短編14

赤い糸、白い羽(5)




 地下鉄の車内は混み合っている。
 会社帰り、しょっちゅう一緒に寄り道していた同期の友人が寿退社をしたため、最近の私は、仕事が終わるととっとと帰るようになった。そうすると、同じく会社帰りの人たちと時間が重なって、電車が混む。座席はもちろん空いているところはなく、立っている乗客の数も多いので、私はドア付近のなるべく隅っこに立って、ポールを握りながら、ぼんやりと外の暗闇に目をやっていた。
 近頃は、アパートと会社の往復だけで一日が終わっているなあ、と思う。
 二十代の女として、それはどうなのかと自分でも思うのだけど、それ以外のことをしたいという意欲がちっとも湧いてこないのだから、しょうがない。会社が休みの土日も、部屋の掃除をしたり、本を読んだり、映画のDVDを観たりで、気がつくともう夜、ということが多かった。
 この怠惰さが周囲にも伝わるのか、あるいは気を遣われているのか、「合コン行かない?」 というようなお誘いもよくかかる。でもそれも気乗りがしなくて断ってばかりだ。ごめんね、と言うと、相手がすぐに、そう、と退いてくれるのはありがたいが、その目には深い憐憫の色が湛えられていたりして、少々複雑な気持ちになる。
 私はどうやら、彼氏と別れて落ち込んでいる、と思われているらしい。私、別になにも言ってないのですが。そもそも付き合ってもいなかったのですが。でも、今さら加納さんのことをあれこれ説明したってどうしようもないし、第一、最初の成り行きから話すとなると、失恋云々のことも言わなければならない。結果、私は口を噤み、相手の誤解は事実として定着してしまうことになる。まあ、いいけどね。別れたわけじゃないけど、会わなくなったのは本当だし。
 ……たぶん、それが理由で落ち込んでいる、というのも本当だ。
 認めたくはないのだけど、あのおかしなイケメンさんの存在は、いつの間にか、私の中でかなり大きなものになっていたようだ。驚いたり、呆れたり、ムカッとしたりすることが多かったけど、ふとした時にあの憎まれ口を思い出して、胸が苦しくなる。
 結局、先輩の時と、まったく変わりがない。

 失った途端、その喪失の大きさに気づくだけ。

 何回、同じことを繰り返せば気が済むんだろうな、私。ようやく先輩への想いにきちんと決着をつけたところだというのに、また新しい傷をこさえていたら世話はない。言い訳ばかりで、何ひとつ具体的な行動はしないまま、諦めてしまっていたのも同じ。これじゃあまりにも進歩がなさすぎる。
 私はせめて、ちゃんと口にするべきだったのだ。
 目的が、失恋の傷を癒すため、というものだったとしても。
 ──加納さんと一緒にいると、楽しいと。
 それだけでも口にすることが出来ていたなら、今こんな風に自分の気持ちを持て余すこともなかっただろうと思う。

 映画のラブストーリーに対する文句を聞くのも、お酒とジュースで乾杯するのも、テレビを観ながらあれこれ言い合うのも。
 いつも、楽しかった。
 きっと、他の誰かでは、こんなにも楽しくならなかった。

 私が笑えるようになったのは、「一人よりも二人のほうが努力するのが楽だから」 なんて理由じゃなくて、「加納さんと一緒にいると楽しかったから」 だって。
 ちゃんと、伝えておけばよかった。


          ***


 もわっと暖気のこもる地下鉄を降り、階段を上って地上に出たら、打って変って冷たい風に吹きつけられ、身を縮めた。
 もうすぐ三月になろうというのに、今日はものすごく寒い。まるで真冬に逆戻りだ。でも二、三週間もしたら、この寒さなんて嘘のように、暖かい日が続くようになるのかな。その頃になったらそろそろ桜も咲きだして、甘い匂いがむせ返るようにあたりに満ちるんだろうか。
 ……それくらいになったら、私もね。
 あちこち出かけたり、美味しいものをいっぱい食べたりしよう。お花見をするのもいい。旅行に行くのもいいな。こうなったら、合コンだろうが、婚活だろうが、どんどんやってみるのもいい。友人と先輩の結婚式では、目を皿のようにして素敵な男の人を探してやる。
 自分の変な力のことだって、もう隠したりしない。
 いくらでも傷ついたって、いいんだ。

