月の花

ACT20.上を向いて歩こう(前編)




 ──便利な女、というのが、彼女に対する率直な印象だった。

 高校に入って、一学期の初め、クラスの全員が、それぞれ何か委員活動をしなければならなくなった時、風間がその委員を選んだのは特に理由があったわけではない。
 そんなものに熱心になれるほど暇じゃないが、かといって、いかにもラクそうな委員は競争率が高そうで、そこで争うのも面倒だ。結局、別になんだっていいや、と適当に選んだ委員で、たまたま相棒を務めることになったのが彼女だった。
 風間はその時まで、その女子のことをほとんどまったくと言っていいほど、知らなかった。顔くらいは見たことがある、という程度で、口を利いたこともない。もともと大人しい彼女は、同じ教室内にいることすら、気づかないほどだった。
「まあ、よろしくね」
 どうせ前期だけの委員である。波風立てずに無難にやっていけば内申に響くこともない。それはその女子に対する態度も同じで、風間は当たり障りのない笑顔で挨拶した。
「うん、よろしく」
 そう返した彼女は無表情で、声音もひどく素っ気ないものだった。女の子というものは、よほど嫌なことでもない限り、他人にはにこにこと愛想よく振舞うものだと思っていた風間は、最初、かなり戸惑った。
 変な女……と思いはしたが、それを顔に出したりするほど愚かでもない。自分が、女の子に、第一印象から悪いものを与えてしまうような外見ではないことも自覚がある。風間には同性の友人と同様、女友達もたくさんいて、少し個性の強い女の子に対しても、適当に受け流して表面上は仲良く付き合うすべくらいは心得ていた。
(まあいいさ、別に、委員会の時に顔を合わせるくらいなんだからな)
 と思って、その時はそれっきり彼女のことは頭から追い出してしまった風間であるが、何度か二人で委員会に出席し、仕事もいくつかこなしていくうちに、認識を改めることになった。
 変な女──じゃない、これは、「便利な女」 だと。
 口数少なく、大人しく、愛想もなかったが、彼女は決して鈍重ではなかった。言われたことは要領よくまとめられるだけの回転のよさがあり、与えられたものをてきぱき捌いていける手際のよさも持ち合わせている。笑いもしないが、怒りもしない。自分の仕事が終わると、何も言わずに、他人の仕事を手伝う優しさもあった。
 風間は何度か、与えられた仕事に明らかに手を抜いたが、そんな時でさえ、彼女は黙々とその分を処理してくれた。そしてそのあとも、何も言わない。押し付けがましいところも、恩着せがましいところも、一切ない。ひたすら物静かに、そして淡々と、委員活動をし、風間と接していた。
 きっと、自分がすべての仕事を放り出して遊びに行ってしまっても、彼女はそうやって、黙って一人で片付けていくんだろうな、と風間は思った。文句も言わず、誰かに言いつけもせず、助けを求めることもなく。
 便利な女だな、と侮る気持ちがあったことは否めない。
 けれど、彼女にとっては、自分はまるで空気みたいなものなのか、と思ってイラついた部分があるのも事実だったのだ。いてもいなくても、彼女の中では何も変わらないのかと。
 そう思ったら、却って意地になった。このまま、彼女にとっての自分が 「見えない存在」 であり続けることが、非常に癪だった。何もかもを押し付けて、自分は楽な思いをすることだって出来たけれど、それよりは、彼女に自分を認めさせてやりたいという欲求の方が上回った。
 それからは、風間は積極的に彼女に話しかけたし、委員の仕事も真面目にやるようになった。こちらが十喋っても、彼女から返ってくるのは二か三くらいがいいところだったが、気にせず話した。明るく、なるべくからりとした口調を心掛け、あくまでも 「クラスメート」 というスタンスを崩さずに。
