遠くの星

41.希求



「奈津が怯えていたのは、あの人に会おうとしているのを和人さんに見つかったからじゃない」
 トモ兄の目を覗き込みながら、私はゆっくりとした口調で言った。未だ出血の止まらない私の右手と、その血がベッタリと付着した私の左手にがっちり掴まれ、トモ兄の手もすっかり赤く汚れてしまっている。悪いなあ、と申し訳ない気もしたが、今はそうすべきだと思ったのだから、しょうがない。
 トモ兄は私の傷を気にしつつ、それでもちゃんと私の目を見返して、話に耳を傾けてくれていた。少しでも動くと私が痛みに顔を顰めることに気がついたのか、掴まれた手は置物みたいにぴくりとも動かない。トモ兄は律儀だ。律儀で、そして、やっぱり優しい。
 ……和人さんも、きっとこんな風に、優しい人だったのだろう。
「桜の中から現れた和人さんは、もう、以前の和人さんではなくなってしまっていた。和人さんが持っていた美しい性質をすべて外に追いやって、何か別のものに、心と身体を奪われてしまったみたいだった。奈津には、それがよく判った」
 優しく微笑んでいた、ように見えた和人さん。
 けれど本当は、微笑んでいたわけではなかったのだ。眉が緩み、目元が緩み、口元が緩み、すべてがだらりと弛緩して、それが微笑のような形になっていただけのことだった。奈津に向けられる、深い愛情のこもった瞳からは、彼の持つ理性と知性が、すっかり失われていた。
 奈津を愛しすぎて憎みすぎて、和人さんの精神は、どこか遠い別の世界へと足を踏み入れてしまっていた。奈津には、それがはっきりと判った。手に持った小刀を見るまでもなく。
「奈津は、それが怖かったんだよ。和人さんが狂ってしまったことが、じゃなく、和人さんがそうなってしまった原因が、すべて自分にある、ということが」
 和人さんは、優しく聡明で、穏やかな人だった。彼を取り巻く環境からしたら、将来の選択肢は他にいくつでもあっただろう。もっとお金と権力を得ることも、もっと地位や名声を望むことも、おそらく可能だったのだろうに、その中でも、医者という道を選んで進もうとしたのは、彼の中に、「人を助けたい」 という尊い意志と性質があったからだと思う。小さい頃から彼と親しんできた奈津は、それを知っていた。奈津は、そういう和人さんのことを、昔からずっと尊敬していたのだ。
「その和人さんを変えてしまったのが自分だ、っていうことが、奈津にはものすごいショックだったんだよ。自分がいなければ、そのまま立派なお医者さまになって、たくさんの人を助けて優しく笑っていられただろう和人さんが、今はこうして小刀を手に、人を傷つけてる。和人さんの未来を歪めて、壊してしまったのは、何もかも自分のせいだと思った。……だから、ねえ、トモ兄。奈津は、逃げなかったでしょ?」
 私の言葉に、トモ兄は少し、怪訝そうな表情をした。