 ──今度こそ、後悔しない恋をしよう。

 そんなことを考えながらアパートへの道を歩いていたら、いきなり暗がりから、真っ黒な人影がぬうっと目の前に立ち塞がった。
 痴漢。
 と咄嗟に思った私は悪くない。この状況で、平常心を保てる女性はかなり少数派だと思う。三秒くらいの間に、最近このあたりに不審者が出るという例の噂、警察警察警察と洪水のように流れるコメント、暴行されて殺された自分の写真が載った明日の新聞記事などが、怒涛のように脳裏を過ぎる。
 その三秒が終了すると、私はすぐにくるりと身を翻し今来た方向に向かって走り出した。人気の多い駅のほうへ、というのもあったし、痴漢に自分の住むところを知られたくない、と思ったのだろう。たぶん。正直、思考は真っ白で、本当のところ自分が何を考えていたのか判らないのだが。
「ちょっ……待て!」
 私の背後で、痴漢が慌てたように怒鳴る。きゃああああ! と内心で悲鳴を上げ、私はますます必死になって走った。怖い、追いかけてくる、誰か助けて、痴漢です!
「待てって! ワコ!」
 きゃああああーーー!!
 と大絶叫を上げようとした手前で、わずかに残っていた自分の中の冷静な部分が歯止めをかけた。
 ん? 「ワコ」?
 急ブレーキをかけ、なんとかその場で踏みとどまり、おそるおそる、後ろを振り返る。
 ぜいぜい肩で息をしながら、街灯の明かりに照らされたその人は、ついさっきまで私が頭に浮かべていたのと同じ顔をしていた。

「え……加納さん?」

 驚いて固まる私の許へ、スーツ姿の加納さんは、走るというよりは早歩きのようなスピードで、ようやく追いついてきた。
「お……俺を殺す気か……なんでそんな全速力で逃げる……」
 私を死にそうに脅かしておいて、加納さんは荒い呼吸で文句を言っている。どうしてそんなにも本気でしんどそうなのかと訝ってみれば、彼は左足をひきずるように動かしていた。どうやら怪我でもして、走ることが出来ないらしい。
「あんな登場のされかたをしたら、誰でも逃げますよ!」
「声をかけようとしたら、その前に走り出されたんだ」
「てっきり、追いつかれて肩を掴まれて路地に連れ込まれて暴行されて殺されるかと思いました」
「だからその妄想は一体どこから……」
 加納さんはそう言ってから、身体を折って膝に手を置いた。まだ、肩が大きく揺れている。もっとあれこれ怒りたいのに、呼吸が整わないので言葉が続かないらしい。
「あの……どうしたんですか、足」
 久しぶりの再会だというのに、懐かしさも胸の痛みも吹っ飛ぶようなことをされて、私は呆然としたまま問いかけた。住んでいるところが近所だから、もしかしたらどこかで見かけることくらいはあるかもしれないとは思っていたけど、こういう展開はまったく予想外だ。
 と、顔だけを上げた加納さんに、じろりと睨まれた。
「どうしたもこうしたも、ワコのせいだろ」
「え……私、別に闇討ちなんてしてません」
 慌てて否定し、ぶんぶんと振った手を、いきなり伸びてきた腕にがしっと掴まれた。え、と目を丸くしたが、加納さんの手はがっちりと私の手首を拘束して離さない。
「とにかく行くぞ」
「ど、どこへですか。警察? 私、ホントに何もしてません」
「逃がさないからな」
 おろおろして無実を主張する私に構わず、加納さんは私を引っ張るようにして、不自由そうな足を動かし、歩きはじめた。