 意外だったのは、彼女は特に楽しそうにも見えなかったが、いつも必ず、風間の話に、きちんと耳を傾けていたことだ。うん、うん、と頷きながら相槌を打ち、時々は 「そう、それで?」 なんて、上手に促してもくれるから、風間はつい調子に乗って、彼女の前では饒舌になりがちだった。何を話していてもすぐに、「あたしはねえ……」 と自分の話に持っていってしまう他の女の子とは違うそういうところが、ひどく新鮮に感じたこともあるが、彼女の誠実な人柄を嬉しく思ったこともある。
 彼女からも、いくらか話を引き出すことにも成功した。ぽつり、ぽつりとした喋り方ではあったが、彼女なりに一生懸命考えて、言葉を出していることが判って、話すのを苦にしている様子ではないことにホッとした。要するに、自分を表現することが苦手なんだな、ということを理解してからは、無口なのも無表情なのも気にならなくなった。
 そう、知ってみれば、彼女はただ自己表現が上手に出来ないだけの、今時珍しいくらい、とても素直で寛容な女の子だったのだ。風間は、便利な女なんて思ってしまった自分を恥じたし、同時に、相変わらず他の人間にうまいこと利用されている彼女を、歯痒くも感じた。
「……あのさあ、俺が言うのもなんだけど、もうちょっと他人に対して厳しくした方がいいんじゃない?」
 ある時、とうとう我慢がならなくなって風間が言うと、彼女はきょとんとした顔をした。委員会で、「お願い」 と上級生に頼まれて、余計な仕事をしているのを見かねて言ったのに、本人はまったく判っていないようだ。
「居残りまでして、こんな風に人の仕事まですることないだろう、ってこと。あんたが甘い顔して引き受けるから、どいつもこいつも図々しくこういう雑用を押し付けてくるんだよ」
「あの、風間君は、帰ってもいいんだよ? 私、一人で出来るから」
 どうやら、風間が手伝っているのを不満なのかと思っているらしい。違うっつーの、と、もう焦れったいといったらない。
「そうじゃなくて、あんたばっかり苦労することない、って話だよ。そんなことじゃ、この先どんどんワリの合わない思いをしていくことになるぜ。理不尽な要求は、ちゃんと断れよな」
 苛々した感情がつい出てしまい、声には棘が混じった。我に返って、まずかったかなと舌打ちしたいような気分になり、おそるおそる彼女の顔を覗き込む。
 彼女は少しだけ困ったように風間を見返していたが、やがて、「うん……」 と、小さな声で呟いて、頷いた。
「……子供の時にも、同じことを言われた」
 幼馴染の、男の子に──と、わずかに昔を懐かしむような、遠い目をして。
「その時も、努力する、って答えたんだけど。私、やっぱりあの頃と変わらないのかな」
 落胆を滲ませた声に、風間は更に苛々した。
「違うだろ。別に変わって欲しいわけじゃないんだよ。その幼馴染だって、そんなつもりで言ったわけじゃないに決まってる。怒ってるわけでもなきゃ、責めてるわけでもない。ただ……あんたのことが、心配で」
 言ってしまってから、はっとして口を閉じる。なに言ってんだ、俺、と慌てた。これじゃあ、まるで。
 赤くした顔をぷいっと背けた風間に、彼女はちょっと困惑したように首を傾げた。……この顔、絶対判ってないぞ。男心というものを、全っ然、判ってない。ほっとするような、腹立たしいような。
 心配、と口の中で繰り返して、彼女は一瞬、どこかへ視線を飛ばした。その時、彼女が何を思い出して、誰の顔を思い浮かべ、何を考えていたのかなんて、風間には知るべくもない。
 それから、彼女は風間の方を再び振り向いた。
「……ありがとう」
 と、やわらかく笑う。
「………………」
 ──その瞬間、風間は恋に落ちた。自分でも、なんてチョロイ奴なんだ、と思うのだけれども。


