短編14

赤い糸、白い羽(3)




 それから、加納さんとは、電話でお喋りしたり、時々会ったりした。
「部屋にこもって落ち込んでうじうじしてるより、怒ったり愚痴を言ったり悪口で盛り上がったりして、失恋のダメージから立ち直る努力をするほうが、建設的で健康的だ。それなら一人より二人のほうがずっと楽だろう」
 というのが加納さんの意見だった。
 そうかなあ、とは思ったのだけど、反論の根拠も特に見つからなかったので、私のほうでも電話がかかってきたら相手をし、メールが来たら返事をし、メシでも食いに行かないかと言われたらいいですよと答えて出かけて行った。
 お互いに、下心というものがこれっぽっちもなかったので、本当に気が楽だった。
 私も加納さんも、失恋の痛手を癒すために手近な人とくっつこう、という気がまったくなかったせいもあるし、加納さんという人がまた、致命的にデリカシーに欠けていたせいもある。
 大体、美味いラーメン屋があるから行かないかと誘ってくるのはいいが、
「彼女とはこういうところに来られなかったんだよなー。彼女、いつもバッチリ可愛い洋服着て綺麗に化粧してるしさ、こんな狭くて汚い店に連れてくるのも悪いような気がして。それで行くところはいつもちょっと気取った店を、ネットとか雑誌とかで調べてさあ」
 などとしみじみ回顧しながら言われては、隣に座ってはふはふと一生懸命麺を啜っている私の立場がないではないか。
 加納さんは、そういうところにまったく気を遣わない人だった。おかげで私も、早々に彼に対して遠慮するのを放棄することになった。
「あのー、それは同じ女性である私の前で言うようなことじゃないって、わかってます?」
「あっそーか、あんたも女だったっけ。なんか、芸を持った子ザル、くらいに思ってた」
 こんな憎たらしいことを平然と言う男は、たとえイケメンであっても、友達以上になりたいとは思わない。
「そんなんだから他の人に乗り替えられるんだ……」
「うるさい、傷を抉るようなこと言うな。二年以上同じ男に片思いしてるやつよりは、少なくとも付き合うところまでいった俺のほうが偉い」
「ですよねえ、長ーく、なんと三カ月も続いた交際でしたもんねえ」
「そういうことを言うやつには、たっぷりニンニクを入れてやる」
「ちょっ、やめて! 臭くなる!」
 そんな調子で、二人して全身からニンニクの臭いをプンプン立ち昇らせて電車に乗り、そこでも子供じみたケンカをして、他の乗客に顔を顰められたりした。
 ……どう考えたって、ここから 「寂しいから慰めて」 という、しめやかな雰囲気に進むはずがない。
 けれどもそうやって二人で騒いでいると、不意に襲ってくる痛みや苦しさが、少しは薄らいでいくような気も、確かにした。
 そういう努力をするのに、一人よりは二人のほうが、やっぱり楽なのかもしれないと、私はひそかに加納さんに感謝した。


