はるあらし

6.屋上遊園地



 そのデパートの屋上には、確かに多少の遊具らしきものがあった。
 小さな回転木馬、軽食類を売っている売店、コインを入れるとガタガタ揺れる小さな車。大人が乗ったらすぐに潰れてしまいそうな列車もあって、一跨ぎできるくらいの短い線路の上を、大人しくゴトゴトと一周したりしている。
 遊園地、と呼ぶには本物の遊園地に対して申し訳ないくらいのものだったが、それでも、楽しげにはしゃぎ廻る子供とその親たちで、屋上はそれなりに賑わっていた。
「へえ……こんな所があったんですね」
 このデパートには何度か来たことがあったが、屋上があることも、そこにこんなものがあることもまったく知らなかった。そもそも、おれは屋上遊園地というものを目の前で見るのははじめてである。物珍しさにきょろきょろと場内を見回し、感嘆するように言った。
 お愛想のように花の植えてあるプランターがあったり、子供しかくぐれなさそうな背の低いアーチがあったり、あちこちに風船が少しずつ飾ってあったり。
 ハッキリ言って、すべてがチープというか、この遊園地を管理している人間のやる気のなさが手に取るように判る。デパート側にしたら、やっぱり物を売る商売が主であって、こういったものはオマケでしかないのだろう。
 おれが感嘆したのは、そんな所でも、子供たちは喜んでいるようだ、という点だった。

「ほら、哲秋さん、あれがステージですわ」

 とハルさんが指差した先には、これまた確かにステージらしきものがあった。これは何だと聞かれたら、ステージ……かなあ、と答えるしかないようなシロモノだ。これに比べれば、公園で野ざらしになっている野外ステージのほうが百倍くらいマシだなと思わずにいられない。
 幅も狭い小さな木製のステージ台は、ところどころが腐蝕しているらしく、黒く変色しかかっている。
 あれに人が乗るのか。大丈夫なのか。床が抜け落ちたりしないのかな。
「座りません? ちょうどもうすぐ始まるようですし」
 ステージのすぐ手前には折り畳み式の看板があって、そこには 「いっしょにあそぼう・森のゆかいな仲間たち」 というタイトルと、不自然に笑顔を固定させた熊とウサギとパンダの着ぐるみが映ったポスターが貼られていた。パンダも森のゆかいな仲間に加われるとは、なかなか斬新だ。
 ポスターに記載されているショーの開催時間は、あと五分に迫っていた。一日二回公演なので、ちょうどいいタイミングだったようだ。見たいか見たくないかと言われれば正直やっぱり微妙だが、ハルさんはニコニコして嬉しそうだったので、よかったと思うことにした。
 ショーを楽しみにしているのはハルさんだけではないらしく、ステージ前のベンチには、すでにたくさんの子供とその保護者が陣取って、さわさわと開演を待っている。空席がほとんどなかったので、おれたちはいちばん後列のベンチの隅に腰かけたのだが、それでも周囲からは浮きまくっていた。
 子供たち (とハルさん) の視線はずっとステージに釘づけだが、その親たちの目がチラッチラッとこちらに飛んでくる。不思議そうな表情で、異物を見るような目で見ては、微笑混じりに口元を上げられ、居心地悪いことこの上ない。そりゃそうだよな。子供連れでもないカップル、しかもおれに至ってはスーツ姿である。
 母の言う 「見合いの常識」 はアテにならないことが、これで判明した。というか、その常識は多分、ハルさんには適用されない。肝に銘じておこう。
 ややあって、陽気な音楽が鳴り響き、全員の顔が前方へと向かった。ほっとしながら、おれはステージではなく隣のハルさんをちらりと見る。周りのことなんて一切気にしないで、喜んで拍手をしているハルさんはやっぱり大物だ。