 委員の任期が終わり、後期の委員を決める時には、風間は彼女が選んだのを見届けてから、迷わずそこに立候補した。他の男が、自分と同じ経過を辿っては困るからである。
 今のところ、彼女が自分のことを単なるクラスメートとしか見ていないことは明白で、そして悲しいかな、彼女はこういったことに、信じられないほど鈍かった。だから風間としても、時間が掛かるのは覚悟の上で、徐々に親交を深めていき、心を開きかけたところで告白、という迂遠ではあるが確実な方向性を決めていた。幸い、他に敵となりそうな男もいなかったことだし。
 だから一年生が終わるまで、彼は辛抱した。二年生になったらぼちぼち本気を入れるかな……などと思っていた矢先。
 彼女はいきなり、「恋人」 を作った。
 春休みが終わり、彼女の隣には、見ず知らずの一年生が当然のように居座っていて、しかもそいつは、恋心をひた隠しにしていた風間とは違い、彼女に対してベタ惚れだ、ということを顔でも言葉でも行動でも、ものすごくあけすけに表現した。
 その一年生が、以前彼女がちらりと漏らした 「幼馴染」 であることと、春休みの間にどういう経緯があったのかは謎だが付き合うようになったらしい、ということは後になって知った。風間はその時、怒りと後悔で、倒れそうになったくらいである。
 ──それでも、なんとか自分の気持ちを宥められたのは、所詮、あんな二人、うまくいくわけがない、という見通しがあったからだ。
 その男は、同性ながら非常に整った、そのくせ愛嬌のある顔立ちをしており、そのままアイドルとしてテレビに出ても遜色はないんじゃないか、というくらいの華があった。その上陽気で社交家で、ノリだって非常に軽い。静かでひっそりとしたたたずまいの彼女とは、もう人種が違うくらい、かけ離れているように思えた。
 実際、その男と付き合うようになってから、彼女は一気に周囲から注目を浴びる存在になってしまったし、謂れのない悪意や中傷も受けているようだった。風間自身も、彼女の陰口を叩いている女子の姿を、何度か見たことがある。
 こんな調子なら、慌てなくたって、いずれ近いうちに別れるだろう、と風間は思ったのである。どういういきさつで付き合いだしたのかは知らないが、いずれ男のほうが飽きるか、彼女のほうが耐えられなくなって身を引くか、どちらにしろ自分はそれを待っているだけでいい。傷心の彼女に付け込もうとする思惑も、なかったといえば嘘になる。
 ……風間が本気で焦りだしたのは、そうやって事態を眺めて、数ヶ月が経った頃のことだ。
 自分が思ったようには、状況が動いていない、ということを、その頃になって彼はイヤでも悟らざるを得なくなった。二人は別れるどころかますます仲睦まじく、既に校内の 「公認カップル」 となりつつある。キョーカちゃん、とあの癇に障る軽々しい声を聞かない日はない、というくらいだし、たまに彼女が一人でいると、「拓海君はどうしたの?」 なんて、見知らぬ上級生に問いかけられる始末。
 いや──それだけなら、まだしも。
 彼女は、あの一年生と付き合うようになって、確実に変わり始めていた。
 変わった、というのとは違うか。もともとの性質は何も変わっていないのだから。素直なところも、穏やかなところも、誠実なところも。けれど、今まで、彼女のそういうところは、非常に他人に気づかれにくかった。多分、そんな部分を含めた彼女という人を知っているのは、風間や和葉などの、ごく限られた一部だけだっただろう。
 けれどそれが、少しずつだが確実に、表に出はじめていた。彼女自身は何もしなくとも、隣にいるあの一年生が、さりげなく彼女のそういった美質を引き出して、他人に判るようにしていた。軽薄に見えるけれど、そういう点、ひどく注意深く。彼女にさえ、気づかれないように。
 最近の彼女は、あの一年生の傍にいる時、とても安らいだ表情をしている。クラスの中でも、「とっつきにくい」 と彼女を敬遠していたような生徒が、気軽に話しかけるようになったのは、そういう様子を見たからだ。なんだ、そんな顔も出来るんじゃないかと、安心するようになったのだ。
 誰だって、話しかけても何も反応がないような人間には、近寄りたくない。以前の彼女には、確かに他人にそういう先入観を抱かせるような雰囲気を持っていて、それをあの一年生が、自分の身をもって否定して見せたのだ。
 