 連れて行かれたのは、警察ではなく、近くのファミレスだった。
「居酒屋なんてもう二度と行かねえ」
 と、向かい合って席に座り、加納さんは腕を組んでぶつぶつ言っている。まあ、そもそもお酒を飲まない加納さんが、居酒屋に行く必要はないと思うのだけど。言動がおかしなところはまったく変わっていないようで、なによりです。
 でもその怒ったような顔は、いい加減やめて欲しい。顔立ちが整っているだけに、怖さも倍増だから。
「……あのー、私に何かご用ですか」
 どうやら、あらぬ罪を着せられて警察に突きだされる、ということはないようだ。けれどだったら、どうして今さら会いに来られるのか判らない。だってあれからもう一カ月以上経っているのだし。てっきり、あの彼女と元サヤに納まって、仲良くやっているものとばっかり思っていたのだけど。
「ご用って……」
 加納さんが、「そんな冷たい言いかたしなくたって」 とかなんとか、もごもご口の中で呟いた。怒ったような顔は変わらないが、それはやや下に向けられて、口がへの字に曲がっている。
「あ、もしかして」
 ひとつ、可能性を思いついた。
「また、フラれちゃったんですか?」
 それでまた失恋の傷を癒すために来たとか。愚痴を言う相手を探していたとか。大変にありそうなことだが、現在の私はもうそれには肯えない。
 そういう目的で私を必要としているのならはっきり断ろう、と思って口を開きかけたら、その前に、加納さんが腕組みをしたまま、勢いよくテーブルに突っ伏した。
 額をぶつける、ごんっ、という大きな音が響いた。
「あ……あのな……」
「違うんですか」
「違うに決まってんだろ!」
 がばっと顔を上げる。おでこが赤くなっていた。
「痛くないですか?」
「痛えよ! さっきからグサグサと俺のナイーブな心をめった切りにしやがって!」
 何を言ってるのか判らないんですけど。
「──まず、これだけは最初に言っておく」
 加納さんは大きな息を吐きだすと、真面目な表情になって、考え込むように頬杖を突いた手で口元を抑えた。イケメンなのでその姿は非常にサマになっているものの、おでこが赤いので間が抜けている。さっきからこちらをちらちら見ていた別のテーブルの若い女性客二人が、頬を染めて、おそらく 「カッコイイ」 とはしゃいでいるようだが、この人はちょっとアホな人ですよ。

「俺は、彼女とやり直したりなんて、してないから」

 正面からこちらを向いて、きっぱりと言われたその言葉に、私は目を瞬いた。
「え……それは、その……話し合いが上手くいかなかったとか、そういう」
「違う。だから話し合いもなにも、俺にそんな気がまったくなかった。彼女のほうから復縁を持ちかけられていたのは本当だが、最初からきっちり断ってた。俺にはもうそういう気は一切ないから、って」
 それから、私の顔を見て、急ぐように付け加えた。
「言っとくけど、それは、他の男に乗り替えられたのを根に持ってたからとか、まだ許せなかったからとか、俺と同じ思いをさせてやろうとしたからとか、そんな理由じゃない」
 加納さんは、そこで一旦言葉を切った。目線を下に落とし、ぽつりと言う。
「……ただ、彼女にまったく興味が持てなくなってた、それだけだ。彼女の心変わりを責められない。その時にはもう、俺にとって、彼女の存在っていうのは、それくらい、どうでもいいものに変化してた。自分でも驚くくらいに」
 たった数カ月で、と呟いた時の加納さんは、なんとなく自分を恥じているみたいだった。
「ごめんなさい、って言われても、やり直したい、って言われても、涙を見ても、ちっとも心が動かなかった。気持ちも揺れなかった。ただ、もうこの子とは終わったんだな、って、そればかり思ってた。彼女に対してちっとも腹も立たなかったし、相手の男とはどうなったのかってことも気にならなかったしさ。なんていうか、顔を見ても話しても、ぜんぜん楽しいと思えないんだ。自分の中の彼女への感情ってもんが、まるっきり消えてなくなってた。……終わってしまったもの、無くなってしまったものは、取り戻せないこともあるんだって、知った」
「…………」

