はるあらし

22.取引と約束



 ラブホテルの駐車場というものは、おおむね、入口と出口が別々になって設けられている。
 入っていく車と出ていく車が鉢合わせしないように、という配慮なのだろう、多分。そりゃまあ、いざこれからというカップルと、事を済ませたカップルが、お互いバッチリ目が合ってしまったりしたら、気まずいことこの上ない。万が一、相手が顔見知りだったりした場合、その後問題が発生したりするケースもあり得なくはないだろうし。
 しかし入口も出口も、共通しているのは、なるべく人通りの少ない道路に面して開かれているということだ。
 堂々と手を繋いで入る男女もいるかもしれないが、どちらかといえばそちらのほうが少数派で、特に身を隠さなければならない事情がなくたって、あまりこういう場所に出入りするところを他人に見られたくはないのだろう。
 そんなわけで、ホテルの出口のほうから少し離れた場所に停められた、その灰色の車は、闇にまぎれられるわけでもない昼のこの時間、いかにも居心地が悪そうに、ひっそりと息をひそめているように見えた。
 黒いスモークフィルムの貼られた運転席側の窓が、わずかに開けられている。その隙間で、陽の光に反射してきらりと輝くものがある。おそらくカメラレンズだ。
 おれは身を伏せながらその車にゆっくり近寄っていって、運転席からの死角に廻り込んだ。
 しばらくそのままじっとしていると、タイミングよく、出口から車が一台出てくる気配がした。それと同時に、運転席側の窓の隙間がもう少し大きくなる。写真を撮るためにか、あるいは対象を確認するためにか、望遠レンズの先が、目立たないように車の内から外界へと伸ばされた。
 その瞬間、おれは素早く立ち上がり、レンズの先端をがっちり掴んだ。
 カメラを構えていた人物は、いきなり自分の手にしているものが、何者かによって力強く外側に引っ張られたことに、相当驚愕したらしい。盗られる、と思ったのか、壊される、と思ったのか、慌てて窓を全開にした。
「おい、何す──」
 開いた窓からすかさず腕を差し入れて、血相を変えて怒鳴ろうとしたその男の胸倉を掴み、乱暴に自分の方へと引き寄せた。
「どうも、こんにちは」
 ハルさんを見習って、にっこり笑って言うと、息がかかるくらい近くにある男の顔が青くなった。