 守って。大事にして。笑顔を向けて。あけっぴろげに好意を示して。
 自分を表現することをあんなにも苦手にしていた彼女から、感情を引っ張り出して。
 ……彼女は、こんな愛すべき存在なんだと、他人にも知らしめるように。
 
 それを知って、風間は慌てた。その時になってようやく、あの一年生に対して見る目を変えた。
(あいつはただの気まぐれで、彼女と付き合ってるわけじゃない)
 でも、そんなことに気づいた時には、既に、遅かったかもしれない。
 最近、彼女はよく笑顔を見せるようになった。毎回、それを見るたび、風間は悔しくて、歯噛みしたくなる。
 今、あの一年生に向かって彼女が微笑む時、そこには見間違いようもないほどはっきりとした、信頼と慈しみの色があるからだ。彼女のあんな顔、風間は今まで一度だって、見たことがなかった。
 少しだけ頬を染め、ふわりと緩む口許。優しく細められる瞳。唇から零れるちいさな笑い声。

 ──それは自分にだけ向けられたいと、願っていたものだったのに。


          ***


 これはもう呑気に眺めている場合じゃないと思った風間は、鏡花に向かって、きっぱり告白した──つもりだった。
 しかしその告白は、激しく違う方向に誤解されたようで (どんな誤解だったかは、言いたくない)、鏡花は風間を意識してくれるようにはなったものの、その意識の仕方はどう考えても、「異性」 に対するのとは別のものだ。
 誤解を解こうと躍起になったところで、教室にいる時は、和葉という魔女みたいな悪魔みたいな女が鏡花に張り付いて目を光らせているので、迂闊に近寄れない。和葉の前で何かを言えば、また変な風にかき回されるのは、火を見るよりも明らかだからである。
 かといって、放課後にはすぐに拓海がやってきて、当たり前のように鏡花を連れ出してしまう。腹立たしいことに、こちらを睨み付けて牽制して行くことも忘れない。以前に呼び出された時は、こちらもついかっとなって殴り合いにまでなってしまったが、風間は本来、そういった暴力行為は好きではない。強引に二人の間に割り入って、鏡花の前で喧嘩沙汰になるのは避けたかった。それはあっちも、同じことだろうと思うが。
 ケータイ番号もメルアドも、がっちり拓海と和葉に根回しされていて、誰からも聞きだせなかった。自宅の住所や電話番号は、「個人情報保護」 という名目によって調べることが出来ない。八方塞がりとはこのことか、と、かなりがっくりする。
 ……だから、その日の昼休み、食事を終えた和葉が、進路相談で教師に呼ばれ、渋々腰を上げて職員室に向かったのを見て、チャンスは今しかない、と風間は心を決めたのだ。