          ***


 加納さんという、ちょっと変わった失恋仲間のことを、私は誰にも言わなかったのだが、そういう話はどこからともなく洩れてしまうものらしい。
「ねえ和佳子、すっごくカッコイイ彼氏が出来たんだって?!」
 友人の結婚の報告を受けてから二カ月。つまりはじめて加納さんと会った日から二カ月後のある日、その友人にそんなことを言われて、動揺した私は箸でつまんでいたブロッコリーを取り落とした。
 昼休み、会社の中の、「休憩室」 と呼ばれる物置も兼ねたような狭い部屋で、他の同僚二人と一緒に、お弁当を食べていた時のことだ。
「ええー、そうなんだ?! 和佳子、彼氏が出来たの?!」
 同期の友人のみならず、同僚二人にも興味津々の顔つきを向けられて、えええ、と私は焦った。
「か、彼氏じゃないよ」
「でも、この間、ユウナが映画館で見たって言ってたよ。和佳子が、ものすごいイケメンと一緒に仲良くお喋りしてたって」
 ユウナは同じく会社の同期の友人である。部署が違うので会社内でもあまり会わないというのに、どうしてそんな時そんな場所で目撃されてしまうのだろう。
「イケメンかもしれないけど彼氏じゃないし、お喋りはしてただろうけどそんなに仲がいいわけじゃない」
 そもそも、なんで私たちが二人で映画館にいたのかといえば、加納さんが、「フラれた者同士でベタ甘のラブストーリーを観よう」 と言いだしたからなのだ。何が楽しくてそんなことをしたがるのか大いに謎だが、あの人はそういうわけの判らないことをすることで、失恋から立ち直れると考えているらしいのである。
 その結果、けっこう楽しめた私と違い、加納さんはめちゃめちゃ落ち込んで、それなのになぜかパンフレットまで買って、延々と文句を言っていた。もしかしたらその姿が、「仲良くお喋り」 に見えたのかもしれないが、私としては、違う、としか言いようがない。
「いいじゃない、隠さなくたって」
 いやだから、違うから。
「どんな人? どんな人?」
 二人の同僚までがずいっと身を乗り出してきて、私は心底困惑した。どんな人かと言われれば、ちょっとアホな人だとしか答えられない。しかしそれはたぶん、質問の回答にはなっていないような気がする。
「いや、あの、些細なきっかけで知り合った人でね、家も近いし、たまに顔を合わせることもあるけど、でも、彼氏というわけじゃないんだよ」
 まさか、「同じ失恋という傷を持った二人です」 とは言えないので、もごもご曖昧に濁すと、照れていると解釈されたのか、三人揃って一斉に、ふふーん、という冷やかし混じりの笑いを浮かべられた。やめてその笑い! 違うから!
「ああーショック、とうとう和佳子にも先を越されたか。ばんちゃんも結婚が決まって幸せいっぱいだしねえー」
 同僚の一人が、ため息をつきながら羨ましそうに言う。半年前に彼氏と別れたという彼女は、私にも、「合コンやろう! 一緒に彼氏を捕まえよう!」 とよく誘いをかけてきていたのだ。
「えへへー」
 つい最近、社内でも正式に結婚の報告をした友人は、頬を染めてにこにこした。坂田という姓だから、ばんちゃんという愛称で呼ばれる彼女だが、じきに姓が変わったら、その呼び名も変えなければいけないかもしれない。
 その左手の薬指には、きらりと輝く石のついたリングが嵌められている。
 それを見て、つきんと刺さる痛みはまだある。
 ──でも、その痛みは、大分、小さくなってきた、かもしれない。