「逃げないでくださいね、少し話し合いがしたいだけなんですよ」
 おれがそう言うと、男は唇の端を皮肉っぽく上げて、「逃げようがねえだろ、この状況じゃ」 と吐き捨てるように言った。
 四十半ばから五十代、というくらいの、ひょろりと痩せた中年男だった。格好はなんとなくしょぼくれて、うっすらと無精ひげが残ったような風采のあがらない容貌をしているが、目には油断のならない光が底のほうでちかちか瞬いている。
 時と場合によって、ウサギにもネズミにも虎にも自分を変えることが出来そうなタイプの男だな、とおれは直感的に思った。個人的に、あまり親しくなりたくない。
「いい加減、手を離してくれよ。あんた、ぼっちゃんヅラしてるわりに、やることは強引だね」
 おれの両手は、まだ男の胸倉を掴んだままだ。簡単に振りほどかれないように、喉元で強めに締め上げているので苦しいのかもしれないが、すぐに力を抜いてやるわけにもいかない。
「アクセル踏んで振り切って逃げられると困るんです。おれと話をすることは、特にそちらにとって損にはならないと思いますよ」
「どうだかね」
 男はふんと鼻で息をして笑って見せたが、抵抗する気はない、という意思を示すためか、両手を上げて肩を竦めるような仕草をした。
「わかったよ。あんたの勝ちだ。会ってすぐホテルに直行するなんて、最近の若いやつらは節操がないねと思ったけど、見事にハメられた」
「こっちだって結構恥ずかしい思いをしたんですから、それなりの収穫がなきゃやってられません」
 本当ならハルさんに一発殴られたって無理はない、というような誘い方をしたのである。ハルさんはすぐに理解して、納得した上でこの計画に乗ってくれたが、さすがにホテルの駐車場に車を入れる時には、お互いに無口になって顔も見られなかった。
 彼女は今も、駐車場に置いた車の中で、じっとおれが戻るのを待っているはずだ。そんな場所に長いこと放ってはおけないし、心配もしているだろうから、さっさと話を済ませてしまわないと。
「じゃあ、とりあえず」
 おれは男の洋服から離した片手を、彼の膝の上に落ちているカメラへと伸ばした。
「お、おいおい、商売道具だぞ」
 男が目を見開いて異議を申し立てたが、それには構わない。カメラを取り上げ、もう片方の手も男から外すと、少しドアから離れ、角度を変えてじっくりと検分する。
「へえ。昔ながらのカメラ、って感じですね」
「そうそう新しいものになんて買い替えられるか」
 男は仏頂面だ。なるほど、見た目からして儲かってはいなさそうだ。物慣れた態度だけど、仕事は適当な感じだし、注意力も足りているとは言い難い。おれなら、こんな興信所には頼みたいとは思わない。
「デジカメとかビデオとかは使わないんですか」
「今どきの機械は信用ならないから嫌いだ。ビデオは顔がはっきり映ってないと、あとで文句を言われるし」
 その言葉が本当か嘘かは判らないが、ざっと車内を見渡した限りでは、これ以外の望遠レンズのついたカメラや、ビデオの存在は認められなかった。
 おれは迷わずカメラの背面を開けて、フィルムを勢いよく引っ張り出した。「あ、おい」 と男が焦ったような声を出したが、すぐに諦めたらしく、ちっ、と大きな舌打ちをしてふてくされる。
「満足したなら、カメラ返せよ。それ、高価いんだぞ」
「お話が終わったらちゃんとお返しします」
 礼儀正しく微笑みかけると、はあーっと大きな息を吐きだして、シートにどさっと背中を預けた。この時点で車を急発進させて逃げることも可能なのに、よほどこのカメラを手放したくはないらしい。
「……なに、話って」
 どこか投げやりな口調で言った。
「誰に頼まれました?」
 おれが問うと、男は口元を歪めてせせら笑いを浮かべた。
「あんた、アホだろ。そんなこと、ホイホイ喋ってたら、こっちは商売あがったりだ」
「どこの誰か、教えてくれるだけでいいんですよ。あとはこちらでなんとかします。お宅がどこの興信所なのか、それとも調査事務所なのか、聞いたりもしません」
「ダメだね。この仕事、信用第一だ」
「見上げた精神ですね」
 おれは奪ったカメラを肩にぶら下げると、着ていた上着から財布を取り出した。
 万札を一枚抜き出し、男が着ていたシャツの胸ポケットに差し込む。男は表情を変えなかったが、ぎょろりと目を大きくして、まだ数枚の万札が入っているおれの財布の中身をちらっと確認した。