 ちょっと話があるんだけど、と声を掛けると、鏡花はさっと緊張した面持ちになったが、大人しく風間の後についてきた。
 校舎の屋上は、昼休みのみ、という制限つきで開放されている。しかしこんなに風が強く冷たくなった今の季節、まさか弁当を広げる人間の姿があるわけもない。今日は特に寒いせいか、教師の目を盗んでタバコを吸う奴や、イチャつくカップルもいなかった。
 びゅう、という音が鳴って突風が吹く。風間の前に立った鏡花が、寒そうに身を縮めた。上着くらい持って来てやればよかったか、と後悔したものの、今から教室に取りに行くわけにもいかない。
「……あのさ」
 切り出すと、鏡花が、はい、と答えて顔を上げる。風が、彼女のストレートの黒髪を巻き上げて、頬にまとわり付いていた。こんな時、拓海がいたら、彼女の髪を優しい仕草で指で押さえたりするのかな、と頭の片隅で思う。
 いや、そもそも、あの男はこんな場所で、上着もなしに彼女を立たせて、寒い思いをさせたりはしないだろう。そう考えたら、自分が救いようのない最低の男みたいに思えてきて、なんだか猛然と腹が立ってきた。
「──鏡花ちゃんは、なんで、あの一年坊主と付き合おうと思ったの?」
 好きだと告白するつもりだったのに、なぜか、一番最初に自分の口から出たのは、そんな質問だった。
 鏡花が、「え?」 という顔をする。
「幼馴染だった、ってのは知ってるよ。けど、恋人として付き合うようになったのは、それなりの契機とか、きっかけとかがあったんだろ? 鏡花ちゃんが、付き合おう、って言い出したわけ?」
 拓海に憧れている女の子たちは、大部分がそう思っているようだったが、風間には、どうしてもそんな風には思えなかった。校内ではもう知らない人間はいないというくらい有名な鏡花と拓海だが、考えてみれば、二人が付き合うに至った理由というか、事情は、ほとんどの人間が知らないのだ。和葉などはおそらく知っているのだろうが、あれは聞いてもまともに答えるようなタマではない。
 鏡花は、少し躊躇った後、眦に決意のようなものを浮かべた。あまり深く考えたくはないのだが、未だ風間についての 「誤解」 は彼女の中で健在であるらしいので、彼女なりにきちんと説明すべきだという結論を出したのだろう。
「あのね、拓海に、付き合って、って言われたの」
「まあ……だろうね」
 そこまでは、想像の範疇である。
「で、それはなんで? 昔から、そういう約束でもしてたってこと? 高校に入ったら付き合おう、とか。自分が同じ高校に入学するまで待ってて欲しい、とか。ずっと幼馴染としてやってきたんだろ? 普通、それがいきなり異性として見るようにはならないだろ? どういう理由があったの?」
「さあ……」
「 『さあ』?」
 曖昧な答えに驚いて訊き返すと、鏡花は少し困ったような顔になって再び口を開き、入学式の日に突然家にやってきた拓海が、土下座して、「お願いだから俺と付き合ってください」 と言ったこと、それに対して、鏡花が 「いいよ」 と肯ったこと──を、ぽつぽつとした調子で語った。
 驚いたのは、風間だ。
「な……んだ、それ」
 ほとんど呆然として、呟く。こいつら、そんな訳の判らない成り行きで付き合いだしたのか。
 だったら、何も遠慮することなんてないじゃないか──と風間は思い、けれど。

 けれど、同時に、胸の中でどす黒いものがむくりと頭をもたげたことにも、気がついていた。

 ──そんな風に、「付き合ってください」 と頼まれて、すぐに了承してしまった鏡花。その、あまりにも自分の意思というものが欠落した姿に、かなり幻滅した。幼馴染だから? 土下座までされて同情した? そんなもの、理由になるもんか。
 それは、自分が最初に思った、「便利な女」、そのものではないか。
 いくら相手が幼馴染であったからって、相手が自分のことをどう思っているのかもよく把握しないうちに、恋人として付き合い始めて、あんな風にベタベタされても、手を握られても、文句も言わず、されるがままで。
 そんな人形みたいな女だったのかよ、という怒りにも似た感情が込み上げてくるのが抑えきれない。もっと、芯の強い女だと思っていたのに。
 独りよがりにそう信じ込んで、裏切られたような気になっているのが、自分の身勝手だということは、重々承知していた。そう思うのならここからさっさと手を引けばいいのに、それよりも強く煮え立つようなものが胸の内にあって足が動かなかった。そこに、嫉妬がかなり大きくあったことも否定出来ない。
 嫉妬。そうだ、そうやって 「なんでも従う」 鏡花を、支配している男に対する嫉妬。
 そんなことで、自分には向けられない笑顔を向けられている男への嫉妬だ。
 じゃあ、あいつが頼めば、なんでも許すのか。
 近寄るのも、手を握るのも、キスするのも、それより先も──
「……じゃあさ」
 低い声で、風間は言った。まとっている空気が変わったことに気づいたのか、鏡花が少し怯えるように、半歩身を引いた。そのなんでもない行動が、風間の中でくすぶっていた怒りの発火点となった。
 ──そんな顔をさせたかったわけじゃない。
 あの男には、笑うのに。俺にはどうして、同じように笑ってくれない?
 両手を壁に突いて、逃げ道を塞ぎ、鏡花の身体を閉じ込める。

「……じゃあ、俺が 『やらせてください』 って土下座して頼んだら、鏡花ちゃん、やらせてくれる?」

 鏡花が目を見開いた。それを見て、風間は少し、泣きたいような気分になった。



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