「……そんなわけで、今日は非常に迷惑しました」
 と、アパートの部屋で、さきいかをもぐもぐと食べている加納さんに、私は苦情を申し立てた。
 そして、改めてその姿を目に入れて、はあー、と深く息を吐いた。
 ここは私の部屋である。そして今は夜である。夜間、狭い室内で、若い男女が二人きりでローテーブルを挟んで座り、食べたり飲んだりしているのである。知らない人が見たら九十九パーセントくらいの確率で 「そういう仲」 だと誤解されること間違いなしの、このシチュエーション。
 こんな状態で何を言っても無駄な気がしてしょうがない。がっくりと脱力してしまう。
「まったくあの映画はくだらなかった」
 加納さんは、私の苦情などどこ吹く風で、未だにラブストーリーの内容に怒っていた。だったら見なきゃいいのに。あの時もそう言ったけど。
「もう行きませんからね」
「じゃあ今度は遊園地に行くか。お化け屋敷やジェットコースターでベタベタくっつくカップルの間に割り込んでジャマをする」
「いやです。そんなところをまた知り合いに見られたら、ますます誤解されちゃう」
「別に、彼氏なら彼氏で、そう思わせとけばいいじゃないか。特に問題ない」
「ありますよ。さっきも迷惑だと言ったでしょう。加納さんは、人の話を聞くという習慣を、そろそろ身につけたほうがいいと思います」
「だって誤解されて困る相手はいないんだろ。好きだった男はもう結婚するわけだし、むしろ、自分も恋人がいて幸せだ、って思われたほうがいいじゃないか」
「実際恋人でもなんでもないのに、それってすっごく虚しいです」
「ワコ、おかわり」
「自分でやってください」
 空のグラスを差し出してこられたので、ぷいとそっぽを向いて、冷たく返した。加納さんはぶつぶつ言いながら立ち上がって、冷蔵庫のドアを開けると、ペットボトルを取り出してグラスになみなみとカルピスを注いだ。カルピスです。大事なことだから二度言うけれど、正真正銘、混じりけなしのカルピスです。
「この状況は何かおかしくないですか」
「何かおかしいか?」
「おかしいでしょう、どう考えても」
 彼氏でもないのに、会社から帰って、「一人でいてもつまらないから」 とコンビニで買い物をして人の部屋にやって来て、勝手に食べて、テレビを観ながら、さきいかをつまみにカルピスを飲んでいる変なイケメン。
 おかしいよね?
 しかし加納さんは、何がおかしいのか本気で判らないようで、カルピスを注ぎながら首を捻った。どうして私はこんな人と知り合ってしまったのだろう。
 最初は普通に、姓にさん付けで呼ばれていた名前も、二カ月経った現在、「ワコ」 と気軽な調子で呼ばれるようになっている。どちらかといえば自分のほうが大型犬みたいな雰囲気を持っているくせに、彼は未だに私のことを、子ザルのようにしか見ていないのだった。
「大体さあ、ワコはどうしてまた、その男に告白しなかったんだ?」
 カルピスを入れたグラスを持って戻ってくると、加納さんはよっこらと床に腰を下ろしてあぐらをかき、思い出すようにそう言った。まだ二十七歳なのに、時々行動が親父くさい。
 スーツ姿は彼に似合いすぎてちょっと怖いような雰囲気があるが、こうして普通にセーターとジーンズ姿だと、それも和らぐ感じがした。いかにも量販店で買ったのだろうというデザインなのに、そのシンプルさがかえって格好良く見える。要するにイケメンは何を着ても悪くはならない、ということだ。腹立たしい。
 私はちょっと黙って、加納さんが買って来てくれたカルピスサワーの缶に、ちびりと口をつけた。
「……それ、蒸し返します?」
「よくよく考えたら、あんまり聞いてなかったなあ、と思って。俺は自分の別れた彼女のことを、あますことなく話してやったのに」
「聞いてもいないのに、加納さんがべらべらと話したんでしょう」
 おかげで、その彼女が小顔で、若手女優の誰それに似ていて、背は低いけどすらっとしていて、淡いピンク色がよく似合って、小食なのに流行りの食べ物は三時間並んでも食べたがる、なんていう、どうでもいいことまで知ってしまった。
 とにかく、とても可愛い人だったらしい。いかにも弱々しそうで、加納さんは、「俺が守ってあげないとなあ」 と強く思っていたのだそうだ。まあ、結局は、フラれてしまったわけですが。
「──彼は、会社の先輩で」
 ぼそっと言うと、加納さんはふんふんと頷いたが、目線は手に取ったさきいかのほうに向かっていた。口に入れようとした寸前で、さきいかがくにゃりと反対側に曲がって、がちんと空を噛む。
「さきいかが逃げた! なにすんだよ、ワコ!」
「真面目に聞く気がないなら帰ってください」
「聞くって! 悪かったって!」
 渋々のように、手にしていたさきいかを袋に戻す。それにしてもこの人は、どうしてお酒を飲まないのに、こういうつまみ系の食べ物が好きなのだろう。
「私と友人が新人だった時、その指導担当をしてくれた人だったんです。いつも丁寧に辛抱強く教えてくれて、でも、厳しい時には厳しくて……まあ、よくある話ですよね」
 どこも変わったところのない、ありがちな話だ。
 彼は、特別何かが優れていたというわけではなかったし、容姿だって至って普通で、人はいいけれど女性に人気のあるタイプでもなかった。でも私は、彼の仕事に真面目で誠実な姿勢と、人に対して気さくな態度に、非常に好意を抱いた。
 指導期間が終わっても、何かあったら相談して、と優しく言ってくれたし、実際、迷ったり悩んだり落ち込んだりした時には、話を聞いてもらって、助言なり叱咤なりをしてもらった。数人のグループで、だったけれど、食事に行ったり、飲みに行ったり、遊びに行ったりしたことも何度もある。
「その間、ずーっと告白する機会はなかったのか?」
「ありましたよ、そりゃ何回も」
 彼には特に付き合っている人はいないようだと知って、何度も考えた。チャンスもあった。あちらも、たぶん、私のことを悪くは思っていなかっただろうと思う。その後彼は友人と付き合い始めたわけだけれど、もしかしたら、もっと前にぽろりと口にしていれば、今頃左手の薬指にリングを嵌めていたのは、私のほうだったかもしれない。
「じゃあ、なんで?」
「…………」
 口を閉じて、私は自分の心の中で同じ言葉を復唱した。