「こんにちはー!」

 ステージ上を駆けて、元気いっぱいにそう挨拶をしたのは若い女性だった。下はジーンズだが、真っ黄色のキャップと真っ黄色のトレーナーを身につけていて、ちょっと目がチカチカする。モチーフはバナナの妖精か何かなのだろうか。
「今日は、おねえさんと、森のみんなと一緒に、楽しく遊ぼうねー!」
 という掛け声ではじまったショーは、一言で言うと、幼児体操教室、みたいなものだった。音楽に合わせて、手を叩いたり、ジャンプをしたり。ステージ上のおねえさんとゆかいな仲間たちの動きを、見よう見真似で子供たちが模倣している。どの顔も一生懸命だが、その様子をスマホで撮る親たちのほうがさらに一生懸命だった。
 小さい子供を持った親っていうのはこういうものなのか、とおれはショーよりも、そっちのほうに感心した。おれ自身は、そもそも両親と出かけること自体が稀だったから、頭の中のどこをどうひっくり返してみても、こんな風に子供を見て喜ぶ親の記憶を見つけ出すことが出来ない。普通はこういうものなのかな。そういえば、運動会や学芸会とかでは、友達の親はよくデジカメやビデオで子供を撮影していたっけ。おれの家から来てくれるのは、スミさんくらいだったけど。
 その賑やかな体操がしばらく続いたところで、音楽が止んだ。
 ステージの中央に出てきた黄色のおねえさんが、
「はーい、ではこれから、みんなの中で何人か、ポン太くんたちと一緒にこのステージの上で踊りたいと思いまーす! ステージに乗ってみたいと思うお友達はいますかー?」
 と観客に向かって誘いをかけてきた。
 ちなみにポン太くんは熊の名前だ。あれは熊じゃなくて、実はタヌキなんだろうかと疑問に思わせるネーミングである。
「ステージに上がれるのは、十人までですよー」
 おねえさんが両手を広げて人数を制限している。そうやって競争意識を煽ろうとする意図があるというよりは、狭くて本当にそれ以上は乗りきらないのだろう。
 しかし、なかなか率先して名乗りを上げる子供がいない。いつもこんなものなのか、今日はたまたま控えめな子供が多かったのか、親に促されても、もじもじして首を横に振っている子供ばかりだ。「恥ずかしいのかなー? 大丈夫ですよー」 とステージからおねえさんが呼びかけても、先陣を切ってそちらに向かっていこうとする子はいなかった。
「ポン太くんたちも待ってるよー。来てくれるお友達はいませんかー?」
 おねえさんの声にも、わずかながら焦りが混ざりはじめてきた。少しずつ気まずい雰囲気が漂いだして、自分の子供の背中を押す母親は笑いつつも、手に力が入っている。大人として、これはなんとかしないといかん、と察しているのだろう。
 でも、親が強引に行かせようとすればするほど、かえって子供というのは頑なに拒むようになるらしい。おねえさんが困ってるでしょ! と母親がこっそり叱ったりしているのだが、幼児に空気を読むことを強制するのは気の毒ってもんだよなあ、とおれは他人事ながらハラハラしてその様子を眺めていた。
 と、その時。