「和人さんが小刀を向けた時、奈津はまったく逃げなかったでしょ? 声を出すこともしなかったし、抵抗もしなかったでしょ? 避けようとすら、しなかったでしょ?」

「…………」
 精神の平衡を失ってしまっていた和人さんは、おそらくそれに気がつかなかっただろう。そんなところにまで気を廻す余裕もなかっただろう。でも、トモ兄なら判るはず。何度も何度も同じ記憶を、悪夢という形で再現して見続けていたトモ兄なら。知哉、という健全な大学生としての視点からなら、ちゃんとあの悲劇を、客観的に眺めることも出来るはず。
 トモ兄は黙ったままだったけど、口許を厳しく引き締めた。
「奈津はね、トモ兄」
 私はトモ兄の目をまっすぐに見つめ、強い声を出した。
「弱かったんだよ。あまりにも、弱すぎた。自分の行動のせいで、優しくて気高い考えを持っていた和人さんが失われてしまったという現実に、耐えられなかった。怖くて、つらくて、悲しくて、罪の意識と自責の念にそのまま押し潰されてしまった。あまりにも苦しくて、自分の存在を消して、この世界からなくしてしまいたいと思った。だから、死を選んだ。……刺したのは和人さんでも、刺されたのは、奈津の意志だった」
「奈津は……優しい、娘だったんだ」
 トモ兄が反論するように、奈津を庇うように、ぽつりと言った。
 私は断固として首を横に振った。違うよ、トモ兄。
「違う。そんなのは、全然まったく、優しさなんかじゃない。奈津は結局、逃げたんだよ。せっかく自分の理想のために、決心して前に進もうとしたのに、目の前の現実がつらすぎて、そこで諦めちゃったんだよ。優しい、んじゃない。奈津はただ──弱かったんだよ」
 大人しく、従順な奈津。
 でも、もう少し奈津が、「強さ」 というものを持っていた娘であったなら、状況はいくらでも変えられたはずだった。あんな悲劇が起こる前に、食い止められていたはずだった。
 和人さんから縁談の申し出があった時。
 父と母がそれを承諾した時。
 あの人が町を出て行くと知った時。
 自分の意志も気持ちも、誰も聞いてくれないからと諦めて、すべてを唯々諾々と受け入れてしまったりせずに、もっとちゃんと、自分の言いたいことを言うべきだったのだ。せめて、そういう努力を、するべきだったのだ。
 どうして私に直接お話ししてくれないんですかと。自分の心が納得できるまでもう少し時間を下さいと。あなたにとって私の存在は何だったのですかと。
 私はもう、庇護されるだけの人形ではいたくないんです、と。
 文句を言って、抗議して、怒って、戦って、時には暴れてでも、他の人たちに、自分の考えをきちんと伝えるべきたっだのだ。
 奈津はそれをせずに、いろんな理由をつけては、諦めてしまっていた。和人さんも、両親も、あの人も、きっぱりと自分から切り捨てることも出来ず、自分が受け入れさえすればよいことなのだからと、努力することも放棄して、ただ悲しんでいるだけだった。

 そんなものは優しさなんかではない。弱いということだ。

 弱さは時に、罪悪にしかならない、と、蒼君が言っていた。まったくその通り。奈津の弱さは、結局、周囲を不幸にすることしか出来なかった。和人さんも、あの人も、お清ちゃんも、両親も。
「奈津は和人さんをぶん殴ってでも、小刀を叩き落としてでも、抵抗するべきだった。死にたくなんてない、生きたい、って主張するべきだった。もっと怒って、和人さんの胸倉引っ掴んで揺さぶって目を覚まさせて、これから二人でやっていきましょう、少しずつ信頼と愛情を築いていきましょう、そのための努力をしていきましょう、って伝えるべきだった」
 つらくても、苦しくても、泣いても、喧嘩をしても、ここからやり直しましょう、と、和人さんに訴えるべきだった。
 人形でいたくないと思ったのなら、一生そばにいるというその約束を果たすための、覚悟と責任を負わなきゃいけなかった。お互いに話し合って、それぞれの気持ちを出し合って、時間はかかっても、そうやってゆっくりと、二人でやっていこうという意思を持たなければならなかった。
 そうしていれば、いつかは、穏やかに笑い合って、手を取り合い歩いていくことも出来ただろうに。夜空の星を見ながら、遠い場所にいるあの人の幸福を思うことも出来ただろうに。
「生きていれば、いくらだってやり直しが出来たのに、奈津は、それをしなかった。幸せになれる可能性も捨てて、諦めてしまった。ごめんなさい、って、ただ謝るだけで、何もしなかった。あの悲劇は、すべて、奈津の弱さに起因するものだった。最後になって、奈津もそれに気がついたんだよ。……死ぬ前に」
 和人さんの叫びを聞いて、あの人が泣きながら自分の名を呼ぶ声を聞いて、ようやくそれに気づいた。こんなことはしてはいけなかったと、自分の選択は大きな間違いだったと、大事な人たちを悲しませるだけだったと、やっと、理解した。
 事切れる寸前、何もかも手遅れになってしまってから。
「だからずっと、願ってた。口が動かなくなって、目も見えなくなって、伝えることが出来ないから、本当に、息が止まって心臓が止まるその瞬間まで、必死になって、心の中で祈ってた。──泣かないで、って」