 なんで?

 自信がなかった。一言で言えば、そうなのかも。自分の顔も中身も平凡で、取り立ててアピールするところが見つからなかったから言いそびれた、というのは確かにある。
 後輩で、同僚で、友人のようで、妹のようで。立ち位置がかなり微妙で中途半端すぎ、告白しても、ごめん、そんな風に思えない、と返される可能性は、頷いてくれる可能性と同じくらいあって、どうしても一歩を踏み出す勇気が湧かなかった、と言えばそうだ。
 ……けど、もっと根本的なところで、怖かった。
「あのね、私ね、小学生の時」
 いきなり話題が過去に飛んで、加納さんはちょっと驚いたように目を瞬いた。
「すごく仲のいい女の子がいたんです。帰るのも、遊ぶのも、毎日一緒。休み時間に行くトイレだって、手を繋いで必ず一緒に行ってました」
「ああ、よくあるよな、そういうの」
「ずーっと仲良くしようね、っていつも言い合ってました。大人になっても毎日遊ぼうね、って。もちろんそんなのは、子供の、一時期だけの、他愛のない約束だったんですけどね、私は本気でそう思ってました。ずっとずっと仲良くしようね、って」
 それは所詮、小学生の約束だ。そのまま何事もなかったとしても、年数が経つうちに新しい友人が出来て、世界が広がって、自然と消えていっただろう。あるいは喧嘩して。あるいは他にもっと興味をひくものが出来て。いちばん幸せなケースで、年に数回会う幼馴染、くらいの関係に落ち着くというところかもしれない。

 ──でも、私たちの関係の終焉は、そのどれにも当てはまらなかった。

「ある時、その子と教室にいた時にね、男の子がふざけて教卓の上の花瓶を割っちゃったんです。石を投げて、それが当たって」
 友達はその時、教卓のすぐ横にいた。私とお喋りしていたのだ。
 石がぶつかって割れた花瓶は、周囲に勢いよく破片を飛び散らせた。
「その破片が彼女の目に入りそうだったんです。友達は、咄嗟のことで、驚いて、目を閉じることも、避けることも出来ませんでした。それで、私……」
 無意識に、「力」 を使った。
 花瓶の破片はすべて、彼女に当たる手前で、ひどく不自然に方向を捻じ曲げて、別の場所へと飛んだ。そのひとつが、私の頬を掠めて傷をつけたけれど、友達はまったくの無傷で済んだ。
「友達は、びっくりして、割れた花瓶を見て、それから私を見ました」
 驚いた目は、一瞬、確かに、傷を負うかもしれなかったというものとは別の怯えを内包していた。
「結局、その件は、単なる事故として片付きました。すぐ近くにいたのに、大したことにならなくてよかったって、先生もほっとしていました。友達も、私の傷を心配して、保健室にまでついてきてくれました」
 彼女は、破片がおかしな動きをみせたことは、何ひとつ口にせず、疑問すら言葉にしなかった。私にそのことについて問うこともしなかった。
 けれど。
 大丈夫? と聞きながら、友達の視線はもう決して、私のそれと合うことはなかった。
「……よくわからないながらも、やっぱり気味が悪かったんでしょう。それ以降、彼女は私とは絶対に二人きりにはならないようになって」
 明確に逃げたわけではない。お喋りもするし、笑いもする。けれどそれは、必ず、複数の人がそばにいる時に限られた。二人きりになりそうになると、彼女はどこか泣きそうになって、何かしら口実を作ってその場を去っていく。
 ……そうして、いつしか、近くにも寄って来なくなり、別の友人を見つけて、その子と 「大人になってもずっと仲良くしよう」 と言い合うようになった。
 私は怒ったのではない。その子の心変わりを恨んだのでもなかった。取り返しのつかないような怪我をしたかもしれない危険から救ってあげたのに、とも思わなかった。
 ただ、悲しかった。
 みんながみんな、私の力を受け入れるというわけじゃない、という両親の言葉をこの時になってはじめて骨身に染みて理解して、ただひたすらに、悲しかったのだった。
 なんの役にも立たない能力。けれどそれは、人によっては、恐怖の対象にもなり得る、「得体の知れない不気味な能力」 でもあったのだと知って、それが、とても悲しかったのだ。