「はーい!」

 待望の一人目の声があがった。
 やれやれよかった、勇気のある子供だな──と思いながら声の方向を見たら、高々と手を挙げているのは隣のハルさんだった。
「…………」
 もちろん、唖然としたのはおればかりではない。その周囲の大人も、さらに言うならステージ上のおねえさんもだ。しかし一瞬後には、彼女は自分の仕事を思い出し、ぱっと笑顔に切り替えた。さすがプロ。
「わあー、少し大きなお友達が手を挙げてくれましたよー! どうぞこちらまで出てきてくださーい!」
 おねえさんに促され、立ち上がったハルさんが堂々とベンチの間を通り抜けてステージへと向かう。
 そのあまりにも恥じらいとは無縁の歩きっぷりに感化されたのか、おずおずした様子で幼稚園くらいの男の子が、それから小さな女の子が続き、最終的に、ステージにはハルさんと九人の子供が並ぶことになった。
「こんにちはー! お名前は? いくつですかー?」
 と、おねえさんが子供たちから順番に名前と年齢を訊ねていく。「すずきかずや、ごさいです」 というたどたどしくも微笑ましく答える子供たちの最後尾に立ち、
「菊里春音、二十四歳です!」
 と元気よく答えるハルさんは、観客から大いにウケをとっていた。少々ヤケクソ気味のおねえさんの 「ハルネちゃんは、どんな食べ物が好きですかー?」 という質問にも、
「お肉が好きです。お肉なら、豚でも牛でも鳥でもイノシシでも羊でも、どーんとこいです!」
 とこれまた元気いっぱいに答えて、やっぱりウケていた。どんだけ肉好きなんですか、ハルさん。
 その後、ハルさんはステージの上で、子供や着ぐるみと一緒になって、腕を大きく振り廻したり、ヒールをものともせずにぴょんぴょん跳ねたり、背の低い子供たちの肩に手を置き輪になってぐるぐると行進したりした。ニコニコ顔のハルさんは、しかしどれも大真面目に、それらを一つ一つこなしていた。
 優雅かつ大胆な動きは、他の子供たちとアンバランスなようで、そのくせ統制が取れているような感じもする。ハルさんにつられ、子供たちも熱心に真顔で取り組んでいるのだが、なにしろ一緒にいるのはとぼけた顔をした熊やウサギなので、可笑しくてしょうがない。
 あまりにもベンチの観客が湧くので、興味を持ったらしい他の客もぞろぞろと寄ってきて、最後には立ち見に溢れた大盛況となったショーは、やんやの喝采の中、終演を迎えた。
 笑いすぎて痛くなった腹筋を押さえているおれに向かって、ステージに立ったハルさんは、パタパタと子供みたいに手を振った。


          ***


 ショーが終わってから、おれの許に戻ってきたハルさんは、「ちょっと待っててくださいね」 と言い残し、するりと人波の中に消えてしまった。
 ベンチに座ったまま待っていると、少しして、香ばしい匂いと共に、ホットドッグを差し出された。
「哲秋さんのお口に合うかわかりませんけど」
 とハルさんは言ったが、おれは礼を言ってそれを受け取った。ハルさんの手にはもう一つ同じものがあって、おれの隣に腰かけると、にこっと笑いかけてから、ぱくりと食べた。
 代金を、と言い出すのも野暮なので、ここはありがたく奢られることにして、おれもホットドッグにかぶりつく。デートで女性に何かを奢ってもらうというのははじめての経験だ。スーツ姿でこういうものを食べるのも。
 ホットドッグはケチャップとマスタードの味が強烈で、肝心のソーセージのほうの味がよく判らないくらいだったが、それでも、青空の下、気持ちよく風が吹き通る屋上のベンチに座り、きゃあきゃあと騒ぐ子供の声を耳に入れながらこういうものを食べるのも、悪くはないものだなと思った。
「……ハルさんは、こういうところに来るのははじめてではないんですよね?」
 と問いかけると、ハルさんはこくんと頷いた。
「子供の頃に、父に何度か連れてきてもらいました。大人になってからは来ていなかったのですけど、意外と、変わっていないものですね」
 そう言って、懐かしそうに目を細め、周囲をぐるりと見回す。ハルさんはきっと、子供の頃から可愛らしい外見をしていたのだろう。中身は今よりはもうちょっと判りやすかったんだろうか。
「デートでは来ませんでしたか」
 口に出してから、立ち入りすぎかな、と後悔した。この質問、ハルさんの男関係に探りを入れているとも受け取られかねない。
「いいえ、それが」
 どう受け取ったのかは不明だが、ハルさんは真顔で頬に手を当てた。
「私、モテませんの」
「そんなことは──」
「あ、いえ、モテるんですの。見た目は。ですから、あまり面識のないような男性からは、デートのお誘いを受けることもしばしばあります」
 しれっと言ってから、ふう、と溜め息を落とす。
「でもあまり上手くいったためしがございません。なぜでしょう?」
「……うーん」
 外見と中身にギャップがありすぎるせいでは? と思ったが、口には出せない。
「その男たちに、見る目がない、んじゃないでしょうかね」
「そうですかしら。なんだか、思いきりドン引きしたような顔をされることもありますの」
「…………。気のせいじゃないですか」
「そうですかしら」
「そうですよ」
「思ってたのと違う、と言われたこともあります」
「そんな失礼なことを言う男は放っておけばいいですよ」
「どいつもこいつも腑抜けばかりで」
「え」
「ドイツはいつも憤怒の気ばかりで」
 ものすごく適当な誤魔化しかたをして、ハルさんはホットドッグにぱくっと噛みついた。ドイツの人に怒られますよ。ニコニコしながら出される毒舌も、男に引かれる原因の一つじゃないかなという気がするんだけど。
 しかし、「見る目がない」 と思ったのも本当だ。ハルさんは確かに変わっているし、性格も未だに謎ばかりで、当惑することはかなり多いが、不快に思ったことは一度もない。
 見た目だけでハルさんに言い寄った男たちは、彼女が、大和撫子のような外見にそぐって、人形みたいに静かで大人しい女性だったら満足したのだろうか。