 ……和人さんも、あの人も、お清も、どうか。
 もう誰も、苦しむことのないように。
 泣かないで。悲しまないで。重いものを背負っていかないで。
 罪があったのは、私のほうだから。
 どうか、どうか、どうか──


「…………」
 トモ兄の目から、ぽとりと最後の涙が落ちた。
「多分、奈津の記憶が私に残ってるのは、そのためなんじゃないのかな。奈津はずっと、言いたかったんだよ。泣かないで、悲しまないで、苦しまないで、って、それだけを」
「……勝手だね。奈津も」
 トモ兄がそう呟いて、くすりと笑った。悲しげな、寂しげな、皮肉げな、けれどどこか、優しげな笑い方だった。
 そうだよね、本当に勝手だ。その言葉は、奈津が和人さんに直接言わなきゃいけなかったのだ。この現世で、「夏凛」 が 「知哉」 に言っても、意味がない。
 だから、私も笑った。そうするのが、誰にとっても、いちばんいいような気がした。
「うん、奈津も、和人さんも、勝手だよ。私たちにまで尻を持ち込むなんて迷惑なことせずに、生きているうちに、ちゃんと自分たちでなんとかして欲しかったよね。……だって、結局誰も、生きているうちにしか、『やり直す』 ことなんて、出来ないんだから。死んでしまったら、そこでもうお終い。奈津と和人さんの人生は、奈津と和人さんだけのものであって、他の誰にも肩代わりすることなんて出来ないんだから」
 ね、トモ兄、と私は言った。
「……うん。そうだね、ナツ」
 トモ兄は口元に少しだけ笑みを残して、静かに頷いた。


 それからトモ兄は、改めて、私の右手に目をやった。トモ兄の手に押さえつけていたのが多少は良かったのか、出血は大分止まってきているようだった。止血のために掴んでいたわけではないのだが。痛みも、さっきよりは収まっている。
「ちょっと、動くよ、ナツ」
「え、やだよ、痛いもん」
「痛くても、まさかこのままでいるわけにもいかないだろう? 血が固まってくると、外す時にもっと痛いよ」
 極力、そうっとした動きでトモ兄は私の右手を自分の手から離したのだが、それだけでもかなり痛かった。トモ兄の手も真っ赤っ赤だ。悪夢の場面を思い出さないといいけどなあ、と私は心配になったが、トモ兄はまったく自分の手には視線をやらずに、さっさと私のバッグからミニタオルを見つけて引っ張り出し、傷口に強く当てた。このまま握ってなさい、と指示をする。
「じゃあ、病院に──」
 そう言いながら立ち上がり、なにげなく後ろを振り返ったトモ兄は、そこに蒼君の姿があることに気づいて、口の動きを止めた。
 お互いに無言で、少しだけ向き合ってから、
「……タクシーを呼んでくるから、ナツを見ていてくれるかい」
 とトモ兄は落ち着いた声で蒼君に言って、踵を返し、駅前に向かって走っていった。