 決して繋がらない、赤い糸。
 もしかしたらその時、加納さんの目にも、はっきりとそれが見えたのかもしれない。

「それで、気がついたんだ。実は俺、自分でわかってなかっただけで、失恋の傷なんてもうとっくに塞がってたんじゃないか、って。だって俺、最初のうちこそ笑うのも努力が必要だったけど、いつの間にか、努力する、ってことも忘れてたくらいだから」
 いつの間にか。
 自分でも気づかないくらい自然に、笑えるようになっていた。
 ──それは、もう 「大丈夫」 という証。
「ああそうかあー、って思ってさ。なんていうか、納得した、っていうか。上手く言えないけど、さばさばしたっていうか。なんかもう、フラれたこととか、他の男に乗り替えられたこととかも、全部もういいかー、って感じでさ。上手く言えないんだけど」
 上手く言えない、と何度も繰り返し、加納さんが苦悩するように眉を寄せて頭を掻きむしる。
「…………」
 少し、笑みがこぼれた。

 判りにくい。
 けど、判る。
 私にも、その気持ち、よく判ります。

「……で、自分としてはスッキリした気分でいたんだよ。別に言い訳をするわけじゃないが、ワコには、ちゃんといずれ話すつもりだったんだ。彼女があれこれ言ってきて、ちょっとゴタゴタしてたからさ、それが片付いてから、と思ってた。中途半端なところで説明して、ワコが変に心配するといけないし。なにしろ妄想癖があるから」
 失礼な。
「なのに、いきなりあの仕打ち」
「仕打ちって」
「おかげで俺は足の骨を折った」
「はあ?」
 まったく話の筋が読めずぽかんとする私に、加納さんが恨みがましい顔を向けてくる。私は身体を斜めにして、テーブルの下にある彼の左足を見た。
「骨折したんですか」
「そう。一方的に、お幸せに、とか言われてドアを閉められて。俺もうショックで、なにも考えられなくなって、そのままフラフラ歩いて、気づいたら居酒屋にいてさ」
「…………」
 以前も、まったく同じ行動パターンとりましたよね……
「カンパリとか、チューハイとか、ワコが好きそうなもん片っ端から頼んで」
「……ひょっとして、飲んだんですか」
 下戸なのに?
「飲みまくったね。味も覚えてないけど。それで店を出て、なんとかアパートにまでは辿り着いたんだけどさ、階段をやっと全部上りきったところで」
「はあ」
「気持ち悪くなって目が廻って一瞬意識が飛んで、まっさかさまに一番下まで転がり落ちて」
「……足を骨折?」
「全治三カ月」
「…………」
 加納さんて、バカなの?
「少しだけど、入院もしてさ。酒が抜けてよく考えてみたら、ワコにちゃんと説明すりゃいいんじゃないかと気づいたんだけど、松葉杖を突いて会いに行くのもみっともないし、せめて杖が取れてからにしようと思って。やっと今日、医者から許可が下りたんで、あそこでワコが帰ってくるのを待ってた」
「……加納さんて、バカなの?」
 とうとう、思ったことが口をついて出てしまった。だって他に言いようがない。
 もちろん、私だって大バカだ。
 あの時、もっとちゃんと話をしていれば、加納さんがそんな怪我をすることもなかったのに。
 ……一人で思い込んで、自分勝手に、終わらせて。
「加納さん、私」
「あのさ、ワコ」
 口を開きかけた私を手で制して、加納さんが言葉を出した。彼らしくもない真面目な、そして真摯な表情に、私は声を喉の奥へと引っ込める。
「病院のベッドで動けない時にいろいろ考えたんだ。俺がいつまでも彼女のことを引きずってたのは──いや、引きずってると自分で思い込んでたのはさ」
 よくよく見たら、加納さんの耳が赤い。
「きっと、ワコと一緒にいるのが楽しかったからなんだ」
「……加」
「失恋の傷を癒すため、って口実がないと、ワコに会う理由がなくなるような気がして、それは嫌だなって思ったんだよ。すごく嫌だなって。ワコとの間にあるものは、絶対に終わらせたくなかった」
 変な力もあるし、バカな妄想をどんどん広げたりするし、中学生みたいな片思いをこじらせてると思えば、いつまでも過去にこだわってうじうじする根暗なところもあるし、すぐ人に騙されそうなお人好しだし、と、加納さんはずけずけと暴言を連発してから、私とまっすぐ目を合わせた。