 ──ハルさんが本当にそういう女性だったら、こんな風に屋上遊園地で大笑いしたり、ホットドッグを並んで食べたりすることも出来なかったんだな、とおれは思った。

「あのー」
 突然聞き覚えのない声に割って入られて、意識を戻した。
 顔を向けると、そこには、ハルさんと同じくらいか、もう少し年下くらいの若い女性が立っている。どこかで見たような、とまじまじとその顔を見て、あ、と気がついた。
 黄色のおねえさんではないか。
 黒い上着を着て、キャップを脱いで髪を下ろしているから判らなかった。声も低めで、ステージで出していた甲高いものとはまるきり別物だ。
「さっきはどうも」
 照れくさそうに頭を下げたおねえさんは、ハルさんに 「お疲れ様でした」 とにっこりされ、へへへと笑った。ステージを下りたおねえさんは、周りの景色にあっさり溶け込んでしまえるほど、普通の女の子だった。
「助かりました。ああいう時って、なかなか場が保たなくて。止めても子供たちがどんどんステージに押し寄せてくるようなこともあるんですけど、今日みたいにちっとも出てきてくれないこともあるんです。テンション下げちゃまずいんでフォローするんですけどね、こっちはもう必死ですよ。今日も、頼むから誰か出てきてーって、祈るような気持ちでした」
 おねえさんの仕事も、いろいろと大変らしい。
「大人の参加ははじめてだったんで、最初は戸惑ったけど、ホントに助かりました。今までのショーの中で、一番盛り上がったし。お客さんにも楽しんでもらえて、私も嬉しいです。身体を張って助け船を出してくれて、ありがとうございました。一言、お礼を言っておこうと思って」
「…………」
 ハルさんは微笑を動かさないままおねえさんを見返していたが、少しの間のあとで、「……お役に立てたのなら、よかったです」 と言った。おれは噴き出すのを堪えるため、下を向いた。
 ぺこんと元気よくお辞儀して、「じゃまたー!」 とおねえさんは走り去っていった。小さくなっていく後ろ姿をしばらく二人で無言になって見送り、おれはごほんと咳払いをして、ハルさんのほうを振り向いた。
「ハルさん、あれ、おねえさんを助けるためにやったんですね」
「…………」
「おれはてっきり、心の底からポン太くんたちと一緒に踊りたくて手を挙げたんだとばかり思ってたんですけど。なるほど、あれは場の空気を壊さないための、演技だったわけですか」
「…………」
「人助けのためのパフォーマンスだったんですね」
「…………」
 ハルさんはくるりとこちらを向くと、ニッコリ笑って 「もちろん、そうですわ」 と言い切ってから、反対側を向いた。
 顔は見えなかったが、頑張って踊ったのに……と不本意そうにぶつぶつと呟く小さな声が耳に届いて、おれは我慢できずに噴き出した。
 ハルさんとのデートは、あらゆることが新鮮だ。



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