          ***


 蒼君は、さっきと寸分変わらぬ怒った顔のまま、すたすたと大股で近寄ってくると、私の前に来て、どかっと無造作に地面に座り込んだ。
 座っても、何かを言うわけでもない。眉と目を吊り上げたまま、タオルを握った私の右手を睨むようにして見ている。怖い。ここで隠すと、さらに眉の角度が上がりそうだな、と思って、私はそのままおそるおそる声をかけてみた。
「あのー、蒼君」
「…………」
「えっと、いろいろと、ご心配をおかけしたようで」
「…………」
「反省してます。ごめんなさい」
「…………」
「それであの、もうそろそろ、その怒った顔、やめてくれると嬉しいなー、と」
「…………」
「私、蒼君が言ったこと、ちゃんと忘れてなかったよ」
「当たり前だ」
 あ、やっと喋ってくれた。
 私はほっとした。声は不機嫌丸出しだけど、蒼君の場合、わりといつもそうなので、その点はそんなに気にならない。
「蒼君、どうして、伝言のことが判ったの?」
「お前の幼馴染から電話があった」
 むっつりと返ってきた返事に驚く。キクちゃん?
「ええー、キクちゃん、どうして蒼君の番号知ってたんだろ」
「自分が知ってる男を総動員して調べたらしいぞ。五分もかかった、って怒ってたけど」
 ご、五分で、個人情報を手に入れられるのか……。すごいな、あそこの親子。ていうか、元彼なども含め、一体何人の男の子が、季久子のために動いたのだろう。ううーん、すごいな、季久子ネットワーク。
「チンタラしてないで、さっさと救出に行け! って、俺も怒鳴られた」
「怖かったでしょ。キクちゃん、怒ると怖いんだよねえー」
 私もあとで猛烈に怒られるんだろうなあ、と思いつつしみじみ言うと、「なに呑気なこと言ってんだお前は」 と、季久子に怒られる前に蒼君に怒られた。
「今どき、小学生でも、あんな手には引っかからない」
「だって、感じのいいお姉さんだったんだよ。この寒い中、一生懸命ティッシュを配っててね」
「そういう問題か。なんでもかんでも人の話を鵜呑みにするな」
「だって疑う要素があんまりなかったんだもん。それにあのお姉さんは嘘ついてたわけじゃないんだし」
 「だって」 ばっかりだな、私。子供の言い訳そのものだ。
 あーあ、いつになったらちゃんとした大人になれるのかなあ。
「疑う要素がない、と思うお前の頭の中身のほうが理解不能だ」
「それほどでも」
「褒めてない。よりにもよって利き手にこんな傷つけて。お前、ほとんど本能だけで動いてるだろ」
「野生動物じゃないんだから。でもホラ、手相で見る線が増えたと思えばいいんじゃないかな」
「怒るぞ」
 すでにものすごく怒った顔をしているのに、蒼君はそう言うと、口を噤んで黙り込んでしまった。なるべく明るい方向へ話を運んでいこうという、私の目論みはどうやら完全に裏目に出ているらしい。よっぽど怒らせちゃったんだなあー、と思い、私も肩を落とす。せっかく蒼君が誘ってくれたのに、今日一日が私のせいで台無しになっちゃったもんね。
「ごめんね、蒼君」
「…………」
 しょんぼりしながら謝ると、蒼君はしばらく私の右手を見てから、視線を下の地面に落とした。
 そして、一緒に、ぼそりと言葉も落とした。

「……また……かと、思った」

 ん?
 蒼君の声は、小さすぎてほとんど聞き取れなかった。なんて? と問い返そうとしたら、またもや鉄橋を走る電車の轟音に邪魔された。ここを通る電車は、私に悪意でも持っているのだろうか。
 電車がようやく通り過ぎていった時にはもう、残念ながら、蒼君の口は頑固なくらい閉じられてしまっていた。聞いてももう絶対に答えてくれなさそうな雰囲気である。
 ……でもなんとなく、今、大事なことを言ったような気がするんだけどな。
「そ」
 蒼君、と言いかけた途端。
 ──あ、やばい、と思った。
 頭のてっぺんから、血が引いていく感じがする。すーっと、下の方に血液が落ちていく。あ、あ、やばい、これ。蒼君を前にして、一気に気持ちが緩んだのがいけなかったらしい。
 なんとか持ちこたえたかったが、無理だった。
「蒼君、ごめん、貧血、倒れる」
「え」
 とりあえず端的に現状と予測の報告をすると、蒼君はぎょっとしたように私を見た。おお、滅多に驚かない蒼君が、驚いている。今日はいろいろと貴重なものが見られる日だなあ。でもダメだ、急激に意識が遠のいていく。
「バカ、後ろに倒れるな、頭打つ」
 蒼君の慌てるような声がしたと思ったら、傷のない方の手をぐっと引かれた。そのまま私の上体は、そちらに倒れて何か柔らかいものにぶつかった。視界が暗くて、何にぶつかったのかは判らなかった。
 完全に意識を失う直前、ふわりと温かいものが頭に触れて、
「……頑張ったな」
 と、囁くような声が耳元で聞こえたように思えたのだけど、はっきりとは覚えていない。