「女のために金を撒くのを惜しいとは思わねえってか。金持ちは違うね」
 嫌味っぽい口調で言われたが、おれは気にしなかった。それでハルさんの安全が保障されるのなら、確かに惜しいとは思わない。
「おれに捕まって醜態を晒したことを、いちいち依頼人に報告したりはしないでしょう? そちらには適当に言いつくろっておいて、正当な調査代金を受け取っておけばいい。多少、吹っ掛けたっていいくらいだ。つまり、この金は、それとは関係のない、あなた個人のポケットマネーということになる。どうします? ここでやめますか?」
「……あんた、善人みたいな顔して、意外と性悪だね」
「取引です」
 おれは真面目な顔で言って、もう一枚、万札をポケットに差し込んだ。
「以前から、彼女を尾け廻していたのも、あなたですね?」
「──俺だけじゃねえけどな。あと一人が交代で」
 低い声で答える男は、自分のポケットに入った紙幣に視線を据えている。
「一度、尾行を止めましたね」
「よく知ってんな。あの娘さんの勘が鋭いのか、俺たちが間抜けなのか」
 くくっと自嘲気味に笑った。どっちもですよ、とおれは心の中で返事をする。
「最初から、二週間、て期限をつけた調査だったんだよ。それでもこっちは苦労したんだぜ。あの子、いきなり走り出したり、店に入ったと思ったら裏口から出て行ったり、とにかくおかしな行動ばかりするもんでさ。尾行を撒かれたのも、一度や二度じゃない」
「彼女の何を調べてたんです?」
「さあねえ」
 おれはもう一枚万札を入れたが、男は苦笑した。
「いやホントに。俺の事務所に来る客なんてのは、九十パーセントが女房か亭主の浮気調査なんだけどね。そっちは判りやすいだろ? 相手の不貞現場を見つけて証拠を掴め、ってことだからさ。けど今回の依頼は、そういうんじゃないんだ。何か目的があって、それを調べろってことじゃなく、いや目的はあるんだが──うーん、なんていうか」
 上手に言えないようで、本人ももどかしそうだ。考えるように目を車の天井に向けて、
「もっと、悪意があった」
 と、ぼそりと言った。
「あの子の弱い部分、嫌な部分、探られたら痛むような部分を、どうにか見つけ出してこい、っていうかね。いやもちろん、はっきりと言葉にしてそう言ったわけでもねえんだけどさ、要点をまとめると、そういうことだった。そういうところが本当にあるのかどうかも判りゃしない、雲を掴むような曖昧な依頼だったんだ。本人は何か事情みたいなことを長々と並べてたけど、ウソくさくて、まともに聞く気にもならなかったよ。まあ、こっちは金さえちゃんともらえればいいからね。でも正直、それをネタに、あの子を脅迫でもするのかな、って俺は思った」
「…………」
 おれは口を結び、眉を寄せる。ハルさんが、そんな風に誰かに恨まれるとは、にわかには信じがたかった。
 菊里商事社長の娘だから、弱みを掴めば親から金が取れる、とでも踏んだのか? しかし言ってはなんだが、おれだったらその場合、もっと隙のありそうな響氏を利用することを真っ先に考える。
「そんなわけで、実を言うと、俺もあんまりこの仕事に乗り気にはなれなかったんだ」
 と、男は薄っすら笑って肩を竦めた。
「俺から見ると、ありゃただの子供のワガママそのものだったからね。二週間の期限が終わって、大した成果がないと知ると、一旦は引き下がったんだが、数日してから、やっぱりもう一度よく調べてくれ、ときた。諦める、弁える、こんなもんだと納得して大人しく収める、ってことを知らない。大人になりきれてねえんだよ。だから自分の思った通りに事が運ばないと、こんなのはおかしい、って思うわけさ。何も見つからないのは、調査が足りないからだ、と思う。いつだって、悪いのは、自分じゃなくて他人。そんなガキに振り回されるのは、金のためとはいえ、けっこう嫌気が差してたんだ」
 この仕事に対して抑えつけていた感情が、喋っているうちにぶり返してきたのか、男はだんだん饒舌になってきた。今がいい頃合いかもしれない。
「──依頼したのは、誰なんです?」
 おれのその質問に、男は少し考えて、片手の指を二本立てて見せた。
 財布から、今度は二枚の万札を出して、ポケットに入れてやると、男はにやりと笑って、依頼人の名前を口にした。