「──だから、彼に対しても躊躇があったんです。振られることよりも、もしも気持ちに応えてもらえたとして、そのあとで、私の力のことを知ったらどういう反応を示すのか……それを知るのが怖かった。意気地がないといえば、そうですけど」

 そこまで言って、テーブルに向けていた目線を上げ、加納さんを見る。
 少し気恥ずかしくなって、えへへ、と小さく笑ったが、加納さんはどこまでも真面目な表情で、私をまじまじと見返していた。
「……あの、そんなに見るのやめてください」
 中身は変だけど、外見は整っているので、落ち着かない。やっぱり言うんじゃなかったかな、とちょっとばかり後悔して、カルピスサワーの缶を口許に持っていく。
 今まで、誰にも言ったことがなかったのに。
「うん……」
 加納さんは曖昧な返事をして、自分もさきいかを手に取り、口に運んだ。
 少しの無言の間を置いて、ぼそっと言う。
「なんか、言いたくないこと言わせて、悪かった」
 珍しく反省しているらしい。
「まあ、いつまでも、そんなガキの頃のことを執念深く引きずっている根性はすごいが」
 前言撤回。ちっとも反省なんてしてない。
「俺は別にそんなの、なんとも思わなかったぞ」
「加納さんは特殊なんです、いろいろと」
「どういう意味だよ」
 むっとしたように眉を上げてから、また口を閉じる。
 それから、ローテーブルで頬杖を突いて、目線を脇に投げ、ぶっきらぼうな口調になって続けた。
「……変な力があっても、それを含めて、ワコはワコだ。そんなこともわからないつまんねえ男は、ワコのほうから捨ててやればいいんだ。それでいいだろ。子供の時の一回だけの記憶で、これからの未来まで臆病に過ごしたらもったいない。だから今度好きなやつが出来たら、後悔しないように、どんといけ」
「…………」
 さきいかを齧りながら、ぼそぼそと言う加納さんの顔を、私は下から覗き込んだ。そうしたらさっと目を逸らされたので、それを追いかけるようにして顔を動かしたら、ものすごくイヤそうな表情になった。
「ひょっとして、今、照れてます?」
「照れてない」
「耳が赤いですけど」
「酔った」
 カルピスで?
「そういう台詞を、もっとちゃんとまっすぐ目を見て言えば、すぐに新しい彼女が出来ると思いますよ」
「こんなことを真顔で言えるようなやつは、人格が破綻してるとしか思えない」
 イケメンなのに、どうしてそう変なことを言うのかなあ。
 耐えられなくなって、噴き出してしまう。そのことに自分自身でほっとして、笑い続けた。
 そして、仏頂面をこちらに戻した加納さんと目を合わせ、言った。
「頑張ります」
 本気でそう思えるようになったのだと、口にしてから、気がついた。

 ……ようやく、「おめでとう」 を、心から言えそうだ。



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