「──でも俺は、その全部をひっくるめて、ワコがいい」

「…………」
 拳を握る。口元も強く引き締めた。そうしないと、いろいろと溢れてしまいそうだった。
「今度は俺が聞くぞ。失恋の傷はもう癒えたか」
「……はい」
「他の男に目を向ける気になったか?」
「……はい」
「ちなみに、今ワコの目の前にいる男は、きっちり前の彼女とのことに片をつけ、現在フリーだ。どう思う?」
「…………」
 どう、って。
「……顔はいいけど、中身はちょっとアホで、言動に時々理解不能なところがあって、かなり打たれ弱くて、無神経でデリカシーのない発言をするわりに、言葉にはしないところで訳のわからない優しさを見せたりする人、ですね」
「さっきの仕返しか。心の狭いやつめ」
 加納さんが、心底から苦々しそうな顔をする。私は噴き出した。
 あはは、と声を出して笑いながら、ついでに目許の涙を拭った。
「私も、加納さんと一緒にいると、楽しいです。そういうところを全部ひっくるめて、大好きです。これからも、一緒にいてもらえますか」

 やっと言えた。

 うん、と加納さんが微笑むのを目に入れた瞬間、私は無意識に力を使ってしまったらしい。
 あ、と思った時には遅かった。テーブルの上に乗っていた、ケースに行儀よくまとめて入れられている紙ナプキンの束が、一斉にぱあっと飛び上がった。
 数十枚の白くて薄い紙が、宙を舞う。
 一枚、また一枚。
 ひらひら浮いて、ふわふわと広がっていった。



 ──その後、店員さんに謝り倒しながら、私と加納さんは床に散らばった紙ナプキンを拾い集めてまわった。
 私は恥ずかしくて恥ずかしくて顔も上げられなかったけど、加納さんは、拾っている間じゅう、ずーっと笑い続けていた。


          ***


 ファミレスを出たら、外は真っ暗で、やっぱり身を切るような冷気に包まれていた。それは、入る前と同じ。
 でも、入る前とは違うこともあった。
「わ……雪」
 暗闇に、白いものが、ちらりちらりと舞っている。
 どうりで寒いと思った。もうすぐ三月だっていうのに。
 加納さんが、感心したように手を出した。掌の上に落ちると同時に、溶けてしまうような雪だ。量も少ないし、髪の毛をしっとりと湿らせるくらいで、すぐに止むだろう。
「こんなもんまで降らせて。また店員さんに怒られるぞ、ワコ」
「そんなわけないでしょう」
 いくらなんでも、自然現象を操る力はありません。
「だってさっきのとよく似てる。どっちも、白い羽みたいだ」
「白い羽……」
 この人の目には、あれがそんな風に綺麗に映っていたのか、とちょっと驚く。
 しばらく、二人並んで、黙ったまま雪を眺めていた。
 やがて、加納さんが顔を上げたまま、呟いた。
「……やっぱり、ワコの力は、この雪と同じだな」
 は? と聞き返すと、加納さんはこちらを向いた。
「ものすごく積もって人を困らせるほどのものでもなければ、子供たちがカマクラや雪ダルマを作れるほどのものでもない。すぐに消えるし、取り立てて役には立たない。……でもさ、ワクワクするだろ? まるで、ほんのちょっと人を喜ばせるためだけに、あるみたいじゃないか。そういうところがワコの力と同じ、ってこと」
 そして、目を細めた。

「『天からの贈り物』 だ。俺はそう思う」
「…………」

 なんの役にも立たない力。
 人によっては、「気味が悪い」 としか思えないような力。
 でも、どうしようもないのだ。変えられないし、捨てられない。その力を含めて、私は私。時々鬱陶しいこともあるけれど、私自身は、やっぱりこの力のことを愛しく思っている。力を否定されたり拒絶されたら悲しくなるのは、そのためだ。
 ……だから。

 天からの贈り物、と思ってくれる人に巡り会えた奇跡を、その人と同じものを共有できる幸福を、今はただ、喜ぼうと思う。

 少し迷ってから、そっと加納さんの手に触れた。
 そうしたら、ぎゅっと握られた。
 雪が降っているくらい寒いのに、頬が熱い。
 この手とこの手に、赤い糸が繋がっているのかどうかは、私には見えないけれど。
 ──見えないからこそ、こんなにも楽しいのかもしれない。

Fin.



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