          ***


 助手席に座っているハルさんに顔を見せてから車に乗り込むと、彼女はほっとしたように顔を綻ばせた。
「お待たせしました。こんなところに長々とほったらかしにしておいて、すみませんでした」
 まず謝って、エンジンをかけた。ホテルの駐車場内なんかでエンジンをかけっぱなしにしておくと、変に目立つかもしれないから、と切っておいたのだが、車内からはすでにずいぶんと暖気が抜けている。春はまだもう少し先のようだ。
「寒くなかったですか、ハルさん」
「はい、大丈夫です」
 答えながら、ハルさんはおれの言葉の先を待つ顔になった。
 おれはゆっくりとアクセルを踏み込み、ハンドルを動かして、車の方向と一緒に話の方向も変えた。
「ここじゃ、中に入って温かいお茶でも、というわけにもいきませんしね」
 軽口をたたいて、少し笑う。ハルさんは何かを言いかけたが、おれの横顔を見て、口を噤んだ。
 出口から車を出す時、幸いなことに歩行者とも走行する他の車とも行き合わずに済んだ。こんなところを見ず知らずでも誰か第三者に見られたら、おれはともかく、ハルさんが気の毒だ。事実としては駐車場内を通り抜けた程度のことだが、他の人間にはそんなことは知りようがない。
 道路に出ても、灰色の車の姿はもうどこにも見えなかった。
 ハルさんは窓から外に目をやり、それからおれに再び視線を戻した。瞳に、怪訝そうな色が浮かんでいる。
「哲秋さん、あの……」
「すみませんでした、ハルさん」
「はい?」
「逃げられました」
 おれはさらりと言った。
「え?」
 ハルさんが目を瞬く。
「ただ、少しは話もできました。ストーカーではなくて、やっぱり興信所の類でした。……でも」
 顔を動かし、ハルさんを正面から見返して、穏やかに微笑した。

「依頼人の名前までは、聞き出せませんでした」

「…………」
 ハルさんは黙ったが、おれはそのまま続けた。
「目的も判りませんでした。そこまで聞こうとしたら車を発進させて逃げられまして。追いかけたんですけど、捕まりませんでした。今日はもう尾けてこないと思いますし、撮られたかもしれない写真も始末しましたから、その点は安心してください」
「…………。そう、ですか」
 少しの沈黙の後で、ハルさんはそう言った。そこまでしたのに逃げられたんですか、とは、訊ねられなかった。
 それから、にこっと笑った。
「そんなことより、哲秋さんがご無事でなによりでした。今頃、スタンガンを押しつけられて、気絶させられて、港の倉庫にでも運ばれているんじゃないかと思うと、生きた心地もしませんでしたのよ」
「ハリウッド映画かヤクザ映画の見すぎじゃないですかね。大体、それはハルさん自身にこそ心配して欲しいことなんですけど」
「私は、どこかに拉致されて拷問されている哲秋さんのピンチに、颯爽と登場して救出する役回りですわ」
「あんまり嬉しくないです」
「コスプレはどんなのがいちばん相応しいか、非常に迷ってしまいます」
「どうやら、退屈はしてなかったみたいですね」
 そう言って、おれも笑った。
 我ながら、ぎこちない笑い方だと思った。