          ***


 ──くすくす、という笑い声が聞こえる。
「駄目よ、お清。静かにね」
 私は人差し指を唇に当てて、笑いながら言った。小さなお清はぱっと両手で口を塞いで、こくこくと黙って頷いた。けれど、目がにこにこと楽しそうに笑っている。まだ幼い、可愛いお清。
「綺麗な夜空ですねえ、お嬢さん」
 こっそりと抑えた声音で、内緒話をするように言われ、私も 「そうね」 と同意して頷く。あまり大きな声を出すと、父か母か、あるいは女中の誰かに気づかれてしまうかもしれないから、そうっと。
 見つかったら、きっと咎められて、注意されてしまう。こんな夜遅くに、屋敷の外に出るなんてと。そうしたらお清だって叱られてしまうだろうから。
 もう十五歳なのにね。いつまでも、そんなに子供扱いされなくてもいいと思うの。でも私はともかく、お清は確かにまだ子供なのだし、こんな暗闇の中、外に連れ出すのはやっぱりいけないことかもしれない。
 ──けれど、今夜は、あまりにも星が綺麗だったから。
 どうしても、二人で一緒に見たかった。お清にも、見せてあげたかった。私が大好きな、この満天に輝く星たちを。
 漆黒の空には、たくさんの白い光が美しく瞬いている。無数の星々、明るい煌めき。大きいの、小さいの。光の強いもの、弱いもの。個性はそれぞれだ。一つずつが精一杯光を放って生きている。まるで、この地上に住む人々のように。
「真っ黒で大きな紙に、絵を描いたみたいですねえ」
 頭上を見上げ、感嘆するように出されたお清の言葉に、私は少し首を傾げる。そんな風には、考えたことがなかった。
「絵……に、なってるかしら」
 星は点でしかないのに、と不思議そうに言うと、お清は大きく頷いた。
「なりますよ。ほら、あそこにある四つの点と点を繋いだら、四角いお豆腐みたいです。あっちの星を繋げて丸くすれば、おまんじゅうみたいです。向こうにあるのはお芋」
 お腹が空いているのか、お清が口にするのは、食べものばかりだった。あとで何かお菓子でもあげよう、と思いながら、私も星と星を繋いでみる。
「そうね……じゃあ、あれとあれとで、お箸……とか」
 やってみると、案外難しい。残念ながら、私は、お清のように空想力には恵まれていないようだ。
「この空いっぱいの星をぜーんぶ繋いだら、とてつもなく大きな絵が出来ますねえ、お嬢さん」
「ええ、本当ね」
 両手を大きく広げて 「いっぱい」 を表現しようとするお清の姿に、可笑しくて微笑ましくて、思わず声を立てて笑ってしまった。いけない、いけない、静かにしないと。二人で目を見合わせ、くすくすと笑う。楽しい。
「そうやって、この世界の人間も、誰もが手を繋いで仲良く生きていければいいのにね」
「そうですねえ。そうしたら、戦争なんかもなくて、みんな幸せでしょうねえ」
「ええ」
 私はお清のちっちゃな手を取って、ぎゅっと握った。お清が私を見上げ、とても嬉しそうに私の手をきゅっと握り返してきた。
 私はにっこりと笑った。

 みんなが、こうやって仲良くあれたなら。
 ──きっと、幸せに。




 ……それは、遠い記憶。
 笑いさざめく幼い二人の声を聞きながら、美しい星空と、叶わなかった夢と、果たせなかった約束を想って、私は泣いた。


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