のためのようだ。
「ちょっと黙ってろよ、こいつマジふざけんな」
 彼女の手を乱暴に振りほどき、荒々しく言葉を吐き出す。あらら、と私はハラハラした。
 このままだと、喧嘩沙汰になってしまいそうだ。
 「カッちゃん」 と呼ばれた男の子のジーンズの後ろポケットには、無造作にスマホが突っ込んであった。薄型で軽量のやつだし、すでに半分くらい飛び出している。
 ──これなら、なんとかなるだろうか。

 息を吐いて、神経を集中させる。
 じっとその部分に視線を当てた。

 やっぱり、ペンのようにはいかない。それに、倒したり転がしたりするよりも、持ち上げるほうがずっと力がいる。片目を眇め、念じ続けると、ようやく、ズル、とスマホが動いた。
 もともと、いつ落ちてもおかしくないくらいだったのが幸いして、少し持ち上げただけで呆気なくスマホはゴトンと音をさせて床に落ちた。今にもスーツの男性に詰め寄ろうとしていた 「カッちゃん」 は、舌打ちしながらも慌ててそれを拾うために後ろを振り返った。その機を逃さず、女の子が再び彼の腕を掴んで強引に引っ張る。
「さっ、行こうよ、カッちゃん。あんなのほっとけばいいよ、バカバカしい!」
 きつい口調に、「カッちゃん」 も気が削がれたのか、あるいは引き下がる好機と捉えたのか、わかったよ、とふてくされたように言うと、いかにも渋々というように電車から降りた。
「やってられっかバーカ」
 最後まで捨て台詞は忘れなかったが、彼らが降りてからすぐにドアが閉じて、車内全体がほっとした空気に包まれた。私も大きく息を吐く。いろんな意味で疲れた。
 そういえばと思って向かいのドアのほうに顔を巡らせると、スーツの男性は、同じ場所から一歩も動くことなく、去っていくカップルに冷然とした眼差しを向けている。
 それが不意に、こちらに移った。
 ばっちり視線が絡まって、ドキッとする。
 イケメンだから、ではなく、もしかして私がスマホを 「落とした」 ことを感づかれたのでは、と思ったからだ。彼が私を見る目には、どこか訝しげな色が混ざっている気がして、動悸が速まった。
 ……でも、彼はすぐに興味が失せたように、ふいっと私から視線を逸らしてしまった。
 ふう、やれやれ。
 ひそかに汗を拭って、もうひとつ息をついた。


          ***


 どういう運命のイタズラか、スーツの男の人が降りたのは、私が降りる駅と同じだった。
 しかも、改札を抜けて駅を出て、そこから向かう方角まで同じだった。やむなく、彼の後ろについて歩くような形になる。早足になって追い抜くのも変だしねえ。
 せっかくだから、お礼を言っておくべきなのかな、と迷う。
 力を使ったのを気づかれたのでは、ということばかりドキドキしていて、結局車内では頭のひとつも下げる機会がなかった。でもこうして同じ駅で降りたのは、「お礼を言いなさい」 という神様の思し召しなのかもしれない。あの人に私を助けようという意図があったかといえば正直それはかなり怪しいなと思ったりするのだが、実際に救われたのは確かである。そして本音を言えば、非常にスカッとした。
 でもなあ、怖い人だったらいやだなあ。
 身なりはちゃんとしているし、チンピラやヤンキーというわけではないのだろう。でも普通の人があんなにも流れるように暴言を吐くものだろうか。ただ単に口が悪いだけならいいけど、性格が攻撃的な人は苦手だ。
 ぐすぐずと迷っている間にも、前方を歩く男性は足を動かし続けている。そのわりに、距離が離れないのはどういうわけか。私の歩くスピードはどちらかといえば遅いほうだし、それでなくともリーチに差があるのだから、どんどん先に行ってしまってもおかしくないと思うのに。
 よくよく気づいてみたら、男性はのろのろと歩いているだけではなく、明らかに歩き方がまっすぐではなかった。ふらふらと右に行ったり、左に行ったり、かと思うと、道路脇にあるゴミ袋を蹴飛ばしたりしている。
 ふと、思いついた。
 ──もしかして、酔っ払ってんのかな。
 見た目はぜんぜんそんな感じではなかったけど、どんなにお酒を飲んでも顔には出ない、という人はいくらでもいる。そうか、酔っ払って気が大きくなって、ああいうことを言ったのかもしれない。
 じゃあ、わざわざ寄っていかないほうがいいかなあ。かえって酔っ払いに絡まれそう。あの暴言の数々が、今度は私のほうめがけて投げつけられたら、たぶん今度こそ本当に泣く。
 とはいうものの、なにしろ男の人が行く方向に自分の住むアパートもあるため、さっさと踵を返すということも出来ない。これじゃまるで、尾行してるみたいだよ、と思った時。
 いきなりぴたっと止まった男性が、くるりとこちらを振り向いた。

「……なんでずっと俺の後ついてくんの。ストーカー?」

 じろっと睨まれてそう言われ、ええー! と仰天する。ごごご誤解です!
「ちっ、違います! 私の住むところも偶然こっちだから……」
 大慌てで両手を振っても、彼は疑わしい目でじろじろと見ている。やめて、そんな不審者を見る目で私を見ないで! ただでさえヘコんでるのに、これ以上追い詰めないで!
「あっ、あの、あそこのコンビニの角を曲がって、その先にあるアパートです! 本当です!」
 まるで痴漢の冤罪をかけられているかのように、必死で弁明した。独身の女が知らない男に自分の住処を易々と教えては駄目だぞ、と忠告してくれたお父さんごめんなさい、今はそれどころじゃないのです。
「ああ、あそこ……」
 そう呟いて、男性の険が和らいだ。よかった、これで警察に通報されることはなさそうだ。
「あれ、そういやあんた、さっきあのガキに絡まれてた人じゃない?」
 今、気づいたの?!
「は、はい。えーと、さきほどは、どうもありがとうございました」
 この際だからと思って、頭を下げて礼を言った。こうして相対してみると、男性はちっとも酔っ払っているようではなかった。そして口を開けば飛び出してくるのは暴言、というほどの非常識な人でもなさそうだった。よかった。
「別に、礼を言われるようなことじゃないから」
 彼は素っ気なくそう言った。が、すぐに背中を向けるのかと思えばそういうわけでもなく、その場に立ち止まっている。何かを考えるように顎に手を当て、無言のまままじまじと私を眺めた。
 そわそわと私は足を動かした。
「え、と、じゃあ、私はこれで」
 と早々に逃げ出そうとしたが、その前に言われてしまった。

「……あんたさ、なんか変な力使って、あいつのスマホ落としたよね」



INDEX   短編部屋TOP   NEXT

Copyright (c) はな  All rights reserved.