 山にまで行って散策したり景色を堪能したりするような時間はなくなってしまったので、そのまま海へ向かうことにした。
 それでも到着した頃には、もう空が薄くオレンジ色に染まりだしていた。あまりのんびり過ごしていたら、ハルさんを自宅に送り届けるのが遅くなってしまう。
 そう言ったら、ハルさんに笑われた。
「子供じゃないんですから、少しくらい遅くなったって平気です」
「そういうわけにはいきませんよ。大事な娘さんをお預かりしてるんですから」
「まあ、親父くさいこと仰って。ホテルにまでご一緒した仲ですのに」
「…………」
 今さらながら恥ずかしくなって、ぽりぽりと頭を掻く。せめて 「水くさい」 と言ってほしいところだが、内容自体は本当なので、否定が出来ない。
「赤くなったハルさんは、可愛かったですね」
 ちょっとした仕返しのつもりでそう言い返したら、意外にもハルさんがぽっと頬を染めて視線を下に向けたので、少し狼狽した。
「だって、突然でしたから」
 その言い方、突然でなければよかったように聞こえてしまうのだが。ハルさんも、多少平常心を欠いているらしい。
「ハルさんに張り倒されないだけ、よかったです」
「張り倒されたかった、と言われても、困ってしまいますけど」
 お互いに、微妙にズレた会話をしているな、と思った。触れられない何かを中心にして、二人でぐるぐる廻っているような感じがする。
「哲秋さん、せっかく来たんですから、外に出てみませんか?」
 ハルさんもおれと同じようなことを思ったのだろう、いきなり陽気な声を出してそう提案すると、さっさと車を降りて外に出た。
 おれも出たが、その途端、冷たい風が顔に吹きつけてきて、思わず目を眇める。遮るものが何もないこんな場所は、街中よりも数倍寒かった。春の気配云々という以前に、これでは完全に冬の気温である。
「風邪ひきますよ、ハルさん。これを着て」
 コートも着ていないハルさんに、自分の上着を渡そうとしたが、「大丈夫です」 と辞退された。
「哲秋さんこそ、風邪をひいてしまうじゃありませんか」
「おれは平気です」
「私も平気です。春音は春の子元気な子ですから」
 どうしてこの人は、いちいちそういうわけの判らない理屈を言うのだろう。
 いいから、と半ば無理やり被せるようにしてハルさんに上着を着せかける。ハルさんはそんなに背の低いほうではないのだが、やっぱり男物の上着はブカブカだった。
 そうして二人で堤防を下りて砂浜に立ってみたものの、あたりには誰もいない。そりゃ、こんな寒い中をのんびり散歩しようなんて物好き、おれとハルさんくらいだよな。
「海に夕日なんて、素晴らしい舞台設定ですのに、もったいないですわね」
「ハルさんはこの舞台でどんなことをしたいんですか」
「夕日に向かって叫んだり、わっせわっせとランニングして青春の文字を背負ったり、いきなり裸足になって海の中に走っていって私を捕まえてごらんなさーいとか言ったりするんですわ」
「……普通に歩くだけで我慢してください」
「じゃあせめて、貝殻を拾っていってもいいですか?」
「好きなだけどうぞ」
 何が楽しくてそういうことがしたいのかはよく判らないが、ハルさんは張り切って、持って帰れそうな綺麗な貝殻を探しはじめた。
 しばらくうろうろして、お目にかなうものが見つかったらしく、あ、と声を出す。
 嬉しそうに手を伸ばそうとして、止めた。
「哲秋さん、大変です」
「はい?」
「手が出ません」
 見ると、おれの上着の袖の中に、ハルさんの手がすっぽり隠れてしまっている。なんとか出そうとしてぶんぶんと腕を振ったりするのだが、袖が長くて、なかなか手の平が現れない。苦戦するハルさんに、おれは噴き出した。
「これですか?」
 ハルさんが伸ばそうとしていた先にあった白い貝殻を拾い、長い袖口から、ハルさんの手の平を引っ張り出して、そこに乗せてやる。
 そして、貝殻ごとハルさんの手を握った。
「少し、歩きましょうか」
 そう言って、手を繋いだまま、前を向いて歩き出す。ハルさんは返事をしなかったが、おれの歩みに従うように、足を動かした。
 寄せては返す波音を聴きながら、二人でしばらく黙って砂を踏んだ。寒いし、暗くなるし、そろそろ切り上げないとな、と自分を戒める心の声とは裏腹に、足が止まらない。いつまでもこんな静かな時間が続けばいいのにと本気で思った。
「……ハルさん」
 呼びかけると、今度は、はい、と返事があった。おれは目線を前方に向けたままだったので、彼女がどんな顔をしていたのかは判らない。
 そっとおれの手を握り返す、温かく優しい感触だけを意識する。
「これからはもう、誰も、ハルさんのあとを尾け廻したりしませんから」
「…………」
 ハルさんは何も言わない。
「──もう、二度と、あんなことはさせませんから」
 前を向いて、強い口調できっぱりと言い切り、おれはハルさんの柔らかな手をもう一度ぐっと握った。



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